王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

文字の大きさ
44 / 55
第五章

44.

しおりを挟む
 1週間が経ち、ふたりの試合の日が来た。リゼットはアベルトと共に、王都へと向かう。
 騎士団の施設は、王宮の門をいくつか潜った先にあった。アベルトが王宮用の腕輪を持っていたので、あっという間に到着する。

「あの、ここが、本当に騎士団の施設ですか?」
「ええ、良い場所でしょう?」

 アベルトとリゼットの、騎士団の施設のイメージが違っていた。いや、アベルトは知っていたのだけれど。
 ドーム型で、観客が大勢収容できる施設だった。
 リゼットはてっきり騎士団が稽古をする程度の施設だと思っていたのだ。
 しかも、入り口前には広場があり、今は屋台などが並び、祭りのように人々が集まり、賑わっている。

「場所は間違っていないのですか?」
「間違っていませんよ」

 アベルトが紳士的な微笑みで、リゼットをエスコートする。
 馬車から降りると、「リゼット様」と名を呼ぶ女性の集団がいた。ちらりと見ると、ミヨゾティースの領民たちだった。

「リゼット様、ファイトー!」
「違うわよ、リゼット様!ぜひミヨゾティースにお戻りくださいね」
「ええ、レオナード様とヴォルター様、どちらが勝ってもいいので!」
「え、私はヴォルター様がいいっ」

 リゼットへ大声で叫ぶので、おそらくミヨゾティースの領民ではない人々が、リゼットに注目する。

(試合をするのはわたくしではないのですけど……)

 リゼットの心の声を読んだかのように、アベルトが話しかける。

「まるで、リゼット様が婿取りでもするような話ですね」
「おやめください、アベルト様……」

 アベルトが冗談だと言うけれど、リゼットは嫌な汗をかきそうだった。
 そうしてそっと周りの様子を伺う。あの一瞬だけ注目されたようで、もうこちらを見ているものはいなさそうだった。

「リゼット様、こちから中に入りましょう」

 アベルトが案内し、会場内へと歩く。
 広く長い通路を抜けると、大きな窓がある部屋に通される、窓の外は試合をする広場がよく見通せた。
 部屋の中には、豪華な椅子がいくつか設置されている。

「まもなく王がいらっしゃいます」
「ええっ」
「ああ、言い忘れていましたが、リゼット様も同席して試合をみることになります」
「言い忘れないでください……」

 心の準備など無いまま、王が到着したことを告げる者が現れる。
 リゼットは跪いて、頭を下げ、王を待つ。
 足音が近づいて来ると、心拍数が上がり、息がぎゅっと止まる気がした。

「久しぶりだな、リゼット」

 リゼットの前で止まり、話しかけられる。リゼットは小さく「はい」と答えた。

「また、レオナードが迷惑をかけているな。何度も申し訳ない」
「いえ、そのようなことは……」

 王はふふっと笑い、席についた。
 リゼットにも、近くに座るよう示す。

「レオナードの母も間もなく着くだろう。どうか、一緒に見守ってほしい」
「……は、はい」

 レオンの母は第三夫人で、小さい頃に会ったことがあるきりだった。
 リゼットが成人してから、結婚の準備のために会うことになる予定はあったが、まさかこのような機会になるとは思ってもいなかった。

 少しして、第三夫人が到着したと告げられ、部屋に入ってくる。
 リゼットはまた跪いて、言葉を待つ。

「あらあら、リゼット。お久しぶりね」

 ふわふわとした声がして、リゼットの手をつかんで立ち上がらせた。

「もうすっかり大きくなってっ!」
「あ、はい。お久しぶりです」

 近所の奥様のようなノリで話しかけてくる第三夫人は、確かにレオンの母だった。
 目鼻立ちの良さはそっくりだった。青い目もレオンと同じ。

「さあさあ、もう試合は始まるかしら?リゼットも一緒に見ましょう?」

 その手を引かれながら、王と第三夫人に挟まれて席に座らされる。
 3人が腰掛けると、お茶と菓子が
 テーブルに用意される。第三夫人がお茶を勧めるので、リゼットは口をつける。

「……美味しい」
「そうでしょう?私が気に入って取り寄せている紅茶なの」
「落ち着きなさい。リゼットが困っているだろう」

 王が嗜めると、第三夫人はしょんぼりした顔をした。レオン同様、子犬のような可愛さをしている。

「あ、あの、大丈夫です。お茶とても美味しいです」

 リゼットがさらに飲もうとして、ティーカップを取り損ねてしまう。
 ゆっくりと落ちるカップを受け取れず、ドレスにお茶がこぼれた。

「申し訳ありません!」
「大丈夫、誰か!着替えを!」

 第三夫人の声に、使用人がささっと現れる。リゼットのドレスにこぼれたお茶を拭き、立ち上がらせる。

「リゼット様、あちらに着替えがございます」
「え、あの??」
「ああ、私の着替えを使って頂戴」
「……え?」

 使用人にぐいぐいと引かれながら、第三夫人の声を聞く。というか、第三夫人も一緒についてくる。

「あのね!リゼットにぜひ着せたいドレスがあるの。せっかくだからって持ってきてたのよ。良かったら着て?気に入ったらプレゼントするわ」
「リゼット様が結婚した時のためにと、奥様がずっとご用意していたのです」

 第三夫人と使用人が同時に説明するが、リゼットの頭には理解ができなかった。とりあえず、着替えをされるがままに任せる。

 しかし、ドレスは何着もあり、着替えるたびに第三夫人がリゼットをぐるりと回らせて、そのたびに「かわいい」「似合っている」「じゃあこれも着てみて」と着せ替え人形のようになった。
 ドレスはフリルがふんだんに使われた可愛いものや、布地が少なく肌の露出が多いもの、東の国の伝統的な衣装など様々な型が用意されていた。

 すべてのドレスに袖を通し終わると、第三夫人がにっこりと笑いかける。

「リゼットにはどれもお似合いだわ。今着るドレスを選んだら、他は屋敷まで届けさせるわね」
「……はい、かしこまりました」
「ああ、もう私は貴女を娘のように思っているから、気楽に話してほしいの」
「は、はいっ」

 リゼットの返事に満足したのか、第三夫人はリゼットをぎゅーっと抱きしめた。
 そうして頭を撫でる。子どもにするようにぐりぐりと、でも優しく。

「レオナードったら、リゼットになかなか会わせてくれなかったのよ。私は、2人が小さい頃に婚約してから、ずっと会いたいしお茶もしたいと思っていたのに」
「ごめんなさい」
「ううん、リゼットは悪くないわ。私がこうやって独り占めみたいにしちゃうから、レオナードが警戒しているのよ?」

 小さい頃から、レオンが遊びに来るので、リゼットは他の人との交流があまりなかった。それは、リゼットが他の人へ興味を持つことを、レオンが恐れたのだと教えてくれた。
 でも、竜の力の継承者となってからは、レオン1人では守りきれず、結果、ヴォルターがリゼットに興味を持つ機会を作ってしまったけれど。

「試合の結果次第でしょうけど、もしレオナードが勝ったら、たまにお茶をする仲になりたいと思っているわ」

 第三夫人がまたにっこりとした後、はっとして立ち上がる。

「いけない!のんびりしていられないわ、戻りましょう」

 リゼットは今着ているドレスで良いと言って、慌てて部屋に戻る。
 試合はちょうど始まろうとしていた。
 椅子に腰掛けて振り返った王が、リゼットのドレスを見る。

「良いドレスを選んだね。勝者にぜひ見せたいよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...