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第一章
26話 怖さを隠して
しおりを挟む王としての風格と、どこか掴みどころのない雰囲気。その二つが共存するこの人を前にして、背筋がヒヤリとするが、私は意を決して口を開いた。
「陛下、本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。本日は、先程話に出された第三皇子ラインハルト殿下について、お話させていただきたく存じます。」
私が深々と頭を下げると、エドワード陛下は興味深そうに目を細めた。
「ほう? 。ジル、お前の娘は随分としっかりしているな。」
「当たり前だろう。俺の娘だからな。」
ふ、と陛下が笑った。
「相変わらずだな、お前は。」
(今、笑ってるけど……なんか裏がありそうな笑い方だなぁ。)
私は胸の内で警戒しつつ、準備してきた資料を取り出した。
「昨日、殿下が我が家にいらした際に、家庭教師の体罰について相談を受けました。そして……」
私は資料を手渡し、慎重に言葉を選びながら説明を続けた。
前世で聞いたことのある、幼少期から過剰な教育を施され、親からの期待に押しつぶされた子供たちの話。実際にこの世界でも、同じような苦しみを抱えた皇子がいる。私は使用人から聞いた話も交えながら、ラインハルト殿下が受けている教育の過酷さ、そして体罰の痕跡について語った。
エドワード陛下は資料に目を落としながら、淡々と聞いていた。その表情は変わらない。しかし、紙をめくる指先がほんの少しだけ強くなったような気がした。
「ほぅ? つまり君は、俺が子供たちに無理を強いていると言いたいのか?」
一瞬、空気が凍った。
先ほどまでの飄々とした態度はどこへやら、陛下の視線が鋭く私を射抜く。喉がカラカラに乾いたような感覚に襲われる。
(ひぇっ……! 王様怖い……!)
————————-
『
「クリスティア……お前に、相談がある。」
普段は王族らしく、冷静で理知的な雰囲気を持つ彼だが、この時ばかりはどこか怯えたような影が、その表情に差していた。
殿下の手が小さく震えていることに気づく。
「どうかしましたか、殿下?」
「……家庭教師のことだ。」
殿下は、手袋をはめた手をぎゅっと握る。
殿下はゆっくり震える声で言った。
「勉強で間違えると、罰として鞭を打たれる……少しでも遅れると、食事も与えられない。」
私は息をのんだ。
「そんな……! 陛下はご存じないのですか?」
「……父上は、俺のためを思って厳しく育てていると、思っているだろう。俺も、最初はそれでいいと思っていた。でも……」
殿下は、手袋を外した。その手のひらには、痛々しい傷がいくつも刻まれていた。
「このままでは、俺は……壊れてしまいそうだ。」
殿下は、初めて私に弱音を吐いた。
彼は王族だ。プライドも高く、そう簡単に誰かに助けを求めるような性格ではない。けれど、それでも私に相談してきたのは、きっともう限界だったからなのだろう。』
—————————————————-
彼が相談してきたことを思い出す。陛下に怯えている場合ではないと私は深呼吸し、しっかりとした声で答えた。
「いえ、そのような意図はございません。ただ、陛下、家庭教師の方についてはどうでしょうか?」
「家庭教師?」
「はい。第3皇子殿下の教師は、今まで王室教師を務めていた方ではないと伺っております。」
陛下はしばし考え込むように視線を上げた。
「……あぁ、そういえば、今までの王室教師が体調を崩してしまったからな。代わりに他の者を雇った。」
「その教師が、殿下に過度な体罰を行っているとしたらどうでしょう。殿下の手には、剣術によるものではない、痛々しい傷跡がありました。さらに、私が見たのは手だけですが、おそらく身体にも傷が……。」
「……なんだと?」
陛下の声が低くなった。その瞬間、まるで王宮全体の温度が下がったような錯覚を覚えた。
「だから、手袋をしていたのか……。」
隣でジルバルトが低く呟く。
「陛下、お忙しいことは重々承知しておりますが、殿下と直接話をする機会を設けていただけませんでしょうか。」
「……あぁ。今夜にでも話をしよう。」
陛下はすぐさま傍に控えていた侍従を呼び、何やら指示を出した。その口調は普段の気だるげなものとは打って変わり、威厳と決断力に満ちていた。
(……この人、やっぱりただ者じゃない。)
私は改めて、王の持つ「本物の力」を目の当たりにした気がした。
「さて——暗い話はここまでにしようか。」
先ほどまでの冷徹な空気を吹き飛ばすように、陛下は軽い口調に戻った。
「クリスティア、俺の相談役にならないか?」
「……はぇ?」
「大丈夫だ。相談役といっても、俺とお茶でも飲みながら話すだけだ。給金も出すぞ?」
「君はジルの娘だし、信用できる。それに——」
陛下がニヤリと笑う。
「なぁ、ジル。お前もいいだろう?」
「駄目だ!!」
即答だった。
「お前が……お前が娘を狙っていたのか!!」
「……なんでそうなる?」
「お前のことだ。クリスティアが城に来るようになれば、持ち上げられ、あれこれ企まれるに決まっている!」
「いやいや、俺はただ茶飲み友達が欲しいだけなのに。」
「くっ……! クリスティアが決めるといい。」
(あれ? なんかすごい目で見られてる?)
「……えっと、その……」
「おぉ、やってくれるか! ならすぐに正式な書状を送ろう。」
(え、やるなんて言ってないし、早すぎでは!?)
ジルバルトが溜息をつき、私を抱き上げる。
「もういいだろ。帰るぞ、クリスティア。」
「え、はい、お父様。」
陛下が、少しだけ残念そうに私たちを見送った。
「なんだ、もう帰るのか。」
「俺には可愛い子供たちと過ごすという大事な予定があるのでな。お前もさっさと仕事しろ。」
「ジル、お前たまに俺に冷たいよな?」
「うざいからな。」
「うざっ!」
こうして私は、王宮を後にしたのだった——。
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