王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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短編集

短編集05.

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 フォルトデリア王国では、一年の終わりと始まりの儀式が王宮で執り行われる。
 新しい一年の幸いを願い、穢れを払う。
 大地と水の女神への祈りを捧げ、それが終われば宴が始まる。

 宴のはじまりに、王からの話が合った。
 王宮に祭られている大地と水の女神についてだ。雪のような白い大理石で掘られたもの。大理石はミヨゾティースも産地のひとつである。
 王国が建立される前に、この地にたどり着いた人が見たものを具現化したとされる。
 女神の物語と、ミヨゾティースの竜の言い伝えは、非常によく似ていた。
 リゼットの件でより知られることとなり、王も女神は竜のことだろうと言って、博識者に調べるよう依頼した。
 数百年前の王国の建立からの言い伝えを調べるには、長い時間がかかるだろう……という話だった。
 
 一年の儀式には、貴族たちも参加している。
 ミヨゾティースからは辺境伯と、レオンを含む貴族が数人。

「リゼット様は一緒ではないのですか?」

 数人の貴族に聞かれたレオン。ニッコリと微笑み、愛しい妻の近況を伝える。

「移動は大変なので、屋敷で待っています。私も一刻も早く戻りたいので、宴が終わり次第、帰るつもりです」

 貴族らしからぬでれでれとした笑みに、彼ら夫婦の安泰が垣間見えた。元・王族のレオンにつっこめるものはおらず、「大変仲睦まじい様子で」と、聞いた側が軽く後悔するほどであった。

 ◇◇◇

 レオンは宴が終わり次第、本当にさっさと帰ろうとした。
 王に挨拶をして、兄たちにも挨拶をして、馬車にはリゼットへのお土産がたくさん積まれている。

「さあ、帰ろう」

 御者に声をかけて、馬車は走る。
 夜も更け、魔導具のランブで照らす道は、白い雪で染まっている。
 王国のなかでも比較的暖かい王都でさえ、例年よりも積雪が多い。それに加えて、深夜は気温が下がり、路面が凍っていた。
 ミヨゾティースの馬は、雪道にも慣れていた。御者も同じく、普段はレオンの屋敷と辺境伯の屋敷を往復している。湖のそばが一等凍るのだから、普段通り気を付けていれば、安全に走行できる。

 時間はかかったものの、朝日が昇る前にはミヨゾティースの屋敷に帰ることができた。
 レオンが帰宅すると、セバスチャンが出迎える。

「レオナード様、おかえりなさいませ」
「ああ……。リゼットはどうしている?」

 レオンの第一声はたいていがリゼットの事。

「良く眠っておられます。体調も万全です。就寝前に医師の検診を念のために」
「そうか。ならばいい」

 顔を見に行きたいが、身なりを整えてからだと、湯あみをして着替える。
 起きたら知らせるようにといって、書斎で書類に目を通し、必要ならば指示を書き記す。セバスチャンが眠気覚ましのお茶を持ってきた。
 仮眠を促しても、レオンはリゼットに会いたい欲求があふれていた。
 お茶を飲んで、いくつかの書類を片付けた頃、リゼットが朝の支度を終えたと使用人が報告に来た。
 すぐに立ち上がって、疲れもみえない速度で廊下を移動する。

 ドアの前でノックをすれば、リゼットの声で中に促された。

「レオン、おかえりなさい。お疲れ様です」
「ああ、ただいま。リゼット、抱きしめてもいいかな?」

 窓際のソファに座っていたリゼットが立ち上がる。
 両手でリゼットの体を包み込むと、甘い香りがした。湯あみの後でもない、甘い香りはなんだろうとクンクンすると、リゼットが恥ずかしそうに首を振った。

「あまり、首もとで息をされますと、恥ずかしいです」
「ああ、すまない」

 腕は緩めたが、体を離すつもりがないレオンに、リゼットはくすくすと笑う。

「朝食はいかがですか?レオンに伝えたいことがあります。それに、今日の予定も」
「……っ!ああ、では用意させよう。食欲はあるのか?何も食べないから心配していたのだ」
「少し、匂いの気にならないものなら食べられそうです。それに、医師が言うには……」

 リゼットは頬を赤らめ、レオンの耳に手をかざしてひっそりと伝えた。
 命が宿っていると。

「…………っ!そ、そ、そ、」
「レオン?」

 レオンは感情のままにリゼットを強く抱きしめようとして、堪えた。お腹の命に何かあってはいけないことは、さすがに理解している。

「セバスチャン!」
「はい。どうかいたしましたか?」

 部屋の外にいたセバスチャンは、事の概略をとっくに知っていたため、レオンの動向にも冷静だった。

「すぐに朝食の用意を」
「かしこまりました」

 その日の朝食は、いつも以上にリゼットを気遣う……過保護なレオンがいた。寝不足の思考も相まって、リゼットはいつも以上に困惑することになった。その都度、フォローしていたマノンでさえ、「子どもが生まれたらもっと過保護になるんでしょうね」と、微笑ましく思ったくらいに。

 食事後、名残り惜しいとばかりのレオンに、辺境伯から急ぎの用件が入って辺境伯の城へと向かう。ついでにあちらでの仮眠もリゼットはこっそりとお願いした。

「生まれるまで半年はありますから。毎日こうだと、レオンが先に倒れてしまいそうですね」
「リゼット様を想ってのことでしょう。ああ、そうでした。リゼット様へのお土産は、どうしますか?」
「ええ、部屋いっぱいだとか。食べ物は選り分けたようですので、少しずつ開けて行きましょう」
「そうですね。では、部屋にお持ちしますね」

 時々、出張をしては買い込むお土産の数々。ひとつひとつにレオンの想いがあるため、開封するのにも、お礼を伝えるのにも、時間がかかる。
 きっと辺境伯の用事も、次の出張のことだろう。
 例年よりも雪が多いミヨゾティースでは、人々の雪の困りごとが増えている。冬の間の困りごとを放っておけば、農業への影響がある。すでに騎士団への依頼はすませてあるが、手の足らない地域へ赴くことも領民との信頼関係につながる。
 レオンが領地を治めて数年。評判も良く、民に慕われていることが献上物の多さでも推し量れる。

 城から戻ってきたレオンは、予想通り出張だと告げた。告げた本人のほうが、しょんぼりとした顔をしていたので、リゼットは笑うのをこらえて、そっと頭を撫でる。

「レオン、わたくしは大丈夫です。どうか御無事に戻られることを、毎日祈っています。それに、何かあればすぐに連絡しますね」
「ああ、わかった。だから、今夜は一緒にいてくれないだろうか。リゼットと過ごす時間が全然足りない」

 まだ春には遠く、雪の降り積もるミヨゾティース。
 リゼットの体調が安定した頃に領民に告げられた、新しい命の話は、例年よりも厳しい冬を過ごす領民にとって、あたたかな話題となった。
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