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連載
133話 精霊の恵み水1(2021.08.18改)
しおりを挟む森の中の静寂を打ち破るように、魔物たちの声と足音が響き渡る。鳥たちは慌てて飛び立ち、地を這う動物たちも我先にと逃げ出した。逃げた動物たちの中には力を持たない魔物の姿も混ざっていた。
ゴブリンと呼ばれる人に近い姿をした魔物たちの大移動。
本来アリツィオ大樹海に暮らす魔物の多くは、良質な魔力を求めて、力のある魔物ほど森の奥へと進もうとするものだ。反対にゴブリンたちは森の外へと向かっていた。
森の外に出る意味……魔物たちにとって最も厄介な生き物であり敵である人間の暮らす領域への侵入。それは人間への宣戦布告を意味する。
思い返せば、先に手を出したのは人間たちだった。森の中で出会い戦闘になることは度々あった。それでも、ゴブリンたちは人間の町を攻めようとはしなかった。
単に森の外のことに興味が無かっただけなのかもしれない。
しかし、人間たちはゴブリンの町を攻撃した。同胞を殺して町を焼いた。ゴブリンたちは、その日を忘れずに復讐の機会を待ち続けていた。
✿
朝早くに目を覚まし従魔の住処でくつろいでいると、バルテルメさんから借りている指輪が急に光り出した。呼び出しかな……僕は職員寮を出て銀猫亭へと向かう。
ゴブリンとの戦争を覚悟したのか、冒険者たちが情報欲しさに僕を追い回すことは無くなった。
銀猫亭に到着すると小さな部屋に案内された。銀猫亭の廊下では兵士たちがいつも以上に忙しく見えた。
この部屋には僕とバルテルメさんしかいない。聞かされたのは、カスターニャの町へ真っ直ぐ進むゴブリンの大群が確認されたという情報だ。大群は幾つかに別れて進んでおり、ゴブリンたちの町への到着予測は、明日か明後日。
ゴブリンとの戦争が近いので覚悟をしてほしいと、バルテルメさんは真剣な表情で僕に告げた。
兵士たちや冒険者たちが準備に追われる中、僕は職員寮に借りている自分の部屋に戻った。僕と冒険者たちの関係を知ってか、僕には何の仕事も割り振られていない。
カストルさん曰く、ディアラが行方不明になった件で僕を逆恨みする冒険者が出てきてもおかしくないと、職員寮待機を言い渡されたのだ。
カスターニャの町を囲む壁の周りには、僕が貸し出した魔法生物【案山子】が等間隔で配置されている。魔法生物は疲れることも無ければ天候にも左右されることも無い。もちろん農業用ということもあり命令は単純なものに限られてしまうのだが、それでも見張りの補助なら任せられる。
カカシの体には大きな鈴が付けられており、ゴブリンを見つけ次第体を激しく揺らして、壁の上を行き来する見張りの兵士に伝えるように命令してある。
鈴が付いた首輪を付けたカカシは、どことなくシュールに見えた。
もう一度くつろごうと、従魔の住処へ入る。
「あるじ、あるじー、たいへんだー」
テリアが叫びながら大慌てでやって来る。どうしたんだろう?すぐに聞き慣れない音に違和感を感じた。水の音?
「お父様、フェアリーウエルがなんかブクブク言ってますわ」
ローズも珍しく慌てている。テリアとローズに手を引かれながら、部屋の中央にある泉へと向かう。
フェアリーウエルの真ん中から泡が出ているのが見えた。ほんの少しずつではあるけど、湧き出る泡の大きさが、徐々に大きくなっている。
だからといって、何かが出来るわけでもないし……僕はただ、みんなと一緒に泉の前で見守った。
「……」
「……」
変化はすぐに起きた。
泉の中央が更に大きく膨れ上がり、水の音も『ブクブクブク』という可愛らしい音から、大きな泡が弾ける『ボコボコボコ』という大きな音に変化したのだ。みんなと一緒に泉からじりじりとさがる。爆発したりはしないよね?
泉を見ながらふと思い出す。ギルドで見た本に描かれていた魔道具の噴水の絵に、今のフェアリーウエルはよく似ている。
僕の心が読めるているのか、泉は『正解』と言わんばかりに更に大きく膨らみ、僕の背より少し低い高さにまで水を噴き上げた。
そこから更に高く、最終的には僕の身長よりも高い位置まで水が噴き上がる。
(お父様、いつものフェアリーウエルの水より強い魔力を感じます)
ローズが噴水に手を伸ばしながら呟いた。
(本当。凄い魔力量ね……)
レモンも同じように噴き上がった水飛沫に触れ、驚きの声を漏らす。
何故、急にこんな変化が起きたんだろう……そして、すぐにフェアリーウエルに【精霊の結晶】を沈めたことを思い出した。
精霊の結晶をすぐに拾わなきゃ、と僕はフェアリーウエルの中に手を伸ばした。……指先が水面に触れた瞬間、泉の水全体が青白く光り出す。
〝精霊の気配がする……〟何故かそう感じたんだ。会ったことすらないのに……夢の中で何か……。
「精霊さん、いますか?」
無意識で声が出ていた。
(いませんよー)
僕の頭の中に直接声が響いてくる。精霊も妖精と同じで会話は念話でするのかと、おかしなところに頭がいく。しかも、いませんよーって……〝おい〟思わず反射的に心の中でツッコみを入れた。
「精霊さん……あの、いませんよーって声が聞こえてますよ」
(テヘ、ばれちゃいましたか、でも本当にいないんですよーだ)
うん、話が進まない。念話の声は女の子の声だ。僕は目を凝らし精霊の姿を必死に探す。いくら探してもそれらしい生き物の姿はない。それなら心の目でと……ありもしない能力に頼ろうとしたが無駄だった。
暫くして、また声が聞こえてくる。
(聞かなきゃいけないことがあったの忘れてましたー、あなたが私を産んだんですか?お母様ですか?)
姿は見えなくても、念話は泉の中から聞こえてくる。
おっとりとした少女の声だ。
「産んだ?僕は精霊の結晶を泉に沈めただけだよ」
(やはりあなたが私を産んだんですね、よく分かりましたー理解るんるんです!)
全く話が噛み合わない。正直イロイロ放り出したい気分だけど……従魔の住処の中で起きていることだし、この事態を解決できるのは僕しかいない。
「どうして、フェアリーウエルから泡が出ているんですか」
話が通じないなら、聞きたいことを聞くだけだと質問を続ける。
(えーとですね……本当は私が生まれるのは、もう少し先なんです!でも……お母様が危険みたい?なので助けに来ました)
お母様って、僕のことか……。
「お母様じゃなく、呼ばれるならお父様だと思うんですが?」
そこで気が付いた、僕以外のみんなの動きが止まっていることに……景色も薄っすらと霧がかかった様にぼやけて見える。精霊の領域……そんな言葉が頭に浮かぶ。
(お母様ですよー、お母様はこのままだと黒い大きいのに殺されちゃいます。そこで私からの特別なプレゼントです)
噴水の中から、小石程度の涙の形をした宝石が吐き出される。強い魔力を帯びた綺麗な薄青色をした水の様に清く透明な宝石だ。
(ジャッジャッジャーン、【水の精霊の雫】が完成しました!これでも人でいう胎児の状態なんですよー、なのでまだ形もハッキリとしていないのに、こんなモノを創り出すなんて、私って天才過ぎませんかー?褒めてもいいんですよ!これは【水の精霊の雫】といって水の魔力の塊なんです。それを従魔の妖精さんが飲み込めばスーパーパワーアップしてゴブリンキングにも勝てるかもしれませんね。勝てると良いですねー、まー化け物さんになる可能性も八割ほどあるので心配ですが……)
精霊の胎児は、楽しそうに笑う。
(まー使い方は他にもありますから、よーくよーーく考えてみてくださいね!でわ私はねむねむなので、もうひと眠りしまーす。次に会うのは三か月後か一年後かもしれません……ちなみに!妖精さんで【水の精霊の雫】を摂り込めるのは、レモンちゃんかゲコタのじっちゃんのどちらかなのですよ。何故名前が分かるかは内緒ですよーだ。でわ、まったねーん)
その後すぐ、フェアリーウエルを包んでいた青白い光は消え、僕は泉に落ちる寸前でブランデルホルストに抱えられたようだ。手には【水の精霊の雫】を掴んでいる。精霊が言った言葉を思い出す。
黒い大きなものに殺される……レモンもゲコタも怪物にはしたくない。特にレモンは黄色いヘリアンサスの花が変わるのを悲しむだろう。罪悪感が薄いのはゲコタか……と一瞬よからぬ方向に考えが進んだが引き戻した。
精霊が話していたはずだ。水の精霊の雫には別の使い方があると、僕はその方法を探さなくちゃ。
光が収まってもフェアリーウエルからは、噴水の様に水が噴き出していた。テリアとボロニーズが、コップを持って来て何度も何度も水を飲んでいる。
「あるじ、このみず、ぱわーあぷ、するよかん」
サムズアップポーズをしながらボロニーズは目をキラキラさせて、根拠のない台詞を言った。
ゴブリンとの戦いを前に、願掛け的なものにすがっておこうと、他の従魔たちもそれぞれ水を汲み口に運ぶ。
中には、〝大きくなれるかな?〟と背が伸びろーとブツブツ独り言を言いながら水を飲むナナホシや、〝鍛冶の腕が上がるかもしれんぞ〟とニュトンたちまで一緒に水を飲み始める。
〝どんな万能水だよ〟と、心の中で突っ込みながら、最後は僕も一緒になって水を飲んだ。ん、少しだけ甘味が増している?
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