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150話 ゴブリンダンジョン1(2021.08.20改)

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 下級転移石を使い到着した部屋は、扉がひとつだけある家具ひとつない部屋だった。ゴブリンの姿もなく、あまりの静かさに罠の可能性も疑ってしまう。
 まずは状況を把握だ。建物の中を調べることにした。こういう場所では、以前宝箱から手に入れたスカウトリングが役に立つ。スカウトリングは、鍵開け・罠解除・危機感知・忍び足・投擲といった能動的に発動する初級スカウト技能を装備者に与える魔道具だ。
 メンバーは、ヘリアンサスの妖精フェアリーのレモンと、聴覚と嗅覚に優れ斥候としても優秀なシルバーウルフのドングリ、背景同化という姿を隠す特殊技能を持つウオルル蛙の妖精のゲコタの三匹。
 ゴブリン王ラガンを見つけるまでは、出来るだけ慎重に動きたい。隠密行動が得意そうな従魔からメンバーを選んだ。

「レモン、ドングリ、ゲコタ、しーだよ」

 小声で三匹に話し掛ける。レモンは〝わかりました!〟と念話で答え、ドングリは無言で僕の体に頭をスリスリ、ゲコタは〝さっさと、ゴブリン王を見つけて、従魔の住処でまったりするゲコ〟と三者三様の反応を示す。
 四人でひとつひとつ、部屋の中を確認しながら進んだ。ゴブリン王の屋敷だけに、お宝的なものも期待していたんだけど、引っ越し直後ですか?ってくらいに物が無い。ゴブリン王どころか普通のゴブリン一匹いないし……結局最後の部屋にもゴブリン王はいなかった。
 リザスさんの性格上、ウソをつくようなゴブリンじゃないとは思うんだけど……戦闘狂のリザスさんが屋敷を転移ポイントに登録したのを知ったゴブリン王が、攻め込まれる前に引っ越したってのはありそうだよね。
 ゴブリン王の留守も考慮しておくべきだった。
 どうしよう……従魔の住処に身を潜めて別の日に来るか、それとも先にダンジョンの攻略を終わらせるか、悩んだ挙句、僕はダンジョン攻略を終わらせることにした。
 ゴブリンダンジョンの入口が、この屋敷の中にあることはリザスさんから聞いている。
 部屋の床下の隠し扉を探して、みんなを呼んで地下へと降りた。

 地下一階に降りてすぐ異常な数のゴブリンと遭遇した。どれも未進化の普通のゴブリンだ。僕らを見て驚いていたゴブリンたちは、すぐに自分たちの役割を思い出して襲い掛かってくる。
 リザスさんの話だと、ダンジョンにゴブリンが湧くタイミングに合わせて、従魔契約のためにゴブリン王はダンジョンに潜るって話だし、屋敷にゴブリンがいなかったのはダンジョンに潜っていたからなのかもしれない。
 ゴブリン王ラガンとの遭遇戦も視野に入れて慎重に進む。

 その後も度々、集団で移動するゴブリンと出会い戦闘になった。人型の魔物が湧くダンジョンだからなのか、所々に生活感のある簡素な住居が建てられている。ダンジョンは魔物に合わせて変化するんだろう。今回は攻略速度優先で魔石は放置、使えそうな武器や防具だけを回収して進んだ。

 地下四階。ついにゴブリン王ラガンに追い着いた。従魔契約に集中してるのか、僕らに気付いた様子はない。
 急いで、階段の裏手に身を隠す。息を殺してゴブリンたちを覗き見た。三メートル前後の大きなゴブリンが全部で五匹、そのうち一匹がローブを纏っている。恐らくあのゴブリンが、緑のゴブリン王ラガンなんだろう。
 ラガンは、小さなゴブリンを集めて何やら話をしていた。必死に説得をしているようにも見える……仲間へのお誘いだろうか?

「ナナホシは『イリュージョンゴブリンシャーマン』の魔法を、フローラルとレモンはシャーマンの攻撃魔法に合わせて『マジックミサイル魔法の矢』を準備して、ゲコタは姿を隠したまま、フローラルの魔法から少しずらしたタイミングで『燃える泡』をよろしくね」

 みんなに指示を出していく。
 フローラルとレモンの魔法を、シャーマンの魔法だと思わせるためにも、数の多いアーチャーではなくシャーマンを出してもらうことにした。
 魔法で生み出された五体のゴブリンシャーマンは階段の陰から飛び出すと、すぐに魔法を唱えはじめる。一体につき三本の魔法の矢が頭上に浮かび、更にフローラルとレモンの魔法の矢がそこに加わった。合計三五本の魔法の矢が一斉に放たれる。
 それに紛れるように二つの大きなシャボン玉が、ふわりふわりとゴブリンに向かって進んだ。
 一斉にゴブリンたちに降り注ぐ魔法の矢。ゴブリン王ラガンとゴブリンジェネラルには効かなかったようだ。周りのゴブリンだけが、魔法の攻撃を受けて倒れる。
 かろうじて生き残ったゴブリンには、ゲコタが放った『燃える泡』ぶつかり、破裂と同時にゴブリンたちは炎に包まれた。

 兵士候補のゴブリンが倒されたというのに、ゴブリン王ラガンは嬉しそうに笑う。リザスさんといいラガンといい、ゴブリン王には変態が多いのかもしれない。
 ジェネラル四匹のうち二匹が走り出す。イリュージョンゴブリンシャーマンは、迫る二匹に『マジックミサイル』の魔法を放つが効いていない。
 ラガンと二匹のジェネラルの距離が広がった。ダンジョンに人間が忍び込むとは考えていなかったんだろう……油断し過ぎだ。
 ゴブリン王ラガンの視界を遮る様に、向かって来るゴブリンジェネラルの背後に、突如砂嵐が出現する。レモンの魔法『サンドストーム砂嵐』だ。
 急な砂嵐の出現に、足を止め振り返る二匹のジェネラル、その一瞬の隙をローズとブランデルホルストは見逃さなかった、一気にそれぞれの間合に入ると……一瞬で斬った。二匹のジェネラルの首が床に落ちる。
 砂嵐が止む前に、急いで従魔の住処にゴブリンジェネラルの死体を投げ入れて、そのまま階段の陰へと身を隠す。流石にこれだけの数の従魔がいると隠れるだけでも一苦労だ。押し合いながら階段から体がはみ出さない様に必死に耐える。

 砂煙が消えると同時に、三五本の魔法の矢がゴブリン王ラガンと二匹のジェネラルを狙い再度放たれる。
 ゴブリン王ラガンとジェネラルは、魔法の矢をものともせずに五体のシャーマンへと走った。
 ラガンは、何やらゴブリン語でぶつぶつ呟きながら、幻想の魔物たちへと右手を伸ばす。『従魔の鎖』だ……光の鎖が顕現するも、すぐに砕けてしまう。すかさず、強制契約に切り替えたんだろう一体のシャーマンの体に光の鎖が巻きついたが、それも、すぐに砕け散った。
 魔法で生み出された仮初の魔物インスタントモンスターに、従魔化テイムは効かない。
 ラガンは物凄く悔しそうにその場で地団駄を踏む。さっき笑顔は進化種のゴブリンシャーマンを見つけた〝嬉しい〟の笑顔か?
 眼球がないから分かりそうなものだけど、ラガンはイリュージョンゴブリンを本物のゴブリンと思い込でいるんようだ。目が悪いのかもしれない。
 ラガンたち三匹のゴブリンを囲むように石の床が隆起した。五体のインスタントストーンゴーレムが姿を現し手を伸ばす。
 ここからは速攻だ。追撃とばかりにフローラルの魔法、十本の『ファイアーアロー火の矢』がゴブリンの頭上から雨の様に降り注ぐ。三匹は抵抗したが、マジックミサイルよりは効いている。
 次は、雪景色が竜巻となりゴブリンたちを包み込んだ。レモンの『アイスストーム氷雪の嵐』の魔法である。
 火の矢と吹雪に包まれてシャーマンとゴーレム、二種のインスタントモンスターが砕け散った。

 ようやく、ラガンも攻撃されていることに気付いたんだろう。ゴブリン語で何かをしきりに叫んでいる。
 吹雪が晴れたゴブリンの周りに十個の、人間の頭ほどの大きさのシャボン玉が浮かんでいた。
 ジェネラルは自分の目の前に浮かぶシャボン玉に気付きその泡を斬った。泡は一斉に破裂する。ゲコタの固有魔法『破裂の泡』だ。破裂の泡は、相手を倒す魔法というよりは、相手を驚かせる魔法だ。
 破裂の泡が弾けると同時に破裂音がダンジョンに響く、泡に触れた剣を伝わり衝撃を与える。ジェネラルは音と衝撃に驚き咄嗟に剣を手放してしまった。
 武器を失ったジェネラルに、アルジェントが大きな口を開けてパクリと噛み付くと、そのまま部屋の奥へと飛んで行った。アルジェントの背中にはモーソンとボロニーズとグリーンさんが乗っている。

「ルフト行ってくるね!ひゃっほーアルジェントごーごー!」
「あるじ、おいらがんばる」

 グリーンさんも二人に負けじと、体一部を腕のように伸ばしのりのりで振る。
 アルジェントの背中の上で三人は楽しそうだ。

 ラガンとジェネラルを繋ぐ光の鎖が、補助効果を持つ支援魔法『支援の鎖』なんだろう。アルジェントに銜えられたまま、ゴブリンジェネラルに付いた光の鎖は際限なく伸びていく。
 残された二匹のゴブリンの視線は、突如現れた空飛ぶサメ、アルジェントに釘付けだ。余所見をするジェネラルの肩に黒い槍が突き刺ささり、そのまま釣り針へと変形する。ブランデルホルストはゴブリンジェネラルを釣り上げた。
 動揺を隠せないラガンの前に、みんな従魔が並ぶ。

 僕は、精霊樹の杖に魔石を大量に放り込むと、枝を密集させて巨大な腕を作り、リザスさんから借りた【黒いフランベルジュ魔法喰いの魔剣】で、二本の『支援の鎖』を切り離した。

 分断成功だ。
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