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第二章
20.
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雨の後の空は、雲ひとつない青空になった。
リゼットはレオンの腕から離れると、マノンのそばに寄った。マノンはウルリッヒとヴォルターに礼を言う。ずっと庇われていたため、雨の影響もなかった。
マノン以外は雨に濡れてしまったため、一度着替えをしてから、ウルリッヒの城に向かうこととなった。
レオンはリゼットの屋敷で着替え、一緒に馬に乗り、城へ向かう。マノンは屋敷で待つ。
応接間に通される。ウルリッヒ、ヴォルターが待っていた。
昼を過ぎており、軽食が用意されていた。食事をし終えて、レオンが話始める。
「あれは水の魔法ではないのか?」
「ええ。水の魔法ですが、一部の言葉は竜への祈りの言葉に変えております」
「……竜への祈り?」
ウルリッヒは頷いた。
ミヨゾティースに伝わる伝承、竜になった娘を想って両親が夏になると湖のそばで祈った言葉。
それを水の魔法の言葉と組み合わせる。
夏の祭りでは、辺境伯が祠で祈りを捧げる際に、その言葉を紡ぐ。
雨が降ると竜に祈りが届いたこととなる。普通の魔術士が言葉を紡いでも、何も起こらない。
ミヨゾティースのシュメリング一族が、その役目を担っていた。
「リゼット様の母方の一族、シルヴメルティも、シュメリングの一族じゃ。名は違っておるが、祖先は同じじゃ」
「お母様も……」
リゼットは竜の化身の母が名乗った名を思い出す。
「ディーフィート・シルヴメルティ。今のお母様の名前です」
「その名は、竜の娘の名でもある。シルヴメルティ一族は特に色濃く竜の力を継承しやすい。継承後はその名前を名乗ることになる。名前も含めて、継承なのじゃ」
「では、わたくしも……」
「継承後は、そうなりますな。しかし、リゼット様は、竜の伝承も力も、母上から聞く機会がなかったようですな」
「ええ。幼少の頃に別れてしまったのです」
――わたくしのせいで。
言うかどうか迷ったけれど、あの事件については、おそらく把握しているだろうと思った。
ウルリッヒはリゼットに「ミヨゾティースに滞在中に竜の力の継承者の心得を学んでみないか」と、提案をする。
すぐさまレオンが反応する。
「リゼットをここに留め置くつもりでしょうか?」
「レオナード様、リゼット様はまだ体調がお戻りではない。レオナード様も処罰が決まるじゃろう」
「ええ、そうですが。しかし、リゼットの王宮魔術士への勉強もあるのですが、どのようにお考えでしょうか」
「魔法の勉強ということじゃな。その点は、こちらでも用意がある」
「王宮に行かなくとも、ということですか?」
レオンが驚くが、ウルリッヒは当たり前だと頷いた。
「ミヨゾティースは竜の継承者の発祥の都市じゃ。竜の力を継承した娘は、ミヨゾティースの生まれじゃ。竜の力の継承とともに、この地の魔法を学ぶ施設がある。……リゼット様も本来ならシルヴメルティ一族として、生まれたはずなのじゃが」
ディーが一族とミヨゾティースから離れて暮らしたが、竜の力の継承者としては逃れられていなかった。
娘のリゼットも、その力が及び、幼少期に竜の姿となった。母娘で竜の力の継承者になることは珍しくない。
けれども、竜の力の継承の用意もなく、先代と次代の継承者が離れる事例は、聞いたことがなかった。
「……失礼ながら、リゼット様は、以前から体が虚弱なのでしょうか?」
ヴォルターが口を開いた。
リゼットは首を振り、否定した。
「1ヶ月ほど前に、お母様から竜の力の継承の儀式をしてからです。それ以前は、滅多に倒れることはありませんでした」
「魔法も、コントロールがうまくできないとおっしゃっていましたよね」
「はい。イメージしたものよりも、実際の魔法は大きくなっています。魔法の鳥だけは、うまくできましたけど……」
「髪の色も、すべて銀髪になり。目も金と翠の眼に変わられましたね」
リゼットは「ええ、そうです」と頷いた。ウルリッヒとヴォルターがお互いの顔を見て、何か頷いた。
ヴォルターが理由を教えてくれた。
「銀の髪も、金と翠の眼も、伝承の娘の容姿と似ているのです」
「確か、人間でいた頃は青髪と青と緑のオッドアイでしたよね?私とは……」
「ええ。人間ではなく、竜になってからの話です。竜になった後、娘は両親の夢に出てきたそうなのです」
それは、リゼットもレオンも初めて聞く伝承の続きだった。
◇◇◇
湖のほとりで、毎日、竜になった娘を想い祈り続けていた両親。
7日後の晩に、娘が人間の姿で夢枕に立った。
青髪が銀髪に、両目は青と緑のオッドアイから、金と翠のオッドアイに変わっていた。
娘は竜になった影響で、人間としての姿も変わったと話した。
毎日、湖に来ては涙する両親に「自分の代わりに」と植物を渡した。
そうして、その植物の花が咲いた後、夏が訪れたら、湖で祈りを捧げてほしいと告げた。
2人が目覚めると、枕元に「ミヨゾティース」の苗があった。大事に育てて、土地一面を彩った。
そうして最初の夏に、湖に祈りを捧げると、通り雨が降り、娘が涙したようだった。
◇◇◇
「ミヨゾティースの名は、その植物と伝承が由来じゃ。一族の紋章などにも、使われておる。そして今も、湖畔の土地に植物は残っておる。一族が代々育てておる」
リゼットはウルリッヒから頂いたドレスにも、その模様があったことを思い出した。
ヴォルターが話を続ける。
「リゼット様は、竜の力を色濃く受け継いでいます。しかし、継承が不十分で、心身に負担がかかっているのかと」
「このままだとリゼットはどうなるのだ?」
レオンの問いに、ヴォルターが答えた。
「闇の配下に心身ごと飲み込まれるかもしれません、命にも関わります」
闇の配下。
ヴィルデの姿が脳裏に映る。
あの少年のように、甘く囁きリゼットに近づいてくるものが、また現れるのだろう。
リゼットは軽くめまいを覚える。レオンが気付く。肩を抱き寄せ、支える。
「レオナード様の指輪だけでも、十分守りを得ることはできます。ですが、リゼット様には本来の継承の機会が必要になります。正しく力を得ることで、闇の配下にも対抗できるでしょう」
「わかった。俺にはできないことだな。ウルリッヒ、ヴォルター、どうかリゼットを頼む」
レオンが頭を下げ、2人に頼んだ。
2人とも承知して、後日、今後の話をする機会を設けることとなった。
「ヴォルターは、リゼット様の警護に戻る。すでに王からの伝達で謹慎が解け、決定済みじゃ。レオナード様が不在時も、安心していただけるじゃろう?」
「ええ、ありがとうございます。レオンは、自分の役目を果たしてください。わたくしも、竜の力を継承する身です。勉強に励みますね」
リゼットはレオンに微笑んだ。
レオンに甘えてばかりではいられない。やるべきことが見えてきた。
「わかった」
「では、決まりですね。ウルリッヒ様、ヴォルター様、どうぞよろしくお願いします。レオンも指輪を通してで構いませんから、見守ってくださいませ」
「ありがとう、リゼット」
「でも、今後は唐突に現れずに、事前にわたくしに教えてくださいね。魔法の鳥も使えるようになったのですよ?」
「……え?」
リゼットはすぐに魔法の鳥を作る。
その鳥をみて、レオンは嬉しい顔をしなかった。
「どうしましたか?」
「俺が教えたかった……」
思った以上に落胆するレオンに、リゼットは笑いかけた。
「全部をレオンが教えるのは、難しいと思います。自分の任務もあるでしょう。わたくしのことが心配なのですか?それとも信用できませんか?」
「信用はしている。……そうじゃなくて……」
「レオン!もう人への嫉妬で迷惑をかけないでください」
リゼットはうじうじするレオンを、一蹴することに決めた。
リゼットの全てを、レオンに決めてもらうことはやめた。他にも頼れる人がいる。リゼットにはレオン以外との世界が始まっているのだ。
「わたくしも、2年後にはレオンの妻ですよ。守られてばかりではいられません。レオンだって本当はわかっているのでしょう?」
強い口調で言うと、レオンも反論はしなかった。
「さすが、竜の力を持つ者じゃ」
ウルリッヒがたいそう褒めて笑った。
リゼットの屋敷に、馬車で向かう。
すでに夕暮れを迎えていた。
リゼットの隣にレオン、そして向かいにはヴォルターが乗る。
ウルリッヒは「また後日、準備が整ったら連絡を」と別れた。
屋敷につくと、マノンが出迎えてくれる。リゼットの部屋の前で、ヴォルターが警護につこうとする。
レオンが「ヴォルターには先に夕食を摂ってほしい」と、その間はレオンがいることとなった。
レオンと2人きりになると、リゼットはベッドサイドのテーブルの引き出しから、指輪を取り出す。
自分で指輪をしようとしたが、レオンが手を取って、指につけてくれた。
「リゼット、ごめん。俺は一方的だった。どうかもう一度、守らせてくれると嬉しい」
「ええ、もちろんです」
「……ありがとう」
レオンはリゼットを抱き寄せて、包み込んだ。リゼットは目を閉じて、その温かさを受け入れる。
「またしばらく離れることになりそうだ」
「遠征ですか?」
「いや。俺への処罰だよ。王から連絡が来るはずなんだが、一度、城へ出向くことになるだろう」
すると、魔法の鳥が飛んできた。
レオンが腕を差し出すと、止まってる王の声で鳴いた。
「レオナード、其方の処罰が決まった。明日には城に帰還せよ」
レオンは返信をし、鳥を飛ばす。
「明朝には立つ。リゼット、どうか無茶はしないでくれ。何かあれば、ヴォルターやウルリッヒ様を頼って」
「ええ、わかりました。わたくしには、レオンからの指輪もあります。大丈夫です」
「ありがとう……」
レオンはとても嬉しく思った。
そして、戸惑うようにリゼットをみつめる。
「どうかしたのですか?」
「え。いや……してもいいかなと思って」
「……?」
「キスしたい」
リゼットは顔が一瞬で赤く染まる。
じっと見つめるレオンの青い瞳に、逃れられなかった。
そっと目を閉じると、唇が軽く触れる。
ちゅ、と音を立てて、レオンは離れた。
「ヴォルターが帰ってきたみたいだ。俺たちも夕食を摂って寝よう。今日は疲れただろう?」
レオンが扉を開けると、確かにヴォルターがいた。気配がなくて、言われなければ気がつかなかった。
2人で夕食をとり、それぞれ部屋に戻って眠りにつく。
マノンも今日は少し様子を見て、ヴォルターに任せることにした。
リゼットはベッドのなかで、考え事をしていた。
先程の余韻と、今後のことを考えて、眠る機会を失いかけていた。
仕方がないので、起き上がり窓際のソファに腰掛ける。
目を閉じて、湖の波音を聞く。体調を崩していた時も、こうして波音を聞いていたこと思い出す。
とても落ち着くのは、竜の力の影響だろうか。
湖を眺める。月が出ていて、湖面にも姿が映っていた。
じっと見ていると、扉をノックする音がした。
扉に近づくと、ヴォルターが声をかけた。
「リゼット様、眠れないのですか?」
「ええ。少し、考えてしまって……」
「そうですか。できれば早く眠っていただけると、警護するものとしては安心できるのですが、寝付けないようでしたらマノンを呼びましょうか?」
「いえ、ゆっくり休ませてあげて。わたくしも少ししたらベッドに戻ります」
ヴォルターは「かしこまりました」と言うと、また気配を消した。
リゼットは、キルトのブランケットを持って、またソファに座る。
そのまま、波音を聞きながら眠りについた。翌早朝にマノンが発見して、大変叱られてしまった。
レオンにも心配をかけて、後ろ髪を引かれるように城へ向かう姿は、リゼットも大変申し訳なく思った。
レオンは数日間、山積みの書類の処理に追われて、自分からリゼットに連絡を取ることを禁じられた。
それでもリゼットとの関わりを断たれることは、十分に罰になった。
護衛のルーも、レオンを止められなかった罰として、同様の仕事を与えられていた。レオンがミヨゾティースに来ていた頃は、城と騎士団でレオンの代理で仕事をしていたため、2人にはさらに雑用が増やされていた。
リゼットに早く会いに行けるように、高速で仕事をこなしていたレオンの評価は、少しだけ回復していた。
リゼットも、数日で体調がほとんど回復していた。
父も仕事の調整がとれ、月の半分ずつ王都とミヨゾティースを行き来することとなった。
リゼットに、ある日招待状が届いた。
宛先はウルリッヒ。
一族への紹介を兼ねた夜会の招待状だった。レオンはまだ来られないので、ヴォルターが代理を務めると書かれていた。
レオンにも確認をとるが、了承していると返事が返ってきた。
「では、リゼットお嬢様をもっと魅力的にさせていただきますね」
招待状を持ってきたマノンが、とってもニコニコした笑顔になっていた。
「ウルリッヒ様からプレゼントされたドレスに、似合うように頑張りますね!」
湯船に浸かるリゼットに、マノンは声をかけた。
ドレスのことをすっかり忘れていたリゼット。
そういえばお礼していたかしら?とお父様に聞きそびれていたことを思い出した。
夜会は2週間後。
湖のほとりで行われると言う。
それまで、マノンのテンションに付き合える自信がない、リゼットだった。
リゼットはレオンの腕から離れると、マノンのそばに寄った。マノンはウルリッヒとヴォルターに礼を言う。ずっと庇われていたため、雨の影響もなかった。
マノン以外は雨に濡れてしまったため、一度着替えをしてから、ウルリッヒの城に向かうこととなった。
レオンはリゼットの屋敷で着替え、一緒に馬に乗り、城へ向かう。マノンは屋敷で待つ。
応接間に通される。ウルリッヒ、ヴォルターが待っていた。
昼を過ぎており、軽食が用意されていた。食事をし終えて、レオンが話始める。
「あれは水の魔法ではないのか?」
「ええ。水の魔法ですが、一部の言葉は竜への祈りの言葉に変えております」
「……竜への祈り?」
ウルリッヒは頷いた。
ミヨゾティースに伝わる伝承、竜になった娘を想って両親が夏になると湖のそばで祈った言葉。
それを水の魔法の言葉と組み合わせる。
夏の祭りでは、辺境伯が祠で祈りを捧げる際に、その言葉を紡ぐ。
雨が降ると竜に祈りが届いたこととなる。普通の魔術士が言葉を紡いでも、何も起こらない。
ミヨゾティースのシュメリング一族が、その役目を担っていた。
「リゼット様の母方の一族、シルヴメルティも、シュメリングの一族じゃ。名は違っておるが、祖先は同じじゃ」
「お母様も……」
リゼットは竜の化身の母が名乗った名を思い出す。
「ディーフィート・シルヴメルティ。今のお母様の名前です」
「その名は、竜の娘の名でもある。シルヴメルティ一族は特に色濃く竜の力を継承しやすい。継承後はその名前を名乗ることになる。名前も含めて、継承なのじゃ」
「では、わたくしも……」
「継承後は、そうなりますな。しかし、リゼット様は、竜の伝承も力も、母上から聞く機会がなかったようですな」
「ええ。幼少の頃に別れてしまったのです」
――わたくしのせいで。
言うかどうか迷ったけれど、あの事件については、おそらく把握しているだろうと思った。
ウルリッヒはリゼットに「ミヨゾティースに滞在中に竜の力の継承者の心得を学んでみないか」と、提案をする。
すぐさまレオンが反応する。
「リゼットをここに留め置くつもりでしょうか?」
「レオナード様、リゼット様はまだ体調がお戻りではない。レオナード様も処罰が決まるじゃろう」
「ええ、そうですが。しかし、リゼットの王宮魔術士への勉強もあるのですが、どのようにお考えでしょうか」
「魔法の勉強ということじゃな。その点は、こちらでも用意がある」
「王宮に行かなくとも、ということですか?」
レオンが驚くが、ウルリッヒは当たり前だと頷いた。
「ミヨゾティースは竜の継承者の発祥の都市じゃ。竜の力を継承した娘は、ミヨゾティースの生まれじゃ。竜の力の継承とともに、この地の魔法を学ぶ施設がある。……リゼット様も本来ならシルヴメルティ一族として、生まれたはずなのじゃが」
ディーが一族とミヨゾティースから離れて暮らしたが、竜の力の継承者としては逃れられていなかった。
娘のリゼットも、その力が及び、幼少期に竜の姿となった。母娘で竜の力の継承者になることは珍しくない。
けれども、竜の力の継承の用意もなく、先代と次代の継承者が離れる事例は、聞いたことがなかった。
「……失礼ながら、リゼット様は、以前から体が虚弱なのでしょうか?」
ヴォルターが口を開いた。
リゼットは首を振り、否定した。
「1ヶ月ほど前に、お母様から竜の力の継承の儀式をしてからです。それ以前は、滅多に倒れることはありませんでした」
「魔法も、コントロールがうまくできないとおっしゃっていましたよね」
「はい。イメージしたものよりも、実際の魔法は大きくなっています。魔法の鳥だけは、うまくできましたけど……」
「髪の色も、すべて銀髪になり。目も金と翠の眼に変わられましたね」
リゼットは「ええ、そうです」と頷いた。ウルリッヒとヴォルターがお互いの顔を見て、何か頷いた。
ヴォルターが理由を教えてくれた。
「銀の髪も、金と翠の眼も、伝承の娘の容姿と似ているのです」
「確か、人間でいた頃は青髪と青と緑のオッドアイでしたよね?私とは……」
「ええ。人間ではなく、竜になってからの話です。竜になった後、娘は両親の夢に出てきたそうなのです」
それは、リゼットもレオンも初めて聞く伝承の続きだった。
◇◇◇
湖のほとりで、毎日、竜になった娘を想い祈り続けていた両親。
7日後の晩に、娘が人間の姿で夢枕に立った。
青髪が銀髪に、両目は青と緑のオッドアイから、金と翠のオッドアイに変わっていた。
娘は竜になった影響で、人間としての姿も変わったと話した。
毎日、湖に来ては涙する両親に「自分の代わりに」と植物を渡した。
そうして、その植物の花が咲いた後、夏が訪れたら、湖で祈りを捧げてほしいと告げた。
2人が目覚めると、枕元に「ミヨゾティース」の苗があった。大事に育てて、土地一面を彩った。
そうして最初の夏に、湖に祈りを捧げると、通り雨が降り、娘が涙したようだった。
◇◇◇
「ミヨゾティースの名は、その植物と伝承が由来じゃ。一族の紋章などにも、使われておる。そして今も、湖畔の土地に植物は残っておる。一族が代々育てておる」
リゼットはウルリッヒから頂いたドレスにも、その模様があったことを思い出した。
ヴォルターが話を続ける。
「リゼット様は、竜の力を色濃く受け継いでいます。しかし、継承が不十分で、心身に負担がかかっているのかと」
「このままだとリゼットはどうなるのだ?」
レオンの問いに、ヴォルターが答えた。
「闇の配下に心身ごと飲み込まれるかもしれません、命にも関わります」
闇の配下。
ヴィルデの姿が脳裏に映る。
あの少年のように、甘く囁きリゼットに近づいてくるものが、また現れるのだろう。
リゼットは軽くめまいを覚える。レオンが気付く。肩を抱き寄せ、支える。
「レオナード様の指輪だけでも、十分守りを得ることはできます。ですが、リゼット様には本来の継承の機会が必要になります。正しく力を得ることで、闇の配下にも対抗できるでしょう」
「わかった。俺にはできないことだな。ウルリッヒ、ヴォルター、どうかリゼットを頼む」
レオンが頭を下げ、2人に頼んだ。
2人とも承知して、後日、今後の話をする機会を設けることとなった。
「ヴォルターは、リゼット様の警護に戻る。すでに王からの伝達で謹慎が解け、決定済みじゃ。レオナード様が不在時も、安心していただけるじゃろう?」
「ええ、ありがとうございます。レオンは、自分の役目を果たしてください。わたくしも、竜の力を継承する身です。勉強に励みますね」
リゼットはレオンに微笑んだ。
レオンに甘えてばかりではいられない。やるべきことが見えてきた。
「わかった」
「では、決まりですね。ウルリッヒ様、ヴォルター様、どうぞよろしくお願いします。レオンも指輪を通してで構いませんから、見守ってくださいませ」
「ありがとう、リゼット」
「でも、今後は唐突に現れずに、事前にわたくしに教えてくださいね。魔法の鳥も使えるようになったのですよ?」
「……え?」
リゼットはすぐに魔法の鳥を作る。
その鳥をみて、レオンは嬉しい顔をしなかった。
「どうしましたか?」
「俺が教えたかった……」
思った以上に落胆するレオンに、リゼットは笑いかけた。
「全部をレオンが教えるのは、難しいと思います。自分の任務もあるでしょう。わたくしのことが心配なのですか?それとも信用できませんか?」
「信用はしている。……そうじゃなくて……」
「レオン!もう人への嫉妬で迷惑をかけないでください」
リゼットはうじうじするレオンを、一蹴することに決めた。
リゼットの全てを、レオンに決めてもらうことはやめた。他にも頼れる人がいる。リゼットにはレオン以外との世界が始まっているのだ。
「わたくしも、2年後にはレオンの妻ですよ。守られてばかりではいられません。レオンだって本当はわかっているのでしょう?」
強い口調で言うと、レオンも反論はしなかった。
「さすが、竜の力を持つ者じゃ」
ウルリッヒがたいそう褒めて笑った。
リゼットの屋敷に、馬車で向かう。
すでに夕暮れを迎えていた。
リゼットの隣にレオン、そして向かいにはヴォルターが乗る。
ウルリッヒは「また後日、準備が整ったら連絡を」と別れた。
屋敷につくと、マノンが出迎えてくれる。リゼットの部屋の前で、ヴォルターが警護につこうとする。
レオンが「ヴォルターには先に夕食を摂ってほしい」と、その間はレオンがいることとなった。
レオンと2人きりになると、リゼットはベッドサイドのテーブルの引き出しから、指輪を取り出す。
自分で指輪をしようとしたが、レオンが手を取って、指につけてくれた。
「リゼット、ごめん。俺は一方的だった。どうかもう一度、守らせてくれると嬉しい」
「ええ、もちろんです」
「……ありがとう」
レオンはリゼットを抱き寄せて、包み込んだ。リゼットは目を閉じて、その温かさを受け入れる。
「またしばらく離れることになりそうだ」
「遠征ですか?」
「いや。俺への処罰だよ。王から連絡が来るはずなんだが、一度、城へ出向くことになるだろう」
すると、魔法の鳥が飛んできた。
レオンが腕を差し出すと、止まってる王の声で鳴いた。
「レオナード、其方の処罰が決まった。明日には城に帰還せよ」
レオンは返信をし、鳥を飛ばす。
「明朝には立つ。リゼット、どうか無茶はしないでくれ。何かあれば、ヴォルターやウルリッヒ様を頼って」
「ええ、わかりました。わたくしには、レオンからの指輪もあります。大丈夫です」
「ありがとう……」
レオンはとても嬉しく思った。
そして、戸惑うようにリゼットをみつめる。
「どうかしたのですか?」
「え。いや……してもいいかなと思って」
「……?」
「キスしたい」
リゼットは顔が一瞬で赤く染まる。
じっと見つめるレオンの青い瞳に、逃れられなかった。
そっと目を閉じると、唇が軽く触れる。
ちゅ、と音を立てて、レオンは離れた。
「ヴォルターが帰ってきたみたいだ。俺たちも夕食を摂って寝よう。今日は疲れただろう?」
レオンが扉を開けると、確かにヴォルターがいた。気配がなくて、言われなければ気がつかなかった。
2人で夕食をとり、それぞれ部屋に戻って眠りにつく。
マノンも今日は少し様子を見て、ヴォルターに任せることにした。
リゼットはベッドのなかで、考え事をしていた。
先程の余韻と、今後のことを考えて、眠る機会を失いかけていた。
仕方がないので、起き上がり窓際のソファに腰掛ける。
目を閉じて、湖の波音を聞く。体調を崩していた時も、こうして波音を聞いていたこと思い出す。
とても落ち着くのは、竜の力の影響だろうか。
湖を眺める。月が出ていて、湖面にも姿が映っていた。
じっと見ていると、扉をノックする音がした。
扉に近づくと、ヴォルターが声をかけた。
「リゼット様、眠れないのですか?」
「ええ。少し、考えてしまって……」
「そうですか。できれば早く眠っていただけると、警護するものとしては安心できるのですが、寝付けないようでしたらマノンを呼びましょうか?」
「いえ、ゆっくり休ませてあげて。わたくしも少ししたらベッドに戻ります」
ヴォルターは「かしこまりました」と言うと、また気配を消した。
リゼットは、キルトのブランケットを持って、またソファに座る。
そのまま、波音を聞きながら眠りについた。翌早朝にマノンが発見して、大変叱られてしまった。
レオンにも心配をかけて、後ろ髪を引かれるように城へ向かう姿は、リゼットも大変申し訳なく思った。
レオンは数日間、山積みの書類の処理に追われて、自分からリゼットに連絡を取ることを禁じられた。
それでもリゼットとの関わりを断たれることは、十分に罰になった。
護衛のルーも、レオンを止められなかった罰として、同様の仕事を与えられていた。レオンがミヨゾティースに来ていた頃は、城と騎士団でレオンの代理で仕事をしていたため、2人にはさらに雑用が増やされていた。
リゼットに早く会いに行けるように、高速で仕事をこなしていたレオンの評価は、少しだけ回復していた。
リゼットも、数日で体調がほとんど回復していた。
父も仕事の調整がとれ、月の半分ずつ王都とミヨゾティースを行き来することとなった。
リゼットに、ある日招待状が届いた。
宛先はウルリッヒ。
一族への紹介を兼ねた夜会の招待状だった。レオンはまだ来られないので、ヴォルターが代理を務めると書かれていた。
レオンにも確認をとるが、了承していると返事が返ってきた。
「では、リゼットお嬢様をもっと魅力的にさせていただきますね」
招待状を持ってきたマノンが、とってもニコニコした笑顔になっていた。
「ウルリッヒ様からプレゼントされたドレスに、似合うように頑張りますね!」
湯船に浸かるリゼットに、マノンは声をかけた。
ドレスのことをすっかり忘れていたリゼット。
そういえばお礼していたかしら?とお父様に聞きそびれていたことを思い出した。
夜会は2週間後。
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