110 / 149
連載
175話 出港、砂渡の船2(2021.08.23改)
しおりを挟む砂の滝に近付くほど、頭の上から降り注ぐ砂の量も増えていく。
頭から思いっきり砂を浴びては、髪の毛や鎧の中にまで砂が入りむず痒い。砂と一緒に虫でも入ったんじゃないかと考えるから尚更だ。
これは、砂が毛に絡みつき慌てる三匹を見て笑った僕への罰だ。(モーソン、テリア、ボロニーズ、本当にごめん)心の中で三匹に謝る。
ここを抜けたら一緒に水浴びして、砂を落とそう。
砂の滝に突っ込もうとした瞬間、僕らは、急いで用意していた耳栓と鼻栓を詰めると、大きく深呼吸をして目と口を閉じる。呼吸を止めたまましゃがみ、船に掴まりじっと滝を登るのを待った。
長く息を止める練習もしたはずなのに、やはり本番は違う……かなり苦しい。
呼吸の必要もなく、どれだけ砂を浴びようが変わらず動くことが出来るブランデルホルストとミイラのナファローネの二匹は、今も追いかけてくるクジラの魔物を船に近付けないために戦っているはずだ。
目も、音も、臭いも感じないせいで、後ろから迫るクジラの魔物の存在が余計に不安を掻き立てた。数十秒の時間がとても長く感じる。
分かるのは頭や体に当たる砂の感覚と、ブーツ越しに船の中に砂が流れ込む感覚だけだ。
一瞬だった。足元にあった砂が一斉に流れ出す。続いて何かに引っ張られる様に全身が下に引かれる感覚に襲われると、体にかかる力の向きが変わった。
クジラのミイラたちに牽かれた船が滝を登りはじめたのだ。
船の床から伸びる命綱は、背中側のベルトの金具に付けられており、足錠と合わせて滝を登りはじめると自然に顔が滝壺を向くようになる仕組みだ。その証拠に今は後頭部と背中に砂が当たっている。
耳栓と鼻栓を外して目を開けた。息を止めていたせいもあり、つい口を大きく開けて何度も深呼吸してしまう。空気と一緒に砂を吸い込んでしまい何度も咽た。
空を飛んでいる様だ。砂の湖の湖面がどんどん遠くなっていく。僕らの船を追う様にクジラの魔物たちが砂の滝を登ってくるのが見えた。見逃してはくれないか、ブランデルホルストは黒煙の槍を投げ、ナファローネは長弓を引き矢を放つ。
砂の湖と違い砂の滝は浅い。クジラの大きな体が砂に隠れ切れずはっきりと見えた。こんなに数がいたのかってくらい……僕らの船を追うクジラの数は多い。
横ではモーソンが、前ではテリアとボロニーズが、僕と同じ様に勢いよく息を吸い込んでしまい咽ていた。口の中に砂が張り付いて口の中が乾く。
滝を登りはじめたことで、クジラのミイラたちは船をほぼ吊るしている格好になり、僕らと船の重さを直に受けてしまっている。追って来るクジラの魔物たちの方が明らかに登る速度が早い、クジラとの距離はどんどん縮まってきている。
このままでは、確実に滝を登り切る前にクジラの魔物たちに追い付かれてしまう。
上から落ちてくる岩などの落下物を躱しているんだろう、船が左に右に何度も方向を変える。
その度に距離も縮まり、船のすぐ横を並走するクジラの姿も、こんなに準備したのに……このままではクジラのミイラたちは殺されてしまうだろう。それでも、精霊樹の杖で全員を包んで飛び降りれば、怪我はするだろうが僕たちは生きてあの島に戻ることが出来るはずだ。
でも悔しい。あと少しで滝を登れるのに。
ふと顔を上げた瞬間、ブランデルホルストが一瞬振り返って僕を見た。
そして、言葉が喋れないブランデルホルストが〝任せろ〟と言ってくれた気がした。
ブランデルホルストは前を向くと、両腕を真横に開き、体で十字架を作る様に腕を伸ばす。
オーラの様に全身から漂う黒い煙が大きくなり、黒い煙は、黒い炎へと変わり、ブランデルホルストを焼き尽くす様に大きく波打つ。膨れ上がる黒いオーラと一緒に、ブランデルホルストの全身が光はじめた。
僕は、魔物の進化は夜に起こるものだと思い込んでいた。
ブランデルホルストの真っ黒な鎧が徐々に形状を変えていく、上半身の至る所から黒い竜の牙を思わせる鋭い刃の様なものが伸び、黒煙の薄い揺らめきが黒炎の濃く熱い揺らめきへと変わった。
従魔との繋がりのせいか、僕の心臓の鼓動も次第に早く大きくなっていく。
ブランデルホルストは両腕を広げたまま真上に顔を上げる。
ブランデルホルストの全身からは、二十本近くの黒い槍が、地面から芽を出した植物の様に伸びはじめた。しかも、その一本一本が黒い炎を帯びでいるのだ。後ろにいる僕らまでその熱気が伝わってくる。
船まで後一歩、先頭のクジラの魔物が目の前に迫った瞬間、一斉にブラックフレイムは放たれた。
槍が命中したクジラは悲鳴を上げ、黒い炎に包まれたまま次から次へと滝の下へと落ちていく。落ちたクジラの体が下のクジラに当たり、更に別のクジラを滝から落とす。
船の周囲にいた、ほとんどのクジラが悲鳴に似た声を上げて落ちていった。
ブランデルホルストが両手を前に付き出すと、今度はクジラに刺さった槍が抜けてひとつに纏まり、黒い炎の渦となってブランデルホルストの両掌に吸い込まれる。
モーソンとテリアとボロニーズは、そんなブランデルホルストを前に興奮しながら〝強い、カッコイイ〟を連呼した。確かにカッコイイ……でも禍々しさも増したというか、絶対人前には出せない風貌になってしまった。
言葉が話せないブランデルホルストに聞くことは出来ないけど、何がキッカケで進化したんだろう。ブランデルホルストは、他の従魔とは違い『進化の宝珠』と呼ばれるアイテムを用いて一度目の進化を遂げた。今回の進化もみんなの進化とは違うのかもしれない。
ホワイトさんなら意志の疎通も可能かな?
その後、滝から落ちなかったクジラの魔物たちも、ブランデルホルストを怖がるように追撃を諦めて砂の湖へと戻って行った。
滝の上に出た後は、そのままクジラのミイラたちの牽く船に乗り西へと進む。
船旅の途中『あじさいの間』に大きな四角い穴をみんなで掘り、砂漠の砂を何度も運び、クジラのミイラたちのために砂のプールを作った。
今回は、クジラのミイラたちのお陰で、砂の滝を登り脱出することが出来たのだ。これは、彼らへの感謝の気持ちだ。
それと余談ではあるけれど、進化したブランデルホルストの新しい種族名はダークロード。従魔初のAランクの魔物が誕生した。
(※進化チャート:スパルトイ⇒ダークナイト⇒ダークロード)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4,131
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。