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第二章

13.

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 王宮魔術士の王宮は、城の奥にあった。
 城の中を通るわけではなく、城からそれぞれの王宮への道が放射線状にあり、さらにそれぞれの王宮も繋がっていた。
 地図を見ると蜘蛛の巣のように見える。

 それぞれの道は、各所の境目に門番を配置している。
 機密を所持している王宮もあるため、リゼットがもらった腕輪のような、国から支給された許可証がなければ通過できない仕組みとなっていた。

 今回はレオンの馬車ごと許可証になっているため、通過は簡単だった。
 門の少し手前でアラートが鳴り、馬車が門に近づくと開く。通過するとまた門が閉じた。

 リゼットは珍しくて、門のほうをじっと見つめる。
 レオンはそんなリゼットをみて、話しかける。

「仕掛けが面白いのか?」
「ええ、乗っているだけで門が開閉するので興味深いです」
「馬車に許可証の登録魔導具が組み込まれているんだ。本当はリゼットにこの馬車ごと貸したいけれど、その許可はまだ降りていないんだ」
「そうですか。では、その都度、わたくしが腕輪をかざすといいのでしょうか?」
「いや。門付近に探知機があるから、乗っているだけで大丈夫だ。この馬車に腕輪と同じ仕組みの機具がついているから、門の通過前に探知機が動いて、門が動くのだよ。リゼットの腕輪でも同じ動きをするはずだ。もし呼び止められたら、腕輪を見せるといい」

 どんな仕組みなのか興味があるけれど、腕輪を無くさないよう大事にしようと思った。
 いくつかの門を通過し、ようやく王宮魔術士の王宮に到着した。

 王宮の門の前では、3人の男性が控えていた。
 レオンが馬車を先に降り、リゼットをエスコートする。男性のひとりが一歩前に進み、レオンに敬礼をする。
 魔術士から王族への正式な挨拶。それをレオンは手を挙げて、応える。

「レオナード様この度は貴重な機会をいただき感謝申し上げます」
「ああ、よろしく頼む」

 男性はリゼットのほうに体を向け、同じように敬礼をする。

「リゼット様、またお目にかかれて光栄です。ヘルベルト・グープラと申します」
「ヘルベルト様、こちらこそどうぞご指導お願いいたします」

 リゼットがお辞儀をし、顔を上げると、ヘルベルトも敬礼の手を下ろした。他の二人は、ヘルベルトの側近だろうか、特に挨拶もなく、ヘルベルトの後をついていく。

 王宮内は、城とも屋敷とも違う構造をしていた。レオンが「機密があるため」と言っていたのだけれど、リゼットは迷いそうで心許ない。
 少し早歩きのヘルベルトについていくのが精一杯だった。

 王宮の研究室をいくつか見学する。
 魔法の五大元素それぞれに、研究グループが分かれていた。ある部屋では、魔力を機械に放出していたし、別の部屋では天井に届くような大量の書物を読み巻物に研究の成果を記していた。
 ヘルベルトから軽く説明されるけれど、リゼットはまだ理解が及ばないものが多く、レオンからさらに簡単な説明を受けた。

 そうして、研究室のなかでも最奥にある機械が多い部屋に通された。

「リゼット様には、まず魔力値がどれくらいあるかを測らせていただきます。また、どの五大元素に優れているかも調べさせていただきます」

 ヘルベルトはいくつかの器具、リゼットに差し出した。

「少し手足に器具をつけさせていただきます。痛みや不愉快なことはありませんが、不安がありましたらすぐにお申し付けください」

 レオンをチラッと見ると、「大丈夫」と目で合図をする。リゼットはヘルベルトに向き合う。

「よろしくお願いいたします」

 ヘルベルトはソファにリゼットを案内する。腰掛けるよう声をかけられ、リゼットは座った。深く沈むソファ。
 ブーツを脱ぎ、ドレスは手首だけを出す。
 手首と足首に器具を取り付けると、足は膝掛けをかけて隠される。

「本来ならば、子どものうちにすることなので、リゼット様のようなレディに大変失礼します」
「いえ、心配りをありがとうございます」

 本来なら素足を見せるなど、失礼なのはわかる。けれど、今になって魔力がある可能性が出たのだ。
 リゼットは自身が原因なので、恥ずかしいよりも申し訳ない気持ちが強かった。
 準備を終えて、ヘルベルトは測定を始める合図をする。

「レオナード様、リゼット様、これから機械を起動します。1分程度で終了します。リゼット様はそのままソファにおかけになってゆったりとしていて結構です。レオナード様は、お側にいても良いですが、リゼット様に触れぬようお願いいたします」
「わかりました」
「わかった」

 二人が返事をすると、ヘルベルトは側近に合図をする。
 側近が機械を起動すると、ブゥーンと音がした後、ピッピッピッと心臓の鼓動のような音が続く。それを聞いていると、リゼットは少し眠くなってくる。

「リゼット、どうした?」

 側にいたレオンがすぐ気付いて声をかける。

「いえ、なんだか音が心地よくて、眠くなってきたのです」

 レオンはふっと笑う。

「寝ても計測値に影響は無い。そのまま寝ても屋敷まで送ってやれるぞ」
「……ええ、でも少しだけですから、大丈夫ですよ」
「そうか、遠慮はいらないぞ」
「遠慮ではないのですけれど……」

 リゼットが言いかけると、機械が終了の音を鳴らした。
 結果が機械の画面に出る。それを側近が紙に記録する。一緒に画面をみていたヘルベルトは、驚いた声をあげた。レオンが即反応する。

「リゼット様、これは一体……」
「ヘルベルト、どうしたのだ、あ!」

 レオンも画面をみて驚く。
 リゼットは結果がわからず不安になるが、すぐにレオンは側に戻った。

「大変だ、リゼットの魔力が……」
「魔力がどうしたのですか?」

 レオンは側近に紙を見せるよう促す。紙をみて、レオン同様リゼットは驚いた。

「魔力が……魔力値が……エラー?」

 紙の結果にはどの五大元素も『測定不能・エラー』と書かれている。ゼロではないのだろうけれど、測定ができないとは。
 ヘルベルトは機械自体を確認し始める。そもそも機械が故障していた可能性もある。
 その間に、側近が器具を外そうとしたが、レオンが断って器具を外した。
 リゼットはブーツを履き、身なりを整えてヘルベルトを待つ。
 
しばらくして、ヘルベルトは結果を出した。

「機械は壊れていません。不確かなことで申し上げにくいのですが、リゼット様には計りきれない魔力があるようです」

 そうして、ヘルベルトは次の場所へと案内する。
 王宮のさらに奥の方、厚い扉を何枚も開けて、金属に囲まれたドーム型の部屋に案内された。
 扉を閉めると、側面のパネルをタッチする。

「ここは、魔法をいくら出しても、外部に影響がない部屋です。リゼット様にどれくらい魔力があるか、実際に魔法を使ってもらい大体を調べたいと思います」
「ほう、ここがその場所だったのか。騎士団にも似た部屋はあるが、やはり魔術士団は規模が違うな」

 レオンが珍しくキョロキョロする。
 リゼットはヘルベルトに言われるがまま、魔法の使い方を習う。ヘルベルトが一枚の紙をリゼットに見せる。

「こちらが土の魔法を起動するための言葉です。ただ、言葉と魔力だけでは魔法は発動しません。イメージすることも大切となります。どういった魔法を出したいのかイメージしてください。では、私に続いてやってみてください」

 ヘルベルトは少し離れると、両手を地に向けて深呼吸をする。そうして、紙に書いてある言葉を読む。
 全ての言葉が終わると、ヘルベルトの両手が差し出されていた地面が、もこもこと盛り上がる。
 それはヘルベルトの背丈ほどになり、止まった。

「この魔法は五大元素の地の魔法です。地面をこのように盛り上げます。攻撃要素が強い言葉を紡げば、この地は敵に飛ぶことがあります」
「すごいわ……」

 初めてじっくり見る魔法に、リゼットは感動する。そして、次は自分の番と気づき緊張する。
 レオンはリゼットの背中を優しく撫で、「大丈夫」と呟いた。

 リゼットはヘルベルトのいた場所に立ち、深呼吸をする。
 まだ言葉を覚えられないので、片手に紙を持ち、見ながら言葉を読み上げる。イメージも忘れない。

(もこもこ土が盛り上がるイメージ……!)

 言葉をすべて読み終わると、強い揺れが起こった。
 リゼットは驚いて、地面に座り込む。

「きゃっ」
「何だ!?」

 レオンは警戒し、リゼットの元へ走る。リゼットの肩を抱いて、身を支える。
 二人の真下の地面がどんどん盛り上がる。地面は二人を乗せて、天井まで高く盛り上がった。
 レオンの背丈の2倍、4倍以上になるだろうか。リゼットは下をみて、軽くめまいを起こした。

「高くて、怖いです……」
「そうだな、俺も城から城下町を見るような、高い景色だと思う。リゼットはすごい力を持ったな」

 レオンの感想に、リゼットはどう反応していいかわからなかった。下のほうでヘルベルトが叫んでいるのが見えた。

「お二人とも、ご無事ですか?今、土の階段を作りますので、動かないでお待ちください」
「わかった。よろしく頼む」

 レオンが返事をする。
 少しして、リゼットの作った土の塔に、ぐるりと螺旋階段状に土が取り囲んだ。
 リゼットはすっかり動けなくなり、レオンが抱き上げて降りることとなった。

「リゼット、怖いなら俺の胸に顔をうずめてくれ」
「は、はい、わかりました」

 リゼットはぎゅーっとレオンの首に手を回して、顔を胸にうずめた。
 レオンは一段一段ゆっくりと降りる。
その度に、リゼットが「うぅ」とか「怖い」と呟くので、レオンは時々リゼットを励ましていた。

 階段を降り終わると、ヘルベルトはレオンに、土の塔から離れるよう促す。レオンはリゼットを抱き上げたまま、部屋の隅に移動する。
 ヘルベルトは土の塔の方へ手をかざして、先程と違う言葉を紡ぐ。すると、天井まで伸びていた土はゆっくりと地面へと戻っていった。
 跡形もなくに、元通りになる。

 レオンは未だにしがみつくリゼットにささやいた。

「リゼット、もう大丈夫だよ。それともずっと抱っこしててもいいの?俺はとっても嬉しいけど?」
「は、離れます!レオンあっあっ、ありがとうございます!」

 リゼットは真っ赤な顔を上げて、レオンから降りた。レオンは余韻を惜しみつつも、ヘルベルトに声をかける。

「リゼットの魔力についての見解を知りたいのだが」
「はい。今の魔法は、地の魔法の初級でした。実際は上級魔法へと変異しています。これは、今までにない事例で、吟味する必要があります」
「今後、リゼットをここに通わせても良いのか?」
「ええ、魔法を知らぬままの方が大変危険です。レオナード様が遠征しているうちに、少しでも魔法のコントロールの術を、お伝えします」
「わかった。リゼット、大変だろうけどがんばれ」
「は、はい。……ヘルベルト様、あの、どうかよろしくお願いいたします」

 リゼットはヘルベルトにお辞儀をする。ヘルベルトはそれを受け入れ、同じく一礼をした。
 そうして、この未熟で大きな魔力を持つ少女についてどのように指導するかを、考えた。

「リゼット様、明日は書物を使って講義を行いましょう。場所はここで。お貸ししている書物のうち、持ってきていただくものをリストに書きます。明日、お持ちくださいませ」
「はい、かしこまりました」
「それから、初めての魔法でお疲れでしょうから、今日は早くおやすみくださいませ。もし、魔力が足りなくなれば、貧血のような状態になります。症状と対策も書いておきますので、側仕えにお渡しください」
「ありがとうございます」

 ヘルベルトは帰りに、講義で使う本と、魔力についての紙をリゼットに渡した。
 
 帰り道の馬車の中で、レオンと一緒に目を通す。レオンはリゼットの顔をじっと見る。

「リゼット、今の具合はどうだ?」
「いえ、特には。魔法が出た後は、驚きましたけれど、貧血のような感じはしません」
「そうか、リゼットは本当に魔力が多くなったのだな」

 リゼットは、実感がなくてぼんやりする。計測ができず、魔法はヘルベルトと違ってまるで暴走してしまった。
 本当に、魔法の才があるのだろうか。

「あまり不安な顔をしなくていい。俺もできるだけのことをする」
「レオンは優しいですね。まもなく遠征に行ってしまうではないですか。その間、少しでも上達しますように、わたくしもがんばりますわ」

 リゼットはにっこり笑う。
 その笑顔に少し陰りが見え、レオンは遠征を即終えるよう、頑張ろうと誓うのだった。
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