王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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第四章

33.

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 ジェラルドとルーに、手紙に隠されていた言葉『りゅうのちからかいほうみつけた』を伝える。

「竜の力って、リゼット様の力のことだろう」
「ああ。解放とは、どういうことだろうか。ルーは思い当たることはないか?」
「レオナード様が、王城の書物部屋で何か調べる様子はありました。何とは教えてもらえず、その書物も許可された者しか読めない仕掛けがされていました」
「では、レオナード様は東の国に行く前に、その方法に検討が付いたということだろうか?」

 ルーは頷いた。手紙を書く時も人払いをしていた。そしてルーに手紙を託したのだ。
 普段なら専門の配達人に頼むのだけど、わざわざルーに頼んだのだ。しかも、髪飾りのついでを装って。

「婚約の儀まで、私はレオナード様の元に戻ります。それも許されないようなら、別の手段で近づいてみます」
「わかりました。もし、会えたのなら、わたくしが手紙を大事に持っていると伝えてください」
「かしこまりました」

 ルーはすぐに王城へ向かった。
 リゼットは見送った後、椅子に腰掛けたまま俯いた。レオンの手紙の真意はわかってきたけれど、港でフィオーレ様をエスコートしていた姿を思い出して、胸がぎゅっと痛くなる。

「リゼット、体が辛いならもう休みましょう」
「疲れていますが大丈夫です」

 朝から大移動に気力を使い、いつご飯を食べたかも覚えていない。
 お腹が鳴る前に、何か食べたいと思った。

 ◇◇◇

 リゼットはヴォルターと夕食をとった後、マノンが淹れてくれたお茶を飲む。
 ヴォルターは夜間の警護につくまで、仮眠を取るため退室する。その間、騎士団の兵士が警護に立つと決まった。
 ジェラルドは「騎士団に戻り情報を探ってくる」と、随分あっさりと去って行った。

 ぼんやりと、久しぶりに静かな時間を過ごす。
 特にこの数日は都市間の移動があったり、レオンの姿を久しぶりに見たりと、気持ちが忙しかった。

 レオンがフィオーレ様へ向けた笑顔を、エスコートする姿を、一つ一つの仕草を思い出して、払い除けるように首を振る。
 マノンが心配そうに声をかける。

「リゼットお嬢様、もうお休みになりますか?」
「そうね、でももう少し考え事をしたいの。今は眠れそうもないわ」
「そうですか。もし良ければ、寝つきの良くなるお茶に変えます」
「ありがとう」

 マノンはお茶の支度のため、部屋を出る。それを見てから、リゼットはまたぼんやりと思いふける。

 やはり思い出すのは、レオンのことだった。レオンが屋敷に日参していた日々を思い出す。
 リゼットの作ったお菓子を美味しいと喜んでいた。いつも、たくさんの愛情表現をしていた、過剰だったけれども、嬉しかった。
 今になって、レオンと離れていることが辛くてたまらない。
 大きくため息をつく。そして、また首を振った。

「リゼット」

 名を呼ばれて、顔を上げる。金の髪と青い瞳の青年が立っていた。

「……っ」

 レオン ――と呼ぼうとしたが、声が出ない。名前を呼べない。
 せめて手を伸ばそうとしたが、手足が重りをつけたように動かせなかった。
 青年は、リゼットの方を見ていたが、後を向いて立ち去った。

(待って……。行かないで……!)

 喉が押し潰されたように、声が出ない。青年が立ち去るのを、見ているしかなかった。

「リゼット!」

 また声が聞こえる。何度も何度も、名前を呼ばれる。

「 ――レオン」

 声が出る。けれども、名を呼ぶ声の主は、その名前ではなかった。
 急に視界に、黒髪の青年が現れる。リゼットは驚くが、相手も驚いた目をしていた。
 焦った顔が間近にある。

 リゼットは、夢を見ていたのだと思った。もしくは、白昼夢だ。
 間違えないように、目の前の人物の名前を呼んだ。

「ヴォルター。ごめんなさい」
「いいえ、大丈夫です。何か考え事をしていると思ったのですが、突然名前を呼ぶので驚きました」
「そこにいたと思ったのです」

 リゼットが指差すのは、部屋の扉の方だった。
 もちろんその名前の人物はいない。ヴォルターが部屋に入った時もその前も、誰かが入った気配はなかった。

「きっと疲れて夢を見たのです。取り乱してごめんなさい」
「謝ることではないです。もう部屋に戻りましょう」 

 ヴォルターはリゼットを抱えた。
 リゼットは降ろすようお願いしたけれど、ヴォルターは離すことなく部屋まで運んだ。
 そうして、ゆっくりとベッドに横たわらせる。

 マノンも部屋に着いて、ヴォルターは後を任せ、騎士団の兵士と警護を交代した。
 マノンが部屋を出る時にヴォルターへ「リゼットのそばにいて欲しい」と伝えた。
 また、悪夢を見るかもしれないと思ったのだった。

 ヴォルターが部屋に入ると、リゼットは天井を見つめてぼうっとしていた。
 以前、体調を崩していた時と似ていた。

「リゼット、手を繋ぎますか?」

 少し間があり、リゼットは視線を合わせた。

「いいえ、大丈夫です」

 リゼットは手を隠した。
 ヴォルターは気にせずに、ベッドサイドの椅子に腰掛けた。

「……そういえば、ウルリッヒ様の城でも私の傷を癒してくれましたね。ありがとうございます」
「…………。あの時は、っ」

 少し間があり、リゼットは話始めた。

「……あの時は、ヴォルターがいなくなってしまうことが、とても悲しくて、気がついたら回復してほしいと願っていました」
「魔法を無意識に使われたのですか。ジェラルドは死んだと思ったと、後で言っていました。だいぶ魔力を使ったのではないですか?」
「わたくし自身は、どのくらい魔力を使ったかはわかりません。でも、ヴォルターが生きていて本当によかったと思っています」

 リゼットが手を伸ばす、その手を両手で包み込んだ。
 手は冷たかった。ゆっくりさすりながら話を続ける。

「リゼットの回復魔法は、通常の魔法と違いますね。傷が治った後、他の怪我の治りが早く感じます。あの後の鍛錬で、軽い傷を負いましたが、普段より回復が早かったですよ」
「それはどういう……?」
「リゼットの回復魔法には、持続力があるのかもしれませんね。もしくは、体に残り続けるのかもしれません」
「……体に悪い影響はありませんか?」
「検証しようがないのですが、私の体調は問題ありません」
「もし、何か不快なことがあれば、わたくしに教えてくださいませ」
「わかりました。優しいですね、リゼットは。そういえば、同じ魔法をレオナード様にもかけていますよね」

 リゼットはちらりとヴォルターを見る。そして、頷いた。

「もしもの話ですが、私と同じくらいリゼットの魔法をかけられていたなら、レオナード様も回復が早いのかと思ったのです」
「……?」
「レオナード様は、おひとりでもモンスターの巣を散らすほど強い。当人の能力ももちろんですが、この魔法の影響もあるのかと思いました」

 リゼットが「どうして」と掠れた声で聞くと、ヴォルターは「私が感じたのです」とだけ答えた。

「それに、リゼットはレオンの話をすると辛い顔をしますね」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はありません。婚約解消後も慌ただしかったので仕方ないと思います。ですが、悲しい時は我慢しなくて良いのですよ」

 リゼットはまた、小さく掠れた声で謝った。ヴォルターは何度も「必要ない」と伝えるけれども、リゼットは子どものように声を出して泣き出した。
 ヴォルターはリゼットを起こして、抱き寄せた。ゆっくりと背中をさする。

「……レオンに、あいたい」 

 溢れた言葉に、また涙が出る。
 ヴォルターはリゼットに、自身の背中に手を回すよう引き寄せた。
 リゼットは戸惑ったけれど、ゆっくりとヴォルターの背中に触れた。
 レオンから贈られた指輪は、ヴォルターに反応しなかった。

 しばらく抱き合っていると、リゼットも落ち着きを取り戻した。
 眠そうな顔のリゼットに、ヴォルターは微笑みベッドに寝かせた。ヴォルターが促すと、リゼットは目を閉じる。
 リゼットが寝付くまで、ヴォルターはただ側にいた。

 ◇◇◇

 1週間はあっという間だった。その間にジェラルドが、調べたものの報告をしてくれた。ルーは無事にレオンの元に戻れたのだろうか、その後は姿を見せなかった。

 リゼットが時折淋しそうにすると、ヴォルターが抱き寄せた。それ以上の行為はないのだけれど、周囲にはリゼットがヴォルターに思いを寄せているように見えた。

 ジェラルドは騎士団から得た情報から、レオンの様子を伝える。
 東の国の姫であるフィオーレと、共に過ごしているとのことだった。
 また、リゼットの立場も変わった。レオンとの婚約解消、フィオーレとの婚約もあり騎士団からの兵士が減った。

 婚約者としてヴォルターが側にいるのと、どうしてもの代理としてジェラルドが自主的に警護にあたることになった。
 髪飾りや指輪の返却は求められておらず、そのまま身に付けることにした。

 婚約の儀の衣装については、ヴォルターが用意した。
 リゼットの父がミヨゾティースに住居を移し、伯爵になったことで、ミヨゾティース寄りのドレスが必要だった。
 また、ヴォルターも婚約者として出席が決まっており、互いが揃う衣装にするためだった。
 当日は、髪飾りもヴォルターが用意したものにするが、指輪だけは他の物も身につけて目立たなくすることにした。

 辺境伯になったヴォルターのいとこからも提供があり、リゼットは綺麗に着飾られた。

「とても綺麗ですよ」

 ヴォルターが褒めると、リゼットは微笑んだ。けれども、憂いは消えていなかった。

「辛くなったら、私を利用してください」
「利用と言われましても」
「こうやっているだけで、十分利用できますよ」

 リゼットを引き寄せて、背中に手を回し抱き寄せる。
 リゼットは礼を言うことしかできなかった。

 ◇◇◇

 リゼットたちが城に到着する。
 ジェラルドは騎士団の仕事に戻った。婚約の儀の最中は、騎士団として勤めるのだそうだ。

 レオンとフィオーレが、来賓を出迎えていた。レオンがフィオーレに笑いかけ、フィオーレもレオンを見つめる。
 リゼットの胸がまたぎゅっと締めつけられた。
 ヴォルターはリゼットの背に手を触れ、一緒に歩くようエスコートする。

 仲睦まじい様子のふたりは、近づいてもリゼットに気がつかなかった。
 ヴォルターが先に挨拶をする。

「レオナード様、この度はおめでとうございます」

 レオンは振り向き、ヴォルターを見て礼を言う。そして晴れやかな顔で隣のフィオーレを紹介した。

「お初にお目にかかります。東の国のフィオーレと申します」

 漆黒の髪に、太陽を思わせるオレンジの目はヴォルターを良く見ていた。
 ヴォルターがレオン同様に挨拶を交わす。

「リゼットと申します。この度はおめでとうございます」

 リゼットも挨拶をし、お辞儀をする。
 レオンはヴォルターに見せたのと同じ、晴れやかな顔でリゼットに礼を言った。
 リゼットがフィオーレに向き直ると、フィオーレが先に口を開いた。
 両手でリゼットの手を掴み、握手する。

「リゼット様?あなたがリゼット様なのね。レオナード様からお話を伺ったことがありますわ」

 フィオーレは優雅に微笑んでいたが、その目はリゼットを探るように見つめていた。
 手にも見えないところに爪が食い込み、ジリジリと痛む。

「ただの幼馴染みですわ」
「そうかしら。元婚約者だとお聞きしましたけれど?」

 フィオーレは頬に片手を当てて小首を傾げる。それすらも優雅で、とても可愛らしかった。
 レオンはフィオーレの腰を抱き、頬を寄せた。瞬間に、フィオーレは照れたように笑い、レオンを見つめる。

「嫉妬も可愛いけれど、私が一番愛しているのは君だけだよ」
「まあ嫉妬だなんて!わたくしはレオナード様の幼馴染みに興味があっただけですわ。もし良ければ、幼い頃のレオナード様のことも教えてくださらないかしら?わたくし、もっとレオナード様のことを知りたいの!」

 リゼットに笑いかけるフィオーレの顔は、恋する乙女の顔になっていた。
 純粋に、ただただレオンのことが好きなのだと思った。

「かしこまりました。フィオーレ様に のお話をいたしましょう」
「では、ミヨゾティースの案内も是非に。わたくしの国にも竜の伝承がありますが、こちらにもあると伺って興味があるのです」
「それでしたら、辺境伯の城にご案内します。そちらに詳しいものがおりますから」
「ヴォルター様もミヨゾティースの出身ですわね。楽しみですわ!」

 話がまとまると、他の貴族へも挨拶があると言い、ふたりは行ってしまう。
 リゼットは手に残る爪痕を見た。赤く爪が食い込んだ跡が残る。
 ヴォルターがそれを見て、慈しむように撫でた。そして、リゼットにそっと小声で教えてくれる。

「レオナード様が付けている指輪は、魔法制御の指輪です。あれは東の国に行く際に付けるものです。まだ付けているのは妙です」

 他の貴族に挨拶する姿、その手には確かに指輪をしていた。

「あの指輪があるから、わたくしの指輪はフィオーレ様に何もしなかったのかしら?」
「おそらく。もしくは ――」
 の心変わりですね」

 リゼットが名前の呼びを変えたまま、その名前に触れた。
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