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第2章 歪む因果・集う災厄
5. 逆鳴きの地
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灰鏡塔を後にした二人が足を踏み入れたのは、すり鉢状に大地がえぐれた広大な盆地だった。逆鳴き盆地。ピクスは一歩足を踏み入れた瞬間、強烈な吐き気に襲われた。
「うっ、ぷ……。な、なんだよここ。気持ち悪ぃ……」
視界がぐにゃりと歪む。いや、ピクスの目が狂ったのではない。風景の挙動がおかしいのだ。風が前から吹いてきたと思った次の瞬間には、後ろへ吸い込まれていく。崩れ落ちた砂の斜面が、まるでビデオの巻き戻しのように、サラサラと音を立てて上へと駆け上がっていく。
「おい、グラード! やっぱ迂回しようぜ! ここは空気が腐ってる!」
ピクスは必死に叫ぶが、グラードは止まらない。彼の感覚器官は、この空間の異常性を「不快」とは感じていても、「脅威」とはみなしていない。ただ通り抜けるべき道としか見ていないのだ。
だが、その道はすでに何者かのテリトリーだった。
「ヒャハ! 獲物だ! 今日はツイてるぜ!」
岩陰から、ボロボロの装備を身に着けた盗賊の残党が数人、飛び出してきた。飢えた野犬のような目つき。彼らはグラードの巨躯を見ても怯まず、錆びた剣を振りかざして襲いかかってくる。
「……退け」
グラードは億劫そうに腕を振るった。『強制の静寂』が発動する。音もなく衝撃波が走り、先頭の盗賊が上半身を砕かれて吹き飛んだ──はずだった。
ザザッ、とノイズのような音がした。
次の瞬間。砕け散ったはずの血肉が、空中で停止し、凄まじい勢いで収束する。そして。
「──だ! 今日はツイてるぜ!」
盗賊は、無傷で立っていた。何事もなかったかのように、最初と同じ台詞を叫び、同じ軌道で剣を振りかざしてくる。
「は……?」
ピクスの思考が凍りつく。幻覚か? いや、違う。今、確かにこいつは死んだ。死んだはずなのに、「死ぬ数秒前」の状態へ因果ごと引き戻されたのだ。
グラードがわずかに眉をひそめる。彼は再び腕を振るった。今度はより速く、より重く。ドグシャァ! 盗賊は完全な肉塊と化した。だが、再びノイズが走る。肉塊がまた元の人の形へと戻り、「──てるぜ!」と叫んで突っ込んでくる。
無限ループ。あるいは、死の否定。殺しても殺しても、世界が「なかったこと」にしてしまう。
「うっ、ぷ……。な、なんだよここ。気持ち悪ぃ……」
視界がぐにゃりと歪む。いや、ピクスの目が狂ったのではない。風景の挙動がおかしいのだ。風が前から吹いてきたと思った次の瞬間には、後ろへ吸い込まれていく。崩れ落ちた砂の斜面が、まるでビデオの巻き戻しのように、サラサラと音を立てて上へと駆け上がっていく。
「おい、グラード! やっぱ迂回しようぜ! ここは空気が腐ってる!」
ピクスは必死に叫ぶが、グラードは止まらない。彼の感覚器官は、この空間の異常性を「不快」とは感じていても、「脅威」とはみなしていない。ただ通り抜けるべき道としか見ていないのだ。
だが、その道はすでに何者かのテリトリーだった。
「ヒャハ! 獲物だ! 今日はツイてるぜ!」
岩陰から、ボロボロの装備を身に着けた盗賊の残党が数人、飛び出してきた。飢えた野犬のような目つき。彼らはグラードの巨躯を見ても怯まず、錆びた剣を振りかざして襲いかかってくる。
「……退け」
グラードは億劫そうに腕を振るった。『強制の静寂』が発動する。音もなく衝撃波が走り、先頭の盗賊が上半身を砕かれて吹き飛んだ──はずだった。
ザザッ、とノイズのような音がした。
次の瞬間。砕け散ったはずの血肉が、空中で停止し、凄まじい勢いで収束する。そして。
「──だ! 今日はツイてるぜ!」
盗賊は、無傷で立っていた。何事もなかったかのように、最初と同じ台詞を叫び、同じ軌道で剣を振りかざしてくる。
「は……?」
ピクスの思考が凍りつく。幻覚か? いや、違う。今、確かにこいつは死んだ。死んだはずなのに、「死ぬ数秒前」の状態へ因果ごと引き戻されたのだ。
グラードがわずかに眉をひそめる。彼は再び腕を振るった。今度はより速く、より重く。ドグシャァ! 盗賊は完全な肉塊と化した。だが、再びノイズが走る。肉塊がまた元の人の形へと戻り、「──てるぜ!」と叫んで突っ込んでくる。
無限ループ。あるいは、死の否定。殺しても殺しても、世界が「なかったこと」にしてしまう。
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