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第7章「旅の終わり」
第18話「罠」
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周りの状況を見る。
突然の僕の乱入に、街の人も、警備兵もポカーンと口を開けてただ見ているだけだ。
幸いにも警備兵の数も少ないが、ここでモタモタしていたら増援を呼ばれる可能性がある。逃げるなら今しかない。
振り返り、リンとティラさんに声をかける。
「リン、ティラさん。今の内に逃げるよ」
「逃げたいのは山々なのだが」
リンに肩を借り、ティラさんが起き上がろうとして、その場に崩れる。
リンは必死に支えようとするも、リンの小さな体では支えきれず、一緒にベチッと倒れた。
「逃げ出さないようにと、両足のアキレス腱が切られていてね。見ての通り悪いが立つ事すらままならなぬ状態だ」
額に脂汗を浮かべ、自らの状態を説明するティラさん。確かによく見ると足のかかと辺りが真っ赤に染まっている。
この前会った時、僕に対し座ったり寝転んだまま対応していたのはこのためか。それならその時に教えてくれていれば、もう少しはやりようがあったというのに。
「アリア達は居ないですか?」
「うん。ヴェルで待つように言ってあるんだ」
彼女達を危険な目に合わせないように、別行動にしたのが完全に裏目に出たか。
いや、例え分かっていても僕は別行動を選んでいただろうから、結果は変わらないか。
どうする。ここで僕がティラさんを抱える事は出来なくはないが、その為には『混沌』を解除しなければならない。もし『混沌』状態のまま、ティラさんを抱えれば数分もしない内に、ティラさんの命を危険に晒してしまうだろう。
だけど『混沌』を解除すれば、僕の能力が下がりこの場を切り抜ける事は出来ないだろう。僕の素の腕力ではティラさんを抱える事が精一杯だろう。一年近く必死に鍛えたつもりだけど、それでも冒険者として見れば並レベルだ。
上手くこの場を切り抜けたいところだけど、そうもいかないみたいだ。
「お前達、何をやってる! さっさと囲め!」
エルヴァンの叫び声に、兵士たちがハッとした感じで我に返り、あっという間に僕らは取り囲まれてしまった。
10人くらいの兵士が円状に僕らを取り囲み、その後ろにも兵士たちが待機している。
リンは剣を構え、ティラさんを守るように前に出る。僕はその後ろに回り込み、ティラさんを囲むようにする。
両手に握り拳を作り、いつ襲い掛かってきても良いように、ファイティングポーズを決める。
覚悟を決めてみたものの、兵士たちは僕らを取り囲んだまま、襲ってくる様子がない。時折、何かを気にする様に後ろをチラチラと見ている。
彼らの視線の先に居るのはエルヴァンだ。
エルヴァンは、そんな兵士たちの視線に目もくれず、気持ちの悪い笑みで、僕をニヤニヤと見ている。
あの目を僕は知っている。かつてエルヴァンが僕をいじめていた時に、「これからどう虐めるか」と悪巧みをしている時の目だ。
エルヴァンは僕を虐める時は、いつもすぐに手を出さなかった。目の前で刃物の切れ味を試したり、当たらないように魔法を打ったりして、とにかく怖がらせてから虐めるのが彼のやり方だ。
つまり、兵士たちをすぐに襲い掛からせないのは、これから何をされるか不安になり、怖がる僕の様子を楽しむためだろう。
すぐに襲われないのは良いけど、『混沌』には時間制限がある。このまま何もされない方が、僕としては辛い。
かといって、僕から手を出しに行けばティラさんの守りが薄くなってしまう。兵士たちの実力がどの程度のものかは分からないけど、リン1人でどうにかなる人数ではない。
このままでは拉致があかないな。
どうする。ここで破れかぶれで突進するか、でもそうすればリンとティラさんが……いや、もう既にどうにもならない状況になっているんだ。覚悟を決めるべきか。
リン。ごめん。アレだけ啖呵をきっておいて、ただ危険に巻き込む形になって。
ティラさんを助け出す事は多分無理だろう。だから、せめてリンだけでも助ける。この命に変えても。
僕が腰を軽く落とし、飛びかかろうとした時、目の前の兵士が突き飛ばされ、よろけた。
兵士はよろけた勢いのまま、隣の兵士にぶつかり、体勢を立て直す。
兵士はよろけさせた相手に、怒りの感情をぶつけようとするが、その人物を見て黙った。その相手とは、サラだったからだ。
突き飛ばした理由は、こちらに向かって来る際に、僕の前に居る兵士が通行の邪魔だったからだろう。いくら邪魔でも、避けようともせず突き飛ばすのはやりすぎじゃないかな。
兵士たちの視線を受けながら、真っ直ぐに、そして静かに僕の前まで歩いてきた。普段の彼女なら真っ先に手が出るはずなのに、アリアのような無表情を浮かべながら、怒鳴り声ひとつせずに。
これはアレだな。完全にキレてるってやつだな。
サラの中で、怒りの頂点を突破してしまい、一周して冷静になってしまったのだろう。ははっ、普段のキレてる時よりも数倍怖い。
待てよ。だけど、冷静になってるなら、説得のチャンスもあるんじゃないか?
ティラさんについて、リンは何か知っているのだろう。それを伝えればサラも考え直してくれるかもしれない。
サラが言えば、処刑だって中断できる可能性も有る。
よし、希望が見えてきたぞ。
サラに近づき話しかける。
「サラ、実は……」
「コロス」
ゾクッと悪寒が走り、とっさに避けた。
後ろにステップすると、サラは僕がいた場所に、ノーモーションで剣を振り下ろしていた。今の剣速を見る限り、サラは身体強化魔法を既にかけてあるみたいだな。
初撃はなんとか避けれたけど、無理に避けたせいで一瞬体勢が崩れた。
すぐさま僕の元に距離を詰め、剣を振り上げるのをみて、もう一度バックステップ。
全く誰だ、サラが冷静になったって言った奴。こっちの言葉に反応すらしてくれてないじゃないか!
「ぐあっ!」
何かを踏みつけ、足にぐにっとした感覚とともに、ティラさんの苦痛の声が聞こえた。見ると後ろ足でティラさんの指を踏みつけてしまっていた。
しまった。気づけばティラさんの前まで下がっていたのか。ここで避ければ、サラの剣はティラさんに当たってしまう。
もう一か八かだ。サラの剣を受け止めよう。もし掴めれば、サラの剣を腐らせ壊すことが出来る。最悪、僕なら当たっても胴体が真っ二つになる事はないはずだ。
「あっ……」
サラが振り上げた剣を受けようとした手を、僕は咄嗟に半歩ほど前に、前のめりになりながら手を伸ばす。
伸ばした手はサラの顔に向かって。そのまま横を抜ける。
「いっつっ」
僕の左肩に激痛が走る。
サラの振り下ろした剣は、僕の左肩に刺さっている。
前のめりになったおかげで、十分な間合いが取れなかったのか。それともサラが力を緩めてくれたのかは分からないけど、僕の左肩に振り下ろされた剣は体を真っ二つにする事なく、骨に少し食い込んだ程度で止まっている。
半歩ほど前に出たせいで、サラとの顔の距離が近い。サラは僕を見ているが、僕はサラの後ろに向かって睨みつける。
「どういう事だ」
僕の行動に、疑問を思ったのかサラが首だけで後ろを振り返り、驚きの声をあげた。
「えっ……」
僕の伸ばした手は、サラの顔の横を抜け、サラめがけて剣を振り下ろした兵士の剣を捕らえていた。
「今のは、僕じゃなくサラを狙っただろ?」
僕の質問に対し、返ってきたのは短い舌打ちだった。
兵士は力づくで、僕の手から剣を抜こうするが、ビクともしない事に腹を立てたのか、もう一度小さい舌打ちをしながらサラの背中に蹴りを入れた。
軽い悲鳴をあげたサラが、蹴られた勢いで僕の胸に飛び込む。
持っていた剣が、カランと音を立て落ちるが、彼女は拾おうとせず、兵士を見ている。とりあえず、今すぐ僕に襲いかかる様子はない。
サラから視線を外し、僕はエルヴァンに睨みつける。
「なぜサラを狙った?」
「なぜって?」
ニヤニヤしているエルヴァンとリリアが、ついに堪えきれなかったと言わんばかりに爆笑を始める。
「そんなの決まっているだろ。殺人誘拐その他諸々の罪を犯し。あろう事かその罪を実の父親に被せ、処刑した大罪人サラ=レイアを捕らえるためさ」
「コワーイ。実の父親に罪を被せて、しかも逃げられないように、アキレス腱を切った上に処刑しようだなんて、とてもじゃないけどマネ出来ないわ」
エルヴァンはリリアがゲラゲラと笑いながら、なおも続ける。
「……どういう事?」
サラが力なく呟く。
その声はか細く、エルヴァン達の耳には届かない。
エリヴァンとリリアのわざとらしい会話に、兵士たちもニヤニヤしているのを見ると彼らのグルなのだろう。
「ふんっ、いつまでやっておる。早くそいつらを捕らえよ」
肥太った男の、少し苛立った声に反応し、先ほどから居た兵士だけでなく、観衆の一部も次々と武器を構えて僕らを囲み込む。
「良いのかエルヴァン。大勢の前でこんれだけ派手にやって、お前達だってただじゃ済まないはずだぞ」
「はっ、バカが。今日ここでは処刑しか行われなかった。それ以外の目撃も証拠も見つかりやしないさ。そうだな、もし変な噂を流そうとするなら」
エルヴァンが指を鳴らすと、遠くで悲鳴が上がり、悲鳴が上がった場所で少し遅れて更に大きな悲鳴が上がった。
声のした方を見ると、人が斬られ、倒れているのが見える。
「今みたいな目に合うだけだ。家族もろともな。あぁそれと、今この場から逃げても同じ目に合わせるだけだ。周りをよく見てみろ」
気づけば観衆達も、武器を持った人たちに囲まれていた。
「お前らは終わった後にこう言えば良いんだ。『大罪人サラとその仲間が処刑場で暴れてました』とだけな」
あまりに用意周到すぎる。
僕らは、完全にハメられたという事か。
でも一体どこからがアイツラの計画で、いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。状況はさっきよりも遥かに悪化している。
「やれ」
エルヴァンのその一言で、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
とりあえず手近にいる兵士を殴ってみると、そのまま後方へ吹き飛び、周りを巻き込んで盛大に転んでくれた。
あれ。思ったよりも弱い。
動きがなんというか、素人同然だ。もしタイマンだったなら、素の状態でも勝てそうな位だ。
とはいえ、数が多いのは厄介だ。
そろそろ『混沌』を一旦解いてから、かけ直さないと僕の活動限界に達してしまう。でも絶え間なく襲いかかってくる兵士達を前に、一瞬たりとも気を抜けないし。
「お前らはバカか、そいつらはティラを庇ってるんだ。それならティラを狙っていけば良いだろ」
「……ッ! やめるです!」
リンが叫ぶ。
叫び声の後に、パァンと轟音が一つ鳴り響いた。
聞き慣れない音に、一瞬動きが止まった。それは僕も兵士も、その場にいた観衆も含めて全員がだ。
胸に小さい穴を空け、穴が空いてることに気付き兵士がうずくまった。
「おい。どうし……」
うずくまる兵士に駆け寄ろうとした他の兵士達の首が、一斉にポーンと飛んでいく。
「ぎゃー」
今度は叫び声と共に、空中から巨大な岩が兵士たちの頭上に降り注ぐ。
兵士たちが一斉に頭上を見上げる。上を見ると無数の岩が空にあるのが見える。
「あっ……」
頭上に気を取られた兵士たちの首が、次々と飛んでいく。
仲間の首が飛ぶ様子をみて叫べば、今度は頭上から岩が落ちてくる。
そして、聞き慣れない破裂音がしたと思えば、誰かの体に穴が空く状況だ。
完全にパニックを起こした兵士と観衆たちが、素っ頓狂な叫び声を上げながら逃げ惑う。
全く、巻き込まないように頑張って言いくるめたのに。
首を跳ねながら、アリアが近づいてくるのが見えた。
「アリア。なんでここに居るのか聞いて良い?」
近くにきたアリアに問いただす。
危険な目に合わせないために、ヴェルで待っててと言ったのに。
対してアリアの反応は冷ややかだ。いつもの無表情で。
「エルクの嘘つき」
と一言言っただけで、僕の質問には答えず、そっぽを向いて首刈りをしている。
サラといいアリアといい、今日は誰も僕の話を聞いちゃくれないね。
「エルク。助けにきたよ」
「あっ、サラちゃんとリンちゃんだ」
アリアだけじゃなく、フレイヤやレッドさんまで居るのか。
アリアが居る時点で予想はしてたけどさ。
「エルク。何か言う事はない?」
そうだね。ここは素直に。
「ありがとう」
「うん」
さぁ、反撃と行こうか。
突然の僕の乱入に、街の人も、警備兵もポカーンと口を開けてただ見ているだけだ。
幸いにも警備兵の数も少ないが、ここでモタモタしていたら増援を呼ばれる可能性がある。逃げるなら今しかない。
振り返り、リンとティラさんに声をかける。
「リン、ティラさん。今の内に逃げるよ」
「逃げたいのは山々なのだが」
リンに肩を借り、ティラさんが起き上がろうとして、その場に崩れる。
リンは必死に支えようとするも、リンの小さな体では支えきれず、一緒にベチッと倒れた。
「逃げ出さないようにと、両足のアキレス腱が切られていてね。見ての通り悪いが立つ事すらままならなぬ状態だ」
額に脂汗を浮かべ、自らの状態を説明するティラさん。確かによく見ると足のかかと辺りが真っ赤に染まっている。
この前会った時、僕に対し座ったり寝転んだまま対応していたのはこのためか。それならその時に教えてくれていれば、もう少しはやりようがあったというのに。
「アリア達は居ないですか?」
「うん。ヴェルで待つように言ってあるんだ」
彼女達を危険な目に合わせないように、別行動にしたのが完全に裏目に出たか。
いや、例え分かっていても僕は別行動を選んでいただろうから、結果は変わらないか。
どうする。ここで僕がティラさんを抱える事は出来なくはないが、その為には『混沌』を解除しなければならない。もし『混沌』状態のまま、ティラさんを抱えれば数分もしない内に、ティラさんの命を危険に晒してしまうだろう。
だけど『混沌』を解除すれば、僕の能力が下がりこの場を切り抜ける事は出来ないだろう。僕の素の腕力ではティラさんを抱える事が精一杯だろう。一年近く必死に鍛えたつもりだけど、それでも冒険者として見れば並レベルだ。
上手くこの場を切り抜けたいところだけど、そうもいかないみたいだ。
「お前達、何をやってる! さっさと囲め!」
エルヴァンの叫び声に、兵士たちがハッとした感じで我に返り、あっという間に僕らは取り囲まれてしまった。
10人くらいの兵士が円状に僕らを取り囲み、その後ろにも兵士たちが待機している。
リンは剣を構え、ティラさんを守るように前に出る。僕はその後ろに回り込み、ティラさんを囲むようにする。
両手に握り拳を作り、いつ襲い掛かってきても良いように、ファイティングポーズを決める。
覚悟を決めてみたものの、兵士たちは僕らを取り囲んだまま、襲ってくる様子がない。時折、何かを気にする様に後ろをチラチラと見ている。
彼らの視線の先に居るのはエルヴァンだ。
エルヴァンは、そんな兵士たちの視線に目もくれず、気持ちの悪い笑みで、僕をニヤニヤと見ている。
あの目を僕は知っている。かつてエルヴァンが僕をいじめていた時に、「これからどう虐めるか」と悪巧みをしている時の目だ。
エルヴァンは僕を虐める時は、いつもすぐに手を出さなかった。目の前で刃物の切れ味を試したり、当たらないように魔法を打ったりして、とにかく怖がらせてから虐めるのが彼のやり方だ。
つまり、兵士たちをすぐに襲い掛からせないのは、これから何をされるか不安になり、怖がる僕の様子を楽しむためだろう。
すぐに襲われないのは良いけど、『混沌』には時間制限がある。このまま何もされない方が、僕としては辛い。
かといって、僕から手を出しに行けばティラさんの守りが薄くなってしまう。兵士たちの実力がどの程度のものかは分からないけど、リン1人でどうにかなる人数ではない。
このままでは拉致があかないな。
どうする。ここで破れかぶれで突進するか、でもそうすればリンとティラさんが……いや、もう既にどうにもならない状況になっているんだ。覚悟を決めるべきか。
リン。ごめん。アレだけ啖呵をきっておいて、ただ危険に巻き込む形になって。
ティラさんを助け出す事は多分無理だろう。だから、せめてリンだけでも助ける。この命に変えても。
僕が腰を軽く落とし、飛びかかろうとした時、目の前の兵士が突き飛ばされ、よろけた。
兵士はよろけた勢いのまま、隣の兵士にぶつかり、体勢を立て直す。
兵士はよろけさせた相手に、怒りの感情をぶつけようとするが、その人物を見て黙った。その相手とは、サラだったからだ。
突き飛ばした理由は、こちらに向かって来る際に、僕の前に居る兵士が通行の邪魔だったからだろう。いくら邪魔でも、避けようともせず突き飛ばすのはやりすぎじゃないかな。
兵士たちの視線を受けながら、真っ直ぐに、そして静かに僕の前まで歩いてきた。普段の彼女なら真っ先に手が出るはずなのに、アリアのような無表情を浮かべながら、怒鳴り声ひとつせずに。
これはアレだな。完全にキレてるってやつだな。
サラの中で、怒りの頂点を突破してしまい、一周して冷静になってしまったのだろう。ははっ、普段のキレてる時よりも数倍怖い。
待てよ。だけど、冷静になってるなら、説得のチャンスもあるんじゃないか?
ティラさんについて、リンは何か知っているのだろう。それを伝えればサラも考え直してくれるかもしれない。
サラが言えば、処刑だって中断できる可能性も有る。
よし、希望が見えてきたぞ。
サラに近づき話しかける。
「サラ、実は……」
「コロス」
ゾクッと悪寒が走り、とっさに避けた。
後ろにステップすると、サラは僕がいた場所に、ノーモーションで剣を振り下ろしていた。今の剣速を見る限り、サラは身体強化魔法を既にかけてあるみたいだな。
初撃はなんとか避けれたけど、無理に避けたせいで一瞬体勢が崩れた。
すぐさま僕の元に距離を詰め、剣を振り上げるのをみて、もう一度バックステップ。
全く誰だ、サラが冷静になったって言った奴。こっちの言葉に反応すらしてくれてないじゃないか!
「ぐあっ!」
何かを踏みつけ、足にぐにっとした感覚とともに、ティラさんの苦痛の声が聞こえた。見ると後ろ足でティラさんの指を踏みつけてしまっていた。
しまった。気づけばティラさんの前まで下がっていたのか。ここで避ければ、サラの剣はティラさんに当たってしまう。
もう一か八かだ。サラの剣を受け止めよう。もし掴めれば、サラの剣を腐らせ壊すことが出来る。最悪、僕なら当たっても胴体が真っ二つになる事はないはずだ。
「あっ……」
サラが振り上げた剣を受けようとした手を、僕は咄嗟に半歩ほど前に、前のめりになりながら手を伸ばす。
伸ばした手はサラの顔に向かって。そのまま横を抜ける。
「いっつっ」
僕の左肩に激痛が走る。
サラの振り下ろした剣は、僕の左肩に刺さっている。
前のめりになったおかげで、十分な間合いが取れなかったのか。それともサラが力を緩めてくれたのかは分からないけど、僕の左肩に振り下ろされた剣は体を真っ二つにする事なく、骨に少し食い込んだ程度で止まっている。
半歩ほど前に出たせいで、サラとの顔の距離が近い。サラは僕を見ているが、僕はサラの後ろに向かって睨みつける。
「どういう事だ」
僕の行動に、疑問を思ったのかサラが首だけで後ろを振り返り、驚きの声をあげた。
「えっ……」
僕の伸ばした手は、サラの顔の横を抜け、サラめがけて剣を振り下ろした兵士の剣を捕らえていた。
「今のは、僕じゃなくサラを狙っただろ?」
僕の質問に対し、返ってきたのは短い舌打ちだった。
兵士は力づくで、僕の手から剣を抜こうするが、ビクともしない事に腹を立てたのか、もう一度小さい舌打ちをしながらサラの背中に蹴りを入れた。
軽い悲鳴をあげたサラが、蹴られた勢いで僕の胸に飛び込む。
持っていた剣が、カランと音を立て落ちるが、彼女は拾おうとせず、兵士を見ている。とりあえず、今すぐ僕に襲いかかる様子はない。
サラから視線を外し、僕はエルヴァンに睨みつける。
「なぜサラを狙った?」
「なぜって?」
ニヤニヤしているエルヴァンとリリアが、ついに堪えきれなかったと言わんばかりに爆笑を始める。
「そんなの決まっているだろ。殺人誘拐その他諸々の罪を犯し。あろう事かその罪を実の父親に被せ、処刑した大罪人サラ=レイアを捕らえるためさ」
「コワーイ。実の父親に罪を被せて、しかも逃げられないように、アキレス腱を切った上に処刑しようだなんて、とてもじゃないけどマネ出来ないわ」
エルヴァンはリリアがゲラゲラと笑いながら、なおも続ける。
「……どういう事?」
サラが力なく呟く。
その声はか細く、エルヴァン達の耳には届かない。
エリヴァンとリリアのわざとらしい会話に、兵士たちもニヤニヤしているのを見ると彼らのグルなのだろう。
「ふんっ、いつまでやっておる。早くそいつらを捕らえよ」
肥太った男の、少し苛立った声に反応し、先ほどから居た兵士だけでなく、観衆の一部も次々と武器を構えて僕らを囲み込む。
「良いのかエルヴァン。大勢の前でこんれだけ派手にやって、お前達だってただじゃ済まないはずだぞ」
「はっ、バカが。今日ここでは処刑しか行われなかった。それ以外の目撃も証拠も見つかりやしないさ。そうだな、もし変な噂を流そうとするなら」
エルヴァンが指を鳴らすと、遠くで悲鳴が上がり、悲鳴が上がった場所で少し遅れて更に大きな悲鳴が上がった。
声のした方を見ると、人が斬られ、倒れているのが見える。
「今みたいな目に合うだけだ。家族もろともな。あぁそれと、今この場から逃げても同じ目に合わせるだけだ。周りをよく見てみろ」
気づけば観衆達も、武器を持った人たちに囲まれていた。
「お前らは終わった後にこう言えば良いんだ。『大罪人サラとその仲間が処刑場で暴れてました』とだけな」
あまりに用意周到すぎる。
僕らは、完全にハメられたという事か。
でも一体どこからがアイツラの計画で、いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。状況はさっきよりも遥かに悪化している。
「やれ」
エルヴァンのその一言で、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
とりあえず手近にいる兵士を殴ってみると、そのまま後方へ吹き飛び、周りを巻き込んで盛大に転んでくれた。
あれ。思ったよりも弱い。
動きがなんというか、素人同然だ。もしタイマンだったなら、素の状態でも勝てそうな位だ。
とはいえ、数が多いのは厄介だ。
そろそろ『混沌』を一旦解いてから、かけ直さないと僕の活動限界に達してしまう。でも絶え間なく襲いかかってくる兵士達を前に、一瞬たりとも気を抜けないし。
「お前らはバカか、そいつらはティラを庇ってるんだ。それならティラを狙っていけば良いだろ」
「……ッ! やめるです!」
リンが叫ぶ。
叫び声の後に、パァンと轟音が一つ鳴り響いた。
聞き慣れない音に、一瞬動きが止まった。それは僕も兵士も、その場にいた観衆も含めて全員がだ。
胸に小さい穴を空け、穴が空いてることに気付き兵士がうずくまった。
「おい。どうし……」
うずくまる兵士に駆け寄ろうとした他の兵士達の首が、一斉にポーンと飛んでいく。
「ぎゃー」
今度は叫び声と共に、空中から巨大な岩が兵士たちの頭上に降り注ぐ。
兵士たちが一斉に頭上を見上げる。上を見ると無数の岩が空にあるのが見える。
「あっ……」
頭上に気を取られた兵士たちの首が、次々と飛んでいく。
仲間の首が飛ぶ様子をみて叫べば、今度は頭上から岩が落ちてくる。
そして、聞き慣れない破裂音がしたと思えば、誰かの体に穴が空く状況だ。
完全にパニックを起こした兵士と観衆たちが、素っ頓狂な叫び声を上げながら逃げ惑う。
全く、巻き込まないように頑張って言いくるめたのに。
首を跳ねながら、アリアが近づいてくるのが見えた。
「アリア。なんでここに居るのか聞いて良い?」
近くにきたアリアに問いただす。
危険な目に合わせないために、ヴェルで待っててと言ったのに。
対してアリアの反応は冷ややかだ。いつもの無表情で。
「エルクの嘘つき」
と一言言っただけで、僕の質問には答えず、そっぽを向いて首刈りをしている。
サラといいアリアといい、今日は誰も僕の話を聞いちゃくれないね。
「エルク。助けにきたよ」
「あっ、サラちゃんとリンちゃんだ」
アリアだけじゃなく、フレイヤやレッドさんまで居るのか。
アリアが居る時点で予想はしてたけどさ。
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「ありがとう」
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