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第五章
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一月後の婚約の儀。
気持ち良い秋晴れが、リゼットたちをお祝いしているようだ。
レオンの屋敷では、慌ただしく婚約の儀の準備を整えている。
昼には来賓が到着する。
リゼットはドレスに着替え、髪を結ってもらう。水色のドレスは、スカートの下にパニエをたくさん使い、動く度にふわふわと揺れる。揺れると、ビジューが光る。
髪は両サイドを編み込み、後ろで丸くする。編み込みに花と宝石のピンを差し込む。
ブラウンの髪は、このひと月、マノンが丁寧に磨き上げて、宝石に負けないほど光沢をもっていた。
メイクが終わると、マノンがレオンを呼びに行く。
実は、支度が始まった時から、部屋の外で待っていた。セバスチャンに、来賓の対応に呼ばれて、引きずられるように離されていた。
扉が開くと、化粧を終えたリゼットがゆっくりとレオンの方を向く。
「お待たせしました、レオン」
レオンが息をふーっと吐いて、じっとリゼットを見る。
そのままツカツカと歩み寄り、急にリゼットを横抱きにするものだから、リゼットは変な声が出て口を押さえる。
「レ、レオン。どうしたの……?」
「綺麗だなって思って」
「レオンも、とても素敵です」
「ありがとう」
ニッコリ微笑むレオンが、そのまま軽くキスをする。
何度でもキスされると照れてしまうリゼットに、可愛いなと呟いた。
「ああ、そうだ。来賓にこのまま挨拶に行くのはどうだろう?」
「え、」
「だって、こんなに可愛いんだもの。誰かに触れられるより、こうやって見せびらかしたい」
儀式でも抱きしめたままでいるつもりなのだろうか。
絶対、ダメだと言って、レオンを良く説得しておろしてもらう。直後にセバスチャンが来て、来賓の出迎えをするようにと応接間へ呼ばれる。
◇◇◇
応接間では黒髪短髪になった青年が待っていた。すぐに気がついたリゼットが名前を呼ぶ。
「ヴォルター……」
「リゼット様、お久しぶりです」
お辞儀をして、挨拶を交わす。
以前から凛々しい顔が、髪型のせいか一層際立った気がする。
「髪を切ったのですね」
「ええ。気持ちもさっぱりしました」
「ずいぶん切ってしまったのね?」
リゼットが問うと、ヴォルターはレオンをちらりと見る。
レオンはリゼットの横でしっかり会話を聞いている。
「俺のことは気にしないで?」
「ええ、ではそうさせていただきます。……リゼット様に、以前、恋心の話をしましたね」
「ええ、あの、レオンがいない時に」
リゼットも積極的に話していいか、レオンを見るが、どうぞとレオンは促す。どちらかといえばちょっと離れてくれる方が、話やすいのに。
「私にとっては、リゼット様が初恋の人でした。でも、リゼット様の初恋はすでに結ばれていたのだと、先日の試合で確認しました。それで、髪を切ったのです」
「……ええ。そうでしたか……」
リゼットがどう返事をしようかと迷ったけれど、レオンも口を挟まず黙っている。
ヴォルターは跪いて、リゼットの手をとり、手の甲に口付ける振りをする。
「今日はただ、リゼット様のお祝いに来たのです。未練も髪と共になくなりました。……おめでとうございます」
「…………。ありがとうございます」
ミヨゾティースでの日々が思い返される。ヴォルターがいなければ、リゼットは弱りきってきっと死んでいた。
大事な、命の恩人だ。
ヴォルターは続けて、自分にもアベルトが婚約者を選定していると教えてくれた。ヴォルターの家系は、王族の警護をする。騎士の娘が何人か候補にいるらしい。
「リゼット様のような素敵な女性を選びたいと思います」
清々しくいうヴォルターに、後悔の気持ちはなかった。ただ、叶わぬ恋でも、好きな女性と過ごす日々は胸にしまった。
リゼットたちが結婚後に、ヴォルターたちの結婚式が行われた。ヴォルターに選ばれた女性は、騎士の娘の中でも特に強く美しい人だった。
◇◇◇
婚約の儀はつつがなく行われた。
レオンは二度目、リゼットは初めてだけれども作法は見ていたので戸惑うこともなかった。
この1ヶ月は、セバスチャンを筆頭に、たくさんの作法指導があったのも要因だと思う。
来賓の方々へ、レオンが挨拶をする。
1年後の結婚式はミヨゾティースで行うことと、そのままミヨゾティースに屋敷を建てて住むこと。
そうして、王位継承権は放棄……というかもう第一王子が決定しているし、レオンの数々の行動で難しいだろうと判定されたことが原因だけれども。
リゼットの父と同じく伯爵となり、ミヨゾティースの地で過ごすと決めた。
辺境伯とも何度もやりとりをして、レオンが決めたことだった。
王位継承権を放棄することは、珍しく、場にいた人々が騒ついた。
もちろんそれは想定内だったし、王からも再度、説明があった。
「本人の強い希望と、ミヨゾティースでのリゼットの貢献が大きく、辺境伯からも是非にと頼まれている」
また、ミヨゾティースの恵みの雨は、他の領地でも噂になっていた。
それはリゼットの両親が、龍の力の継承者を慰める旅で、ほうぼうに広めた話でもあった。
1年後には、竜の力の継承者がいなくなって初めての夏の祭典が予定されている。
その時に、恵みの雨を降らせるのは、リゼットの務めだった。
だからこそ、リゼットにはミヨゾティースにいる必要があった。
魔力はもう以前のように無くなってきたが、水の魔法はわずかに使える。これが竜の力の継承者としてなのか、リゼットの元々の素質なのか、これからミヨゾティースで調べる予定だ。
婚約の儀には、両親の姿もあった。
1ヶ月ですべての地を廻れず、婚約の儀が終わればまた旅に出るという。
どの地に行っても、竜の力の継承者だったものを丁寧に弔ってくれた。すでに祠を作っていた町村もある。
「領民の誰もが、竜の力の継承者を大切に想っていたんだよ」
母が旅の話を聞かせてくれて、リゼットは聞きながら、涙が溢れて止まらなかった。リゼット自身が体験した、継承者たちの悲しみや苦しみが、ひとつひとつ浄化されるようだった。
婚約の儀は、レオンとリゼットのお祝いだけではなく、様々な悲しい思い出を消してくれた。
◇◇◇
その夜、リゼットは高揚した気持ちが強く、なかなか寝付けなかった。
湯浴みも終えて、ベッドに潜る。いつもならすーっと眠れるのだけど、なんだか胸がドキドキして目が醒めてしまった。
少し起きていようと、窓際のソファに腰掛ける。窓の外はすっかり暗くなっていたが、庭園には明かりが灯され、先ほどの儀式の余韻が残っている。
左手の薬指には、婚約の儀で交わされた指輪が輝いている。
(本当に、レオンと婚約をしたのね……)
そっと触れるとほんのり輝く。
護りの魔法がかけられた宝石は青白く輝いた。平凡な日々に戻り、もうこの魔法が発動することがないよう、祈った。
そのまま眠気が訪れて、目を閉じる。ザザーっと波の音がした気がした。ゆららと揺れて、自分が水の上に浮かんでいるように思った。
(え、でも何故……?)
夢から目覚めようと、目を開けると、リゼットは湖の上に立っていた。
どうして?と驚いていると、水色のドレスを着た女性が目の前に現れる。銀髪で両眼がそれぞれ色が違っていた。
「あなたは……」
話しかけようとすると、女性は頷いた。リゼットの言いたいことが伝わっているらしい。そして、近づいて、リゼットをぎゅっと抱きしめた。
「わたしたちを助けてくれてありがとう」
そうしてすーっと消えた。
もう一度目が覚めると、目の前に心配そうなレオンの姿がある。
「あれ、どうして?」
「リゼット、気がついたんだな。マノンが声をかけても動かないと言うから、駆けつけたんだ」
ソファに座っていたはずが、ベッドに横になっている。誰かが運んでくれたのだろうか。
レオンの後ろには、心配で涙目になっているマノンがいた。
「ごめんなさい。少し深い夢を見ていたみたいです。もう大丈夫」
本当に寝ていただけだと説明する。
医師にも診てもらい、本当に何でもないと診断してもらうまでベッドから起き上がらせてくれなかった。
「本当に何でもなくてよかった」
「ごめんなさい。大丈夫よ」
マノンはお茶を持ってくると言って、部屋を出る。
その間に、レオンはべったりとリゼットにくっついた。手を絡ませたり、キスをしたり。リゼットは全部、愛おしくて受け入れた。
気持ち良い秋晴れが、リゼットたちをお祝いしているようだ。
レオンの屋敷では、慌ただしく婚約の儀の準備を整えている。
昼には来賓が到着する。
リゼットはドレスに着替え、髪を結ってもらう。水色のドレスは、スカートの下にパニエをたくさん使い、動く度にふわふわと揺れる。揺れると、ビジューが光る。
髪は両サイドを編み込み、後ろで丸くする。編み込みに花と宝石のピンを差し込む。
ブラウンの髪は、このひと月、マノンが丁寧に磨き上げて、宝石に負けないほど光沢をもっていた。
メイクが終わると、マノンがレオンを呼びに行く。
実は、支度が始まった時から、部屋の外で待っていた。セバスチャンに、来賓の対応に呼ばれて、引きずられるように離されていた。
扉が開くと、化粧を終えたリゼットがゆっくりとレオンの方を向く。
「お待たせしました、レオン」
レオンが息をふーっと吐いて、じっとリゼットを見る。
そのままツカツカと歩み寄り、急にリゼットを横抱きにするものだから、リゼットは変な声が出て口を押さえる。
「レ、レオン。どうしたの……?」
「綺麗だなって思って」
「レオンも、とても素敵です」
「ありがとう」
ニッコリ微笑むレオンが、そのまま軽くキスをする。
何度でもキスされると照れてしまうリゼットに、可愛いなと呟いた。
「ああ、そうだ。来賓にこのまま挨拶に行くのはどうだろう?」
「え、」
「だって、こんなに可愛いんだもの。誰かに触れられるより、こうやって見せびらかしたい」
儀式でも抱きしめたままでいるつもりなのだろうか。
絶対、ダメだと言って、レオンを良く説得しておろしてもらう。直後にセバスチャンが来て、来賓の出迎えをするようにと応接間へ呼ばれる。
◇◇◇
応接間では黒髪短髪になった青年が待っていた。すぐに気がついたリゼットが名前を呼ぶ。
「ヴォルター……」
「リゼット様、お久しぶりです」
お辞儀をして、挨拶を交わす。
以前から凛々しい顔が、髪型のせいか一層際立った気がする。
「髪を切ったのですね」
「ええ。気持ちもさっぱりしました」
「ずいぶん切ってしまったのね?」
リゼットが問うと、ヴォルターはレオンをちらりと見る。
レオンはリゼットの横でしっかり会話を聞いている。
「俺のことは気にしないで?」
「ええ、ではそうさせていただきます。……リゼット様に、以前、恋心の話をしましたね」
「ええ、あの、レオンがいない時に」
リゼットも積極的に話していいか、レオンを見るが、どうぞとレオンは促す。どちらかといえばちょっと離れてくれる方が、話やすいのに。
「私にとっては、リゼット様が初恋の人でした。でも、リゼット様の初恋はすでに結ばれていたのだと、先日の試合で確認しました。それで、髪を切ったのです」
「……ええ。そうでしたか……」
リゼットがどう返事をしようかと迷ったけれど、レオンも口を挟まず黙っている。
ヴォルターは跪いて、リゼットの手をとり、手の甲に口付ける振りをする。
「今日はただ、リゼット様のお祝いに来たのです。未練も髪と共になくなりました。……おめでとうございます」
「…………。ありがとうございます」
ミヨゾティースでの日々が思い返される。ヴォルターがいなければ、リゼットは弱りきってきっと死んでいた。
大事な、命の恩人だ。
ヴォルターは続けて、自分にもアベルトが婚約者を選定していると教えてくれた。ヴォルターの家系は、王族の警護をする。騎士の娘が何人か候補にいるらしい。
「リゼット様のような素敵な女性を選びたいと思います」
清々しくいうヴォルターに、後悔の気持ちはなかった。ただ、叶わぬ恋でも、好きな女性と過ごす日々は胸にしまった。
リゼットたちが結婚後に、ヴォルターたちの結婚式が行われた。ヴォルターに選ばれた女性は、騎士の娘の中でも特に強く美しい人だった。
◇◇◇
婚約の儀はつつがなく行われた。
レオンは二度目、リゼットは初めてだけれども作法は見ていたので戸惑うこともなかった。
この1ヶ月は、セバスチャンを筆頭に、たくさんの作法指導があったのも要因だと思う。
来賓の方々へ、レオンが挨拶をする。
1年後の結婚式はミヨゾティースで行うことと、そのままミヨゾティースに屋敷を建てて住むこと。
そうして、王位継承権は放棄……というかもう第一王子が決定しているし、レオンの数々の行動で難しいだろうと判定されたことが原因だけれども。
リゼットの父と同じく伯爵となり、ミヨゾティースの地で過ごすと決めた。
辺境伯とも何度もやりとりをして、レオンが決めたことだった。
王位継承権を放棄することは、珍しく、場にいた人々が騒ついた。
もちろんそれは想定内だったし、王からも再度、説明があった。
「本人の強い希望と、ミヨゾティースでのリゼットの貢献が大きく、辺境伯からも是非にと頼まれている」
また、ミヨゾティースの恵みの雨は、他の領地でも噂になっていた。
それはリゼットの両親が、龍の力の継承者を慰める旅で、ほうぼうに広めた話でもあった。
1年後には、竜の力の継承者がいなくなって初めての夏の祭典が予定されている。
その時に、恵みの雨を降らせるのは、リゼットの務めだった。
だからこそ、リゼットにはミヨゾティースにいる必要があった。
魔力はもう以前のように無くなってきたが、水の魔法はわずかに使える。これが竜の力の継承者としてなのか、リゼットの元々の素質なのか、これからミヨゾティースで調べる予定だ。
婚約の儀には、両親の姿もあった。
1ヶ月ですべての地を廻れず、婚約の儀が終わればまた旅に出るという。
どの地に行っても、竜の力の継承者だったものを丁寧に弔ってくれた。すでに祠を作っていた町村もある。
「領民の誰もが、竜の力の継承者を大切に想っていたんだよ」
母が旅の話を聞かせてくれて、リゼットは聞きながら、涙が溢れて止まらなかった。リゼット自身が体験した、継承者たちの悲しみや苦しみが、ひとつひとつ浄化されるようだった。
婚約の儀は、レオンとリゼットのお祝いだけではなく、様々な悲しい思い出を消してくれた。
◇◇◇
その夜、リゼットは高揚した気持ちが強く、なかなか寝付けなかった。
湯浴みも終えて、ベッドに潜る。いつもならすーっと眠れるのだけど、なんだか胸がドキドキして目が醒めてしまった。
少し起きていようと、窓際のソファに腰掛ける。窓の外はすっかり暗くなっていたが、庭園には明かりが灯され、先ほどの儀式の余韻が残っている。
左手の薬指には、婚約の儀で交わされた指輪が輝いている。
(本当に、レオンと婚約をしたのね……)
そっと触れるとほんのり輝く。
護りの魔法がかけられた宝石は青白く輝いた。平凡な日々に戻り、もうこの魔法が発動することがないよう、祈った。
そのまま眠気が訪れて、目を閉じる。ザザーっと波の音がした気がした。ゆららと揺れて、自分が水の上に浮かんでいるように思った。
(え、でも何故……?)
夢から目覚めようと、目を開けると、リゼットは湖の上に立っていた。
どうして?と驚いていると、水色のドレスを着た女性が目の前に現れる。銀髪で両眼がそれぞれ色が違っていた。
「あなたは……」
話しかけようとすると、女性は頷いた。リゼットの言いたいことが伝わっているらしい。そして、近づいて、リゼットをぎゅっと抱きしめた。
「わたしたちを助けてくれてありがとう」
そうしてすーっと消えた。
もう一度目が覚めると、目の前に心配そうなレオンの姿がある。
「あれ、どうして?」
「リゼット、気がついたんだな。マノンが声をかけても動かないと言うから、駆けつけたんだ」
ソファに座っていたはずが、ベッドに横になっている。誰かが運んでくれたのだろうか。
レオンの後ろには、心配で涙目になっているマノンがいた。
「ごめんなさい。少し深い夢を見ていたみたいです。もう大丈夫」
本当に寝ていただけだと説明する。
医師にも診てもらい、本当に何でもないと診断してもらうまでベッドから起き上がらせてくれなかった。
「本当に何でもなくてよかった」
「ごめんなさい。大丈夫よ」
マノンはお茶を持ってくると言って、部屋を出る。
その間に、レオンはべったりとリゼットにくっついた。手を絡ませたり、キスをしたり。リゼットは全部、愛おしくて受け入れた。
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