王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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第四章

34.

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 リゼットは、全体を見回す。フォルトデリアの貴族たちが集まって、この盛大な婚約を祝っていると思った。
 それと同時に、先ほどフィオーレから『元婚約者』と呼ばれた時、周りの視線がリゼットに向いた。まじまじと見るより、聞き耳を立ててチラチラと様子を見るように感じた。
 婚約解消は事実だけれども、いっそその者たちに直接問われて、嫌みを言われたほうがつらくないと思った。
 そんなことをする者など、ひとりもいないのだけれど。

「……そろそろ座りませんか?」

 ヴォルターが声をかける。
 婚約の儀は座る場所が決められている。リゼットたちは指定された席へ向かった。
 アルフォンと、辺境伯になったヴォルターのいとこ、アベルト・シュメリングが先に座っていた。
 周りもミヨゾティースの貴族たちばかりだったので、領地ごとの席になっているようだった。ウルリッヒ主催の夜会で、顔を覚えていたので、リゼットは少しだけ安心する。

 会場にいる人々すべてが着席をし、レオナードとフィオーレも皆が見渡せる席に座る。
 少し間があり、王が登場する。
 レオナードの隣に立ち、その席の前に止まる。
 全員が立ち上がり、王に視線を向けて礼をする。
 王が皆に着席するよう声をかけ、ザッと音とともに皆が座った。そうして、王が全体を見渡して、集まった人々への礼と挨拶を述べる。

 リゼットはその挨拶も、あまり耳に届かなかった。王の声がとても遠くにあるように思った。
 レオナードとフィオーレがお互いの国の贈り物を交わし、婚約の印とした。
 王の側近が、それぞれの贈り物の説明をする。

「フォルトデリアからは宝石の指輪を、東の国からは白銀の剣を。フィオーレ様がレオナード様を支え、レオナード様が災難を断ち切る意味を込めています」

 フォルトデリアの者が、レオナードに指輪の箱を差し出し、レオナードはその指輪を取り出す。
 フィオーレの手を取り、左手の薬指に指輪をはめ、口付けた。

 服装から東の国と思える男性が、剣を両手で抱え、王に差し出す。
 王はそれをレオナードに渡す。そして、レオナードは鞘から剣を抜き、天に向けた。
 鞘と柄に、青い宝石が埋め込まれていた。剣はキラキラと輝いていた。

 レオナードはゆっくりとした動作で、剣を鞘に入れる。そうして待機してた者に、剣を渡し下がらせた。
 婚約の儀は、これで全てが終わった。
 給仕人たちがそれぞれのテーブルに、食事を運ぶ。
 お祝いの食事はどれも美味しかった。お互いの国の食文化が使われているようで、東の国の食事はフォルトデリアとまったく違っていた。

 魚に茶色く香ばしいソースが使われていた。給仕人が「ミソ」と言っていた。
 リゼットはそれが気に入った、
 隣のヴォルターが、何だかよく見ていると気がついた。

「どうしたのですか?」
「いいえ。ただ、ちゃんと食べているか見ていたのです」
「ちゃんと……さすがに、この場でまったく食べないのは失礼です」

 小さく切って、少しずつ口に入れていたのも見ていたらしかった。食欲がある訳でもないので、本当に少しずつ義務をこなすような食べ方だったと思う。

「ヴォルターはわたくしの分までしっかり食べてくださいね」

 ヴォルターに返すと「はい」と返事があり、本当にすっかりきれいに食べていた。
 アベルトに給仕人が何か言葉を伝える。アベルトが何度も頷いて返事をして、給仕人はお辞儀をして去る。

「ヴォルター、フィオーネ様が数日後にはミヨゾティースにいらっしゃるそうだ」
「随分急ですね」
「竜のことを知りたいのと、できれば儀式の視察をしたいそうだ」
「結婚の儀の視察ですか?」
「いや、竜の力の儀式だそうだ」

 ヴォルターはリゼットを見た。
 リゼットはどういうことか理解ができず、アベルトに聞く。

「竜の力の儀式は、夏の祭典の雨のことでしょうか?」
「おそらく、そのことだろう。先ほども東の国に、竜の伝承があると言っていたな。何か関係があるのだろう。急いで帰って、迎える手配を始めたい」
「かしこまりました。わたくしたちも、この後はミヨゾティースへ向かいます」
「リゼット様がいないと、儀式ができません。急なことに良い返事をいただき、ありがとうございます」
「わたくしでなければ、できませんね。竜の力の継承者として、努めさせていただきます」

 リゼットが真剣な表情で応え、アベルトは「本当に助かります」といった。

 食事が終わると、あとは貴族同士の懇談が始まるが、先に城を出ることにした。もし、すぐにでもフィオーレがミヨゾティースに来た場合にも備えられる。

 アルフォンとアルベルトが馬車に乗り、先にミヨゾティースへ向かう。
 リゼットたちは一度、王都の屋敷に行き、マノンを乗せてからミヨゾティースへ向かうことになった。
 すでに日は暮れていた。

 マノンは先に支度をして待っていた。「どうして?」とリゼットが聞いたが、「ミヨゾティースに帰りたい」と言われた時のために用意していたと言って笑った。

 ◇◇◇

 王都から離れ、もうすぐミヨゾティースの領地に入る深い森のあたりで馬車は急停止した。御者が叫ぶ声がする。

「大変です!大勢の人に囲まれています!!」

 ヴォルターが剣を持って馬車を降りる、リゼットとマノンに「動かないように」と念を押す。
 マノンがリゼットを守ろうと抱きしめる。その手は恐怖で震えていて、リゼットは手を重ねた。
 剣が打ち合う音が聞こえる。時折、ヴォルターではない声で「ぎゃあ!」だの声がする。

 リゼットは自分の魔法が役に立つのではないかと思いつき、窓からそっと外を見る。薄闇の中、人々は明かりを持って、ヴォルターと対峙していた。
 ヴォルターは十数人の人々に囲まれていた。倒れている者もいたが、血は出ておらず気絶しているだけのようだった。

 盗賊にしては武装しておらず、普通の人のようだった。しかし、その目は平常時の人の目をしていなかった。
 焦点が合っておらず、ぼおっとして、体もゆらゆらと揺らいでいた。

 リゼットは人々の気配にに心当たりがあった。窓の外、ヴォルターに向けて叫ぶ。

「その人たちは、闇の配下に操られています!」
「ええ、そのようです。気絶させてしまえば、元に戻るでしょう!リゼットはその場から動かないでください!!」

 しかし、声に気がついた数名の者が、馬車に近づいてくる。
 リゼットは人を傷つけない魔法を思案する。その間に、馬車の扉をこじ開けようと手をかける者がいた。

「リゼット!今そちらに行きます!!」

 ヴォルターが叫び、近くの者を蹴り払った。
 リゼットは慌てて、土の魔法をイメージして言葉を紡ぐ。馬車の下から土が盛り上がり、馬車が横転する。

「ごめんなさい……っ!」

 どうやら慌ててイメージが合わなかったらしく、思ったよりも魔法の効果が大きく出てしまった。
 御者はとっくに逃げ出しており、横転に驚いた馬がいなないた。
 マノンがリゼットの身を抱きしめて衝撃を受け止めようとして、悲鳴を上げる。リゼットもマノンにしがみつく。

 その馬車にまた、人々がぞろぞろと集まる。竜の力に反応したように、一斉に近づく。

 ヴォルターは人々をなぎ払い、ひとりまたひとりと気絶させるけれども、数が多すぎて馬車に近づけない。
 扉がこじ開けられようとした時に、遠くから蹄の音が近づいてきた。
 『闇の配下』の援軍かと思い警戒するが、その人物は人々を次々と気絶させた。

 味方だとわかると、ヴォルターも馬車に駆け出して、庇うようにして応戦する。
 全員を気絶させて、やっと静かになった。

「助けていただきありがとうございます!」

 ヴォルターが声をかけるが、返事がない。せめて誰なのかと顔を見ようとしたが、仮面を被り顔がわからない。
 しかし、ヴォルターは良く見慣れたその名を呼んだ。

「レオナード様」

 一瞬、動揺したように見えたが、返事はなかった。しかし、髪形も仮面の中の目も、レオナードにしか見えなかった。
 無言のまま、レオナードは馬に乗り立ち去った。

 ヴォルターはとりあえず馬車の中のリゼットたちを助ける。
 2人とも隅で抱き合っていた。大きな怪我もなく、無事だった。
 2人を引き上げて、馬車をどうするか考える。御者もいなくなり、ヴォルター1人ではどうしようもなかった。

 ジェラルドに魔法の鳥を飛ばし、助けを求める。さすがに国民が危険な目にあったのだから、騎士団も動けるだろう。せめてジェラルドだけでも動けたらと願った。

「ヴォルター、先ほどレオナード様と呼んでいませんでしたか?」
「ええ、顔は隠していましたが、体形も髪形もレオナード様でした。ですが、どうしてここに来たのか、何も言わなかったのでわからないのです」
「そうですか……。レオナード様も助けてくれたのですね」

 リゼットは指輪を愛おしく触れた。
 ヴォルターは確認するか聞こうとしたが、魔法の鳥が戻ってきたため、止めた。
 結果がどうであれ、レオナードが来たことは事実だった。

 数十分でジェラルドと数人の兵士が到着する。
 気絶している人々を起こし、事情を聞く。目が覚めた人々は全員が揃って同じ言葉を言った。

「記憶がない。気がついたらここにいた」

 全員、夕刻までは、普段通り生活していたそうだ。また、人々のなかには帰宅しないので、家族から騎士団に捜索を依頼されていたものもいた。
 兵士たちは、彼らを連れて王都に戻ることになった。

 その前に馬車を持ち上げて、元に戻してもらう。御者がいないため、ヴォルターが代わりをすることになった。
 ジェラルドはこの件を調査するため、兵士たちと王都へ戻る。

「何か分かれば、また連絡する」

 ヴォルターの肩をポンと叩き、ニヤッと笑った。
 彼らが立ち去ると、ヴォルターは馬車を走らせる。そしてレオナードがどうして追いかけてきたかを考えたが、指輪以外に理由を見つけられなかった。
 もし、本当にフィオーネだけに気持ちが向いているなら、助けることもなかったはずだ。

「きっとレオナード様に間違いありません!」
「……でも、フィオーネ様がミヨゾティースに行きたいとおっしゃっていたからかもしれませんよ」

 マノンは「レオナードがリゼットを助けた」と主張したが、リゼットは別の動機だと思った。
 竜の力の継承者に何かあっては、フィオーレがミヨゾティースに行くことを取りやめなくてはならないと思ったのだろう。 ――すべてはフィオーレのためだと。

「それに、わたくしはフィオーレ様に好かれていません」

 マノンに爪痕が残る手を見せる。すると、マノンは思い出したように、持っている袋から小瓶を取り出した。

「この小瓶は、リゼットお嬢様が戻られる前に屋敷に届いたものです」
「ヴォルターが持っているものと同じだわ」

 小瓶は以前、ヴォルターが「回復薬」と言っていたものと同じだった。

「中身も同じかはわかりませんよ。ヴォルター様に後で確認をしましょう」

 マノンはまた小瓶を袋に入れる。そして、早くミヨゾティースに着くよう願った。
 外はもう明かりがなければ何も見えない、夜が深まっていた。

 ◇◇◇

 ミヨゾティースの屋敷に着くと、アルフォンが待っていた。

「私たちの後を来ていたはずだが、どうしたんだね」
「申し訳ありません。闇の配下に心奪われた人々に、馬車を狙われました!」

 ヴォルターが謝罪するが、アルフォンは「ヴォルター様が側にて良かった」と礼を言った。
 そして、リゼットに疲れただろうと休む支度を促した。
 先に使用人が湯浴みの支度を済ませていたので、向かうことにした。

 その間にヴォルターが、レオナードのことをアルフォンに伝える。アルフォンが何か知っていないかと思ったのだ。
 しかし、アルフォンは全く知らなかった。それと、リゼットとレオナードの婚約破棄は正式なもので、そのための書類も手元にあると言った。

「今後、もしかしたらまた婚約するかもしれないと思ったこともあったが……」
「ええ。私も同じ思いです。しかしリゼットは、今もレオナード様に心を寄せていると思います」

 ヴォルターの言葉に、アルフォンは申し訳なく思った。しかし、リゼットはヴォルターにも心を寄せてきているとも思った。だが、今は言うタイミングではないと黙った。
 レオナードの動向がはっきりとしないうちは、外部が何を言ってもリゼットを傷つけかねないと思った。

「ヴォルター様にはリゼットのことで、大変な苦労をかけます。申し訳ありません。しかし、今はヴォルター様が頼りなのです。どうかよろしくお願いいたします」
「ええ。もちろんです。私はリゼットの『婚約者候補』ですから」

 そう言ってヴォルターが笑うと、アルフォンも安堵した。ただひとりの『婚約者候補』が、強く頼もしい男で良かったと思った。

 アルフォンはこの1週間ほどは王宮魔導具の仕事があり、レオナードたちが来ても対応できないとのことだった。
 アベルト辺境伯がすべて対応をするよう、もう手配をしたそうだ。
 レオナードがミヨゾティースに来る前に、魔法の鳥で連絡が来る手筈になっている。
 さすがにリゼット個人への連絡と違い、突然に来ることはないだろう。
 ヴォルターと他にも想定できる問題を話し合い、明日には辺境伯に伝えることになった。

 そうしている間に、リゼットは湯浴みを終えて戻ってきた。

「ヴォルターも、湯浴みをどうぞ」
「ああそうだ。その間は私がリゼットとここにいよう」

 ヴォルターは警護を代われる兵士がいないことに不安があったが、言葉に甘えることにした。
 ほとんどカラスの行水のようだったけれど、先ほどの戦いで埃っぽくなっていたので助かった。

 ヴォルターはリゼットとともに部屋へ向かう。

「お父様も、早くお休みくださいね」
「ああ、リゼットもゆっくりおやすみ」

 リゼットがアルフォンに挨拶をする。
 扉を閉め、リゼットは通路を歩く。その横にヴォルターがつき、少し後ろにマノンがつく。

 部屋に着くと、リゼットはヴォルターに確認をする。その呼吸は少しだけ浅く、軽くなっていた。

「わたくしは婚約の儀でおかしくなかったですか?」
「いいえ。何も、いつも通り変わりなくいましたよ」

 リゼットは「良かった」と言って、目を閉じた。ヴォルターが体を支えると、震えていた。そのまま抱きかかえる。
 マノンが急いでベッドに寝かせる用意をする。
 寝かせると、体を丸めて苦しそうに呼吸する。

「どこか苦しいのか?」
「指が、痺れます……」

 一瞬、食べ物に毒を盛られたかと疑ったが、それならば自分にも何か影響があるはずだ。

「背中を……」
「さすればいいのか?」

 ヴォルターが背中をさすると、だんだんと呼吸が落ち着いて、リゼットの顔も穏やかになった。そしてしばらくして、眠りについた。

「マノン、私はこのまま付き添う」
「かしこまりました」

 マノンもヴォルターを信頼していた。このままリゼットが眠れるならばと、安心して退室する。
 そして、静かな部屋のなかでヴォルターは、小さなため息をついた。

 ジェラルドからの魔法の鳥が届く。
 リゼットの様子を見て、大丈夫だと確認してから、部屋の外で声を聞く。
 やはり『闇の配下』が関わっていた。あの人々は、城下の酒場でたまたま飲んでいただけで、気がついたら「ああなっていた」のだそうだ。
 その間の記憶もなければ、リゼットのことも知らないし、ミヨゾティースにも関わりがない。
 まったく関わりがないのに、どうしてリゼットを狙うことができたのだろうか。
 もしも『闇の配下』が、人々を支配する条件があるのなら、どういうものだろうか。

 そしてもうひとつ。
 重症で王都の病院にいるウルリッヒが「ヴォルターに伝えたいことがある」と、話しているとのことだった。
 高齢ということもあり、傷の治りは遅いが、話すことは十分にできるそうだ。
 こちらも意図がわからないが、ミヨゾティースの元辺境伯だ。
 リゼットに関わることならば、早めに会いにいかなければならないだろう。

 ジェラルドに返事をまとめて、また鳥を飛ばす。そして、リゼットの元に戻る。穏やかな寝顔、その頬に口付ける。
 朝まではまだ時間がある。
 ヴォルターは剣を抱き、警護につとめた。
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