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第一章
30話 お兄さまと
しおりを挟む朝日が昇り始める頃、クリスティアは訓練場に立っていた。冷たい風が頬を撫でるが、彼女の額にはすでに汗が滲んでいる。
目の前に立つのは、彼女の兄であるリュカ。そして、その隣には厳しい表情をした師匠ヴォルフが立っていた。
「今日は模擬戦をする。リュカと戦ってもらう。」
ヴォルフの言葉に、クリスティアは小さく息をのむ。兄との模擬戦は初めてだった。
リュカは洗礼の儀での結果を踏まえ騎士になるべく鍛錬を積んでおり、学園の剣術大会でも先輩を抑えて優勝している。それに比べれば、自分はまだまだ未熟。だが――負けるつもりはない。
「お手柔らかにお願いしますわ、お兄さま。」
クリスティアは木剣を構えた。
「ティアこそお手柔らかにね」
リュカも軽く木剣を構えるが、その隙のなさにクリスティアは思わず身を引き締める。
「クリスティア構えが甘いぞ!」
ヴォルフが指摘する。
「お前はまだ ‘受け’ の姿勢が強い。攻めるつもりで構えろ。最初から守りに入るような奴が勝てると思うな。」
「……はい!」
「始め!」
ヴォルフの号令と同時に、リュカが素早く間合いを詰めてきた。
(早い!)
クリスティアはすぐに木剣を振るい、横薙ぎに来た攻撃を受け止める。しかし、衝撃が腕に響く。兄の剣は決して重いわけではないのに、的確な力の入れ方をしているため、受けるだけで体勢を崩されそうになる。
「隙あり!」
リュカが一歩踏み込み、剣を振り下ろす。
(まずい!)
クリスティアは咄嗟に横へ転がってかわし、間合いを取り直す。
「……逃げたね?」
リュカがフッと笑う
「違いますわ、お兄さま。戦略的撤退です。」
クリスティアは息を整え、今度は自分から仕掛ける。
クリスティアが最近重点的に学んでいるのは、戦いの流れを読む ことだった。
剣術には型や技があるが、それをただ機械的に振るうだけでは勝てない。相手の動きを見極め、次の一手を予測し、攻撃の流れを作ることが重要なのだ。
(お兄さまは、私が守りに入ると強気に攻めてくる。でも、私が攻めに転じたときは、少し様子を見る傾向がある。)
ならば――最初に大きく仕掛け、引いて見せる。そこから、もう一度畳みかければ――!
クリスティアは素早く踏み込み、リュカの右側を狙って剣を振るった。
「……っ!」
リュカは木剣で受け止める。だが、クリスティアは続けてもう一撃、そしてもう一撃と立て続けに攻めた。
「……やるね!」
リュカの口調に少し楽しげな色が混じる。
だが、次の瞬間――
「甘い!」
リュカの剣がカウンターのように鋭く振るわれ、クリスティアは咄嗟に後ろへ跳んで回避した。
(くっ……攻めに集中しすぎた!)
「調子に乗るな、クリスティア。」
ヴォルフの声が訓練場に響く。
「お前は ‘流れ’ を作ることに成功したが、その後の詰めが甘い。攻めの中でも守りの意識を忘れるな。」
「……はい!」
クリスティアは歯を食いしばる。あと一歩だったのに――でも、まだ終わりじゃない!
クリスティアはもう一度仕掛けるが、最終的にリュカに剣を弾かれ、木剣を地面に落としてしまった。
「私の勝ちだね?ティア」
リュカは木剣を収める。
「……悔しいですわ。」
クリスティアは悔しさを滲ませるが、リュカは満足そうに微笑んだ。
「ティアは想定より強かったよちゃんと毎日鍛錬していたことが伝わる剣だったよ」
「……ありがとうございます。」
クリスティアは地面に落ちた木剣を拾い、握りしめる。
(まだまだ……もっと強くならなくては家族を安心させることなんてできないわ)
その思いを新たにした瞬間——
「では、次は俺とだ。」
クリスティアとリュカが同時に固まる。
「さすがに今日は――」
「言い訳するな。負けたままで終わるのか?」
ヴォルフは木剣を持ち、構えた。
「……お願いします!」
クリスティアは気を引き締め、再び木剣を構えた。
こうして、彼女の武術訓練は続いていく――。
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