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第2章 歪む因果・集う災厄
6. 時を喰らう者
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「ヒヒッ……。いい腕力だねぇ。でも、それじゃあ『結果』には届かないよ」
ねっとりとした声が、空間の歪みから響いた。盆地の中央、陽炎が揺らぐ場所に、その男は立っていた。全身に包帯を巻き、背中には巨大な「逆時計」のような円盤状の遺物を背負った男。《逆巻きのソルガ》。
彼の周囲だけ、時間の流れが完全に狂っている。舞い上がった砂塵が空中で静止し、あるいは逆流し、奇妙な渦を描いていた。
「あんたが『静寂』の旦那かい。噂通り、乱暴なご挨拶だ」
ソルガが指を鳴らすと、何度も殺されていた盗賊たちが、糸の切れた操り人形のようにパタリと倒れた。今度は起き上がらない。ソルガが「巻き戻し」をやめたからだ。盗賊たちは、自分が何度も死んだことすら知らず、ようやく訪れた死に安堵しているようにさえ見えた。
「俺の『時喰らいの反響』はね、過去の美味しいところだけを摘み食いするんだよ。傷ついた事実を食って、傷つく前の時間を吐き出す。だから、いくら殴っても無駄さ。あんたの暴力は、最初から『なかったこと』になる」
ソルガが挑発的に両手を広げる。グラードの瞳孔が、縦に裂けた獣の形へと変貌した。理屈などどうでもいい。目の前に「壊れない障害物」がある。それが不快でたまらない。
ドンッ! グラードが地面を蹴った。巨体が砲弾のように突っ込む。間合いを一瞬で詰め、戦斧を横薙ぎに振るう。必殺の一撃。岩山さえ砕くその威力が、ソルガの胴体を捉え──。
キィィィン……!
甲高い音が響き、斧はソルガの体をすり抜けた。いや、当たってはいる。当たった瞬間に、ソルガの体が「当たる前の位置」へズレたのだ。残像ではない。過去の位置情報への強制置換。
「くっ……痛ぇな! 記憶だけは残るんだよ、クソが!」
ソルガは冷や汗を流しながら、ニヤリと笑った。肉体は無傷だが、精神には「斧で断ち切られた激痛」が焼き付いている。だが、彼はその痛みさえ楽しんでいるようだった。
「なるほど、右からの水平斬りか。速度はコンマ二秒。予備動作なし……覚えたぜ」
グラードが再び同じ軌道で斧を振るう。ソルガは今度は動かなかった。ただ首を僅かに傾けただけで、斧の刃が鼻先を掠める。「見えている」のだ。何度も時間を戻して食らった攻撃だ。軌道もタイミングも、すでに学習済み。
ねっとりとした声が、空間の歪みから響いた。盆地の中央、陽炎が揺らぐ場所に、その男は立っていた。全身に包帯を巻き、背中には巨大な「逆時計」のような円盤状の遺物を背負った男。《逆巻きのソルガ》。
彼の周囲だけ、時間の流れが完全に狂っている。舞い上がった砂塵が空中で静止し、あるいは逆流し、奇妙な渦を描いていた。
「あんたが『静寂』の旦那かい。噂通り、乱暴なご挨拶だ」
ソルガが指を鳴らすと、何度も殺されていた盗賊たちが、糸の切れた操り人形のようにパタリと倒れた。今度は起き上がらない。ソルガが「巻き戻し」をやめたからだ。盗賊たちは、自分が何度も死んだことすら知らず、ようやく訪れた死に安堵しているようにさえ見えた。
「俺の『時喰らいの反響』はね、過去の美味しいところだけを摘み食いするんだよ。傷ついた事実を食って、傷つく前の時間を吐き出す。だから、いくら殴っても無駄さ。あんたの暴力は、最初から『なかったこと』になる」
ソルガが挑発的に両手を広げる。グラードの瞳孔が、縦に裂けた獣の形へと変貌した。理屈などどうでもいい。目の前に「壊れない障害物」がある。それが不快でたまらない。
ドンッ! グラードが地面を蹴った。巨体が砲弾のように突っ込む。間合いを一瞬で詰め、戦斧を横薙ぎに振るう。必殺の一撃。岩山さえ砕くその威力が、ソルガの胴体を捉え──。
キィィィン……!
甲高い音が響き、斧はソルガの体をすり抜けた。いや、当たってはいる。当たった瞬間に、ソルガの体が「当たる前の位置」へズレたのだ。残像ではない。過去の位置情報への強制置換。
「くっ……痛ぇな! 記憶だけは残るんだよ、クソが!」
ソルガは冷や汗を流しながら、ニヤリと笑った。肉体は無傷だが、精神には「斧で断ち切られた激痛」が焼き付いている。だが、彼はその痛みさえ楽しんでいるようだった。
「なるほど、右からの水平斬りか。速度はコンマ二秒。予備動作なし……覚えたぜ」
グラードが再び同じ軌道で斧を振るう。ソルガは今度は動かなかった。ただ首を僅かに傾けただけで、斧の刃が鼻先を掠める。「見えている」のだ。何度も時間を戻して食らった攻撃だ。軌道もタイミングも、すでに学習済み。
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