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第五章

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 1週間が経ち、ふたりの試合の日が来た。リゼットはアベルトと共に、王都へと向かう。
 騎士団の施設は、王宮の門をいくつか潜った先にあった。アベルトが王宮用の腕輪を持っていたので、あっという間に到着する。

「あの、ここが、本当に騎士団の施設ですか?」
「ええ、良い場所でしょう?」

 アベルトとリゼットの、騎士団の施設のイメージが違っていた。いや、アベルトは知っていたのだけれど。
 ドーム型で、観客が大勢収容できる施設だった。
 リゼットはてっきり騎士団が稽古をする程度の施設だと思っていたのだ。
 しかも、入り口前には広場があり、今は屋台などが並び、祭りのように人々が集まり、賑わっている。

「場所は間違っていないのですか?」
「間違っていませんよ」

 アベルトが紳士的な微笑みで、リゼットをエスコートする。
 馬車から降りると、「リゼット様」と名を呼ぶ女性の集団がいた。ちらりと見ると、ミヨゾティースの領民たちだった。

「リゼット様、ファイトー!」
「違うわよ、リゼット様!ぜひミヨゾティースにお戻りくださいね」
「ええ、レオナード様とヴォルター様、どちらが勝ってもいいので!」
「え、私はヴォルター様がいいっ」

 リゼットへ大声で叫ぶので、おそらくミヨゾティースの領民ではない人々が、リゼットに注目する。

(試合をするのはわたくしではないのですけど……)

 リゼットの心の声を読んだかのように、アベルトが話しかける。

「まるで、リゼット様が婿取りでもするような話ですね」
「おやめください、アベルト様……」

 アベルトが冗談だと言うけれど、リゼットは嫌な汗をかきそうだった。
 そうしてそっと周りの様子を伺う。あの一瞬だけ注目されたようで、もうこちらを見ているものはいなさそうだった。

「リゼット様、こちから中に入りましょう」

 アベルトが案内し、会場内へと歩く。
 広く長い通路を抜けると、大きな窓がある部屋に通される、窓の外は試合をする広場がよく見通せた。
 部屋の中には、豪華な椅子がいくつか設置されている。

「まもなく王がいらっしゃいます」
「ええっ」
「ああ、言い忘れていましたが、リゼット様も同席して試合をみることになります」
「言い忘れないでください……」

 心の準備など無いまま、王が到着したことを告げる者が現れる。
 リゼットは跪いて、頭を下げ、王を待つ。
 足音が近づいて来ると、心拍数が上がり、息がぎゅっと止まる気がした。

「久しぶりだな、リゼット」

 リゼットの前で止まり、話しかけられる。リゼットは小さく「はい」と答えた。

「また、レオナードが迷惑をかけているな。何度も申し訳ない」
「いえ、そのようなことは……」

 王はふふっと笑い、席についた。
 リゼットにも、近くに座るよう示す。

「レオナードの母も間もなく着くだろう。どうか、一緒に見守ってほしい」
「……は、はい」

 レオンの母は第三夫人で、小さい頃に会ったことがあるきりだった。
 リゼットが成人してから、結婚の準備のために会うことになる予定はあったが、まさかこのような機会になるとは思ってもいなかった。

 少しして、第三夫人が到着したと告げられ、部屋に入ってくる。
 リゼットはまた跪いて、言葉を待つ。

「あらあら、リゼット。お久しぶりね」

 ふわふわとした声がして、リゼットの手をつかんで立ち上がらせた。

「もうすっかり大きくなってっ!」
「あ、はい。お久しぶりです」

 近所の奥様のようなノリで話しかけてくる第三夫人は、確かにレオンの母だった。
 目鼻立ちの良さはそっくりだった。青い目もレオンと同じ。

「さあさあ、もう試合は始まるかしら?リゼットも一緒に見ましょう?」

 その手を引かれながら、王と第三夫人に挟まれて席に座らされる。
 3人が腰掛けると、お茶と菓子が
 テーブルに用意される。第三夫人がお茶を勧めるので、リゼットは口をつける。

「……美味しい」
「そうでしょう?私が気に入って取り寄せている紅茶なの」
「落ち着きなさい。リゼットが困っているだろう」

 王が嗜めると、第三夫人はしょんぼりした顔をした。レオン同様、子犬のような可愛さをしている。

「あ、あの、大丈夫です。お茶とても美味しいです」

 リゼットがさらに飲もうとして、ティーカップを取り損ねてしまう。
 ゆっくりと落ちるカップを受け取れず、ドレスにお茶がこぼれた。

「申し訳ありません!」
「大丈夫、誰か!着替えを!」

 第三夫人の声に、使用人がささっと現れる。リゼットのドレスにこぼれたお茶を拭き、立ち上がらせる。

「リゼット様、あちらに着替えがございます」
「え、あの??」
「ああ、私の着替えを使って頂戴」
「……え?」

 使用人にぐいぐいと引かれながら、第三夫人の声を聞く。というか、第三夫人も一緒についてくる。

「あのね!リゼットにぜひ着せたいドレスがあるの。せっかくだからって持ってきてたのよ。良かったら着て?気に入ったらプレゼントするわ」
「リゼット様が結婚した時のためにと、奥様がずっとご用意していたのです」

 第三夫人と使用人が同時に説明するが、リゼットの頭には理解ができなかった。とりあえず、着替えをされるがままに任せる。

 しかし、ドレスは何着もあり、着替えるたびに第三夫人がリゼットをぐるりと回らせて、そのたびに「かわいい」「似合っている」「じゃあこれも着てみて」と着せ替え人形のようになった。
 ドレスはフリルがふんだんに使われた可愛いものや、布地が少なく肌の露出が多いもの、東の国の伝統的な衣装など様々な型が用意されていた。

 すべてのドレスに袖を通し終わると、第三夫人がにっこりと笑いかける。

「リゼットにはどれもお似合いだわ。今着るドレスを選んだら、他は屋敷まで届けさせるわね」
「……はい、かしこまりました」
「ああ、もう私は貴女を娘のように思っているから、気楽に話してほしいの」
「は、はいっ」

 リゼットの返事に満足したのか、第三夫人はリゼットをぎゅーっと抱きしめた。
 そうして頭を撫でる。子どもにするようにぐりぐりと、でも優しく。

「レオナードったら、リゼットになかなか会わせてくれなかったのよ。私は、2人が小さい頃に婚約してから、ずっと会いたいしお茶もしたいと思っていたのに」
「ごめんなさい」
「ううん、リゼットは悪くないわ。私がこうやって独り占めみたいにしちゃうから、レオナードが警戒しているのよ?」

 小さい頃から、レオンが遊びに来るので、リゼットは他の人との交流があまりなかった。それは、リゼットが他の人へ興味を持つことを、レオンが恐れたのだと教えてくれた。
 でも、竜の力の継承者となってからは、レオン1人では守りきれず、結果、ヴォルターがリゼットに興味を持つ機会を作ってしまったけれど。

「試合の結果次第でしょうけど、もしレオナードが勝ったら、たまにお茶をする仲になりたいと思っているわ」

 第三夫人がまたにっこりとした後、はっとして立ち上がる。

「いけない!のんびりしていられないわ、戻りましょう」

 リゼットは今着ているドレスで良いと言って、慌てて部屋に戻る。
 試合はちょうど始まろうとしていた。
 椅子に腰掛けて振り返った王が、リゼットのドレスを見る。

「良いドレスを選んだね。勝者にぜひ見せたいよ」
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