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第四章
35.
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翌日の午前ジェラルドがミヨゾティースに到着した。
ヴォルターは昼まで仮眠を取り、王都の病院へ向かう。話を聞くなら今がいいだろうと急いだ。
リゼットには「騎士団に行く」とだけ告げた。不安そうな顔をするリゼットを抱きしめて、その手に口付ける。あいかわらず、指輪は反応しなかった。
レオナードたちがミヨゾティースに来る連絡は、未だにない。
昨日の強襲もあり、リゼットは屋敷内で過ごすことになった。
辺境伯から髪染め用の薬が届いた。添えられた手紙に、「竜になった娘たちが残したレシピがありました。リゼット様の髪にもきっと効果があるでしょう」と書いてある。
一般的な髪染めでは、銀髪から変えることができなかったが、これで元の色に染めることができるようだ。
ジェラルドがほんの少しだけ、薬を取り出す。
「微量な魔力を感じます。この香りはミヨゾティースの花の香りがしますね。あの花に魔力があるのか、それとも特別な栽培でもしているんですかね?」
辺境伯の手紙にはそのあたりは触れられておらず、ジェラルドは大変興味を持ったようだった。
特にすることもなかったので、部屋で髪染めをしてみる。マノンと使用人が湯を運び、手順通りに薬を髪に塗りつける。透明な液体だったが、髪に塗ると元の髪色のダークブラウンに変化していく。
30分ほどで、髪全体に薬が行き届く。たっぷりの湯で洗い流すと、明るめのブラウンに染まっていた。
その間、ジェラルドは部屋の外に出されていた。
髪を乾かし終え、リゼットがジェラルドを呼ぶ。
「髪の毛の色が変わるだけでも、印象が変わりますね。こちらの髪色も良くお似合いですね」
「ありがとうございます。元の髪はもっと地味だったのですよ」
「どの髪色でも、リゼット様の可愛らしさは変わりませんよ」
ジェラルドが、いつものように褒める。リゼットはふと、ジェラルドに聞いてみる。
「ジェラルド様は、誰にでもそのように話すのですよね?」
「ええ、そうですよ。私は誰にでも愛される権利があると思っています。私が出会った全ての女性へ平等に、愛を送ることが私の使命です」
「ジェラルド様は、その愛に偽りがないのですか?」
「もちろんです。私は相手の幸福を望んで、愛するのです。私の言葉でひと時でも幸福を感じてもらえたら、とても嬉しいのです」
キリッとした表情で、ジェラルドは明かした。どの愛も誠実なのだと言う。
「しかし、その役目ができる者は多くないでしょう。特に貴族は、お互いが想いあっていなくとも、結婚しなくてはならないケースが多いです」
「政略結婚ですね」
「ええ。女性は特に父親の思惑で、結婚相手が決まることが多いです。だからこそ、誠実な愛を知る機会があるのです」
「ジェラルド様は、お優しいのですね」
「いいえ、これは私の性分でしょう。リゼット様にも機会がありましたら、私の愛をお伝えしましょう」
ジェラルドがいたずらをした子どものように笑った。本気ではない、冗談だと言っている。リゼットもそれは理解して「そうですね」とだけ答える。
ジェラルドの目がリゼットを捕らえる。リゼットの手をとると、そのまま口付けた。ヴォルターがしたように。
瞬間、ジェラルドが手を離す。
「うわ、これが例の指輪か……結構痛いな」
「ジェラルド様!?」
リゼットが驚いて近づこうとするが、ジェラルドは制止した。
「リゼット様、ちょ、ちょっとこちらに近づかないでください。その指輪が私を認識したのです。ヴォルターに反応しないと聞いて試してみたかったのです」
「……何の話ですか?」
「あ」
ヴォルターは、リゼットに指輪が反応しなかったことを話していなかった。
婚約の儀の前に気がついたが、リゼットが悲しむだろうと思ったのだ。レオナードの幻を見て「会いたい」と泣いて、どうしてさらに追い詰めることを言えるだろうか。
ジェラルドがヴォルターから聞いた話を、すべてリゼットに伝える。そして、ヴォルターを責めないで欲しいと言った。
リゼットは「教えてくださって、ありがとうございます」と答えた。
部屋の扉をノックする音がして、使用人がジェラルドを呼んだ。
使用人は手紙を持っていた。それを受け取り、宛名を確認する。
「リゼット様、失礼します。私宛の急ぎの手紙です。ここで開封しても宜しいですか?」
「……ええ、どうぞ」
ジェラルドは手紙を開封して、中身を確認する。何枚かの手紙が入っており、目を通す。そして、手紙と封筒を交互に調べる。
「どうしたのですか?」
「ええ、少しだけ厄介なことになりました。ヴォルターに連絡を取ります」
ジェラルドは魔法の鳥で、ヴォルターに連絡をとる。そうして、数分後にはヴォルターの声で「もうすぐ着く」と返事が届く。
◇◇◇
数分後にヴォルターが戻ってきた。
王都への往来は、早馬を使っていたので、移動時間は馬車の半分ほどだった。
部屋に入ると、リゼットをまじまじと見る。そうして愛おしく髪に口付けた。
「髪の色が、以前の色に近くなりましたね。銀髪も綺麗でしたが、こちらもリゼット様の本来の姿を思い出します。お似合いです」
「ありがとうございます。銀髪は目立つし落ち着かなかったの」
ヴォルターに褒められて、リゼットも笑顔になった。
ジェラルドが割り込むように手紙をヴォルターに渡す。
読み終わったヴォルターは辺境伯に魔法の鳥を飛ばした。
そしてリゼットに、簡単に内容を伝える。
「手紙は、東の国側の密告です。レオナード様とフィオーレ様の婚約および結婚は、東の国が我が国を支配下に置く狙いがあると書かれています」
「支配……」
「どこまでが事実なのかはわかりませんが、これを送ったものは東の国に関わりがあるものだと思います。封筒はフォルトデリアで一般的に使用される紙が使われています。しかし、手紙は東の国のものです。紙の質が違います」
リゼットに見せた封筒と手紙は、確かに違う紙を使っていた。封筒は、リゼットも持っているありきたりなものだった。しかし、手紙は東の国の花模様を浮き上がらせて、触るとデコボコしている。
ジェラルドはこの紙について知っていた。
「この紙の加工は、フォルトデリアではできません。東の国の技術です。また、わざわざ国の花を加工してあるので、それなりの立場の方かもしれません」
「フィオーレ様でしょうか?それとも他の者でしょうか?」
「……今の時点では何とも言えません。手紙は通常の配達で届いたようです。配達印があります」
手紙には確かに、配達用の管理印があった。配達印は、配達所に届いたものすべてに押されるものだ。
「この印からある程度は調べがつくかと思います。少しお時間いただきますね」
ジェラルドは調査の指示として、魔法の鳥をいくつか飛ばす。
その間に辺境伯から返信が届く。
「今、騎士団とともにレオナード様が城に来ている。フィオーレ様は王都にいるそうだ。そちらの用件も伝えたい」
ヴォルターはすぐに返事をした。そしてリゼットを見る。
「リゼット、時間を稼ぎます。レオナード様と会いましょう」
「……でも」
「レオナード様と会える機会を逃したくありません。リゼットはもう会えないとしても後悔しませんか?」
「…………っ」
「ヴォルター、強制するなんてらしくないな」
「レオナード様が結婚を決めたなら、東の国に渡る。そうすれば、もうフォルトデリアに戻ることはできない。その上、東の国に不穏な動きがあるなら、それを伝えることも、今しかないと思う」
リゼットは手を握り締めた。
レオナードが他の女性と結婚することも、遠くの国に行ってしまいもう二度と会えなくなるのも、耐えられない。
「……けれども。わたくしはどうやってレオンに近づくと言うのですか?」
「……ああ」
「考えてないのかよ!」
「考えていたけれど、ちょっと用意が必要だ」
そう言ってヴォルターは自分の部屋に向かった。少しして戻ってくると、自分の騎士団の制服を手に持っていた。
「これを着てほしい。それで髪も後ろに結ってほしい」
「これ……ですか?」
ヴォルターとリゼットの身長差は、20センチほど。さらに、筋肉質のヴォルターと、華奢なリゼットでは、服の丈も幅も合っていない。
ジェラルドが笑って、笑って、ヴォルターに殴られるまで数秒。
「騎士団に変装して、レオナード様に近づくってことでいいんだな?しかし、騎士団に小柄な者はいないから、一般の兵士として仮装した方がいいかもしれないな」
理解したジェラルドが、服を用意する。髪もヴォルターのように後ろに一つ縛りにした。
「見た目は小柄な兵士って感じ。うん、このリゼット様も可愛らしくて良い」
「黙れ」
「……ジェラルド様、ありがとうございます」
名前も「リゼット」ではなく「ラルフ」と呼ぶことになった。
設定も決めて、ジェラルドの家で雇っている兵士だと決めた。行き当たりばったりな設定だけれど、ジェラルドの家ならば貿易商とともに兵士も雇っているので、おかしいことはなかった。
城へは馬車で向かうことになった。
リゼットは荷物持ちの振りで、馬車のなかに乗り込む。ジェラルドが隣に座り。ヴォルターと向かい合った。
ジェラルドは隣からリゼットを眺めてニヤニヤする。
「何かおかしいでしょうか?」
「いいえ。リゼ……ラルフは男装も良く似合っていると思いまして」
「そうですか……?」
「ええ。声も可愛らしい」
「城では、一兵士に話しかける者はいないだろうから、声を出さないよう気を付けてください」
「はい、ヴォルター」
髪の色も変わり、服装も変わったので、リゼットを知っているもの以外にはバレないと思った。
それが狙いだった。
◇◇◇
城に着くと、応接間に案内される。
ヴォルター、ジェラルド、変装したリゼットが入る。
アベルト辺境伯と、レオナードが話しているところだった。何人か騎士団がいて、東の国の者だろうか変わった服装の男性も立っていた。
ヴォルターが挨拶し、それぞれ着席を求められる。
リゼットは事前に決めた、ジェラルドの席の後ろに立った。
「ヴォルター、久しぶりだな。リゼットは元気にしているか?」
「ええ、私の婚約者となり、今もミヨゾティースの屋敷で私の帰りを待っています」
「そうか。それは良かったな」
レオナードは嬉しそうに笑った。リゼットは胸がぎゅっと痛くなった。
「ところで、フィオーレ様とミヨゾティースにいらっしゃると伺いましたが、予定はいつ頃でしょうか?」
「ああ。それを決めに今日は来たのだ。東の国の大臣も、竜に興味があるのだそうだ」
そう言ってレオナードは、東の国の大臣を紹介する。
婚約の儀のために、東の国から同行しているのだそうだ。
「東の国から参りました。ロウと申します」
「ロウもミヨゾティースの竜に興味があるそうだ。伝承や竜に関わるものを知りたがっている」
「それでしたら、湖の祠や儀式を教えましょう。夏に、竜になった娘のための祭りがあるのです。今年は先日終えたばかりですが、竜の力の継承者が恵みの雨を降らせるのです」
アベルトが説明をすると、ロウは大変興味を持ったようだった。
竜の力の継承者と、恵の雨についても詳しく求められる。
それにはレオナードが答えた。
「今の継承者は、ヴォルターの婚約者だ。恵みの雨は、水の魔法のことだ」
ヴォルターは頷いて、ロウを見た。
ロウが「ぜひお会いし、その魔法を見たいですな」と言ったが、それはヴォルターが止めた。
「その魔法は、ミヨゾティースでも特別なものです。夏の祭典でしか見ることができません」
「そうでしたか。では、せめて竜の力の継承者に一目お会いすることはできますか?」
「本人が良いといえば、会うこともできるでしょう。ただ、フィオーレ様にも伝わっていましたが、レオナード様の元婚約者なのです。婚約破棄されて、レオナード様とも関わることも遠慮しております」
フィオーレ様も良い気持ちになれないでしょう?と付け加えると、それ以上ロウは問わなかった。
その他、いくつか打ち合わせをして、フィオーレとミヨゾティースに来る日程が決まった。
3日後には到着し、その間はミヨゾティースの城に滞在することとなった。
「ロウ様、私は騎士団の業務が残っているので、先に戻りフィオーレ様に伝えてほしいのですが」
「いいえ。私と一緒にレオナード様が戻られなければ、フィオーレ様は心配します。どうかお気になさらずに」
「そうですか。ではしばらくお待ちください」
どうやらロウはレオナードから離れる気配を見せない。
ヴォルターたちも、リゼットと会える機会を伺っていた。
レオナードは大きくため息をつき、リゼットに近づいた。そして首根っこを摘んで、ジェラルドに叫んだ。
「ジェラルド、この者はさっきから何なんだ。兵士として鍛え直しても良いか?」
「……ええ、かしこまりました」
リゼットはそのままレオナードに担がれて、運ばれる。少しでも動けば、レオナードから罵倒の声を浴びせられる。
応接間では急に怒って出て行ったレオナードを「いつもああやって兵士を鍛えようとする」と、ヴォルターとジェラルドが話す。
ロウは驚いて追いかけようとしたが、アベルトに「ついていくと貴方もレオナード様に剣を向けられますよ」と言われて止まることにした。
そうしてリゼットはずんずん大股で歩くレオナードに、上手に攫われた。
レオナードに用意された客間に着くと、ベッドに放り投げられる。
そうして、レオナードはドアを閉めて鍵をかけた。
「……レオナード、様」
「何だよ、久しぶりにふたりきりになったのに、ちゃんと俺の名前を呼べよ」
どうして?と言いかけた言葉は、唇ごと塞がれた。
リゼットが混乱するけれども、レオナードは止めなかった。
リゼットの頬に、額に、耳に、口づけを繰り返す。そうして、両頬を大きな手で包み込んで、リゼットの目を見た。
「ちゃんと、俺の名前を呼べ。リゼット!」
言っている意味をようやく理解して、リゼットは、涙が溢れた。
レオンの青い目が涙で良く見えない。
「レオン……!」
レオンが「ありがとう」と呟いて、リゼットを強く、隙間がないくらい抱きしめた。
ヴォルターは昼まで仮眠を取り、王都の病院へ向かう。話を聞くなら今がいいだろうと急いだ。
リゼットには「騎士団に行く」とだけ告げた。不安そうな顔をするリゼットを抱きしめて、その手に口付ける。あいかわらず、指輪は反応しなかった。
レオナードたちがミヨゾティースに来る連絡は、未だにない。
昨日の強襲もあり、リゼットは屋敷内で過ごすことになった。
辺境伯から髪染め用の薬が届いた。添えられた手紙に、「竜になった娘たちが残したレシピがありました。リゼット様の髪にもきっと効果があるでしょう」と書いてある。
一般的な髪染めでは、銀髪から変えることができなかったが、これで元の色に染めることができるようだ。
ジェラルドがほんの少しだけ、薬を取り出す。
「微量な魔力を感じます。この香りはミヨゾティースの花の香りがしますね。あの花に魔力があるのか、それとも特別な栽培でもしているんですかね?」
辺境伯の手紙にはそのあたりは触れられておらず、ジェラルドは大変興味を持ったようだった。
特にすることもなかったので、部屋で髪染めをしてみる。マノンと使用人が湯を運び、手順通りに薬を髪に塗りつける。透明な液体だったが、髪に塗ると元の髪色のダークブラウンに変化していく。
30分ほどで、髪全体に薬が行き届く。たっぷりの湯で洗い流すと、明るめのブラウンに染まっていた。
その間、ジェラルドは部屋の外に出されていた。
髪を乾かし終え、リゼットがジェラルドを呼ぶ。
「髪の毛の色が変わるだけでも、印象が変わりますね。こちらの髪色も良くお似合いですね」
「ありがとうございます。元の髪はもっと地味だったのですよ」
「どの髪色でも、リゼット様の可愛らしさは変わりませんよ」
ジェラルドが、いつものように褒める。リゼットはふと、ジェラルドに聞いてみる。
「ジェラルド様は、誰にでもそのように話すのですよね?」
「ええ、そうですよ。私は誰にでも愛される権利があると思っています。私が出会った全ての女性へ平等に、愛を送ることが私の使命です」
「ジェラルド様は、その愛に偽りがないのですか?」
「もちろんです。私は相手の幸福を望んで、愛するのです。私の言葉でひと時でも幸福を感じてもらえたら、とても嬉しいのです」
キリッとした表情で、ジェラルドは明かした。どの愛も誠実なのだと言う。
「しかし、その役目ができる者は多くないでしょう。特に貴族は、お互いが想いあっていなくとも、結婚しなくてはならないケースが多いです」
「政略結婚ですね」
「ええ。女性は特に父親の思惑で、結婚相手が決まることが多いです。だからこそ、誠実な愛を知る機会があるのです」
「ジェラルド様は、お優しいのですね」
「いいえ、これは私の性分でしょう。リゼット様にも機会がありましたら、私の愛をお伝えしましょう」
ジェラルドがいたずらをした子どものように笑った。本気ではない、冗談だと言っている。リゼットもそれは理解して「そうですね」とだけ答える。
ジェラルドの目がリゼットを捕らえる。リゼットの手をとると、そのまま口付けた。ヴォルターがしたように。
瞬間、ジェラルドが手を離す。
「うわ、これが例の指輪か……結構痛いな」
「ジェラルド様!?」
リゼットが驚いて近づこうとするが、ジェラルドは制止した。
「リゼット様、ちょ、ちょっとこちらに近づかないでください。その指輪が私を認識したのです。ヴォルターに反応しないと聞いて試してみたかったのです」
「……何の話ですか?」
「あ」
ヴォルターは、リゼットに指輪が反応しなかったことを話していなかった。
婚約の儀の前に気がついたが、リゼットが悲しむだろうと思ったのだ。レオナードの幻を見て「会いたい」と泣いて、どうしてさらに追い詰めることを言えるだろうか。
ジェラルドがヴォルターから聞いた話を、すべてリゼットに伝える。そして、ヴォルターを責めないで欲しいと言った。
リゼットは「教えてくださって、ありがとうございます」と答えた。
部屋の扉をノックする音がして、使用人がジェラルドを呼んだ。
使用人は手紙を持っていた。それを受け取り、宛名を確認する。
「リゼット様、失礼します。私宛の急ぎの手紙です。ここで開封しても宜しいですか?」
「……ええ、どうぞ」
ジェラルドは手紙を開封して、中身を確認する。何枚かの手紙が入っており、目を通す。そして、手紙と封筒を交互に調べる。
「どうしたのですか?」
「ええ、少しだけ厄介なことになりました。ヴォルターに連絡を取ります」
ジェラルドは魔法の鳥で、ヴォルターに連絡をとる。そうして、数分後にはヴォルターの声で「もうすぐ着く」と返事が届く。
◇◇◇
数分後にヴォルターが戻ってきた。
王都への往来は、早馬を使っていたので、移動時間は馬車の半分ほどだった。
部屋に入ると、リゼットをまじまじと見る。そうして愛おしく髪に口付けた。
「髪の色が、以前の色に近くなりましたね。銀髪も綺麗でしたが、こちらもリゼット様の本来の姿を思い出します。お似合いです」
「ありがとうございます。銀髪は目立つし落ち着かなかったの」
ヴォルターに褒められて、リゼットも笑顔になった。
ジェラルドが割り込むように手紙をヴォルターに渡す。
読み終わったヴォルターは辺境伯に魔法の鳥を飛ばした。
そしてリゼットに、簡単に内容を伝える。
「手紙は、東の国側の密告です。レオナード様とフィオーレ様の婚約および結婚は、東の国が我が国を支配下に置く狙いがあると書かれています」
「支配……」
「どこまでが事実なのかはわかりませんが、これを送ったものは東の国に関わりがあるものだと思います。封筒はフォルトデリアで一般的に使用される紙が使われています。しかし、手紙は東の国のものです。紙の質が違います」
リゼットに見せた封筒と手紙は、確かに違う紙を使っていた。封筒は、リゼットも持っているありきたりなものだった。しかし、手紙は東の国の花模様を浮き上がらせて、触るとデコボコしている。
ジェラルドはこの紙について知っていた。
「この紙の加工は、フォルトデリアではできません。東の国の技術です。また、わざわざ国の花を加工してあるので、それなりの立場の方かもしれません」
「フィオーレ様でしょうか?それとも他の者でしょうか?」
「……今の時点では何とも言えません。手紙は通常の配達で届いたようです。配達印があります」
手紙には確かに、配達用の管理印があった。配達印は、配達所に届いたものすべてに押されるものだ。
「この印からある程度は調べがつくかと思います。少しお時間いただきますね」
ジェラルドは調査の指示として、魔法の鳥をいくつか飛ばす。
その間に辺境伯から返信が届く。
「今、騎士団とともにレオナード様が城に来ている。フィオーレ様は王都にいるそうだ。そちらの用件も伝えたい」
ヴォルターはすぐに返事をした。そしてリゼットを見る。
「リゼット、時間を稼ぎます。レオナード様と会いましょう」
「……でも」
「レオナード様と会える機会を逃したくありません。リゼットはもう会えないとしても後悔しませんか?」
「…………っ」
「ヴォルター、強制するなんてらしくないな」
「レオナード様が結婚を決めたなら、東の国に渡る。そうすれば、もうフォルトデリアに戻ることはできない。その上、東の国に不穏な動きがあるなら、それを伝えることも、今しかないと思う」
リゼットは手を握り締めた。
レオナードが他の女性と結婚することも、遠くの国に行ってしまいもう二度と会えなくなるのも、耐えられない。
「……けれども。わたくしはどうやってレオンに近づくと言うのですか?」
「……ああ」
「考えてないのかよ!」
「考えていたけれど、ちょっと用意が必要だ」
そう言ってヴォルターは自分の部屋に向かった。少しして戻ってくると、自分の騎士団の制服を手に持っていた。
「これを着てほしい。それで髪も後ろに結ってほしい」
「これ……ですか?」
ヴォルターとリゼットの身長差は、20センチほど。さらに、筋肉質のヴォルターと、華奢なリゼットでは、服の丈も幅も合っていない。
ジェラルドが笑って、笑って、ヴォルターに殴られるまで数秒。
「騎士団に変装して、レオナード様に近づくってことでいいんだな?しかし、騎士団に小柄な者はいないから、一般の兵士として仮装した方がいいかもしれないな」
理解したジェラルドが、服を用意する。髪もヴォルターのように後ろに一つ縛りにした。
「見た目は小柄な兵士って感じ。うん、このリゼット様も可愛らしくて良い」
「黙れ」
「……ジェラルド様、ありがとうございます」
名前も「リゼット」ではなく「ラルフ」と呼ぶことになった。
設定も決めて、ジェラルドの家で雇っている兵士だと決めた。行き当たりばったりな設定だけれど、ジェラルドの家ならば貿易商とともに兵士も雇っているので、おかしいことはなかった。
城へは馬車で向かうことになった。
リゼットは荷物持ちの振りで、馬車のなかに乗り込む。ジェラルドが隣に座り。ヴォルターと向かい合った。
ジェラルドは隣からリゼットを眺めてニヤニヤする。
「何かおかしいでしょうか?」
「いいえ。リゼ……ラルフは男装も良く似合っていると思いまして」
「そうですか……?」
「ええ。声も可愛らしい」
「城では、一兵士に話しかける者はいないだろうから、声を出さないよう気を付けてください」
「はい、ヴォルター」
髪の色も変わり、服装も変わったので、リゼットを知っているもの以外にはバレないと思った。
それが狙いだった。
◇◇◇
城に着くと、応接間に案内される。
ヴォルター、ジェラルド、変装したリゼットが入る。
アベルト辺境伯と、レオナードが話しているところだった。何人か騎士団がいて、東の国の者だろうか変わった服装の男性も立っていた。
ヴォルターが挨拶し、それぞれ着席を求められる。
リゼットは事前に決めた、ジェラルドの席の後ろに立った。
「ヴォルター、久しぶりだな。リゼットは元気にしているか?」
「ええ、私の婚約者となり、今もミヨゾティースの屋敷で私の帰りを待っています」
「そうか。それは良かったな」
レオナードは嬉しそうに笑った。リゼットは胸がぎゅっと痛くなった。
「ところで、フィオーレ様とミヨゾティースにいらっしゃると伺いましたが、予定はいつ頃でしょうか?」
「ああ。それを決めに今日は来たのだ。東の国の大臣も、竜に興味があるのだそうだ」
そう言ってレオナードは、東の国の大臣を紹介する。
婚約の儀のために、東の国から同行しているのだそうだ。
「東の国から参りました。ロウと申します」
「ロウもミヨゾティースの竜に興味があるそうだ。伝承や竜に関わるものを知りたがっている」
「それでしたら、湖の祠や儀式を教えましょう。夏に、竜になった娘のための祭りがあるのです。今年は先日終えたばかりですが、竜の力の継承者が恵みの雨を降らせるのです」
アベルトが説明をすると、ロウは大変興味を持ったようだった。
竜の力の継承者と、恵の雨についても詳しく求められる。
それにはレオナードが答えた。
「今の継承者は、ヴォルターの婚約者だ。恵みの雨は、水の魔法のことだ」
ヴォルターは頷いて、ロウを見た。
ロウが「ぜひお会いし、その魔法を見たいですな」と言ったが、それはヴォルターが止めた。
「その魔法は、ミヨゾティースでも特別なものです。夏の祭典でしか見ることができません」
「そうでしたか。では、せめて竜の力の継承者に一目お会いすることはできますか?」
「本人が良いといえば、会うこともできるでしょう。ただ、フィオーレ様にも伝わっていましたが、レオナード様の元婚約者なのです。婚約破棄されて、レオナード様とも関わることも遠慮しております」
フィオーレ様も良い気持ちになれないでしょう?と付け加えると、それ以上ロウは問わなかった。
その他、いくつか打ち合わせをして、フィオーレとミヨゾティースに来る日程が決まった。
3日後には到着し、その間はミヨゾティースの城に滞在することとなった。
「ロウ様、私は騎士団の業務が残っているので、先に戻りフィオーレ様に伝えてほしいのですが」
「いいえ。私と一緒にレオナード様が戻られなければ、フィオーレ様は心配します。どうかお気になさらずに」
「そうですか。ではしばらくお待ちください」
どうやらロウはレオナードから離れる気配を見せない。
ヴォルターたちも、リゼットと会える機会を伺っていた。
レオナードは大きくため息をつき、リゼットに近づいた。そして首根っこを摘んで、ジェラルドに叫んだ。
「ジェラルド、この者はさっきから何なんだ。兵士として鍛え直しても良いか?」
「……ええ、かしこまりました」
リゼットはそのままレオナードに担がれて、運ばれる。少しでも動けば、レオナードから罵倒の声を浴びせられる。
応接間では急に怒って出て行ったレオナードを「いつもああやって兵士を鍛えようとする」と、ヴォルターとジェラルドが話す。
ロウは驚いて追いかけようとしたが、アベルトに「ついていくと貴方もレオナード様に剣を向けられますよ」と言われて止まることにした。
そうしてリゼットはずんずん大股で歩くレオナードに、上手に攫われた。
レオナードに用意された客間に着くと、ベッドに放り投げられる。
そうして、レオナードはドアを閉めて鍵をかけた。
「……レオナード、様」
「何だよ、久しぶりにふたりきりになったのに、ちゃんと俺の名前を呼べよ」
どうして?と言いかけた言葉は、唇ごと塞がれた。
リゼットが混乱するけれども、レオナードは止めなかった。
リゼットの頬に、額に、耳に、口づけを繰り返す。そうして、両頬を大きな手で包み込んで、リゼットの目を見た。
「ちゃんと、俺の名前を呼べ。リゼット!」
言っている意味をようやく理解して、リゼットは、涙が溢れた。
レオンの青い目が涙で良く見えない。
「レオン……!」
レオンが「ありがとう」と呟いて、リゼットを強く、隙間がないくらい抱きしめた。
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