剣も魔術も使えぬ勇者

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第4章「ヴェル魔法大会」

第18話「初めてのキス」

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 ヴェル魔法大会から3日経った。
 学園ではいまだ興奮冷めやらぬといった感じで、魔法大会の話で持ち切りだ。
 サラの5重魔法、学園長の観客席のバリア破壊。そしてシオンさんの優勝。
 他にもフルフルさんやアリアも話題になっていたりする。ちなみに勇者マスクマンの話題は殆どない、正体を隠してるから当然と言えば当然だけど。
 そのおかげで前にも増して教室を覗きに来る野次馬が増えた。授業中でもおかまいなしに来る連中も居る位だ。

 放課後になるとサラはフルフルさんと残って学生のみならず、教師にも5重魔法を教えているそうだ。今まで自分の練習に手伝ってくれた人たちへの恩返しだそうだ。
 アリアも剣を教えるために残っている。シオンさんが居ない間は、彼女かリンしか教えれる人が居ないからだ
 そしてリンはと言うと、イルナちゃんと遊びに出かけている。2日に1回の頻度でお子様たちと遊んでいる、勿論残りはアリアと一緒に生徒に剣を教えたりしている。
 前にサラが「リンは獣人だからって理由で、遊んでくれる子が私以外居なかったから。その反動で今は遊ぶことに夢中になってるんじゃないかしら」と苦笑気味に言っていた。
 もうそろそろ卒業。そしたら冒険者に戻って遊んでる暇なんて無くなるかもしれない。なら今の内に目いっぱい遊ぶべきだと思う。それはサラとアリアにも言える事だけど。

 そして本日の放課後はサラ、フルフルさん、アリアは学園に残り、イルナちゃんとリンは遊びに行っている。
 僕は「最近洗濯物が溜まって来たから、一度洗っておきたいので」と言って宿に戻って来た。
 洗濯物が溜まっているのは事実だけど、実はもう一つ理由がある。

 『月刊マッスル~素手は男の美学~』
 登校途中に、本屋でこれを売られていたのが目に入った。
 一人になった帰りにこっそりと見に行ったが、これが予想通りの物だった。
 そう。素手で戦うための武術等が図解付きで記載されているのだ。
 『混沌』を使うと、どうしても武器が使えなくなり徒手空拳での戦いになる。
 今の僕の戦いでは、力任せに突進するしか出来ず、技量の高い相手には太刀打ちできないことが多い。実際にシオンさんと模擬戦をしてもらった事があるけど僕の攻撃が一度も当たった試しがない。
 がむしゃらに戦うのではなく、ちゃんとした戦いを覚えないとせっかくの力も無駄になってしまうかもしれない。この先何があるか分からないんだから、備えておくに越したことはない。


 ☆ ☆ ☆


「ふむふむ、なるほどね」

 急いで洗濯物を洗うと、部屋で本に載っている型を練習。
 相手が獣型のモンスターか、人型のモンスターか、人間か、武器を持っているか魔法を使うか等の状況別で戦い方が書いてあって凄く便利だ。
 そして男のマッスルトレーニング。「ムキムキになったキミの笑顔で、どんな女もイチコロさ」謳い文句通りにどんな女の子もイチコロかは分からないけど、筋肉が付くのは良い事だ。
 冒険者をやっていれば体力が資本になる。そのためのトレーニング。この本に出会えたことを感謝しなきゃ。
 しばらく本を読みながら色々とトレーニングを試みた。気づけば結構な時間が経っていたのか、扉がガチャと開く音でその事に気付いた。

「おかえり」

「ただいま」

 アリアが一人で帰って来た。
 彼女の荷物は装備位で、そのまま自分のベッドの近くにポイっと投げ捨てるような感じで置いた。
 まだサラとリンが帰って来て居ないから、夕飯までには時間はある。もう少しトレーニングを続けようかな。
 
 僕のトレーニングの様子をアリアはいつもの無表情でジーッと見ている。人に見られながらって何か恥ずかしくてやりにくい。
 それでも続けていると近づいて来たアリアが本と僕を見比べて、またジーッと見ている。僕の動きに合わせてアリアが頭を動かす。
 うん、すごくやりづらい。

「どうしたの?」

「聞きたい事がある」

 なるほど。僕がトレーニング中だったから終わるのをちゃんと待っていたわけか。
 別に声をかけてくれても良かったのに。

「何かな?」

 しかし急になんだろう? 僕がトレーニングを急に始めた理由かな?
 それとも『混沌』の事かな? まだ彼女達にも『混沌』の説明はしていない。せめて学園を卒業するまでは秘密にしておこうかなと思っている。彼女達がつい口を滑らせてしまう可能性も有るから。

「エルクはキスした事、ある?」

 んんんん!?
 急に何を言い出してるのかなこの子は!?
 いや、アリアの方が年上だからこの子扱いはダメか。

 キキキキスですか、ど、どうだったかな~? う~ん、したこと有るような無いような、どっちだったかな~?
 ごめんなさい、嘘です。無いです、女の子とまともに手をつないだことも無いです。いやローズさんに補助魔法をかけてもらった時に手をつないだから、手をつないだことはあるか。これは手をつないだにカウントして良いよね? 良いよね?

「手をつないだことはあるけど、キスした事は無いかな」

 うん。手をつないだことあるよ! キスはまだだけどね!
 べ、別に動揺してないし!

「そっか」

 あの、アリアさん?
 何で僕の頭を右手でガチッと捕まえてるんですか?
 左手を背中に回された瞬間に、思い切りホールドされて彼女と僕の体が接触し、その豊胸で柔らかな胸が僕の胸板に当たる。
 完全に身動きが取れない状態にされた。

「アリアさん?」

 思わずさん付け。
 そのままアリアは無表情のまま僕に顔を近づけてくる。何かの冗談だよね?

 そして僕らはキスをした。
 
 理解が追いつかない。
 キスをしたか聞かれ、そしていきなりキスをされた。
 もがこうにも完全に体はロックされてもがけない。いや、もしロックされていなくても僕は抵抗しなかっただろう。
 
 シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”
 凄く下品な音がした。麺類を思い切り吸い込むような、そんな音だ。
 キスをしたままアリアが吸い込んでくるのだ。なんで!?
 そういえばキスされた勢いで、つい目を閉じてしまったけど、目は開けたほうが良いのかな? スクール君に女の子とキスの仕方を聞いておくべきだった。
 そっと目を開けてみると、アリアが無表情のまま僕を見つめている。いやいや、それ怖いから!
 せっかくのキスが台無しになってるから! ムードもへったくれもない。
 その後、アリアが満足するまで解放されることは無かった。

「どうだった?」

「その、結構なお手前で」

 「急にどうしたの」と言おうと思ったけど、アリアの顔を見ると気恥ずかしくなってしまい、目を逸らして意味不明な返事をしてしまった。

「うん」

 無表情ながらも満足気に頷いているアリア。まだ頭が追いつかなくてツッコミが入れれない。
 キスをしてきたという事は、アリアは僕の事が好きだからキスをしたという事だよね?
 これで「罰ゲームでエルクとキスする事になった」と言われたら凹む。むしろ凹むだけじゃ済まないかもしれない。

「あ、あのさ」

「なに?」

 心臓がバクバクする。「キスしたって、もしかして僕の事好き?」と聞くだけなのに。
 これが恋する乙女の気持ちと言う奴か。目線が合うとついアリアの唇を見てしまう。ダメだ、見てるともう一度したいなんて思ってしまう。
 そういえば僕、今朝ちゃんと歯を磨いたっけ? 違う、それも大事だけど聞かなきゃ。僕の事が好きだからしてくれたのか。

「そのさ、キスしたのって……もしかして僕の事好きだから?」

「うん」

 即答だった。
 彼女は何の迷いもなく、恥じらうわけでもなく。真っ直ぐ僕の目を見て「うん」と頷いた。
 あまりにも真っ直ぐなその返事に、照れてしまう。多分今の僕は顔を真っ赤にしながら、すごく気持ち悪い笑顔をしているんだろうな。自分でもわかる。
 後頭部を掻きながら「えへへ」と笑う自分と鏡越しに目が合った。確かに鏡の中にいるソイツは凄く気持ちが悪かった。

「リンとサラも好き」

「えっ……」

 それってどういう事?
 そう言葉を続ける前に、バンと勢いよくドアが開けられた。

「ただいまです」

「ただいま」

 帰り道、たまたま一緒になったのだろうか?
 サラとリンが一緒に帰って来た。だが今はそんな事はどうでも良い。
 二人が帰ってきたことに気付き、立ち上がったアリアを見て僕は理解した。これはヤバイ事になる。

「サラ、リン、逃げて!」

 二人が「えっ?」と驚く、そして一瞬の出来事だった。
 左腕でリンを抱きかかえるようにホールドし、右手はリンの頭をガチっと掴んで固定している。

「アリア、どうしたで、んんんんん?」

 そして彼女達はキスをした。(遠い目)
 シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”
 凄く下品な音が響いた。麺類を思い切り吸い込むような、そんな音だ。
 リンにキスをしたままアリアが吸い込んでいるのだ。
 
「んんん、ぬぬんんんん」

 アリアに抱きかかえられ、地に着かない足を思い切りバタつかせている。
 瞬き一つせず、ジーッとリンを見つめている。傍目から見てもこれは怖い。一種のホラーだ。

「な、なにをやっとんじゃワレェ!」

 やっと頭が追いついたサラのパンチ。そのパンチは補助魔法の効果を得て、彼女のようなか弱い魔術師からは想像の出来ない程の威力を誇る。
 アリアのみぞおちにキレイに入り、衝撃に備えていなかった彼女は「グフッ」と息を吐いて地に伏せた。
 力が抜けた一瞬の隙に、スルリとアリアの腕から抜けだしたリンは、一目散に僕の背中に隠れるように逃げて来た。
 背中に必死にしがみつく彼女は、目に涙を浮かべながら少し震えている。確かにあれは怖い、さっき僕もやられたからわかる。


 ☆ ☆ ☆


「で、これは一体どういう事?」

 その後、なおも縋ろうとするアリアを止めて。一旦落ち着かせ、今は床に正座をさせている。
 アリアは無表情のまま首を少し傾げて、頭には「???」が浮かんでいる。そんなアリアを見てサラの表情が益々険しくなっていく。そして、何故か僕もアリアの横で正座をさせられている。ただのとばっちりだ。
 腕を組んで鬼のような形相で問い詰めるサラの後ろで、リンが恐る恐るという感じで小動物のように僕とアリアの様子を伺っている。 

「キスをした」

 あまりに簡潔すぎるアリアの説明。逆に理解が出来ない。

「そうね、キスしてたわね。なんでキスをしたか答えなさい」

 サラはこめかみ辺りをピクピクとさせながらも、まだなんとか冷静だ。

「好きだから」

「好きだからキスをしたわけね。なるほどなるほど、それでアンタは何を吹き込んだの?」

 無実だ!
 思い切り首を横に振り、無実アピール。
 鼻同士がぶつかりそうな距離まで顔を近づけて、思い切りメンチ切って来るけど、断じて言おう。僕は無罪だ!
 怖くて何も言えなかったけど。

「ふぅん。アリア、アンタは誰に吹き込まれたの?」

「スクール」

 はっ?
 もしかして、アリアはスクール君とキスしたと言う事か?
 
「スクールが女の子とキスしてたの見かけた、そしたら『好きな人同士はキスするものさ』って言ってた」

 あぁ、女の子とスクール君がキスしてたのをアリアが目撃しただけか。
 それで本気かごまかしか知らないけど「好きな人同士はキスするものさ」と彼女に言ったわけね。
 なるほど、それなら彼も無罪だ。死刑は決定のようだけど。


 ☆ ☆ ☆


 アリアに植え付けられた認識をどうにかするために、サラがキスについて説明している。
 と言っても、アリアは何を言われても頭に「???」を浮かべて頷くだけだ。
 好きだからキスをする。確かに間違ってはいないし、なんでダメか説明しろと言われても難しい。

「良い? キスってのは相手に確認取らないとダメなのよ?」

「なんで?」

「相手が好きじゃなかったらどうするのよ」

 アリアは顎に手をやり、サラの言葉の意味を考えているようだ。
 そして目を見開き、いつもの無表情で涙を流し始めた。

「エルクとリンは、私の事嫌いだった?」

 涙を流しながら、僕とリンを交互に見てくるアリア。

「嫌いじゃないよ!」

「リンも嫌いじゃないです!」

「じゃあ好き?」

「えっと……」

「それはです……」

「やっぱり嫌いなんだ」

 完全に泣きに入ってしまった。
 どうしようもなくサラに助けを求めてみるが、思い切り目を逸らし下手な口笛を吹いて誤魔化している。ダメだ役に立たない。

「好きだよ、僕はアリアの事大好きだよ!」

「勿論リンもアリアが大好きです!」

「良かった」

 僕らの「大好き」に安心して、すぐに泣き止み。そのままガタッと立ち上がろうとするアリアを取り押さえる。
 待った待った。そのまま立ち上がって何するつもりかな?
 さっきからこんな感じで堂々巡りだ。

「そ、そうだ。キスはあれよ、将来を誓い合った仲。結婚する相手じゃないとしちゃだめなの!」

 そうそう、誓いのキス! 多分そんな感じ!

「そっか」

 どうやら納得してくれたようだ。
 ちょっと悲しそうだけど仕方ない。街中とか所かまわずキスされては困るしね。
 いや、僕としてはアリアとキスするのはやぶさかではないんだけどね!

「じゃあ、私もうキス出来ない」

 いやいや、アリアくらい可愛くて強ければ嫁の貰い手なんて引く手数多だろ。
 
「別に、アンタなら結婚したいって男がワラワラ寄ってくるでしょ」

「結婚したらダメだって言われてる」

 結婚したらダメって、どんな厳しい家庭なんだ?
 もしかしてアリアも実はお嬢様なのか?

「ダメって誰によ?」

「シスターに言われた」
 
 シスター?
 確か教会で務めるシスターは処女じゃないといけないとかなんとか言ってたっけ。実際はそんなの建前でしかなく普通に夫婦で働いている人も多いけど。
 冒険者になる前、彼女は教会に勤めていたと言う事か?

「シスターって、アンタの家系って教会の関係者なの?」

 予想外の答えに、きょとんとした表情になるサラ。
  
「ううん。私は生まれた時に教会の前で捨てられてたから、家族は居ない」

 いつもの無表情、そして何でもないような軽い感じで重い爆弾発言が飛び出した。
 彼女は孤児だったのか。

「この前皆とお風呂に入った時、教会の皆とお風呂に入った事を思い出した」

 お、おう。ホームシックかな?

「教会の皆好きだったけど、キスしてあげられなかったから。エルク達にはキスしてあげようと思った。好きだから」

 なるほどなるほど。
 重すぎる。流石に重すぎる。
 もうそれならキスの一つや二つ位してあげても良いじゃない。本人が喜ぶならそれくらいしてあげても良いんじゃない?
 何なら嬉しがってる振り位してあげても良いじゃないか。

 僕がサラをジッと見つめると、彼女は思い切り後ろを振り返り目を逸らした。
 しかしサラの後ろには、リンが先ほどから待機している。サラの振り返った先でリンがジーッと見つめる。

「あーもう、わかった、わかったわよ。その代わり二人が居ない場所、そうねお風呂でキスするわよ。それで良いでしょ?」

「でも、私」

「良いからするの、私がアリアとキスしたいの。文句ある?」

「ない」

 ズンズンとお風呂場に歩いて行くサラの後ろを、正座をしていて足が痺れたのかよたよたとした感じでアリアがついて行く。
 少しはにかんだ様な笑顔で「うん」と頷きながらお風呂場に入り、バタンとドアが閉められた。

 
 シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”


 ふぅ、これにて一件落着。
 リンはベッドに腰掛けて、自分の唇を弄りながら「初めてだったのにです」とちょっと不機嫌そうに舌打ちしている。怒りつつも照れてる様子か。
 とりあえず目線の高さが合うくらいまで屈んで、頭を撫でてあげる。
 その時、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。風呂場ではなく部屋の出入り口からだ。
 ドアまで歩いて行き、開けるとそこにはシオンさんが居た。

「シオンさん、ケガは大丈夫なんですか?」

「あぁ、心配かけたな。明日からはまた一緒に登校できるから、挨拶だけしておこうと思ってな」

 シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”

「ん?」

 あぁ、気にしないでください。

「とりあえず今日は挨拶に来ただけだ、また明日からよろしく頼む」

 シオンさんは体を強く打っただけで、それ以外は目立った外傷は無いらしい。
 なので明日から復帰するという話をしてくれたけど、どう考えても強く打っただけと言うレベルの高さじゃなかった気がする。

「んんんんんんん!!!」
 シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”シ”ュ”ル”

「はい。それでは明日いつもと同じ時間に」

「あ、あぁ」

 明日からはシオンさんも復帰か。また学園が騒がしくなりそうだ。
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