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第一章

09.

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 屋敷に戻ってから、父は慌ただしく指示をしていた。
 レオンを探していた騎士団に、事情を伝えて、使いを出す。
 レオンを客室のベットで休ませる。体は元に戻ったけれど、青白い顔で少し呼吸も荒かった。
 しばらくしてルーが現れて、後を任せることとなった。

 幼いリゼットは、深く眠っていたため、ベットに休ませて、マノンとマノンの母が世話をしていた。
 マノンの母は、リゼットの母が不在の時にお守りの役をしていた。灰は拭い取られ、着替えも済ませている。

 二人の様子が落ち着き、ディーはリゼットを呼ぶ。
 リゼットは、ディーと違い、過去の記憶の人物には、見えていないようだった。

「思い出したか?」
「少し、思い出しました。でも、竜になっていたなんて……レオンに……っ」

 続ける言葉は嗚咽となった。
 思い出して、頭の中で再生される映像は、自分自身がレオンを傷つけたものに変わっていた。

(どうして、傷つけているのに、側にいてくれたの……っ)

「リゼット、あれを見てごらんなさい」

 涙で視界が歪んでいたリゼットに、ディーは声をかける。
 幼いリゼットに、レオンが駆け寄っていた。騎士団の兵士が止める声がするが、レオンは止まらなかった。
 リゼットの手をとるレオン。
 まだまだ幼い顔立ちだけれど、青年のレオンと変わらずリゼットを見る眼差しは温かい。

「リゼット、ごめんなさい。俺がちゃんと守れなくて、ごめんなさい」

 幼いリゼットに声か届かず、すやすやと寝息を立てている。

「これから俺はもっと強くなって、リゼットを守るから。リゼットがどんな姿でも、俺が守れるように強くなるから。だから、また笑って、俺の側にいてほしい」

 そうして、レオンはリゼットと唇を重ねた。
 眠るリゼットがわずかに微笑んだ。

「この後、レオンとリゼットが婚約をすることになる」
「……」
「もちろん、反対が多かった。この件は私たちと国王しか知らない。騎士団は、ただ捜索をしただけで、現場を見ていない。『二人で木に登って怪我をして、気を失った』としか知らない」
「……」
「でも、レオンが貴女のことが大好きだからと熱心に話していたのが、表立っての理由になっている」
「……」
「それだけじゃ不満か?」
「……不満なんかありません!」
「じゃあ、どうしてそんな悲しい顔をしているんだね」
「わたくしが、レオンを」
「レオンが許しても?」
「そ、それは……」
「私と話しても、解決しないのはわかるだろう?」

 ディーが右手を振る。力を使う合図だ。

「レオンに会いたい、会って話したい」

ーーいってらっしゃい、とディーが呟いた瞬間、リゼットは元の世界に帰ってきた。
 広間の、暗闇のなか。
 魔法陣の光は、消えかけていた。ディーの姿はない。頭のなかで声がした。

「後はリゼットが頑張るんだよ。湖の底から、見ているよ。もう成人するまでは会いに来ないように!」
「はい、お母様」

 広間の扉を開ける。
 扉の横にレオンが立っていた。すぐ視線が合う。

「リゼット、おかえりなさい」
「レオン、ただいま帰りました」

 それで、とリゼットは続ける。

「ちゃんと記憶が戻りました。それで、レオンに聞きたいことと伝えたいことがあるの」
「ここで話す?それとも部屋に行く?」
「ここで、今すぐに伝えたい。ごめんなさい、わたくし、レオンにひどいことをしたわ」
「ええ?それ?もう済んだことだよ。それに治してくれたのは、リゼットでしょ?」

 レオンは全然大丈夫と両腕を見せる。
 今までだって、あんな傷がある腕でなかったし、じっくり見てもやっぱり傷なんてなかった。
 リゼットの目は、涙でいっぱいになる。

「でも、レオンは覚えていたんでしょう?痛かったでしょう?」
「痛みはほとんど覚えてないよ。ねえ、それはもういいんだってば」
「良くない!!」
「良い!!」

 レオンがリゼットを引き寄せて、抱きしめる。
 それでもリゼットは泣きじゃくった。

「ねぇリゼット。記憶戻って、俺のこと惚れ直した?」
「え?」
「俺さ、あんな痛い思いしても、リゼット以外の女性なんて興味持てないんだぜ。例えば、マノンとか?」
「なぜマノンが出てくるの?」
「そこにいるから」

 指差す方に、確かにマノンが立っていた。
 おそらく、レオンと同様にずっとここにいてくれたのだろう。視線は合わない。気を遣って、きっと明後日のほうをみて待機している。
 レオンは続けて、マノンの隣にいるルーを指す。

「リゼットは、誰にキスされてもいいの?ルーでもいいの?」

 ルーは真顔でリゼットを見ている。
 あれは、いつも通りレオンの側にいる時の顔。

「ルーでもいいなら、命令すればしてくれるんじゃない?」
「ぇ、嫌……です……」

 リゼットはやっと意思を発した。ルーは真顔のままである。

「じゃあ、俺とだけならいいの?」
「レオンとなら……っ」
「ちゃんと言ってほしい!」
「それはちょっと待って!!」

 レオンの腕のなかで、もがもがと暴れる。レオンはがっかりして、その腕を緩めた。

「あのね、わたくし、レオンしか知らないのよ。ずっとレオンと一緒だったから、でも、記憶が戻って、じゃあこれからも婚約したままでいましょうとは、簡単に言えないの」
「そうなんだ」
「でも、キス……されるとドキドキするし、いつもお菓子を作ると喜んで食べてくれたり。そういうのを他の人とは、考えられないわ」
「うん」
「これが恋と言うか、自信がないけれど、レオンのこと大好きよ」

 ストレートな言葉は、レオンに十分だった。

「じゃあ、お願いしてもいい?」
「え?」

 レオンはリゼットの耳元で囁いた。

「君からキスをしてほしい」

 リゼットの顔は赤く火照る。
 ルーもマノンも消えていた。
 もう一度レオンを見ると、手を広げて待っていた。

「早く」

 急かすレオン。
 リゼットはつま先で立ち、軽くくちびるを合わせる。
 ほんの触れただけで、リゼットには精一杯だった。
 レオンが力強く抱きしめて、また囁いた。

「ありがとう。リゼット愛してる」
「わたくしもです……」

 リゼットも、レオンの背中に手を伸ばした。
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