王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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第三章

21.

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 シュメリング一族との夜会までの2週間、リゼットは体調と相談しながら、魔法と竜の伝承について学んだ。

 まず1週間は、王宮で借りている書物を読んだ。初日は、文字を追うのも辛く、マノンに何度も書物をとりあげられ、休むよう促された。
 最終日には借りた書物をほとんど読み終えた。その間、わからない用語などは、警護のヴォルターに聞いた。
 ヴォルターは丁寧に教えてくれて、「学院の先生みたいですね」と言うと照れて顔をそむけた。

 応用は、ウルリッヒが場所を用意して実施するとのことだった。ウルリッヒに聞きたいことは、その時までにまとめておく。

 次の1週間は、ウルリッヒの城に出向き、竜の伝承について学んだ。
 リゼットの体調もほとんど戻っていた。
 湖の祠、夏の祭典の儀式、竜になった娘の両親のその後や墓、ミヨゾティース各地の竜の伝承。

 特に各地に残る伝承は、とても興味深かった。
 竜が醜い心の人間に怒り、稲妻を起こし、その衝撃で地形が変わり、山や谷ができた話。
 永遠の命を求めて、竜を呼び起こしてその肉を得ようとした勇ましく、愚かな者の話。

 学院でも、王都の図書館でも、書物として残されていない話だった。
 ミヨゾティースの人々が、口伝で残し続け、シュメリング一族がまとめた貴重な書物。それがウルリッヒの城に保管されている。

「ミヨゾティース以外の都市では、竜を怖れることはあっても、竜の力が土地や人々に深く関わることはないでしょうな」

 ウルリッヒの言葉に、リゼットは大きく頷いた。
 竜の力について学ぶ度、ミヨゾティースとの強い関わりを感じた。それに、水の魔法もミヨゾティース独自の言葉になっていた。

「竜の力の継承者は、本来ならばこの地で暮らし、湖の祠に祈りを捧げるのじゃ。そして、湖の恩恵をミヨゾティースの人々に与えるのじゃ。現在の竜の力を持つ者は、湖の底にいて儀式もままならぬ。儂が代理をしておるが、竜の力を持つ者には劣る」

 ウルリッヒは、リゼットの前でひざまづいた。辺境伯がひざまずくなんてとリゼットは驚いた。

「ウルリッヒ様?」
「リゼット様、どうかこれからもミヨゾティースで暮してほしいのじゃ。どうか……」
「そ、それは……」

 リゼットは自分で決めかねて、困った顔でヴォルターに助けを求める。
 ヴォルターは、ウルリッヒの両肩に手を置き、立ち上がるよう促した。

「ウルリッヒ様、リゼット様が困っています。リゼット様だけでなく、王やレオナード様にも了承を得ることが必要です」
「そうじゃな。リゼット様だけで決められる話ではないのじゃな。リゼット様、申し訳ない」

 ウルリッヒは立ち上がる。
 ニコリと笑うと、「長い話で疲れたでしょう」と、使用人を呼び、お茶の準備を始めさせ、退室する。

 リゼットはほっとした反面、一瞬ウルリッヒが笑っていなかったように思った。
 ヴォルターが改めて、リゼットにお詫びを伝える。

「リゼット様、申し訳ありません。ウルリッヒ様は、本来は中立の立場なのです。先日の、水の魔法を見て、竜の力を持つ者の必要性を改めて考えさせられたそうです」
「ええ。わたくしも、ディーとわたくしが湖に関わる必要があると思いました」
「そう思っていただき、ありがとうございます」

 しかし、とヴォルターが続けた。
 外の気配を確認した後、小声になる。

「ミヨゾティースには、竜の力を強く必要とする者が多くいます。リゼット様が表に出られることで、その者たちから危害をあたえられるかもしれません」
「それでは、夜会では……」
「さすがに夜会では強行される事はないでしょうが……。私もそばにおりますが、一応お気をつけてください」
「ええ。ありがとうございます」

 リゼットは、またヴィルデのようなことがあるかと思い、胸が苦しくなった。
 あれは、闇の配下だった。
 リゼットに危害を加えようとして、髪飾りを触り、灰になった。
 リゼットの髪に、あの時と同様の髪飾りがついている。レオンが数日前に届けてくれた。いや、届けてくれたのはルーだけど。

「レオナード様から、リゼット様へ。これをいつも身につけてほしいと」

 普段ほとんど寡黙なルーが淡々と、髪飾りの説明をしてくれた。
 レオンからの厚い手紙も添えてあった。それにも説明はあったけれど、とても情熱的な手紙は、未だに全部読めていない。どれだけリゼットが好きかを、照れも隠しもしない言葉が埋め尽くしているのだ。リゼットは照れて恥ずかしくて、少しずつ読もうと思ってはいた。
 けれど、毎日のスケジュールに余裕がなく、寝る前に少し読むだけとなっていた。

「リゼット様、大丈夫ですか?」

 ぼんやりしていたのか、ヴォルターが声をかけてきた。眼差しが優しい。
 リゼットは髪飾りに触れて、ヴォルターに微笑む。

「レオンからお守りの髪飾りをもらったのを、思い返していたのです」
「そうですか。……ウルリッヒ様が戻られたようです」

 少ししてウルリッヒと、お茶の用意をした使用人がワゴンを運んで入ってきた。
 ヴォルターは耳が良いらしい。リゼットには外の音はまったく聞こえなかった。

「リゼット様、おまたせしました。ミヨゾティースの名産の菓子を用意しましたので、休憩にしましょう」
「ウルリッヒ様、ありがとうございます」

 テーブルに紅茶と、パンプキンパイが用意される。
 先にウルリッヒが食べ、そのあとでヴォルターも食べる。
 そしてリゼットにも勧められた。
 毒類はレオンからの指輪で緩和されるが、マナーのひとつだと指摘されてリゼットも気をつけるようにしている。

「パンプキンパイは甘くて美味しいですね。気に入りました」
「ありがとうございます。湖からの豊かな水で、砂糖をほとんど使用しなくとも、ミヨゾティースでは甘いパンプキンが育つのじゃ」

 ミヨゾティースは他の都市に比べて自然が多く、農業に特化している。
 湖から水路が引かれ、主食の小麦だけでなく、農業や畜産にも良く影響している。

 とても幸せそうに食べるリゼットに、ウルリッヒはどんどん食べて良いと声をかける。

「ところで、リゼット様、夜会のことじゃが、ミヨゾティースの者たちにアルフォン様のお披露目することになるのじゃ」
「ええ。お父様はミヨゾティースと王宮魔導師の仕事と両立の目処がついたそうです。伯爵の立ち振る舞いも、ウルリッヒ様からご指導いただいたそうですね。ありがとうございます」

 アルフォンは、リゼットの父の名前だ。リゼットが療養中も、王宮とウルリッヒの城と通っていた。
 夜会の招待状が届いた頃、ちょうどミヨゾティースに落ち着いていた。

「アルフォン様は、飲み込みが早い。今まで男爵では惜しまれる人物じゃ」
「もったいない言葉、ありがとうございます」
「それと、当日はリゼット様のエスコートにヴォルターがつく。警護も兼ねているが、よろしいか?」
「ええ。レオンからも了承を得ています」

 ウルリッヒは了承を得た確認を取れると、使用人を呼び、小さな箱をリゼットに渡した。
 リゼットがそれを受け取ろうとしたが、ヴォルターが代わりに受け取った。
 箱を開けると、パールのついた首飾りだった。

「ウルリッヒ様、これは?」
「シュメリング伝統の首飾りです。夜会ではこれを身につけてくだされ」
「確かに、これは湖で育った貝のパールですね。リゼット様、どうぞ」

 ヴォルターから首飾りを受け取る。
 湖の色のような淡い青色が映るパールは、粒が大きく煌く。

「とても綺麗です……」

 リゼットが手にとって眺める。宝石に詳しいわけではないが、美しいものは美しい。
 そんなリゼットをみて、ウルリッヒは満足げに笑った。

 ◇◇◇

 日が傾く頃、勉強を終えて屋敷に帰る。
 リゼットは部屋に戻り、マノンに先程のパールの首飾りを見せる。

「リゼットお嬢様、とても素敵なものをいただいたのですね」
「ええ。でも、こんなに良くしていただいて、申し訳ないわ」
「きっと、竜の力に期待をされているのかもしれませんよ」

 マノンにも、その期待は十分伝わっている。屋敷に、ミヨゾティースの民が、時々「リゼット様に」と農作物を持ってくるものが数名いた。
 警護の騎士団を通じて対応してもらっていた。悪意があるわけでもなく、断る理由もなかった。

 リゼット自身には、常にヴォルターがついており、民が近づくことはなかった。

「わたくしは、未だ未熟で、竜の力でその方々に何かできるわけではないのですが……」
「ええ。それはもちろん、兵士が伝えています」

 リゼットは期待されても、応えられる自信がなかった。
 水の魔法も、雨を降らせるだけだと認識していた。
 ウルリッヒのところで学ぶ先で、出来ることが見えてくるだろうと思った。
 首飾りを箱に入れ、マノンに渡す。
 明日の夜会に身に付けるよう、用意をしてもらう。

 扉をノックする音がし、ヴォルターが声をかけた。

「リゼット様、食事の用意ができたそうです。私はその間、仮眠をとります」
「わかりました」

 ヴォルターは夜間も警護をするため、リゼットが屋敷にいる間に仮眠をとる時間を設けている。
 短時間の睡眠でも大丈夫なように、体が慣れているのだ。
 食事をするために、応接室に移動する。部屋の前に騎士団の兵士が立っている。ここでヴォルターと交代をする。

 レオンが離れてからは、少しだけ兵士とも話す機会が増えた。
 兵士それぞれに個性があり、今日の食事がおいしかったとか、下らないジョークなども話すものもいた。
 ヴォルターがいない時は、兵士との会話も楽しみにしていた。

 夕食時の警護は、エヴィンが担当した。
 28歳で既婚。妻子はミヨゾティースについてきて暮らしている。
 警護のない時は家に帰り、2歳の息子ケインと遊ぶのが楽しみだと言う。

 リゼットは食後のお茶を飲み、エヴィンに声をかける。
 今日のエヴィンは、頬にひっかき傷のようなものがあった。

「エヴィン、その顔はどうしたのですか?」
「はっ、これはケインにやられました」
「ケインにですか?」
「ええ、ケインが昼寝の時間になっても遊んでいたので、抱き上げたら怒られました」

 3本の並んだひっかき傷は、くっきりと頬に残っている。

「数日で消えると思います、大丈夫です」

 そう言って頬をさするエヴィン。
 リゼットはふと思いついて、エヴィンに近づいた。

「そういう時は、痛いの痛いのとんでけー!ですね」

 と、頬から痛みを飛ばす仕草をしてみる。もちろん、子ども染みた冗談のつもりだった。
 しかし、手を振ると、エヴィンの頬から傷が消えてしまった。

「!?」

 リゼットの驚いた顔に、エヴィンは意味がわからず、頬をに触れる。
 触れても痛みがない、傷の跡もなく元通りの肌になっている。

「リゼット様、何を ――?」
「わたくしは、冗談のつもりでしたけど……」
「回復の魔法も使えたのですか?」
「いいえ。使ったことなど……っ」

 リゼットは思い出した。
 一度だけ、使ったことがあった。無意識に、でもあれは回復魔法だったんだ。

 小さい頃のレオン、竜になったリゼット。
 レオンの腕に竜のリゼットが食らいついて、大怪我をさせた。
 その姿を、ディーと2人で見た後、リゼットはレオンの怪我が治るように願って力を使っていた。

「……竜の力は回復魔法も使えるのですね」

 エヴィンが感心したように呟いた。
 リゼットは返答に困って、笑顔を返した。
 言葉を紡いでいない、そもそも回復の魔法の言葉を知らない。けれども、願っただけで、魔法になった。
 ヴォルターが戻ってきて、警護の交代を告げる。
 リゼットはエヴィンに、回復のことは内緒にしてほしいと約束してもらう。

 竜の力だけでも困惑しているのに、回復魔法も他のものに知られることは怖かった。
 エヴィンが「命に換えても、約束は守ります」と言って、ようやく安堵した。

 リゼットはヴォルターに、すぐに今起こったことを伝えた。
 しかし、話す途中でヴォルターは「リゼット様の部屋で話をしたい」と言った。
 そばにいたマノンが了承する。

「他に聞かれて良い話ではなさそうです」
「わかりました」

 ヴォルターと窓際のソファに、向かい合って座る。
 ヴォルターはその両目を真摯にリゼットに向けて、話を聞いてくれた。話しながらも、リゼットはその目に惹き寄せられる。自分も両眼の色が違ってしまったが、ヴォルターの目は特別綺麗だと思っていた。

「回復魔法というより、竜の力だと思います」
「魔法とは違うのですか?」
「ええ。竜の力は感情に左右されることがあるそうです。リゼット様が、エヴィンの傷を治したいと思ったことが、単純に力に変化したかと思います」
「レオンへも、傷が治ってほしいと願っていたわ。それだけで、回復するというの?」
「そうだと思います。しかし、少し困りましたね」

 ヴォルターはため息をついた。
 リゼットは意図が分からず、首を傾げる。

「リゼット様は自覚がなさすぎます」
「申し訳ありません」
「いえ、今までそれ程の力を持っていなかったのと、レオナード様に守られていたからでしょうけれど」

 ヴォルターはひと呼吸置いて続ける。

「リゼット様の力を、悪用しようとするものが現れるかもしれません。どうか、明日の夜会でも私のそばから離れず、何か話しかけられても私を頼ってください」

 ヴォルターの目がとても真剣で、リゼットは何度も頷いた。
 ヴォルターはリゼットの右手をとり、手に口付けた。胸がドキドキする。
 ヴォルターは紳士的なだけなのだけれども。

 話が終わると、マノンに体も髪も徹底的に磨かれる。
 湯船には、ミヨゾティース名産の花々が浮かんでいた。これらも民が持ってきたものだと言う。
 ヘアオイルも、ミヨゾティース産のものになっていた。

「名産ということもあって、香りも効果も良いですね」

 リゼットは髪を乾かしてもらいながら、香りを楽しんだ。
 リラックス効果もあるのか、まぶたが重くなってくる。

「リゼット様、まだ寝ないでくださいね」

 マノンが笑うけれども、本当に眠くて仕方なかった。
 湯浴みの部屋の扉の向こうをマノンが見て、「ヴォルター様に運んでもらいましょうか」と言われて、断った。
 けれども、自分で部屋に戻ってから、ベッドに入るとあっという間に寝付いた。
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