剣も魔術も使えぬ勇者

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第4章「ヴェル魔法大会」

第14話「ヴェル魔法大会 2」

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 空中で、足場も無しにピョンピョンと飛んでいるマーキンさん。これが空剣術か、確かにふわふわしている。
 サラが作り出したフィールドはリングの周りで、高さは3メートル辺りまでだが、マーキンさんはそれよりも高い位置にいる。
 空中でぴょんぴょんしているマーキンさんに、サラが唱えたコールドボルト、ストーンボルトが襲い掛かるが、どれも命中する事無く彼の剣に迎撃されている。
 サラの魔法はことごとくマーキンさんの剣で防がれるが、対してマーキンさんもサラに対して攻撃するための手段が無い。

 5分位たっただろうか、マーキンさんに疲れが見えてきた。かする程度ではあるけど、サラの魔法が命中し始めたのだ。
 そして彼は迎撃しきなかったストーンボルトが額に命中し、落下していった。
 そのままどさりと、リングに落ちて、その瞬間に彼の姿が消えた。気付けば既にサラの目の前に『瞬歩』で移動していた。

 既に上段の構えを見せている彼に対し、剣戟を受け止めるために右手に持った杖を両手で持ち直す。
 マーキンさんの『瞬戟』、他の剣士と違い、極めたと言っても過言ではない彼の『瞬戟』は目にも止まらぬ速さなどではなく、目に止まって見える速さ。
 故に、止まっている剣は既に振り下ろされている残像。
 だから、その剣が”振り下ろされていない”事に気付くものは居なかった。本来はカウンターとして受け止める際に使う海剣術『無手』、これを攻めで使ったのだ。

 『瞬戟』の衝撃に備え、力んだサラの判断は一瞬遅れ、その一瞬が勝敗を決めた。
 マーキンさんは獲物を手放し、『無手』による『瞬戟』。カッコイイ言い方してみたけど、ようは何も持たずに目の前で素振りをしただけだ。
 そのまま突進をしてタックルを決め、完全にマウントポジションだ。右手はサラの顔を捕らえている。

「このまま力を入れたら、その美しい顔が悲惨な事になるので降参していただけませんか?」

 サラは抵抗するのは無理だと判断したのだろう。彼を刺激しないように力を抜いている。
 既にリングの上に発動させていた魔法は消えている。

「降参よ」

 司会者さんがマーキンさんの勝利を宣言した瞬間に、会場は「おー」と言った声で沸いていた。
 サラはマーキンさんの差し出した手を掴み、起こしてもらい。服に着いた埃を払って退場していった。
 しかしサラはあんなミニスカートで、風を起こしたり動き回ったりで大丈夫なのだろうか? と思ったけど、ちらりと下にショートパンツを穿いていたのが見えた。そっちの対策もちゃんとしてあるのね。


 ☆ ☆ ☆


「どうも皆さんおはようございます、本日は解説でお招きいただいたジャイルズと申します」

「どうぞ、よろしくお願いします」

 偉い人用の来賓席の前に、マイクを立てかけられた机に座っているジャイルズ先生が居た。解説?
 隣には先ほどの司会者の人が座って、マイクを使い会場全体に聞こえるように、二人で喋っている。

「今の試合なのですが、リング状に設置されたコールドボルトやストーンボルトで下手に動けず、マーキン選手は完全にリングの上では主導権を握られっぱなしでしたね」

「そうですね。あの状態では『瞬歩』をすれば大けがは免れませんね。普通に走って近づこうとするだけでも苦労している様子でしたし」

「しかし空中に逃げたマーキン選手ですが、最後ストーンボルトを額に受けてリングに落とされてピンチからの、捨て身特攻が功を奏した結果になりましたね」

「いえ。落ちたマーキン選手の額から血が流れてないのを見えたので、多分当たったフリをしただけだと思います」

 そう言われてみれば、マーキンさんの額から血が流れてなかった気がする。実際は当たってなかったのか。 

「当たった振りですか?」

「振りですね。多分空中で迎撃しながら、地上で魔法の設置の薄い所を探していたんだと思いますよ」

「なるほど」

「そして落ちた振りからの『瞬歩』、流れるような『瞬戟』と『無手』の合わせ技。これはもうどうしようもないですね」

「落ちた時点で既にマーキン選手の術中にハマっていたってという事ですね。所でサラ選手ですが5つ同時に魔法を打っていましたが、あれはどういう原理かわかりますか?」

「ええ、サラ君の使った魔法は、まず杖を周りに暴風を起こすウィンドウォールが発動する魔道具に改造してあります。一つ目の魔法の正体はこれですね」

 風の中級魔法ウィンドウォール。風を巻き起こして土煙を上げたり、飛来物をちょっと防いだりする魔法だ。
 効果範囲があまり広くない上に、広い場所で使うと効果が四散してつむじ風程度になったりもする微妙な魔法の一つだけど。

「そしてシアルフィとコールドボルト。これはコールドボルトを打つと同時にシアルフィが出るように、普段からコールドボルトの詠唱と一緒にシアルフィを無詠唱で発動を何度も何度も繰り返し、コールドボルトを詠唱するとほぼ条件反射でシアルフィを発動するように練習していた成果ですね」

「なるほど。無詠唱で打てるサラ選手がわざわざ詠唱していたのは、詠唱に自身を反応させるための条件付けだったわけですね」

「はい。ストーンボルトとアンチアローも同じで、無詠唱では少し指を動かす程度で出せるのを、あえて大きい動きにして条件付けしやすくしたわけですよ」

「ははあ。しかし理屈はわかっても、実際使うのは難しいと思うのですが、そこの所どうなんでしょうか?」

「勿論簡単ではないですが、それは可能にしたのは彼女のたゆまぬ努力の結果でありますね。そしてこの技術は新たな魔法の戦闘スタイルを見せてくれると、私は考えております」

 ジャイルズ先生の解説を聞いて、一部の人は頷いてメモを取ったりしている。
 
「実はこの魔法の連携。実はこの会場のリングみたいに囲まれた場所以外では効果が四散してしまうので、使い物にならないのですよ」

 なんじゃそりゃ。会場から笑いと驚きの声が上がっている、せっかく努力して覚えたのに使えるのはリングの上だけって。

「ですが、私はそれで良いと思っています。昨今では魔術師の大会戦績が良くないのですが、理由の一つとして、リングの上ならではの戦い方をしていないからだと私は思っています」

「そういえば、ジャイルズさんはリングを凍らして滑って戦ったりしていましたね」

「はい。なのでリングの上での戦い方という物を各自が詰めていけば、魔術師の戦績も良くなるんじゃないかなと、私は考えております」

「なるほど。貴重なご意見、ありがとうございました」 

 ジャイルズ先生の解説を聞いて、皆周りとおしゃべりを始める。勿論話題は今のジャイルズ先生の解説内容についてだ。
 中には詠唱による条件付けを試してみようとして、叱られている人も居る。
 
 観客席に戻って来たサラは「負けたわ」と一言だけ言って、けろっとしている様子だ。
 隣に座るアリアが慰めようとしているのか、挙動不審にサラに何か伝えようと口を開けては何も言えずにいる。

「別にあんなバケモノ連中に勝てるつもりは無かったから、気にしなくて良いわよ」

 アリアにそう言って、笑いかけていた。 


 ☆ ☆ ☆


 さてと、次は僕の試合か。
 控え室で額には「ゆ」と刺繍が入れてあるモヒカン付の黄色いマスクを被り、赤いマントを羽織り、準備は万全。
 このダサイ格好とも今日でお別れか、そう思うとちょっとだけ感傷的な何かを感じる。「じゃあ明日も着る?」と言われたら絶対に着ないけど。
 
 薄暗い部屋の先にある扉が開かれる。差し込む光の先にあるリングに向かい僕は歩き出した。
 扉を抜けると、僕に気付いた観客が一斉に声援を送ってくれる。
 緊張して震える両手。それでも彼らの声援に応える様に手を振りながら真っ直ぐと歩いて行く。
 子供たちが必死に叫んでいるのも見える。ここからでは声援にかき消されて何を言っているか聞こえないけど、「ガンバレ」と応援してくれるのだけはわかる。

 僕がリングの上に立つと、司会者さんとふと目が合った。僕が頷き、彼が頷き返す。

「今年は活きの良い新人ニュービーが多いが、その中でも異色を放つこの男! 見た目は凄いが、実力も凄い。ダサイ恰好だけど俺は嫌いじゃないぜ!」

 うん、やっぱりダサいよねこれ……

「古の英雄である勇者アンリの化身、謎の勇者マスクマン選手!」

 いつの間にか凄い設定が盛り込まれてるんだけど!?
 勇者アンリと僕は無関係なんだけどなぁ。
 会場からは「アンリ」コールをされてるけど、まいいや。とりあえずポーズでも決めてみようかな。
 右足を前に、両腕を高く上げてへの字にしながら腰を曲げて顔を前に突き出す。
 そう誰もが憧れる最強の生物ドラゴン! それを模した構えだ!
 結果、思い切り滑って会場が沈黙してしまい、助けを求めるように司会者さんを見たら思い切り目を逸らされてしまった。戦う前から心が折れそう、やらなきゃよかった。

 静まり返った会場を盛り上げるかのように、リングまでの道のりをファイヤウォールで作りゆっくりと歩いてくる初老の男性。ヴァレミー校長だ。
 いかつい顔をしかめながら、厳格な空気を漂わせている。右手には彼の愛杖を持ち、左手で伸ばした白い顎鬚を擦っている。
 真っ直ぐと射貫くような視線で僕を見ている、それだけで心が負けを認めてしまいそうになるほどの眼力だ。フルフルさんにジャンプしてもらっただけで、愛杖を貸しちゃうようなエロ爺の面影は今は無い。

「かつてSランク冒険者として世界を股にかけた超実力派魔術師。現在はその実力を認められ魔法学園の学園長を務めるこの男! 新人に対してベテランの風格を見せつける事が出来るのか。老いてなお盛ん、ヴァレミー選手!」

「お互いがリングに上がりました、それでは準備は宜しいですね! 魔法大会、レディー」

「「「「「「ゴー!!!!!!!」」」」」」

 開始の合図と共に、僕は『混沌』でヴァレミー校長を追うが、捕まえられずに居た。
 というのも、距離を取ってくれれば追いかけられるのだが、微妙に距離を離してこないのだ。
 僕がまだこの力を制御出来ていないことがばれているようだ。

 そして、魔法が無効化する事。それに対する対策もこなしてきた。
 前にジャイルズ先生と戦った時と全く同じ状況だ。ヴァレミー校長がファイヤピラーをリングの外に設置し、それに伴いリングの中は、どんどんと温度が上がっていく。
 このまま温度が上がっていって僕が汗をかき、リングを冷やされたらそれで終了だ。僕には打つ手が無くなる。かと言ってむやみに追いかけても捕まえきれない。

 でも、僕はこのまま負けるつもりはサラサラない。
 解説の席に座っているジャイルズ先生の方を見て、目が合い僕は頷く。
 見ていてください、これが僕の答えです。
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