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第二章 学園生活
45話 討伐前の騒乱
しおりを挟む「おい、大丈夫か?」
アレクの低い声がクロエの耳に届いた。
「はひぃ!だいじょぶです。はい、すみません。」
クロエは慌てて頭を下げ、体を縮こまらせる。アレクは困惑したように眉をひそめた。
「?なんで謝られているか分からないが、怪我がなければいい。」
数年前に比べて、アレクの体つきはがっしりとし、鍛えられた腕や日焼けした肌はまさに戦士のそれだった。しかし、それがかえってクロエには恐ろしく映ったらしい。助けてもらった相手とはいえ、男性に対する恐怖は簡単には拭えない。
クリスティアはクロエの怯えた様子を見て、そっと手を添えながら微笑んだ。
「ありがとう、アレク。助かりました。」
「まあ、あいつに言われたからな。仕方なく、だ。」
「あいつ…ラインハルト様が?そういえばどちらに?」
「ここにいるよ。」
静かながらも威厳のある声が背後から響いた。振り返ると、ラインハルトが数人の教師を伴って立っていた。彼はクリスティアの方へゆっくり歩み寄ると、微笑みながらも、まっすぐゲマイン伯爵令息を睨みつけた。
「おはよう、クリスティア。話したいことがたくさんあるけれど、まずはあいつかな……」
ラインハルトが視線を向けた先には、顔を引きつらせたゲマイン伯爵令息がいた。
「アレクの拳はどうだった?」
冷たい一言に、ゲマインはピクリと肩を震わせた。片頬が腫れ上がり、先ほどの一件で痛めつけられたのが一目で分かる。
「っ……は、はぁ?知らねぇよ。」
「そうか。なら、これから先生方とゆっくり思い出せるな。」
「……っ!」
ゲマイン伯爵令息の顔が青ざめる。周囲の生徒たちも息をのんで事の成り行きを見守っていた。
「さて、ゲマイン令息?お話をお聞きしたいので、あちらのテントに参りましょうか。」
「いや、行かねぇよ?俺は何もしてねぇし。むしろ暴力を振るったのはそっちの方じゃねぇか?」
ゲマインはアレクを指さし、負け惜しみのように口を開いた。しかし、ラインハルトは冷ややかな笑みを浮かべたまま言葉を返した。
「それはそれは、自分は何もしていないと……周りで見ていた方々に聞けば、悪いのはあなたの方だと口を揃えて言うでしょうが?」
ゲマインの顔色が一層悪くなり、次の瞬間、彼は踵を返して逃げようとした。
だが——すぐさま教師の一人が彼の腕をガシッと掴み、もう一人の教師が進路を塞いだ。
「どこへ行こうとしているんですか?」
「なっ……離せよ!俺は何もしてねぇって言ってんだろ!」
「詳しくお話を伺いますよ。さ、こちらへ。」
ゲマイン伯爵令息は暴れようとしたが、屈強な教師たちに両腕を固められ、本部テントへと連行されていった。
「……私、ラインハルト様もご一緒にテントに行かれるものだと思っていましたわ。」
「まあ、私も生徒だからね?行事に参加しない訳にはいかないよ。それに……」
彼は目を細め、遠くに移動し始める生徒たちを見つめた。
「そろそろ集合場所に整列しないと遅れてしまう。急ごうか。」
その言葉を合図に、周囲にいた生徒たちもゾロゾロと集合場所へ移動し始めた。
「今日はみんなお待ちかねの討伐訓練ですよぉ!」
眼鏡を掛けた学年主任の先生がマイクを持ち、楽しそうに話している。
「ここでいい成績を残せば、就職とかにも有利になりますからね。皆さん、頑張ってください!」
その陽気な声が響く中、クリスティアは軽くため息をついた。
(あの先生の名前、なんだったかしら?学年主任なのに印象が薄いのよね。朝会とかで話しているところをよく見ているはずなんだけど……)
隣にいるクロエをちらりと見ると、彼女はまだ緊張しているようで、ぎこちなく手を握り締めていた。
「クロエ、大丈夫?」
「は、はいっ!ちょっと緊張しますけど……クリスティア様と一緒なら、頑張れます!」
「ふふ、それは頼もしいですわ。」
その時、ラインハルトが近づき、小声でクリスティアに囁いた。
「……君も気をつけてね。」
「どういう意味ですの?」
「……まあ、警戒だけは怠らないでくれ。」
意味深な言葉を残して、ラインハルトは整列する列へと向かっていった。
(何かある……?)
クリスティアの胸に、再び朝の夢の不安がよぎった。
(まさか、ね……。)
しかし、心の奥底で拭えない不安を抱えながらも、クリスティアは静かに討伐訓練の開始を待つのだった。
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