王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

文字の大きさ
7 / 55
第一章

07.

しおりを挟む
 リゼットが目を覚ましたのは、深い青の景色だった。

 天から光が降り注ぐけれど、リゼットのところまではよく届いていない。
 足元がよく見えず、目を凝らす。
 どうやら、深い水の底にいるようだった。息ができていることに、不思議はあったが、自分と水の間に薄い膜が張られているようだと気がついた。
 自室で着替えたままの、ラフなドレスのままだっった。
 右手の中指にはレオンから贈られた指輪があり、安堵した。

「誰かいますか?」

 問いかけても返っては来ない。

 とりあえず、周囲を歩いてみる。
 足元は水草も生えず、岩場になっていた。
 真横を見てもそれが坂になっておらず、とても広い水の世界のようだった。
 どちらに歩けば良いのだろう、少し悩んでいると、前方から何か光るものが近づいてきた。
 胸元に手を当てて、それが味方であることを祈る。

「誰じゃ」

 よく響く声がした。
 腰まで伸びた青い髪を揺らし、金色の目をした美しく妖艶な女性。 

「わたくしはリゼット・レイシーモルドと申します」

 丁寧にお辞儀をして名乗る。
 青髪の女性は、満足気に笑った。

「よく知っておる。そなたが幼い頃に、ここに来た事があるのだが、記憶はあるか?」
「ここはどこですか?記憶?」

 リゼットはこの場所に、初めて来たはずだった。
 もう一度辺りを見回すが、何も思い出せない。

「ふむ。ここは、王国の湖の底じゃ。記憶無しのままでは話にならん」

 女性は右手を軽く振る。
 すると、女性とリゼットの間に、唐突にレオンが立っていた。

「レオン!?」
「……リゼット?」

 レオンは驚いた顔でリゼットを見つめた。

「レオナード・フォルトデリア」

 女性の方をレオンが向く。その姿を見て、だいたい察する。

「ディーフィート・シルヴメルティ様、お目にかかれて光栄です」

 レオンは片膝をついて、女性に頭を下げた。リゼットもそれに倣う。

「堅苦しいしきたりは不要じゃ。顔を上げよ。わたくしのことも、ディーと呼ぶが良い。長い名前など煩わしい」
「わかりました」
「ところで、リゼットはここの記憶がないのじゃ」

 レオンがちらりとリゼットをみる。リゼットの腕には、鱗がない。
 ここには呪いが及んでいないようだ。

「それについては、こちらからも伺いたいことがあります。ただ……」
「リゼットがここにいることが、アレのせいなのだろう。すべてを話さなければ、解決はしない」

 ピシャリと言い放つディーに、レオンは覚悟を決めなければいけなかった。
 リゼットを引き寄せて、抱きしめる。額に軽くキスをし、申し訳なさそうな顔で見つめる。
 リゼットは、どうしたら良いかわからない。

「…… レオンは、わたくしに何か隠し事があるのですか?」
「隠し事というか、リゼットにとって辛いことを、思い出させてしまう」
「わたくしにとって……?」
「リゼットの母のことだ」
「お母様のこと?お母様は、わたくしが小さい頃に、病気で亡くなったではありませんか。亡くなる直前まで、わたくしとレオンでお見舞いをしたことはよく覚えていますよ」
「……ちが、ぅ」

 リゼットは戸惑った。
 レオンと一緒に、庭で咲いた花を母の寝室に持っていったことは、確かに現実だと思っていた。
 レオンはリゼットを力強く抱きしめて、ためらうように言葉を放った。

「目の前にいるディーが、リゼットの母だ」
「え?え?」

 リゼットはディーを見た。
 思い出の母と、ディーに共通するものなど、どこにあるのだろうか。
 顔貌も、髪も、目も、話し方にすら面影などない。

「まったくっ!腹を痛めて産んだというのにのう」

 ディーは両手を腰に手を当てて、眉をハの字にした。そうして、両手を広げる。
 レオンはリゼットの手を取り、ディーのそばに連れていく。そうして、リゼットの背中を押した。
 未だ混乱が続くリゼットを、ディーは両手で柔らかく包み込んだ。

「久しぶりじゃの。10年も経つと抱き心地が違って、大人のレディじゃないか」
「えええ?」
「異性だったらセクシャルハラスメントですよ」
「そんなこと言いおって。レオンだって抱きしめたりキスしたい放題じゃろ?」
「放題ではないです。一応、自制はしていました」
「……あの、え?本当に、どういう事なのか、教えてください」

 ディーに抱きしめられながらい、幼児のように頬擦りされて、リゼットの混乱はピークを迎えていた。

「あ、そうだった。えーっと、どこから話したらいいかな?ここは現実とちょっと違う空間なんだ」
「そうじゃな。……いや、もう話し方も戻そう。その方が良い」

 後はディーに促す。
 ディーはリゼットの両腕を優しく掴み、視線を合わせた。

「少し長い話になる。貴女の失くした記憶と、私の話。立ちっぱなしも疲れるから、ソファに座って」

 ディーが右手をサッと振ると、ソファとテーブル、暖かい紅茶と菓子が用意された。
 皆が座ると、ディーは話を続けた。

 ◇◇◇

 どこから話したらいいかしら。
 とりあえず、記憶の部分だけ話すわね。
 もし、具合が悪くなったら、いつでも言って頂戴。

 貴女が6歳の頃になるわ。
 まだ私が貴女のお母様で、そばにいた頃よ。

 あ、まだちゃんと元気よ!
 貴女とお庭を駆け回っていたわよ、うふふ。

 私の家系は、この湖の女神様と縁があると言われていたの。だいたいが成人した女性に、女神様の力を継承するの。


 女神様との継承されると、その後はほとんどをこの湖の底で過ごすことになるの。
 家族と日々過ごせなくなって、ある意味で『呪い』よね。

 私が成人した頃に、それを継承した。成人後に、お父様と結婚して、貴女が生まれた。

 貴女が成人するまでの間に、継承まで色々教えるつもりだった。
 でも、その前に、貴女がこの場所の道をみつけてしまったの。

 貴女をそそのかした、闇の配下がいたの。
 昨日、『それ』に会ったでしょう?
 ええ。灰になる、『それ』

 貴女が、ここーー湖の底ーーに来ることで、闇の配下が力を奪おうとしたの。
 私が気がついて、ここに戻って来た。貴女たちがいたわ。

 私は全力で闇の配下を倒して、貴女たちをお父様のところに戻した。
 そして……私は、少し寝込んでしまったけれど、湖の主として生きることになったの。

 今の姿が、私の本当の姿よ。
 ああ、人間としてはね。もう一つ、ちゃんとした姿があって、それはきっとびっくりさせちゃう。
 でも、見てみる?

 ◇◇◇

 ディーはクスクス笑って立ち上がり、右手を振った。そうして、一瞬姿が見えなくなる。

 リゼットたちが瞬きしたくらいで、目の前に大きな龍がいた。
 竜になった母。

「これが本当の私。ねぇ、びっくりしちゃった?」

 女性の声から、野太くチリチリと焼けるような声に変わる。

「はい……。とってもびっくりしました」

 リゼットは正直に答えた。
 そしてまた、瞬間に、人間の姿のディーに変わる。

「その時に、貴女にも龍の力が現れたのよ。まだ継承してないはずなのに。あの時の貴女は竜になりかけていた」

 あの時ディーが見たのは愛おしい娘は、手足が竜の鱗で覆われていた。
 この場所ーー湖の底ーーが、竜の血を呼び起こしたのか?
 ディーは力を使い、娘を元の姿に戻したと言う。

「お父様のところへ送った後、貴女はしばらく眠って、その時のこと全て忘れたのよ。お父様もそのままで良いと話したわ」

 ディーはソファに腰掛け、二人にも促した。

「レオンは、全部見ていたのよね」
「ああ。リゼットがすっかり忘れていたから、思い出さなくてもいいと思った」
「お父様も変わっているけど、貴方も変わっているわ。竜は、けっこう面倒よ?」
「わかっています」
「ところでリゼット、あの時のことは何か思い出したかしら?」

 リゼットはふるふると首を振る。

「何も。でも、闇の配下は、お茶会で見た……のかも。あの、灰になって……」
「それ以上言わなくていいわ。『それ』はまた貴女を狙っているのね。それと、ここに来たきっかけも、貴女の力が起こされたのね」
「っ、それでまた竜になりかけているのか?でもここでは鱗は出ていない」

 レオンが見たリゼットの鱗は、ここでは消えている。

「ここは私の力で溢れているからね。でも、向こうは変わっていない。私がまた治してみるから、屋敷に戻りましょうか」

 ディーはにこりと笑うと、また右手を振った。瞬間、リゼットの自室に戻っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...