剣も魔術も使えぬ勇者

138ネコ@書籍化&コミカライズしました

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第2章「魔法都市ヴェル」

第10話「差別」

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 もう何度目だろうか?
 彼らの妨害で、キラーファングはまだ2匹しか狩れていない。
 
「邪魔だから下がってろよバカ!」

「はぁ? さっきからそっちが邪魔してるんじゃない」

「うるさい、前衛が下手なのが悪いんだ!」

「さっきから魔法が飛んで来なければ狩れた」

「チッ」

 相変わらず口論ばかりだ。
 自分が最高のタイミングで魔法を打っていると思っているせいで、改める事が無い。
 何か言われても他人のせいにして、たまたま上手く行った事だけを見ている。

 スクール君達と同じルートを通っているが、キラーファングとの遭遇率は昨日より高い。
 もしちゃんと狩れていれば、今頃は試験が終わっているはずなのに。

 アリアもサラもリンも、内心イライラしているのだろう。僕たちの間でも会話が減ってきている。
 それとは逆に、彼らはゲラゲラ笑いながら大声で会話している。モンスターに見つかる可能性も有るのに不用心この上ない。
 時折こっちに小石などを投げたりして挑発してきたりもする。それに反応してビクッとなった僕らを笑い者にしてくる。
 もうこの依頼は破棄しよう。そう思った時だった。

「モンスターが近づいてくるです」

 何かモンスターの気配を察知したようで、リンが警戒を促す。
 そして現れたモンスターを見て、学生が、急に顔色を変え、足をガクガクさせている。

 のしのし、と音を立てて近づいてくる一匹のモンスター。
 赤毛に覆われた、体長2mを超える大きな熊だ。
 確かキラーベアと言う名のモンスターで、この辺で最も危険なモンスターだって聞いた覚えがある。

 この辺に生息するモンスターは、大体が名前にキラーと付いてるが、駆け出し冒険者が命の危険に晒されるレベルでヤバイモンスターは実は少ない。
 だけどこいつは別だ。生半可な皮製の装備なら簡単に切り裂く爪と、噛みつかれたら最後、強靭なあごを持っている。
 巨体に似合わず足が速いため逃げる事は叶わず、突進をまともに食らえば鎧で身を固めていたとしても、骨折は免れないだろう。

 聞いた話では森を抜けた先の山に生息しているはずなのに、何故ここに。

「ヒッ、ヒィィィィィィィ」

 彼らは完全にパニック状態になっていた。
 キラーベアを見て腰を抜かす者、逃げ出す者、その場で悲鳴を上げて立ち尽くす者。

 引率の教員も冷静を装っているが、顔色は真っ青だ。
 しかし、これは逆にチャンスかもしれない。
 
 この状況なら彼らはまともに詠唱出来ない。ここまで無詠唱で魔法を打っていないのを見るに、多分無詠唱で魔法を打てる学生はいない、これなら邪魔されずに戦闘が出来る。
 もしキラーベアを僕らが倒せば、僕らの実力が分かり彼らも考え方を改めてくれるかもしれない。 

「アイツの突進はまともに受けるのは危険。距離を詰めて近接戦に持ち込むから、リンはその間に足をお願い」

「わかったです」

「サラ、突進が来たら私の前にアイスウォールの展開お願い」

「わかった」

「エルクは……そこに居て」

「うん。じゃあ僕はここで他のモンスターが来ないか警戒しながら、彼らの護衛をするね」

 この戦いに僕なんかが介入しても、完全に足手まといだ。
 それなら他のモンスターが来ないか警戒と、パニック状態の彼らが適当に魔法を打って邪魔をしないように見張ろう。
 問題は逃げ出した生徒だ。3人逃げ出したのだが、そのままにしておけば他のモンスターに襲われかねない。遭難の危険だってある。

「すまない、逃げ出した生徒たちが心配だ。彼らを追いかけようと思うのだが、ここは君たちに任せても大丈夫か?」

「わかりました、この先を行ったらひらけた場所があります。そこで落ち合いましょう、もし僕らが戻ってこなかった場合はギルドに連絡をお願いします」
 
「助かる。逆にもし私が戻らなかったら君たちだけでも街に戻っていてくれ」

 彼らが逃げ出した方角に向かって、引率の教員が走っていく。
 魔術師の割りに結構走る速度が速い。普段から鍛えているのだろうか?
 引率の教員が居なくなった事により、3人の生徒の不安が爆発した。

「待って、置いて行かないで!」

「うわああああああああああああ!!!!」

「大丈夫だから、落ち着いてください」

「そんな、落ち着けるわけないじゃない!」

 腰が抜けたのか、ペタンとその場に座り込んでいる女の子が、目に涙をいっぱい溜めながら叫んでいる。
 彼女の目線に合わせるために、屈みこんで話しかける。

「大丈夫ですよ。彼女たちは凄く強いんですから、だって火竜を倒したくらいですし」

「火竜って……えっ、最近噂になってる火竜を倒した冒険者が居るって、あの子たちなの?」

「はい。だから何もしないで見守っててあげてください」
 
 そう言って頭を撫でると、コクンと頷き、大人しくなってくれた。

「だったらさっさと倒してよ!」

「うわああああああああああああ」

 他2人はそれでも半狂乱になったまま。、男の方は腰が抜けて、四つん這いで逃げようとして、その場で転びを繰り返しているだけだからほっとこう。害はないだろうし。
 もう一人の女の子は喋る余裕(と言っても文句を言うだけ)はあるみたいだが、冷静さは欠けている。急に魔法を詠唱したりしないか見張っておくべきか。

 アリア達の様子はどうだ?
 嘘だろ? キラーベアが爪を振りかざしアリアが避けたのだが、キラーベアの一撃で木が切り倒されるのだ。
 あんなものを受けたらひとたまりもない。彼女たちだけに任せて、本当に大丈夫なのだろうか?

 何度か盾でキラーベアの盾を防いだのだろう、鉄製の盾なのにすでにボロボロだ。所々爪で切り裂かれ穴が空いている。
 アリアがキラーベアの爪を盾で弾いていなし、その隙にリンが足を狙って剣を振るう。
 しかし低い位置に無理な体制で振るった剣では、切断どころか少し傷をつけた程度で終わってしまう。 
 キラーベアの注意がリンに向かった所を、サラが魔法を打ち、それに合わせてアリアが首を狙った波状攻撃で完璧な連携が出来ている。
 下手に注意を逸らすと致命傷を狙ってくるアリアが居るせいで、サラとリンを放置せざる得ない状況になっている。
 
 10分位続いたのだろう。足を執拗にリンに斬られキラーベアの動きが段々鈍くなっていく。
 距離があったために避けられていたサラの魔法も、段々と命中するようになってきた。

 この調子なら行ける! 多分リンも僕と同じように慢心したのだろう。
 アリアに向かって爪を振り下ろそうとしたキラーベアにリンが近づいた瞬間、キラーベアがくるりと後ろに振り返ったのだ。
 そのままリンに向かって爪が振り下ろされる。

「あっ……」

 僕の口から思わず言葉が漏れた、動きがスローモーションのように見える。
 屈んだ姿勢から横に跳ねて何とか直撃は避けられたものの、リンの左足から血が大量に流れ出ていた。

 その瞬間、キラーベアの首から剣が生えた、アリアが剣でキラーベアの首を貫いたのだ。
 アリアは剣を手放し、リンを抱えて素早くその場から離れる。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 がむしゃらに両手をブンブンと振り回すキラーベア。
 首に剣が刺さったまま、アリア達を追いかけようとするが。

「アイスウォール」

 最初に作ったアイスウォールは、キラーベアの突進で簡単に壊されたが、もうそんな力も残っていなかったようだ。
 目の前に出来たアイスウォールにぶつかり、そのまま倒れ、起き上がろうするが、また倒れてを繰り返し、最後は完全に動かなくなった。
 
「す、すげぇなアンタら、本当に倒したんだ」

「すごい……」

 キラーベアが完全に動かなくなる頃には、彼らも落ち着きを取り戻していた。
 彼女達すごいでしょ? キラーベア倒せるくらい強いんですよ?
 これで彼らはちゃんと言うこと聞いてくれるだろう。

「アンタ、獣人だったのッ!」

 見ると、先ほどからヒステリックに文句ばかり言っていた女の子が、リンに向かって指を指していた。
 戦っている最中にリンのボンネットは飛んで行ってしまったのだろう。彼女の頭からは猫のような耳が出ている。

「あんたが獣人だから、あんな化け物を呼び寄せたんでしょ! 最悪じゃない!」

 なんでそうなるんだよ。別に獣人だから寄ってきたわけじゃないだろ?
 命を助けてもらったのに、その態度はおかしくないだろうか? 獣人だから何だっていうんだ?

「少し、黙って」

「ヒッ……」

 女の子の前にアリアが立ちはだかった、キラーベアの血が滴る剣を持って。
 一瞬小さな悲鳴を上げ、アリアの持っている剣を見て、恐怖感を持ったのだろう。黙ってくれた。
 他の2人を見てみるが、俯いて目をそらし、何も言ってくれない。命がけで助けてもらったのになんだよそれ……。

 リンは何も言わずにただ俯いている。

「大丈夫だった?」

「……」

 僕がリンの頭を撫でてみると、耳に手が触れた瞬間にビクッとされたが、それ以外は何も反応してくれない。

「キズが深いから中級魔法程度じゃ治らない」

「とりあえず包帯巻いて消毒するけど、これじゃちょっと歩けないでしょ」

「……っ、大丈夫です」

 歩き出そうとして、苦痛で顔が歪んでいる。
 無理な姿勢で避けたのだから、着地の時にも足を痛めてるのかもしれない。

「大丈夫じゃないよ、僕が背負うから、ほら乗って」

「私が背負おうか?」

「いや、この状態でモンスターの襲われたら戦えるのはアリアとサラだけだ。僕が背負うよ」

「わかった」

 背負ったリンは凄く軽かった。
 こんな小さい体で、あんなに大きなモンスターと戦っているのか。

「何なのよ、あいつら」

 サラが落ちてたボンネットを見つけて来て、リンに被せてくれた。
 

 ☆ ☆ ☆


「本当に倒してくれたようですね。助かります」

 ひらけた場所に着いた時、引率の教員は生徒3人と居た。どうやら引率の教員が逃げ出した生徒を連れて戻ってきたようだ。
 僕らの姿を確認して、一瞬驚いた顔をして、先ほどとは態度が変わり、少し穏やかな目で腰を90度まで曲げてお礼を行って来た。

 僕らの実力を認めた証拠だろう。もしかしたら今の彼なら、リンが獣人と言うだけでつべこべ言っている子を何とかしてくれるんじゃないだろうか?

「大切な生徒たちの命を助けていただき、感謝します」

 生徒3人はバツの悪そうな顔をして、目をそらしている。

「いえ、これも仕事なので」

「その、彼女は大丈夫なのでしょうか?」

 僕の背中に居る少女、リンの心配をしてくれているようだ。

「はい、キラーベアの爪が」

「先生、アイツ獣人ですよ! アイツがモンスター呼びこんだんですよ!」

 僕と引率の教員の会話に、先ほどの女の子が割り込んできた。
 引率の教員の腕を右手で引っ張り、左手でリンを指さしている。

「私さっき見たんです。アイツが帽子取ったら汚らしい獣人の耳が生えているのを!」

 いい加減我慢の限界だ。
 人に文句をいう事しか考えていないのか? 

「お、おい、本当にソイツ獣人なのかよ」

「そうよ! ソイツが獣人だからモンスターが寄ってきたに決まっているわ!」

「黙れ」

 サラがキレた。
 無詠唱で、いまだに騒ぎ立てる学生の目の前に、青い火柱を立てたのだ、火の上級魔法ファイヤピラーだ。

「うわっ」「キャアアア」「あぶねぇだろ!」

 驚き方は三者三様だった。
 危ない? さっきまで君たちがやってた事を考えて言ってるのか?
  
 っと、それよりファイヤピラーの影響で周りに火がついて、このままじゃ火事になるけど、大丈夫なのだろうか? どう考えても大丈夫じゃないと思うけど。

 これまた無詠唱で燃え広がった辺りを、水の上級魔法ヘヴィレインで消していく。

「まだ言うなら、次は外さないから」

 ずぶ濡れになった彼らだが、非難の声を上げない。と言うか上げれない。
 上級魔法を無詠唱で放つ相手だ、自分達じゃ勝てないと悟ったのだろう。流石に実力差を知り表情が固まっていた。

「申し訳ありませんが、今回の依頼は破棄させていただきます」

「えっ……あ、あぁ」

 そのまま踵を返し、僕らは街に向かって歩き出す。
 後ろから「あんな奴らほっといて、卒業試験続けましょう」と言う声が聞こえた、もう勝手にやっててくれ。


 ☆ ☆ ☆

 
「うぐっ……うっ……」

 サラは唇を噛んで泣いている。噛んだ唇からは血が流れてるが、それでもギリギリと噛むのをやめない。
 アリアがサラの頭を撫でてみるが、すぐに手を払い除けられた。
 アリアもいつもの無表情で泣いているのだが、僕は二人にどうやって声をかければいいか分からない。

「……ごめんなさい、です」

「なんでリンは謝るのかな」

「リンが獣人だから……皆に迷惑かけているです……」

 僕の背中で、小刻みに震えているリン。必死に泣いているのを隠そうとしているのだろう。
 既に僕の背中は、リンの涙と鼻水でグショグショになっていて、隠しきれていないが。

「別に迷惑じゃないし、獣人とかそんなの関係ない、大事な仲間だ。だからさ……泣かないで」

「それは無理です」

「なんで?」

「だって、エルクも泣いてるからです」

 そっか、僕も泣いてるのに、泣き止めなんて言えないよな。
 僕も泣きやめそうにもないから、せめて一緒に泣こう。
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