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第8話 尻尾の長い燕の服
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「……」
「……」
「絶対にしゃべらないんだ」
「……」
「大変なお仕事ね」
私はクルーガ様のお部屋の前に立つ衛士の横に、自分も並んで一緒に前を睨んでいる。
「オナラとかもしない?」
「クスッ……」
今確かに笑うのをこらえたわね。むう。でもこれ以上は難しいようねえ。
「そのノッポの帽子、中にネズミが飼えそう」
「……」
いまいちだったか。
スッと私の横の衛士が無言で帽子を取った。そして前を見たまま、さりげなく帽子の中を見せてくれると、中は空っぽで私がクスッと笑ってしまった。
「エルザ何をしてるの?」
「あっ。バーゼル……」
白鳥の間から出てきたバーゼルを見て、私は息を飲んだ。バーゼルは正装していて、灰色のタキシードジャケットに白のシャツと蝶ネクタイ。黒い革靴。すっかり見違えた姿に、私は目が丸くなって衛士に負けないくらいに思わず背が真っ直ぐに伸びてしまった。
「お待たせ。まあ、これならこのまま晩餐会にも出れるよ。夜からのパーティーは君が主賓なんだよね」
「う、は、はい」
「言うの忘れてた。僕は紳士になれないねえ」
「えっ?」
「エルザ。六歳のお誕生日おめでとう」
近寄って来てバーゼルが微笑んだ。うわっ。
「晩餐会の後で君のお誕生日パーティー。エルザは踊れるの?」
「お、お母様から教えていただいてるけど……」
適当にサボって真面目にはやっていなかった。
「そうかあ。……楽しみだな」
「そ、そうですね」
全然! 真面目にやらない私にお母様がため息をついてらしたのは、こう言う事。 ……楽しみってどういう意味? もしかしてバーゼルも踊るの?
「行こう。さあ、どうぞ」
そう言って小さな子供の手を握るのでなく、スッと手の平を上に、私が手をおずおず差し出すとバーゼルは支えるように持ち上げてくれた。
自分の顔がカアッとなったのが分かって、ハッ! 衛士の二人がニヤッと私を見てやがる。グッ。私がからかった仕返しのつもりね。
「はい……」
それでも私は素直にバーゼルにエスコートされて素直に歩いて行った。私こんな女の子だっけ。床がフワフワなのは絨毯のせいだけじゃない気がする。も、もしバーゼルと踊る事になったら。
夜に私は改まって、来賓のお歴々の方々に今度はお父様から紹介をされると、いよいよ私の六歳のお誕生会? 誕生日は過ぎているんだけど、まっ一年に楽しい事が二回あってもいいわよね。
しかしここからが私の本当の試練の始まりだった。知らない大人が次々とやって来る。
最初私は、お母様のようにどの人の顔と名前も覚えなくちゃ、と頑張っていたが、無理です。
大人だけじゃない。子供もいるっちゃいるけど、じゃカクレンボする? って空気じゃ全然ない。もう私は挨拶をされるのに、生き人形のようにそこに固まって立ち続けるのが精いっぱいで、衛士の人をからかうんじゃなかった。巡り巡って返って来る物だ。
私は途中、やっとソフィアに大広間から引き出されて、苦行から開放されるのかとホッとしたら、ドレスのお色直しだった。
次の新しいドレスは床に裾がつきそうなくらいで、踏んづけて転びそう。ああ、これもそう言えば仮縫いしたっけなあ、と私は思い出した。
裾が長いので、てっきり大きくなって着るんだと思ってたよ。
これはお父様と踊るための物なんだって。ダンス用のドレスなのね。待って。ソフィアの言葉の衝撃に少し遅れて頭がガンとした。
―――ーあのお父様が踊るだと!?
逆立ちになっても、たぶん想像出来ない。どんな絵面になるの? いやタキシードのお父様は、まあ格好いいけれど。
「クルーガ様もお嬢様と是非にと」
? ―――ー!!!
「ベルネット様とご練習された成果を存分に皆様にお見せいたしましょうね」
「ソ、ソフィア」
「?」
そうだ。バーゼルは…… 。バーゼルは楽しみだって言ってくれた。
彼は私をお母様の所に送って来ると、速やかにその場を離れて行ってしまっていた。
それからバーゼルはクルーガ様や、王族の近しい人達に捕まっていて私の側に来てくれない。
ってか彼はすごい人気で取り巻きの数が尋常でない様子だもの。大広間を端に離れて、私とバーゼルが磁石の両極のように人を集め合っていた。
でもたまに人波を縫って、遠くから私に視線を送ってくれて、ニコッと優しく微笑んでくれる。
それを励みに私は頑張り続けているのだが。……さっきから、ちょっと女の子やおば様連中が、どんどんバーゼルの周りに寄り過ぎじゃない?
そして私の側にはお父様や、いつの間にかクルーガ様に、他にも渋いおじ様軍団に寄られると厚く包囲されてしまっていて、私はそういう層に愛されるキャラのようだった。
静かな曲を選んで演奏していた管弦楽の演者達が間を取って、お客様のおしゃべりがピタッと止んだ。
いよいよ舞踏会が始まるのだ。部屋の中央が大きく開けられて、一番最初にお父様とお母様が顔を見合わせると手を取り合って進み出た。
……お母様綺麗…… 。お父様が…… リードしているっ!
「正に美女と野獣よ」
はっ。クルーガ様、それを言っては…… 。
お母様は私と同じに裾の長い膨らんだ白のドレスで、腰は細くて花の精のよう、金色の髪を結いあげて少女みたい。お父様は黒のタキシードで背中の後ろが長く伸びていらっしゃるの。
白い手袋で手を繋ぎ合って、お母様のこんな照れているお顔も初めて見るなあ。夢を見ているようだ…… そう思っていたら。
お、終わった。つまり。
お母様が帰って来て、私に手をかけると送り出してくれて、お父様が待っていらっしゃる。
私はお父様の前に行って腰をかがめると、両手でドレスの裾をつまみながらお辞儀した。そしてお父様と手を取り合った。
何だろう。これから決闘でもするか、と言うくらいに私は張りつめて来た。
大丈夫だ。お父様の動きに合わせれば、音楽に乗って私はお父様のリードで何とか踊った。お父様がニコニコとされて本当に嬉しそうだ。頑張らなくちゃ。
何回かステップを間違えたけれど、一生懸命さが伝わって見ている人達にはいいみたい。集中し過ぎてあっ、と言う間の出来事な感じで、私は何とか舞踏会デビューを果たしたのだった。
「エルザには翼がついているのだからな」
お父様はみんなの拍手の中、小さくそう言って私に膝まづくと、手を取ってキスをした。
「ありがとう…… 。お父様」
「むっ!」
私は嬉しくて恥ずかしかったけど、しかしなぜか顔を上げたお父様の目が鋭く私の背後を見すえていた。
「素晴らしい! エルザ。次はこのお爺ちゃんと踊ってもらえるかな」
視線の先はクルーガ様だった。感極まった表情のクルーガ様が、歩み寄って私に手を伸ばして来る。
お父様がのっそり立ち上がる。うう。また始まるう。
「コラ。テメエはソフィアがお似合いだ。ジジババ同士で壁の染みになって張り付いてろ」
「んだ。コラ。今日は一応お前が主役と思って立ててやってたら、エルザの前でも許さんぞ。しばくぞ。田舎者の芋田吾作があ」
「上等だ。さっきのケリをつけようじゃねえか。老いぼれがあ。なあにがエルザだ。この山マントヒヒ」
「いい加減になさい。クルーガ」
お父様達が睨み合って、凛と声が広間に響いた。
「イテテて!?」
クルーガ様のお耳を一人の小柄なお婆様が引っ張ると、一触即発の二人を分けていく。えっ、誰この人。
「ごめんね。アズガン。お嬢ちゃん」
「エルゲラ! 来ていたのか」
「ふふ。今しがた。この子が気になってね」
お父様が呆気として、私もキョトンと見上げていると、クルーガ様は耳を気にしてバツの悪そうにシュンとなっていた。
お父様に怖じる事の無い、このお婆様の態度に私はびっくりとしていたけど、クルーガ様もかなり大きな体格なのに、この小さな女性に完全に腰が引けていた。
「バーゼル!」
その毅然としたお婆様は、バーゼルを呼んだ。
「はい。大お婆様」
バーゼルが澄んだ声で答えて歩いて来る。
「え。大お婆様?」
「クルーガ北領王のお姉様だよ。エルザ」
お父様がコソッとささやいた。
その声が聞こえて、お婆様がニコリと私を見た。
「初めまして、エルザ。私はエルゲラよ。このボケ爺さんのお姉ちゃんってわけ」
「……初めましてエルザです」
慌ててしゃがんでドレスの裾をつまんだ私の横に、スッと背筋を伸ばしてバーゼルが並ぶ。
「何でしょう。エルゲラ様」
「貴方。クルーガの代わりにエルザと踊りなさいな」
「分かりました。僕で良ければ」
クルーガ様を見ると、完全に普段のオラついた勢いが無い。
「何で姉ちゃんが来てんだよ。ブツブツ」
「構わないかい? エルザ」
バーゼルが私に体を回して来るっ。……もちろんよ!! 喜んで! でも。
「バーゼル…… また服が変わってる?」
バーゼルは灰色のタキシードから黒の、お父様と同じ背中の長いジャケットになっていた。白い手袋もつけていた。
「うーん。まさか踊るなんて、それも君とこうなるなんてね。見ているだけで楽しかったんだけどエルゲラ様にさっき怒られちゃって、二度目のお着替えだよ」
「踊りたくないの?」
「だって僕下手だもん」
「私も始めたばかりで上手じゃないわ」
「嘘ばっかり…… とても素敵だったよ」
「!」
娘が頬を染めてバーゼルを見とれている様子に、アズガンはぐぬぬっと唇を噛みしめて、よせばいいのにクルーガが頷きながらアズガンの肩をたたき、また睨み合いになりかけた。
頃合いを見計らって、城の主人を差し置いて華やかな場を仕切り始めたエルゲラの合図で、うずうずと自分達の出番を待ちわびていたカップル達も、争うように広間の中央に出てきた。
「お願いね。バーゼル」
「こちらこそ」
曲が始まりエルザはバーゼルと踊った。バーゼルは確かに踊り慣れていなかったけれど、決して下手ではなくて、曲がいくつも進むうちにステップも次第に軽やかになり、小さなエルザを他のカップルにぶつからぬよう導いてくれた。
銀髪の眉目秀麗な男子と、透き通るような白い肌の頬を赤く染めている黒髪の小さな淑女のペアは、みんなの視線を一手に集めていた。
エルザは存分にバーゼルと踊った後に、初めあんなに緊張していた事を忘れて、いろんな人とも次々に相手を務めていた。
クルーガ様も、お母様とも、シオレーネとも踊って、最後にはバーゼルともう一度手を取り合い、エルザにはこのお誕生日会と社交界デビューの一日は、いろいろあったけれど、すごく楽しい思い出になって大切に胸に仕舞われたのだった。
「……」
「絶対にしゃべらないんだ」
「……」
「大変なお仕事ね」
私はクルーガ様のお部屋の前に立つ衛士の横に、自分も並んで一緒に前を睨んでいる。
「オナラとかもしない?」
「クスッ……」
今確かに笑うのをこらえたわね。むう。でもこれ以上は難しいようねえ。
「そのノッポの帽子、中にネズミが飼えそう」
「……」
いまいちだったか。
スッと私の横の衛士が無言で帽子を取った。そして前を見たまま、さりげなく帽子の中を見せてくれると、中は空っぽで私がクスッと笑ってしまった。
「エルザ何をしてるの?」
「あっ。バーゼル……」
白鳥の間から出てきたバーゼルを見て、私は息を飲んだ。バーゼルは正装していて、灰色のタキシードジャケットに白のシャツと蝶ネクタイ。黒い革靴。すっかり見違えた姿に、私は目が丸くなって衛士に負けないくらいに思わず背が真っ直ぐに伸びてしまった。
「お待たせ。まあ、これならこのまま晩餐会にも出れるよ。夜からのパーティーは君が主賓なんだよね」
「う、は、はい」
「言うの忘れてた。僕は紳士になれないねえ」
「えっ?」
「エルザ。六歳のお誕生日おめでとう」
近寄って来てバーゼルが微笑んだ。うわっ。
「晩餐会の後で君のお誕生日パーティー。エルザは踊れるの?」
「お、お母様から教えていただいてるけど……」
適当にサボって真面目にはやっていなかった。
「そうかあ。……楽しみだな」
「そ、そうですね」
全然! 真面目にやらない私にお母様がため息をついてらしたのは、こう言う事。 ……楽しみってどういう意味? もしかしてバーゼルも踊るの?
「行こう。さあ、どうぞ」
そう言って小さな子供の手を握るのでなく、スッと手の平を上に、私が手をおずおず差し出すとバーゼルは支えるように持ち上げてくれた。
自分の顔がカアッとなったのが分かって、ハッ! 衛士の二人がニヤッと私を見てやがる。グッ。私がからかった仕返しのつもりね。
「はい……」
それでも私は素直にバーゼルにエスコートされて素直に歩いて行った。私こんな女の子だっけ。床がフワフワなのは絨毯のせいだけじゃない気がする。も、もしバーゼルと踊る事になったら。
夜に私は改まって、来賓のお歴々の方々に今度はお父様から紹介をされると、いよいよ私の六歳のお誕生会? 誕生日は過ぎているんだけど、まっ一年に楽しい事が二回あってもいいわよね。
しかしここからが私の本当の試練の始まりだった。知らない大人が次々とやって来る。
最初私は、お母様のようにどの人の顔と名前も覚えなくちゃ、と頑張っていたが、無理です。
大人だけじゃない。子供もいるっちゃいるけど、じゃカクレンボする? って空気じゃ全然ない。もう私は挨拶をされるのに、生き人形のようにそこに固まって立ち続けるのが精いっぱいで、衛士の人をからかうんじゃなかった。巡り巡って返って来る物だ。
私は途中、やっとソフィアに大広間から引き出されて、苦行から開放されるのかとホッとしたら、ドレスのお色直しだった。
次の新しいドレスは床に裾がつきそうなくらいで、踏んづけて転びそう。ああ、これもそう言えば仮縫いしたっけなあ、と私は思い出した。
裾が長いので、てっきり大きくなって着るんだと思ってたよ。
これはお父様と踊るための物なんだって。ダンス用のドレスなのね。待って。ソフィアの言葉の衝撃に少し遅れて頭がガンとした。
―――ーあのお父様が踊るだと!?
逆立ちになっても、たぶん想像出来ない。どんな絵面になるの? いやタキシードのお父様は、まあ格好いいけれど。
「クルーガ様もお嬢様と是非にと」
? ―――ー!!!
「ベルネット様とご練習された成果を存分に皆様にお見せいたしましょうね」
「ソ、ソフィア」
「?」
そうだ。バーゼルは…… 。バーゼルは楽しみだって言ってくれた。
彼は私をお母様の所に送って来ると、速やかにその場を離れて行ってしまっていた。
それからバーゼルはクルーガ様や、王族の近しい人達に捕まっていて私の側に来てくれない。
ってか彼はすごい人気で取り巻きの数が尋常でない様子だもの。大広間を端に離れて、私とバーゼルが磁石の両極のように人を集め合っていた。
でもたまに人波を縫って、遠くから私に視線を送ってくれて、ニコッと優しく微笑んでくれる。
それを励みに私は頑張り続けているのだが。……さっきから、ちょっと女の子やおば様連中が、どんどんバーゼルの周りに寄り過ぎじゃない?
そして私の側にはお父様や、いつの間にかクルーガ様に、他にも渋いおじ様軍団に寄られると厚く包囲されてしまっていて、私はそういう層に愛されるキャラのようだった。
静かな曲を選んで演奏していた管弦楽の演者達が間を取って、お客様のおしゃべりがピタッと止んだ。
いよいよ舞踏会が始まるのだ。部屋の中央が大きく開けられて、一番最初にお父様とお母様が顔を見合わせると手を取り合って進み出た。
……お母様綺麗…… 。お父様が…… リードしているっ!
「正に美女と野獣よ」
はっ。クルーガ様、それを言っては…… 。
お母様は私と同じに裾の長い膨らんだ白のドレスで、腰は細くて花の精のよう、金色の髪を結いあげて少女みたい。お父様は黒のタキシードで背中の後ろが長く伸びていらっしゃるの。
白い手袋で手を繋ぎ合って、お母様のこんな照れているお顔も初めて見るなあ。夢を見ているようだ…… そう思っていたら。
お、終わった。つまり。
お母様が帰って来て、私に手をかけると送り出してくれて、お父様が待っていらっしゃる。
私はお父様の前に行って腰をかがめると、両手でドレスの裾をつまみながらお辞儀した。そしてお父様と手を取り合った。
何だろう。これから決闘でもするか、と言うくらいに私は張りつめて来た。
大丈夫だ。お父様の動きに合わせれば、音楽に乗って私はお父様のリードで何とか踊った。お父様がニコニコとされて本当に嬉しそうだ。頑張らなくちゃ。
何回かステップを間違えたけれど、一生懸命さが伝わって見ている人達にはいいみたい。集中し過ぎてあっ、と言う間の出来事な感じで、私は何とか舞踏会デビューを果たしたのだった。
「エルザには翼がついているのだからな」
お父様はみんなの拍手の中、小さくそう言って私に膝まづくと、手を取ってキスをした。
「ありがとう…… 。お父様」
「むっ!」
私は嬉しくて恥ずかしかったけど、しかしなぜか顔を上げたお父様の目が鋭く私の背後を見すえていた。
「素晴らしい! エルザ。次はこのお爺ちゃんと踊ってもらえるかな」
視線の先はクルーガ様だった。感極まった表情のクルーガ様が、歩み寄って私に手を伸ばして来る。
お父様がのっそり立ち上がる。うう。また始まるう。
「コラ。テメエはソフィアがお似合いだ。ジジババ同士で壁の染みになって張り付いてろ」
「んだ。コラ。今日は一応お前が主役と思って立ててやってたら、エルザの前でも許さんぞ。しばくぞ。田舎者の芋田吾作があ」
「上等だ。さっきのケリをつけようじゃねえか。老いぼれがあ。なあにがエルザだ。この山マントヒヒ」
「いい加減になさい。クルーガ」
お父様達が睨み合って、凛と声が広間に響いた。
「イテテて!?」
クルーガ様のお耳を一人の小柄なお婆様が引っ張ると、一触即発の二人を分けていく。えっ、誰この人。
「ごめんね。アズガン。お嬢ちゃん」
「エルゲラ! 来ていたのか」
「ふふ。今しがた。この子が気になってね」
お父様が呆気として、私もキョトンと見上げていると、クルーガ様は耳を気にしてバツの悪そうにシュンとなっていた。
お父様に怖じる事の無い、このお婆様の態度に私はびっくりとしていたけど、クルーガ様もかなり大きな体格なのに、この小さな女性に完全に腰が引けていた。
「バーゼル!」
その毅然としたお婆様は、バーゼルを呼んだ。
「はい。大お婆様」
バーゼルが澄んだ声で答えて歩いて来る。
「え。大お婆様?」
「クルーガ北領王のお姉様だよ。エルザ」
お父様がコソッとささやいた。
その声が聞こえて、お婆様がニコリと私を見た。
「初めまして、エルザ。私はエルゲラよ。このボケ爺さんのお姉ちゃんってわけ」
「……初めましてエルザです」
慌ててしゃがんでドレスの裾をつまんだ私の横に、スッと背筋を伸ばしてバーゼルが並ぶ。
「何でしょう。エルゲラ様」
「貴方。クルーガの代わりにエルザと踊りなさいな」
「分かりました。僕で良ければ」
クルーガ様を見ると、完全に普段のオラついた勢いが無い。
「何で姉ちゃんが来てんだよ。ブツブツ」
「構わないかい? エルザ」
バーゼルが私に体を回して来るっ。……もちろんよ!! 喜んで! でも。
「バーゼル…… また服が変わってる?」
バーゼルは灰色のタキシードから黒の、お父様と同じ背中の長いジャケットになっていた。白い手袋もつけていた。
「うーん。まさか踊るなんて、それも君とこうなるなんてね。見ているだけで楽しかったんだけどエルゲラ様にさっき怒られちゃって、二度目のお着替えだよ」
「踊りたくないの?」
「だって僕下手だもん」
「私も始めたばかりで上手じゃないわ」
「嘘ばっかり…… とても素敵だったよ」
「!」
娘が頬を染めてバーゼルを見とれている様子に、アズガンはぐぬぬっと唇を噛みしめて、よせばいいのにクルーガが頷きながらアズガンの肩をたたき、また睨み合いになりかけた。
頃合いを見計らって、城の主人を差し置いて華やかな場を仕切り始めたエルゲラの合図で、うずうずと自分達の出番を待ちわびていたカップル達も、争うように広間の中央に出てきた。
「お願いね。バーゼル」
「こちらこそ」
曲が始まりエルザはバーゼルと踊った。バーゼルは確かに踊り慣れていなかったけれど、決して下手ではなくて、曲がいくつも進むうちにステップも次第に軽やかになり、小さなエルザを他のカップルにぶつからぬよう導いてくれた。
銀髪の眉目秀麗な男子と、透き通るような白い肌の頬を赤く染めている黒髪の小さな淑女のペアは、みんなの視線を一手に集めていた。
エルザは存分にバーゼルと踊った後に、初めあんなに緊張していた事を忘れて、いろんな人とも次々に相手を務めていた。
クルーガ様も、お母様とも、シオレーネとも踊って、最後にはバーゼルともう一度手を取り合い、エルザにはこのお誕生日会と社交界デビューの一日は、いろいろあったけれど、すごく楽しい思い出になって大切に胸に仕舞われたのだった。
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