王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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第五章

48.

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 扉の外の声を聞いて、リゼットはレオンを嗜める。

「レオン、マノンがかわいそうです。貴方が対処してくださいませ」
「わかっているよ。いじわるをしてごめん」

 リゼットに軽くキスをして、扉の外へ向かう。
 外にはレオンの屋敷の執事がおり、レオンが出るとお説教が始まった。
 少ししてマノンが部屋の中へ来た。

「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、マノン」
「着替えと湯浴みの支度ができています。どうしますか?」
「行きます」

 ドレスから簡単な普段用のドレスに着替えて、湯あみに向かう。
 扉の外は静かになって、レオンはいなくなっていた。

「レオナード様も、着替えて朝食を一緒にとるそうです」

 マノンが執事から聞いた予定も教えてくれる。
 一月後のリゼットの誕生日に、レオンとリゼットの婚約の儀を正式に行う。それまでに、婚約の儀の準備をする。
 そして、ふたりの住居をどこにするかを決める。

「この屋敷ではないのですか?」
「ええ。リゼットお嬢様がミヨゾティースと関わりを持つのなら、あちらに屋敷を作るのだとか。詳しくはレオナード様からお聞きください」
「わかったわ」

 湯浴みをして、ドレスを着替える。
 レオンが用意してくれたドレスは、ふわふわした薄いピンクの布が幾重にも重なった可愛らしいものだった。
 食堂に向かうと、レオンが既に待っていた。レオンも着替えて、湯浴みを済ませたらしい。横には執事が待機している。

「リゼット、おはよう。やはりそのドレスはよく似合っている。まるで妖精のように可愛い」
「ありがとうございます。素敵なドレスを贈っていただき、うれしいです」

 お礼を伝えると、ニッコニコの笑顔になる。すると、横の執事がコホンと咳払いをして、レオンに視線を送る。

「ああ、そうだ。これが執事のセバスチャンだ。これから屋敷のことをリゼットにあれこれ教える。あまり気に負わないで、話をしてほしい」
「はい。セバスチャン、よろしくお願いします」

 セバスチャンは会釈をすると、リゼットに糸目を半月状にして微笑む。
 白い手袋をした右手を胸に置いて話をする。

「こちらこそよろしくお願いいたします。リゼット様、こちらの屋敷の仕様は王族のものではあります。しかし、レオナード様は王族と言え四男、他の貴族とあまり変わらないよう過ごしております」
「……はい」
「リゼット様が今までと同じように過ごせますよう、努めさせていただきます」
「お心遣いありがとうございます」
「それから、大変申し上げにくいのですが、昨晩のようにおふたりで夜を共にされるのはまだ早いです」
「……はわっ!?すみません!」
「ええ、どうせこの御坊ちゃまが出向いたのでしょうけれど。もしまたあるようでしたら、私どもをお呼びください。婚姻までお守りいたします」

 えっと、とリゼットはレオンを見る。
 レオンは顔を真っ赤にしてむすっと拗ねた。リゼットは困って、でもセバスチャンの言いたいことはよくわかったので「はい」と答えた。
 セバスチャンはにっこりと笑う。

「レオナード御坊ちゃま、そういうことですので、分別わきまえてくださいね」
「……わかったから、御坊ちゃま呼びしないでくれ」
「おむつをしていた時分からお育てしましたのに、どうしてこうなってしまったのでしょうね」
「やめてくれ……」

 セバスチャンは今は60代くらいで、いわゆるロマンスグレーの髪色をしている。レオンのお世話係のひとりとして、長年勤めていると言った。
 リゼットに対しての想いの強さゆえの行動も、すべて把握していて、毎回嗜めていたらしい。

 その話を聞きがならの朝食は、リゼットにとってとても興味深かったが、レオンには居心地悪かった。
 食べ終わると、レオンが屋敷を案内すると言ってセバスチャンと離れた。

 ◇◇◇

 お昼までは屋敷の中と庭を案内してくれた。広い屋敷は代々の嫡男以外の王子のためのものだった。
 図書室もあり、フォルトデリアの歴史からそれぞれの地方の物語など、様々な本で溢れていた。

「久しぶりに、普通の本を手に取ったわ」

 リゼットが手に取ったのは、お菓子作りの本。
 まだ竜の力の継承者なんて知らなかった頃は、よくお菓子作りをしていた。
 ほんの数ヶ月前のことなのだけれど、目まぐるしい日々が数年のように思った。
 いくつか本を眺めると、レオンはどれでも部屋に持っていっていいと言う。

「ゆっくり読んでいいから。もしお菓子を作りたくなったら、調理場を使って。それで、できたら俺に食べさせて」
「わかりました」
「それと、ふたりきりの時は、言葉遣いも変えてほしいな」
「え……」

 レオンはリゼットが持っている本を手に取り、机に置く。
 リゼットの両手を取り、レオンの腕のの中に迎え入れた。リゼットが顔を上げると、レオンの青い目が優しく孤を描いている。

「俺は普通に話しかけているのに、リゼットは丁寧な言葉遣いだろう?」
「ええ、そうですね」
「できれば、ふたりきりの時は普通に話したい思うんだけど?」
「ええ……わ、わかりましたわ」

 返事をすると、レオンの顔が近づく。
 そうして首を振って「もう一度」と言う。空気が圧縮したみたいに、息が止まる。

「……ええと。わ、わかったわ」
「ありがとう。」

 そのまま頬を寄せられる。耳を唇だけで喰まれて、変な声が出る。
 足の力が抜けると、レオンが腰を抱いて支える。でも耳元の顔は離れない。

「レオン、あの……」
「ん、どうしたの?」

 耳元の声に背中がぞくぞくする。
 レオンの声は悪気がない子どものようで、耳に唇が触れる。リゼットは目を瞑り、その感覚を耐える。
 くすぐったくて、ムズムズするのに、また期待をしてしまう。そんな自分に、とても恥ずかしい気持ちもあった。

「レオナード様。いちゃつくのも程々にしてくださいませ」

 勢いよく図書室の扉が開き、セバスチャンが現れる。
 瞬間、リゼットはレオンを押して、離れようとした。レオンはまったく止めようとしないので、ただ胸を押しただけだった。

「……なんで邪魔するんだ」
「客人が到着したので、探していたのですよ」

 そう言って、セバスチャンは子猫を運ぶように、レオンの首根っこを掴んで引っ張る。レオンは片手でリゼットの手を掴んだままで、まるで芋づるのように3人は応接間に向かうことになった。

 その途中も、セバスチャンはレオンに屋敷内でいちゃつかないようにと存分にお小言を続けた。
 レオンも聞いてか聞いてないか、その都度返事をする。
 リゼットにも、婚姻するまでは節度を守ってくださいと言うが、その声はレオンに対するより優しかった。

 ◇◇◇

 応接間には、宝石商とジェラルドがいた。
 一月後の婚約の儀の用意に来たのだそうだ。

「レオナード様、この度はご婚約おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。ジェラルドには、急ぎで色々と頼むことになるが、頼む」
「ええ、かしこまりました」

 簡単な挨拶の後、婚約の儀の品を選ぶ。指輪、それ以外の装飾品、ドレス……。

「レオナード様の衣装はどうされるのですか?」
「ああ、俺はもう用意している」
「フィオーレ様との……」
「いや、あれとは別。リゼットとの婚約の儀はずっと楽しみにしていたから」

 リゼットのドレスに合わせるよう、すでに幾つか手配をしていると言った。
 リゼットの衣装が決まれば、衣装製作は始められる。
 リゼットは水色のドレスを選んだ。白に近い水色で、スカート部分がグラデーションに染め上げており、波が揺れるような色になっている。
 デザインに追加して、胸元と袖にビジューを配置し、またドレスのスカート部分にも散りばめて華やかさを増した。

 レオンの衣装は濃い青を選んだ。
 リゼットのようにビジューを配置して、デザインもお揃いにした。
 今から職人に頼んで、一月後には間に合わせるらしい。

 宝石商に指輪やその他の宝飾を頼む。婚約の儀とは別に、リゼットの護身用の指輪のベースも依頼する。

「今の指輪は、もう十分役目を果たした。指輪が届いたら、新しい魔法を入れよう」
「わかりました」

 良い思い出も、悪い思い出もこの指輪に含まれている。
 リゼットは指輪に触れて、レオンにお願いをする。

「この指輪は、わたくしが持っていてもいいでしょうか?」
「ん?ああ、もちろんだとも。でも、護りの効果はなくなるだろうから、気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」

 婚約の儀の打ち合わせが終わると、レオンはマノンを呼び、先に部屋に行くように促した。
 そうしてふたりが出ていった後、ジェラルドに向かい、リゼットに見せたことのない悪い顔で笑いかけた。

「フルーツ飴」
「は……い?」
「君がね、初めてリゼットに屋台で食べさせたって、聞いたものでね」
「え……そ、それが?」

 ジェラルドの顔に、レオンの両手が伸びる。

「レ、レオナード様?」

 両頬をつまんで伸ばす。少しずつ伸ばすと、ジェラルドがはっと気がついて、「ほ、うぇ、う、ふぁ、ふぁ、い」と言う。それでもしばらく伸ばして、レオンはニコニコ笑いかける。
 ジェラルドはあの日の事を、再度後悔する。ヴォルターをからかうつもりが、まさかこの人の耳にも届いたなんて……!
 隣にいる宝石商は、目を閉じて、耳を塞いでいる。

「もうやらないと思うけど、平等な愛情も人を選ぶんだよ?」
「は、はい!」

 その後、リゼットの部屋を訪れたレオンはとてもご機嫌だった。
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