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第一章

08.

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 リゼットが目が覚めたのは、自分のベットだった。
 ぱちぱちと瞬きをする。
 窓の外は夜が空けようとしている。起き上がろうとすると、マノンが横から支えてくれた。

「ありがとう、マノン……ぅわぁ!」

 ぎゅーっとマノンが抱きついてきて、息が苦しい。

「リゼットお嬢様!本当に、本当に心配していました。このまま永遠に眠っているのかと……!」
「ええ?わたくし、そんなに寝ていたの?」
「それに!レオナード様も共に倒れていて、ルーが隣室で寝かせていますけど…。それと、お嬢様、そのお姿はいったいどうして?」

 言われてみて、リゼットは自分の体を確認した。
 両腕の皮膚は鱗がびっしりと付いている。ダークブラウンの髪は、所々色が抜けたように銀髪に変わっていた。

「ええと、夢じゃなかったのかしら?」
「夢じゃないですよ。レオナード様が倒れる前に、私も腕の変化を見ましたもの」

 マノンは答えた。
 リゼットは先程の出来事は夢だったと思いたかった。
 ああでも、ともう一度腕を撫でる。硬い鱗。それも、これはお母様の本当の姿の鱗と似ている。
 ドアをノックする音がする。
 マノンが応対する。

 ドアの向こうには、リゼットの父がいた。

「具合はどうだい、リゼット?」
「この通りです」

 リゼットは両腕を見せた。
 父がベットの端に腰かける。鱗を父はそっと撫でた。

「私がもっとしっかりしていれば、こんなことにならなかったかもしれない。申し訳ない。ディーが二人を連れてきてくれたんだよ」
「いいえ。幼い頃のわたくしがやってしまったことです。わたくしに責任があります。……お母様は今どこにいらっしゃいますか?」
「準備をしている。もう少し、時間がかかるそうだよ」

 どこで、とも聞けずに俯いた。
 父は優しく頭を撫でてくれる。子どもの頃のを思い出し、少し心が落ち着いた。

「お母様とお話しできて、とても嬉しいです。また会える日が来ると思っていなかったので、驚きましたけれども」

 リゼットがにっこり笑うと、父は涙ぐんで「そうか、そうか」とさらに頭を撫でた。

「これから国王への報告と、今後の相談をすることになっているんだ。お茶会の始末も、これから。だから継承の儀式に私が関わることはできない」
「わかりました……」
「ディーは……ディーの一族は、王族と強い関わりを持っている。どうしてか、ディーだけは私のところにお嫁さんに来てくれたのだけど」
「……ひとめぼれ、でしたよね?」

 何度も父から聞いた、母との馴れ初め。
 そういえば、母の一族とは一度も会ったことがない。
 父はふっと笑う。

「ディーの一族にとても反対されたけれど、ディーが一蹴してしまった。それ以降は会ったことがない。でも、私たちは幸せだよ。とても愛らしい子どもが生まれたことで、一層幸せだよ」

 ありがとう、と父は小さく言った。

「お嬢様、まもなく準備が終わるそうです。そろそろお召し替えしませんか?」

 マノンが声をかけた。
 リゼットは未だ部屋着のままだった。
 父の頬にキスをして、部屋から見送る。そうして、自身のの身支度を整える。
 マノンと普段通りのドレスを選ぶ。薄いグリーンのAラインのドレス。腕を通す時に、ちょっと鱗が引っかかってしまった。
 髪をハーフアップに結ってもらい、白いレース素材の髪留めをする。

 部屋の外に出ると、レオンが待っていた。背後にルーも控えている。
 レオンに左手を差し出され、リゼットは右手を重ねた。そのまま案内される。

「大丈夫?」
「大丈夫、とは言えないです。見た目も変わったし、いろんなことに驚いてしまって」
「記憶は?」
「前に湖の底に行った記憶は、まったく思い出せません」
「そうか。もしかしたら、思い出したのかと思って、心配だった」
「心配って、どんな記憶ですか?話してくださっても良いんですよ。昨日の『灰』以上のものでも、今なら聞けそうです」

 ああ、とレオンは立ち止まった。
 後ろをついてきたマノン、ルーも一緒に立ち止まる。

「もしも、思い出したら、リゼットは俺との婚約をやめてしまうのかなと思って、心配だった」
「それは、聞いてみないとわかりませんし、男爵の娘から王子の婚約解消ってできるものですか?父の立場もあるでしょう?」
「できる。少なくともリゼットにはできるんだ」
「え?」
「未来の湖の底の竜として、リゼットは王族との結婚が決まっている。俺じゃない誰かを選ぶことができる。でも、俺はリゼットが大好きだから、どうしても結婚したいと思っている。でも、リゼットは俺のことが好きなのか?」

 好きか、と聞かれてもリゼットは答えることができなかった。
 正直、立場の違いで隠れていじめられたりしたし、お茶会で遠回しの嫌味もあった。
 でも、レオンはいつも優しかったし、味方でいてくれた。
 けれどーーそれは好きっていうの?

 考え込むリゼットに、レオンは無理やり微笑んだ。いつもの優しい顔。

「じゃあ、継承が終わってから、話すよ。今は、その姿をなんとかしないと」

 ◇◇◇

 広間でディーは待っていた。
 カーテンを閉めて、仄暗くなった部屋。中央は魔法で描いた、蛍火のような光る魔法陣があった。

「ここには私とリゼットだけ残る。他は広間の外へ」

 するとレオンもすうっと出て行く。耳元で「またね」と囁かれた。
 皆が出て行き、ドアを閉められるのを確認し、ディーはリゼットを招き入れた。

「怖がることはない。すぐに終わる。ただし、いくつか気をつけてほしいことがある」
「……はい」
「竜の力は本来は18歳を過ぎてからのものだ。リゼットには2年早い。そのため、力をコントロールできず不安定なこともある。私も助けるから、辛くなったらすぐ言ってくれ。そしてもう一つ、リゼットが失った記憶も取り戻せる」
「……はい」
「言うか迷ったが、あの時のリゼットは、力が暴走して、レオンを傷つけた。その記憶を当時のまま思い出すだろう」
「……!?」
「どうか、思い出しても、自分もレオンも嫌いにならないでほしい。その時の傷は全部消えている。リゼットが気に病むこともない」
「……わ、わかりました」

 傷つけた、と言われても記憶がない。
 どうして、レオンはそれを「心配だ」と言うのだろう。不安となって、胸をもやもやさせる。
 けれど、今は、ディーとの儀式を進めたい。
 ディーと両手を繋いだ。

「よろしくお願いします!」

 目を見て、手をぎゅっと握りしめる。
 ディーはニヤッと笑う。

「大丈夫だ。ほんの一瞬だよ」

 魔法陣の中で、ディーとそのまま手を繋いている。

「これから力を送る。熱く感じたらOKだよ」

 そうして、ディーは息をふーっと大きく吐いた。集中した眼差して、二人の手を見つめる。
 リゼットも同様に見つめる。
 すると、手が熱くなり、腕に、肩に、心臓に、熱さが伝わる。血が巡るように、全身が熱くなる。
 熱くなるとともに、二人の髪はふわぁっと風になびくように動いた。

「ね?大丈夫でしょう?」
「……はい」

 次第に熱さが和らぎ、流れてくる熱も少なくなる。
 そうして、ディーが手を離すと、抱き寄せた。

「よくがんばりましたっ!」

 子どもを褒めるように、頭を撫で撫でする。
 リゼットは嬉しくて目を瞑る。
 するとまぶたの向こう側から、赤黒い映像が現れた。

 ◇◇◇

 暗い場所。
 その場にいるかのような、感覚に陥る。

 周りを見渡す。
 闇の中に、小さな竜と少年。

「レオン?」

 少年は、レオンだった。
 竜と対峙して、震えていた。

「リゼット、何で……?」

 レオンはリゼットを呼ぶ。
 リゼットが近寄ろうとするが、体が動かない。痺れたように、指さえも動かせなかった。

 竜は、レオンを見つめて、ジリジリと近づいた。

「リゼット、リゼット!」

 レオンがさらに呼ぶ。
 呼ぶ先の視線は、竜に向いていた。
 竜は、咆吼を上げ、レオンに牙を向けた。レオンは両腕で顔を庇う。
 そこに牙が向いた。

「うわあああああああ」

 リゼットは顔を背けようとするが、動けなかった。
 レオンの腕は、赤黒く染まり、欠けた。
 リゼットは、強い目眩とで、その場に座り込んだ。

(レオンが死んでしまう……!)

 リゼットは床に手をついた。右手痺れが緩やかになる。
 右手を竜にかざすと、熱い塊ができる。

「レオンっ、レオンがいないと嫌だ!!」

 竜に向けて、放った。
 閃光が走り、竜が咆吼上げて暴れ、やがて灰にまみれた幼いリゼットが現れた。
 リゼットは、胸で深く呼吸をする。

「アレは、リゼットの隙をつく」

 すぐ側にディーが立っていた。

「リゼット、これは貴女が失った記憶よ。レオンは両腕を、貴女に奪われた。
 今見た通りのことが、あの時の記憶。貴女はここに来て、竜の姿になった。そして、レオンを襲った」
「どうして、わたくし……そんな」
「リゼットにも、レオンにも、落ち度はないわ。闇の配下は、心の隙を突くのが得意なの。とりあえずレオンを治しましょう。リゼットも手伝って」
「……はい」

 ぐったりする幼い二人に近づく。
 レオンの両腕に、ディーは両手をかざす。
 それにリゼットは促されて、同じように両手をかざした。両手が温かく感じ、やがて青白い光が生まれた。
 光がレオンの両腕を包み込む。

(早く治りますように、綺麗に治りますように)

 リゼットは念じる。
 やがてディーが「よし、大丈夫」と言い手を離した。
 レオンの両腕は、何もなかったかのように綺麗に戻っていた。
 そうして、ディーは二人を抱える。
 幼いリゼットは、気を失ったままだ。

「屋敷に戻り、二人を任せよう」

 ディーに言われ、ついて行く。
 屋敷では、リゼットの父が待っていた。
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