王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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第二章

11.

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 あれから一月が経った。
 リゼットの平凡な日常は、ほとんど元に戻っている。相変わらずレオンは、仕事の合間に遊びに来ては、お菓子を食べている。
 今日は天気が良いので、庭の東屋でのんびりとしていた。ちなみにおやつは、リゼットの手作りの焼きドーナツである。
 少し離れてリゼットの側仕えのマノンと、レオンの護衛のルーも控えていた。

 リゼットの髪は、未だに一部が銀髪のままだ。両サイドの髪の一房が銀に輝く。今日のような日差しに当たると、特に輝きを増す。
 両サイドの髪がそれは『竜の力』を継承した証だが、王族と一部の上位貴族だけに知られている。
 知らない者には、変わった髪染めの趣味ぐらいだと思われている。目立つからと染めてみようとしたが、色が乗らずに諦めた。

「リゼット、君のお父上が伯爵に上がることはもう知っているか?」

 レオンはドーナツを平らげて、お茶を飲んで話し始める。
 リゼットは父から少し前に「大変なことになった」と聞かされたことを思い出す。

「はい。子爵ではなく、伯爵に上がることになったとお聞きしました。爵位が上がる覚悟はしていたそうですが、驚いていました」
「そうだろうなぁ。実際は、辺境伯にして、湖付近の都市を任せる案も出ていたんだ」
「辺境伯……。それと、湖ですか?」
「ああ、ディーのいる湖だろ?近くにいたら、良いかと計らいを」
「お母様とは、多分会えないと思うのですけど……?」

 リゼットは母との会話を思い返す。
 継承はほとんど終えて「リゼットが成人する18歳までは会えない」とはっきり言われている。

「そうか、会えるわけではないんだな。だけど、数年前からそこの辺境伯が高齢で、後継ぎもいなくて……で、リゼットの件があって、白羽の矢が立ったわけだ」
「え、それは何とも……」
「まあ、急だよね。伯爵になって直ぐにとは言わないけれど。今の辺境伯はもう乗り気で、後継者教育をしてから引退すると明言していたよ。リゼットの父上次第だけれど、辺境伯にいずれなると思うよ?」

 レオンはお茶を一口飲んで続けた。

「ところで、湖の都市はミヨゾティースと言うんだけど、リゼットは行ったことあるか?」
「いえ、学院の地理で習っただけです。確か初夏に盛大なお祭りがあるんですよね」
「そう!リゼットと一緒に見てみたいんだけど、どうかな?」

 レオンはニコニコの笑顔でお誘いする。

「ええ。でも、レオンはしばらくお忙しいのでは?騎士団の遠征があると伺いましたけれど」

 するとレオンはがっくりと、頭を下げた。テーブルに人差し指をグリグリさせる。

「そうなんだよ。南東の森の方に、モンスターの巣ができて、その辺りの町村に被害が出てるんだ。今のうちに巣を潰さないと、農作物に影響がでる」
「モンスターの巣……ですか」
「報告ではまだ町村の人に被害はないんだけどね」
「お怪我なさいませんよう、お気をつけくださいませ」
「ああ。もちろんだ!早ければ3日で戻るから、帰ったらすぐに会いにいくよ。ああ、それと……」

 レオンはルーを呼ぶ。
 すうっと足音なくルーは側に来た。

「ルー、リゼットとマノンに例の件の用意を」
「かしこまりました」

 ルーは一礼すると、屋敷に戻る。
 リゼットは小首を傾げて、レオンに聞く。

「どうしたのですか?」
「ああ、俺とルーは遠征に行くだろ。その間に、リゼットの護衛を任せるものを紹介するよ。それから、リゼットには王様からいくつか書物を預かっている」

(お茶よりも、そちらの方が先なのでは?)

 すでに空になったお皿を見つめ、リゼットはツッコミを心の中に収めた。リゼットはマノンを側に呼ぶ。
 少しして、ルーは大量の書物を抱えて戻ってきた。少し後ろに、長身の男性が控える。騎士団の灰色の制服と、赤いマントを着用している。
 リゼットと目が合う。左右の目の色が違っていて、あまりに綺麗なのでリゼットは見つめてしまう。すると、長身の男は目を逸らした。

 ルーは、書物をテーブルに置く。
 古めかしい装飾を施した書物は、どれも背表紙に『竜』や『魔術』と書かれている。
 ルーはレオンに促されて、声を出した。

「書物は、リゼット様が成人するまでに覚える魔法関係のものです。王宮魔術士からリゼット様へ貸し出しとなります」
「ずいぶん多いのですね。これをすべて読んで覚えるだけで良いのでしょうか?」
「はい、まずはすべて読んでくださいとのことです。後日、リゼット様は王宮で王宮魔術士から、魔法についての実習があります」
「ええと、わたくしが魔法を使うということですか?」
「はい。竜の力をコントロールするために、魔法を覚えるとのことです。詳しいことは王宮でお伝えするかと思います。その間、王宮まで通っていただくことになります」
「……わかりました」

 魔法。
 リゼットの世界では、魔法は魔力のあるものが使えるものだった。
 リゼットは小さい頃に測ってもらったが、魔力値はあまりなかった。

 レオンは王族ということもあり、魔力値は多い。攻撃に特化しているため、リゼットはレオンの魔法を見たことがない。

 父の『魔導師』は、魔力が一定値より多いものの集団だ。だが、『魔術士』とは仕事内容は変わる。

 魔術士は、魔力だけで攻撃や回復などを行う。それらを『魔法』と呼んでいる。
 魔術士も『魔術士団』がある。だが、個々の魔術士の得意魔法が違うため、得意魔法ごとに細分化されていた。

 魔導師は、魔力だけでなく魔力補助の道具を開発する。例えば、足が早くなる靴や、回復力が多くなるアクセサリーの開発などが主だ。
 作成物ごとにチーム分けはしているが、魔導師団長がとりまとめ役をしている。

「ああ、それとリゼット様の護衛を務めるものです。ご挨拶を」

 ルーに促されて、控えていた男が前に出る。
 リゼットは立ち上がって待つ。
肩にかかるくらいの黒髪を後ろに一つに束ね、オッドアイの目は不思議な魅力をまとっていた。

「ヴォルター・シュメリングと申します」

 一言だけ話すと、またルーの後ろに下がる。

「リゼット・レイシーモルドです。よろしくお願いいたします」

 リゼットがお辞儀をすると、ヴォルターはまた一礼をした。
 レオンが立ち上がり、ヴォルターの肩を叩く。

「ヴォルター、あまり緊張しなくていい」
「はい。ですが、レオナード王子の大事な方ですので」
「リゼット、ヴォルターは剣の才能がある。代々、王族の警護をしている一族なんだ。俺たちが不在の時の警護は、彼が適任だと思って手配した」
「数日の間ですが、命に換えても御守りいたします」
「ヴォルターがいれば、大抵は大丈夫だから、安心して過ごすといい」
「かしこまりました」

 リゼットは二人に微笑む。
 ルーとヴォルターは、書物をリゼットの自室まで運ぶ。マノンもついて行き、警護の打ち合わせをすることとなった。

 東屋にレオンと二人きりになる。
リゼットは椅子に腰掛けると、少し冷めたお茶を口に含む。
 レオンは左隣に座ると、リゼットの肩に頭を乗せる。

「ど、どうしたのですか?」

 少し心臓が跳ねる。
 レオンの髪から良い匂いがする。レオンは頭を乗せたまま、少し甘えた声を出す。

「最低3日」
「え?」
「3日もリゼットに会えないのは寂しい」
「え、ええ、そうですね」

 リゼットが答えると、レオンはリゼットの左手に触れる。
 少し熱を帯びたレオンの両手で、左手を包まれる。

「ねぇ、俺が今、何を考えてると思う?」
「え、ええ?」

 リゼットはドキドキするだけで精一杯で、何とも言葉にできずにいた。
 しばし無言。
 そして、左手を引っ張られて、レオンの方に体が向く。そのままレオンの両腕の中に包まれる。

「俺ばかり?リゼットは寂しくないの?」

 耳元でレオンがささやいた。
 拗ねた声が、掠れて、耳がくすぐったい。

「れ、レオンはちゃんと帰ってきますっ!強いし、きっと大丈夫だって……」
「そうじゃなくて、こうやって触れることができないことが寂しいの」
「え……ひゃっ!」

 レオンがおでこにキスをして、リゼットは変な声が出る。
 目をぎゅっと瞑ると、今度は頬に唇の感覚。

「次はどこにして欲しい?」

 レオンがまた耳にささやくけれど、リゼットは蚊の鳴くような声で残念な返事をした。

「もう……無理、です……恥ずかし、い」
「じゃあ帰ってきたら続きをしようね」
「い、嫌です……!」

 レオンは顔を真っ赤にしたリゼットを眺めて、満足げにニヤッと笑い頷いた。
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