職場は超ブルー

森山 銀杏

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青島と緑川 大人の優しさ

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水曜日。

俺は粛々と準備を秘密裏に進めていた。

紅君に休む許可は出した。狙いがあった事ではあったが、その分準備は入念にしなくてはいけない……。

大林さんには悪いが、重火器と地雷の準備を入念に進めていた。

その中には禁止されてしまった重火器もある。

今度の日曜日がいつものように進むのであれば、使う必要は無いと思っていた。

しかし、もしものときには必要となる。

そう考えて、俺は国防ビルの三十七階のいつもの仕事場で準備を進めていた。

大林さんはそんな俺を気遣ってくれる。優しい上司に恵まれて良かった。

~~~~~~♪

個人用の携帯が鳴る。

着信は昔付き合いのあった武器商人。頼んでいた武器の手配がなんとかなったという報告だった。

これで準備は万端だと思っていた。

しかし甘かった。予想外の案件が斜め上から降ってきた。

その日、上司の大林さんは会議でずっと部屋に居なかった。

この部屋には俺一人だった。ノックの音がして、返事を返す。

入って来たのは緑川君だった。不思議に思い、壁に掛かった時計を見るとまだ二時だった。

「どうしたんだい、学校は?」

俺がそう訪ねると、緑川君は俺の近くまで来て、ガバリと膝を地面について頭を下げる。

「青島さん。一生のお願いがあります」

土下座だった。俺は突然の事態にあぜんとする。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんなんだ。いったい」

「今度の日曜日、俺と桃に休みをください」

……はい?

寝耳に水とはこの事だ。

「えっと。どういうこと?」

「事情は言えないんですけど、……頼みます。休ませてください」

必死の懇願だった。声色を聞けば分かるほど真剣な頼みだ。

俺だってその態度に何も聞かず、許可を出してやりたくはある。だがそんなわけには行かない。

「まあ、とにかく立て。立つんだ。緑川君」

肩を引っ張り上げるように緑川君を強引に立たせる。

緑川君は何とも言えず、うなだれていた。

そんな姿の緑川君を俺は初めてみた。

緑川君は快男児という言葉がよく似合う男の子だ。そんな彼がうなだれている姿は何とも痛々しい。

「とりあえず、秘密の話なんだな?」

「はい」

そう返事を返す緑川君に、俺は応接用の椅子へ座っておくように言った。

それから部屋の鍵を閉めて、俺は緑川君の向かい側に腰掛けた。

「それで……どうしたんだい?」

「それは……言えないです」

何とも口が堅い。ここで「言えなければ、許可は出来ない」と言う事も出来る。

しかし、それでは緑川君が強硬姿勢に出ないとは限らない。

そうなれば、非常にややこしい事になる。

打算は嫌だが、しょうがない。大人は小狡いものだから。

「……昔、俺は犬を飼いたいと本気で思った事があったんだ。子供の頃だ」

俺は視線を下げて、俺と目を合わせない緑川君にそう言ってみた。

「……はい?」

良かった反応が返ってきた。突然なにを言い出すんだと言わんばかりの顔に俺は話を続ける。

「まあ、良いから聞きなさい。小学校低学年の頃だった。子犬を拾ってね。かわいい柴犬みたいな犬だった。雑種だとは思うが、丸くてね」

「……」

「拾ったと言っても、通学路で付いてきたんだ。足下に戯れ付くようにして。困ったよ。我が家は一軒家だったけど、親がそういうのに厳しくてね」

俺は肩をすくめてそう言った。

「だからその子犬を飼うのは無理だと思った。親に相談をしなかったんだ。でも目の前の子犬を俺は追い出す事も、里親を探してあげる事もしなかった。どうしたと思う?」

「……分からないです」

「自転車で走ったんだよ。子犬は俺の後を一生懸命付いてきていた。俺はそれを知ってて、大きな坂道を勢いよく下ったんだ。振り返った時、子犬は前のめりに転んでた」

ずいぶんと昔の思い出だ。

子犬の姿はもう思い出せない。そういう事があったという記憶だけが残っているような遠い思い出だ。

「俺はそのまま子犬をぶっちぎって、遠回りして家に帰った。子犬が居るかもしれない……そんな風に思ったけど、居るわけなかった」

「……」

「その日の晩、親父に聞いた。犬を飼っても良いかってね。駄目だと言われると思っていた。怒られて、やっぱり駄目だったとあきらめられると思っていたんだ。おかしいだろ? 駄目だと思いたかったから、親父に聞いたんだ」

俺はそう言って笑ってみせた。緑川君は何とも言えない表情で俺の話を聞いてくれている。

「だけど答えは違っていた。『お前も大きくなった。面倒みれると約束するなら』そう言われたよ。俺は泣きそうだった。実際に一人で泣いた」

「それで……青島さんはどうしたんですか?」

「それから一週間、朝と放課後使って探し回った。だけどあの子犬は見つからなかった。どこでどうなったのか……全然分からない。この話はこれでおしまいだ」

俺はそう言って緑川君の様子をうかがう。

彼は迷った様子で、おずおずと口を開いた。

「……あの、それは話してみろってことですか?」

それに対して俺は小さく首を縦に振った。

「予想していた結果とは違う答えが返ってくるかもしれないって話だ。問題があり、解決策は一つしか無いかもしれない……だが他にもあるかもしれない。人には脳みそは一つしかないんだから」

俺はそう口にして背もたれに体重を乗せる。

「信頼と信用だよ。おっさんの戯言だと思わず、考えてほしい」

そう言って俺は黙った。

後は緑川君の出方次第だが、俺に相談をしにきたという事に勝算を見ていた。

もし彼が始めから強行するつもりなら、俺に相談せずに当日に実行してしまえば良いからだ。

悩んだ様子だったが緑川君は俺が話を始める前とは違って、まっすぐに俺の目を見つめてきた。

「じゃあ、話します。でも桃には絶対に内緒にしてください」

「ああ、絶対に喋らない。それで?」

「……その、桃が学校で虐められているみたいなんです」

……ふむ。

口元を覆うように手を当てて、俺はその言葉を租借した。

難題である。拳銃で話をつけた方が楽な事はこの世にいくらでもある。

それで解決するなら俺が引き金を引いているところだ。

「ひどいのかい?」

「多分、そこまでは……まだ始まったばっかりだと思います」

その言葉にホッとする。

「ここ数日、元気が無かったな。軽く考えすぎていたか」

思い返せば、確かにここ何日かの桃山ちゃんは元気が無かった。

体調の変化は気にしていたがあまり踏み込んでは居なかった。

「青島さんも気がついてましたか」

「多少はね。だけど、桃山ちゃんがそれで元気が無いのは良くない……。解決の当てが日曜日にあるのかい?」

「日曜日というか、土曜日から町内の子供会でキャンプがあるんです。桃がそれに同級生から誘われたらしくて」

「ふむ……。桃山ちゃんのことだから、多分断ったんだろう」

「そうなんです。でもこれをきっかけに仲良くなれば……」

「友達が出来れば別か。そう上手く行くかな?」

俺の心配に緑川君は自信のある表情を浮かべて言った。

「だから俺も一緒に行きたいんです。俺が上手く音頭を取ってやれば何とかなります」

実に男前な発言だ。

なるほど。緑川君はガキ大将タイプだ。直感的な部分もあるが、人付き合いが上手い。

彼なら上手く盛り上げるだろうという安心感がある。

緑川君がそれ以上を考えているかは分からないが、彼が目をかけているとなれば、イジメ自体の抑止力にもなるだろう。不良の兄貴が居る同級生はそれだけで一目置かれたりしたものだ。

それが虎の威を借る狐ならば問題だが、あの桃山ちゃんであれば問題は無いだろう。

俺は内心で納得しつつ、ううむと唸った。

「つまり、大事にせず。かといって、桃山ちゃんが遠慮しないやり方をしたい訳だ」

「そうです。こういうのって……難しいですから」

「殴って終わりとは行かないからね。でもあれだ。そもそもなんで虐められたのかはわかっているのかい?」

「……言いにくいですけど。その」

「うん?」

「ファイバーズです。放課後はこっちに掛かりっきりなんで」

その言葉は重たかった。

「……すまん。君たちは学生だものな」

俺は申し訳なくなり、頭を下げる。

多感な時期。俺だって、子供の頃の放課後は遊んでいた。

彼らは子供だ。それは何も一番年下の桃山ちゃんだけに限った話じゃない。

放課後、友達とかけずり回る……そうした経験をさせずに、爆弾の取り扱いを教えているのは俺だ。

おまけにそれを親兄弟、友人にも教えてはいけないと来ている。

ストレスも溜まるだろう……。

そんなことを連日続けていれば、友人との会話も難しくなるかもしれない。

「なんで、ほんとすいません。日曜日に俺たち二人に休みをください」

机に手を置いて、頭を下げる緑川君。

彼は誠実だ。むしろ、元凶はお前等にあると彼は怒鳴っても良いくらいだ。

それでは何も問題は解決しないと理解し、彼は頭を下げているのだ。

「ちょっと待ってくれ。考えるから」

俺は腕を組み考え込んだ。

ここで許可を出すのは良い。だが二人が抜けるのは戦力の大幅低下になる。

……そう言えば紅君も休むんだったな。

そう考えると、黄野さんとの二人だ。かなり過酷と言えるだろう。だが、狙撃と迎撃。

俺が全力で動けば、何とかなるかもしれない。

今後の事を考えると、ここで桃山ちゃんの憂いが無くなるのは重要だ。

後で解決するには難しい問題なのだし、あの子が不登校にでもなったら目も当てられない。

緑川君もファイバーズに疑念を持つだろう。彼の根底にあるのは思いやりだ。

これも利己的な考えがあっての行動ではない。

これが軍であれば、別の人間を選抜する事も出来る。だが、だぢづで人の前で行動できるのは五人しか居ない。

替えは効かないのだ。その中で不審の芽が芽生えるのは、はっきり言ってまずい。

「……条件付きで許可しよう」

「ほ、本当ですか!」

「ああ、条件は二つ。今後、いかなる理由でも日曜日は休ませてあげられない。今回は特別だ。次に隠し事は無しだ。何でも良い、気がついたら相談してほしい。この二つが出来るなら、許可だ」

俺はそう言って、緑川君の目をまっすぐに射抜く。

「わ、わかりました。守ります」

俺の眼力に怯みながらも、緑川君はそう言ってくれた。

「あとだ。キャンプだけでは不安が残る。学校には手を回しておこう」

俺の言葉に緑川君はギョッとする。だから俺は心配するなと手をかざして彼の言葉を止める。

「もちろん大事にはしない。裏から手を回して、正直言えばお金だ。これでイジメが発生しにくい環境に整える。例えば子供達のストレス解消用のイベントを増やしたり、教職員を増やしたりもできる。桃山ちゃんの回りを直接どうこうするような安直なことはしないから安心しなさい」

俺がそう言うと、緑川君はホッとため息を吐きだした。

「ありがとうございます。青島さん」

「なに。ファイバーズは仲間だ。それに大人は頼られるのが嬉しいのさ」

俺はそう笑って、緑川君を安心させる。仕事は増えたがこれくらいなんてことは無い。

兵器ではない予算の件はなんとかねじ込めるだろう。そっちの予算はあまり使っていない。

しかし最も気になるのは日曜日の事だった。俺は戦いの算段に関して頭を巡らせていた。

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