2度目の人生は、公爵令嬢でした

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第一章

22話 どうしてここに?

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 ある日の午後、私は屋敷の庭で優雅にお茶を飲んでいた。
 向かいに座るのは、自国の第3皇子――ラインハルト殿下。

 (うん?どうして殿下とお茶なんてしているのかしら……?)

 自分の行動に違和感を覚えながらも、私は微笑みを保ったままカップを傾ける。
 そんなことを考えている間も、殿下は楽しげにお菓子をつまみながら談笑している。

 事の始まりは、少し前に遡る――。



 その日、私はノリスに言われ、外で本を読んでいた。

 「最近、部屋にこもってばかりです。たまには外の空気を吸って気分転換なさいませ、お嬢様。」

 そう言われたので、いつもの専門書ではなく、物語を手に取り、庭のベンチに腰を下ろしていた。
 春の心地よい風がページをそっとめくり、花の香りがふんわりと漂ってくる。

 本の世界に没頭していた私は、ふと顔を上げると、すぐ近くからひらひらと手を振る人物に気がついた。

 「やあ、クリスティア、遊びに来たよ~!」

 ――え? まさか……。

 「で、殿下!? なぜここに……?」

 私は慌てて立ち上がると、ラインハルト殿下はいたずらっぽく微笑みながら近づいてきた。

 「遊びに来たって言ってるだろう? それに、前は名前で呼んでくれていたのに、もう呼んでくれないのか?」

 そう言って、しゅ~んと肩を落とし、まるで捨てられた子犬のような表情を見せる。

 「いえ、あの……そんなつもりではなくて、ただ驚いてしまっただけで……! だから名前で呼べなかっただけですわ!」

 私は必死で弁解する。あまりにも落ち込んだ様子を見せるので、つい焦ってしまった。

 「そうだったのか! それならよかったよ。」

 ――え? さっきまでのしょんぼりは一体……?

 あまりの切り替えの早さに、思わず戸惑っていると、突然屋敷の方が騒がしくなった。

 「ラインハルト殿下がこちらに来られているはずです! 殿下はどちらに!? 」

 屋敷の使用人たちが慌てた様子で駆け回っているのが見える。

 「お、落ち着いてください、今呼びに行かせますから。ほら、お行きなさい。」

 私は若い使用人に声をかけると、彼は大きく頷いて走って行った。

 「ラインハルト様……もしかして、城を抜け出したのですか?」

 彼の行動を思い返しながら問いかけると、殿下はあからさまに視線を逸らした。

 「……ああ。勉強や鍛錬ばっかりで休みがないし、家族とも全然会えないんだ。だから、ちょっと逃げたくなって……。」

 声のトーンが少し落ち、寂しげな表情を浮かべる。

 「いなくなったら、心配して家族の誰かが迎えに来てくれるかなって思ったけど……結局誰も来なかったみたいだし……。帰りたくないよ、クリスティア。お願い、匿って!」

 ラインハルト殿下は私の手をぎゅっと握り、涙ぐんだ瞳で懇願してきた。

 「ごめんなさい、ラインハルト様……。私の一存では決められませんわ。」

 どれだけ彼が頼んでも、皇族を勝手に匿うことなどできるはずがない。

 「……やっぱり、クリスティアも俺のことなんてどうでもいいんだ……!」

 「違いますわ!」

 私は即座に否定した。

 「私、ラインハルト様のことを大切な友人だと思っていますわ!」

 「……っ!」

 「ですから、私が陛下に進言して、ラインハルト様がお休みをいただけるように致します! だから今日は、お帰りくださいませ。」

 私の言葉に、ラインハルト殿下は目を丸くし、少しずつ涙を拭いながら小さく頷いた。

 「……ほ、本当に?」

 「ええ、お任せくださいませ。」

 ちょうどその時、屋敷の門から馬車が入ってくるのが見えた。

 「お嬢様、皇子殿下も一緒におられましたか。皇子殿下、城に戻られるよう迎えの馬車が来ております。お早くお戻りください。」

 「はぁ……仕方ないなぁ。」

 ため息をつきながらも、どこか安心した様子でラインハルト殿下は馬車へと向かう。

 「短い時間だったけど、楽しかったよ。」

 「私もですわ。先ほどの話、待っていてくださいね。」

 私が微笑んで言うと、ラインハルト殿下は一瞬驚いたような顔をした後、ふっと優しく微笑み、馬車へと乗り込んだ。

 ――こうして、ラインハルト殿下とのひとときは幕を閉じた。

 そして数日後、皇帝陛下への進言が通ったのか、殿下は無事に休みをもらい、屋敷の庭でお茶をすることになったのだった。

 (……それにしても、まさか本当にお茶をすることになるなんて。)

 今、目の前で楽しそうにお菓子を頬張るラインハルト殿下を見ながら、私は静かに紅茶を飲んだ。
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