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第五章

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 試合が始まる。
 司会の男性が広場の中央に現れると、会場内が沸き立った。
 広場をぐるりと囲むように、階段状に椅子が並べられて、多くの人々が座っている。

「お待たせしました!これより第四王子レオナード様と、ミヨゾティース出身の騎士団所属王族警護のヴォルター様の試合が開催されます。まずは、王から開催の宣言があります。皆様、お立ちください」

 ザザッと音がして、皆が立ち上がる。リゼットも、第三夫人も立ち、王を見る。
 王は、部屋の窓側に近づいて、マイクを持って話す。会場の各所に、その声を拡げる魔導具があり、どこにいても王の声が良く聞こえた。

「たくさんの人々に集まってもらったこと、感謝している」

 そう言って、王は一呼吸つき、会場内をゆっくりと見回した。まるで、その場にいる人々、ひとりひとりと視線を合わせるように。

「この試合は、先触れの通り、レオナードが正式に婚約を決める場となる。……しかし、レオナードは自身の失態で、一度婚約を破棄し、さらに東の国の姫との婚約の儀を行った」

 静かに聞いていた人々が、お互いを見合わせて話始める。

「皆が混乱するのは良くわかる。東の国の計略があったのだ。それも、すでに解決した。そして、ここにいるリゼットが、すべてを解決へと導いた」

 リゼットは唐突に名を呼ばれ、しかも第三夫人に手を引かれて、王の隣へ立つ。
 どこを見ようとしても、人々の興味の眼差しに当たり、呼吸が浅くなる。それを第三夫人が背中をさすり、落ち着かせようとした。

「ミヨゾティースに、竜の伝承があることは、皆が知ってるだろうか。その伝承の竜の力を継承したのが、リゼットだ。そして、竜の力を継承した娘を狙い、闇の配下が現れた。あれは、人の負の感情を好み、心を奪う、そして、リゼットの命を狙った」

 リゼットはヴィルデを思い出した。首を絞められて、強い憎しみを受けた。けれど、負の感情の根本は、ヴィルデや闇の配下ではなく、人間から生まれたものだった。
 ヴィルデたちはそれらから生まれた。
 王の話は続く。

「レオナードが離れた間、王族警護を務めるヴォルターが、リゼットの警護に当たった。闇の配下に命を奪われそうになったが、リゼットを命を捧げて守ったと聞く」

 王が詳細まで話すので、リゼットはますます顔がこわばる。いや、どうしてそのくだりが必要なのかと、心の中でツッコミを入れたくなる。
 リゼットはひとりで、顔を赤らめたり青ざめたりを繰り返す。第三夫人がそれをみて、フォローを入れた。

「あの人、レオナードとリゼットの婚約解消を決めた後、ものすごく落ち込んでいたのよ」
「え、王様がですか?」
「ええ、絶対そんな顔見せないけどね」

 そういう第三夫人も、顔だけは穏やかに微笑んでいた。

「リゼットはミヨゾティースの伯爵の娘、しかもミヨゾティースでは領民に慕われている。……さて、そろそろふたりにも出てきてもらおうか。勝ったものが、リゼットの手を取ることができる」

 王が合図すると、広場の両サイドの門が開く。銀色の鎧を着用したふたりが、ゆっくりと中央へ歩む。
 鎧は騎士団のもので、それだけではふたりを判別できない。マントだけ色が違っていた。レオンが青、ヴォルターが赤のマントをつけていた。

 中央で、互いの剣を交差させ、試合の始まりの合図を待つ。
 人々の歓声が、渦のように舞い上がり、その時を待った。

 リゼットは祈るように両手を組み、息を大きく吸って、吐いた。

 司会の男性が、広場の中央から退く。そして司会用のスペースで、マイクを握りしめる。

 王がもう一度合図を告げると、試合が始まった。

 ◇◇◇

 始まりと共に、両者が一度後方に飛び、離れる。
 剣を構えたまま、互いの様子を測る。その間、数分だろうか。少しも動かず、時が止まったのかと思うくらい。

 そして、先に動いたのは赤いマントを身につけた、レオンだった。
 腰を低く下げたまま、地面をなぞるように駆ける。剣を両手で掴み、先をヴォルターに向けている。

「うおおおおおおおおおっ!」

 唸るような声とともに、剣をすくい上げる。ヴォルターはその剣を、自身の剣で払い流し、弧を描くようにレオンへと
 横に流す。
 流れに気づいたレオンは、一度後方にジャンプして、剣を持ち直す。

 お互いが、相手の動きをよく読み、まるで踊っているかのように、華麗な動きをみせた。
 けれど、時折、剣が激しくぶつかり合う音がして、ダンスではないことに気づく。

「ヴォルターは腕を上げたね。レオナードにあれだけ食いついているなんて」

 王が独り言のように、呟いた。
 ヴォルターと出会った頃、レオンもその強さを認めていた。ヴォルターはレオンに勝てたことはほとんどないとも言っていたけれど、今のところはほぼ互角を保っている。

 声をあげて剣を振るうレオンに対して、ヴォルターはほとんど声を発しなかった。

「だいぶヴォルターは集中しているようね。レオナードは声をあげすぎ。バテないかしら?」

 第三夫人が小首を傾げて、ふたりを見守る。
 レオンは声をあげていたが、動きに乱れを感じられなかった。
 試合が始まって20分が経とうとしていた。決着がつく様子もなく、一度休止をしようかと王が指示をしかけた時、広場から金属がへし折れる音が響いた。

「 ――っ!」

 リゼットがその名を呼ぶ。
 王も第三夫人も、その方向を見て止まる。司会の男性が、もうひとりを制止した。

 赤いマントがふわりと、風に乗って空へと舞い上がる。
 倒れたのはヴォルターだった。鎧の胸の部分は、深くへこんでいた。
 救護のため待機していた騎士団の数名が、ヴォルターの意識を確認した。
 目を閉じていたが、軽く腕を上げて意識があることを示した。
 担架に乗せられて、運ばれていった。

 リゼットは、ヴォルターが運ばれるまで青ざめて立ちすくんだ。そうして、悪夢を思い出していた。
 ミヨゾティースの前辺境伯、ウルリッヒにヴォルターが命を奪われた瞬間。
 あの強い憎しみを、追体験していた。ポロポロと涙が溢れ、手足が震えた。

「リゼット、リゼット?」

 隣で支えていた第三夫人がおろおろと声をかける。けれど、リゼットにはその声が届いていなかった。
 ぎゅっと目を閉じて、浅く呼吸をしているリゼットに、さすがに様子がおかしいとわかって、人を呼んだ。

 ◇◇◇

 司会の男性は、勝者のレオンへと歩み寄って、インタビューを試みた。
 しかし、レオンはリゼットの様子に気がついて、その場から走り出した。

 司会の男性は、リゼットに気がついておらず「レオナード様は着替えてから改めてインタビューをしましょう」と、その場を取り繕った。

 レオンが王のいる部屋につくと、リゼットはソファに寝かされて、医師の診察を受けていた。
 呼吸は未だ浅く、涙を流して、目を閉じている。
 レオンはリゼットのそばに駆け寄ると、名前を呼ぶ。

「リゼット、リゼット」

 しかし、リゼットは目を開けようとしない、苦しそうに眉間にシワを寄せて、額は汗をかいていた。
 医師は「精神的な張り詰めがあったのだろう」と言った。ふたりの試合を見て、気持ちが張り詰めて過呼吸を起こしたのだろうと。

「しばらく寝かせておいたら、落ち着くでしょう」

 そう言って医師は、ヴォルターのところへ向かった。
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