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短編集
短編集04.
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ミヨゾティースの冬は、朝夕の気温の変化から少しずつ始まっている。
秋の小麦の収穫が終わると、ミヨゾティースの人々は冬支度を始めていた。果物をジャムにしたり、山で収穫したキノコや木の実を塩漬けにして保存したり。
加工品作りは、農作物の生産が多いミヨゾティースでは年中行ってたが、冬支度用には特に、十分な量が必要なため、収穫の時期を過ぎると人々は大忙しで支度をしていた。
リゼットが生活する屋敷でも同様で、料理人を中心に手が空いた使用人も、時にはミヨゾティース出身の兵士たちまでもが、冬支度に励んでいた。
ミヨゾティースで二度目の冬となるリゼットは、今年もその様子を見てみたく、なんなら手伝ってみたいと思っていたが、屋敷の主であり竜の力の継承者……だったということもあり、やんわりと断られていた。
「今年もリゼット様のおかげで農作物が豊作でありがたいと、皆が話していましたよ?」
リゼットに、ミヨゾティース産のハーブを使用したお茶を淹れて、マノンが言った。
すでに力は無くなっていたが、最後の竜の力の継承者であり、久しぶりにミヨゾティースに大きな恵みをもたらしたリゼットに、今も人々は敬意を表していた。
「竜の力は祠にあるだけです。わたくしの力ではないのですよ。それに、夏の祭典はレオンやヴォルターのほうが活躍しました」
「もちろんレオナード様にも、ヴォルター様にも、感謝しているそうですよ。竜の力の継承者だったリゼット様は、特別な想いなのかもしれませんね。……ああ、間もなくレオナード様のお帰りの時間ですね」
王子から伯爵になり、ミヨゾティースの領地を治めている。
また、元々の剣の腕は今も健在で、ミヨゾティースの兵士に指導する任もあった。今日は兵士たちの演習のため、辺境伯の城に行っていた。
馬のいななきが聞こえ、すぐにレオンの帰宅を告げる使用人。
リゼットはマノンと共に、玄関まで迎えに行く。
「ただいま、リゼット。君に会いたくてたまらなかった!」
帰るなり、人目を気にせずにリゼットを抱きしめて、まるで数年会っていないかのように、口づける。最後に会ったのは半日ぶりだというのだけど、彼にとっては一時でも一年でも変わらない。
毎日、これを見ているのだから、マノンも他の使用人も慣れてしまって。せめてリゼットが恥ずかしくないようにと、ふたり以外の景色を眺めることにしている。
ひと通り、再会の儀式が終わると、夕食を食べるためにリゼットはレオンに今日あったことの話をはじめる。といっても、屋敷からあまり離れることがないので、お茶がおいしかっただとか、何度も読み返した本の話だとかなのだけど。
レオンは飽きる様子もなく、リゼットの話を熱心に聞いていた。
食事を終え、食後のお茶が用意される。
リラックス効果のある花の香りのお茶だ。
「……そう言えば、領民からリゼットにとチーズを贈られたんだった」
「チーズですか?」
レオンが治める領地には、山もあり、雪が解けてから今の時期までは、広々とした麓で牛がほぼ放し飼いされていた。悠々と草を食み育った牛は良いミルクを出して、加工したチーズは王都でも高級品として出回っていた。
レオンが使用人に指示を出して、木箱がリゼットの前に置かれる。
開いてごらん、と言われて、ふたを開けてみると、良く熟成したチーズがあらわれた。
「美味しそうだろう?これを火にかけて溶かして、パンやベーコンをひたすととても美味しいんだ。ワインにも良く合うよ」
「ええ、とても良い香りですね。……どうしましょう、さっき食べたばかりなのに、少し食べてみたくなりました」
「ああ、俺もだ。マノン、用意してくれないか?」
「かしこまりました」
食が細く心配していたリゼットが、興味をしめすなんて珍しく、マノンは急ぎ支度した。
小鍋にチーズを入れて弱火にかけると、とろとろと溶けて良い香りがする。火から外すとまた固まってしまうため、オイルランプをテーブルに用意して、鍋を置く。
別に火をかけてアルコールを飛ばした白ワインをチーズに混ぜる。
それから、ひとくちサイズに切ったパンとベーコンを皿に乗せる。
「具材をフォークで刺して、このチーズをつけてごらん。あ、熱いからちゃんと冷ますんだよ?」
「わかりました。……あ、熱っ!」
思った以上に冷ませず、舌に触れたとたんに熱さに驚く。
心配した声がレオンから届くが、大丈夫だと告げて、先ほどよりも良く冷まして口に入れた。
「おいしい!……なんておいしいのかしら。レオン、ありがとうございます」
「ははっ。そんなに美味しそうに食べる顔だけで、俺は満足してしまったよ」
レオンがさらに勧めると、リゼットはつられて食べ進める。レオンにも食べてと言ったが、リゼットに譲ってしまう。
「ダメよ。わたくしだけ食べるなんて」
「良いんだよ。君は食べなさすぎなんだ。それに、まだまだチーズはたくさんある。それこそ、冬に食べ過ぎて飽きてしまうくらいにね」
チーズをもらったとは言ったが、リゼットにまだどのくらいかは伝えてなかった。リゼットが喜ぶだろうと、領民が用意したのは毎日食べても、春まで残るくらいの量。
今の様子なら、きっと飽きることもないだろうとレオンは思った。
それに、もし飽きてしまっても、別の種類のチーズも用意していた。それもリゼットが喜ぶ姿を想像して、領民から献上されたものだけでなく、買い込んだものもある。
この一年で、領地が以前よりも豊かになったのは、リゼットの喜ぶ姿がみたいレオンと、ふたりを慕う領民のおかげだ。
寒く厳しい冬がまもなく訪れようとしているのだが、きっとふたりの仲は温かいままだろう。
秋の小麦の収穫が終わると、ミヨゾティースの人々は冬支度を始めていた。果物をジャムにしたり、山で収穫したキノコや木の実を塩漬けにして保存したり。
加工品作りは、農作物の生産が多いミヨゾティースでは年中行ってたが、冬支度用には特に、十分な量が必要なため、収穫の時期を過ぎると人々は大忙しで支度をしていた。
リゼットが生活する屋敷でも同様で、料理人を中心に手が空いた使用人も、時にはミヨゾティース出身の兵士たちまでもが、冬支度に励んでいた。
ミヨゾティースで二度目の冬となるリゼットは、今年もその様子を見てみたく、なんなら手伝ってみたいと思っていたが、屋敷の主であり竜の力の継承者……だったということもあり、やんわりと断られていた。
「今年もリゼット様のおかげで農作物が豊作でありがたいと、皆が話していましたよ?」
リゼットに、ミヨゾティース産のハーブを使用したお茶を淹れて、マノンが言った。
すでに力は無くなっていたが、最後の竜の力の継承者であり、久しぶりにミヨゾティースに大きな恵みをもたらしたリゼットに、今も人々は敬意を表していた。
「竜の力は祠にあるだけです。わたくしの力ではないのですよ。それに、夏の祭典はレオンやヴォルターのほうが活躍しました」
「もちろんレオナード様にも、ヴォルター様にも、感謝しているそうですよ。竜の力の継承者だったリゼット様は、特別な想いなのかもしれませんね。……ああ、間もなくレオナード様のお帰りの時間ですね」
王子から伯爵になり、ミヨゾティースの領地を治めている。
また、元々の剣の腕は今も健在で、ミヨゾティースの兵士に指導する任もあった。今日は兵士たちの演習のため、辺境伯の城に行っていた。
馬のいななきが聞こえ、すぐにレオンの帰宅を告げる使用人。
リゼットはマノンと共に、玄関まで迎えに行く。
「ただいま、リゼット。君に会いたくてたまらなかった!」
帰るなり、人目を気にせずにリゼットを抱きしめて、まるで数年会っていないかのように、口づける。最後に会ったのは半日ぶりだというのだけど、彼にとっては一時でも一年でも変わらない。
毎日、これを見ているのだから、マノンも他の使用人も慣れてしまって。せめてリゼットが恥ずかしくないようにと、ふたり以外の景色を眺めることにしている。
ひと通り、再会の儀式が終わると、夕食を食べるためにリゼットはレオンに今日あったことの話をはじめる。といっても、屋敷からあまり離れることがないので、お茶がおいしかっただとか、何度も読み返した本の話だとかなのだけど。
レオンは飽きる様子もなく、リゼットの話を熱心に聞いていた。
食事を終え、食後のお茶が用意される。
リラックス効果のある花の香りのお茶だ。
「……そう言えば、領民からリゼットにとチーズを贈られたんだった」
「チーズですか?」
レオンが治める領地には、山もあり、雪が解けてから今の時期までは、広々とした麓で牛がほぼ放し飼いされていた。悠々と草を食み育った牛は良いミルクを出して、加工したチーズは王都でも高級品として出回っていた。
レオンが使用人に指示を出して、木箱がリゼットの前に置かれる。
開いてごらん、と言われて、ふたを開けてみると、良く熟成したチーズがあらわれた。
「美味しそうだろう?これを火にかけて溶かして、パンやベーコンをひたすととても美味しいんだ。ワインにも良く合うよ」
「ええ、とても良い香りですね。……どうしましょう、さっき食べたばかりなのに、少し食べてみたくなりました」
「ああ、俺もだ。マノン、用意してくれないか?」
「かしこまりました」
食が細く心配していたリゼットが、興味をしめすなんて珍しく、マノンは急ぎ支度した。
小鍋にチーズを入れて弱火にかけると、とろとろと溶けて良い香りがする。火から外すとまた固まってしまうため、オイルランプをテーブルに用意して、鍋を置く。
別に火をかけてアルコールを飛ばした白ワインをチーズに混ぜる。
それから、ひとくちサイズに切ったパンとベーコンを皿に乗せる。
「具材をフォークで刺して、このチーズをつけてごらん。あ、熱いからちゃんと冷ますんだよ?」
「わかりました。……あ、熱っ!」
思った以上に冷ませず、舌に触れたとたんに熱さに驚く。
心配した声がレオンから届くが、大丈夫だと告げて、先ほどよりも良く冷まして口に入れた。
「おいしい!……なんておいしいのかしら。レオン、ありがとうございます」
「ははっ。そんなに美味しそうに食べる顔だけで、俺は満足してしまったよ」
レオンがさらに勧めると、リゼットはつられて食べ進める。レオンにも食べてと言ったが、リゼットに譲ってしまう。
「ダメよ。わたくしだけ食べるなんて」
「良いんだよ。君は食べなさすぎなんだ。それに、まだまだチーズはたくさんある。それこそ、冬に食べ過ぎて飽きてしまうくらいにね」
チーズをもらったとは言ったが、リゼットにまだどのくらいかは伝えてなかった。リゼットが喜ぶだろうと、領民が用意したのは毎日食べても、春まで残るくらいの量。
今の様子なら、きっと飽きることもないだろうとレオンは思った。
それに、もし飽きてしまっても、別の種類のチーズも用意していた。それもリゼットが喜ぶ姿を想像して、領民から献上されたものだけでなく、買い込んだものもある。
この一年で、領地が以前よりも豊かになったのは、リゼットの喜ぶ姿がみたいレオンと、ふたりを慕う領民のおかげだ。
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