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第1章 街

第063話 嵐

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「では、二人に後ろを任せましたよ」

 ディアスはそう言って、前に走りながらを魔法唱えた。

 ーーキュイン!!  キューイン!!

 前後から火球と火柱が迫る。

「カヨ!」

「大丈夫! アンタは自分の心配をしなさい!」

 後ろの敵は3人。それぞれが魔法を放ってくる。

 クソ!

 避けるので手一杯だ。踏み込む余裕がない。
 一瞬でもいいから攻撃を止めないと……

 僕は腰のナイフを引き抜き、避けざまに投げた。
 緩く放物線を描き、一番手前の敵の顔に向かって飛んでいく。

 ーーパン!

「うわっ!?」

 乾いた音がしてナイフが弾かれる。僕の投擲はギアの防御魔法で防がれた。
 ただ、顔面に刃物が飛んでくれば誰だって身構えるものだ。

 男は声を出して強張り、手で顔を隠す。

 僕はその隙に一気に詰め寄った。
 太刀の間合いに入る所であと半歩、少し腰を落として刀に手をかける。

 鯉口を切りながら、相手と目が合う。
 男は酷くやつれた表情をしていた。

「こ、殺さないでッ……!」

 僕の行動、敵意に対して彼は命乞いをしている。
 なのに、その男の手は僕を殺そうとしている。

 ……本当に気分が悪い……

 ーーキュイーン!!

 斜め前に踏み込み、火柱を避けながら刀を抜く。

 抜刀斬りを突き出した腕に入れた。
 回路が起動した首切丸は防御魔法は砕き、右の前腕を切り裂く。
 帝国のギアは防具としての性能は低い。インチキシールドさえ無ければ簡単にダメージを与えられる。

「うぎぃ!?」

 返す刀で左腕も斬撃を入れる。
 これで両腕のギアは機能しなくなったはずだ。
 だが男は呻きながら血が吹き出す両腕を振り回し、攻撃をしてくる。
 これも明らかに本人の意思では無い。

 ーーキュイーン!

「いや! 違うぅ!!違うの!!」

 口では否定しながら後ろにいた別の女が、味方ごと焼き払う為の魔法を放つ。

 火の中級魔法、フレイムピラー。
 優れた魔力の優れた使い手なのだろう、天井まで太い炎が上がる。今まで見たもので一番大きな火柱が上がった。

 迫り来る巨大な火柱を咄嗟に避けるが、僕と戦っていた男は直撃した。
 ギアで守られていない両腕だけが、焼かれている。

 肉の焦げる嫌な臭いが立ち込めた。

「アヅゥ!!」

 敵に操られ、命乞いをして泣き叫びながら殺しあう。
 なんて……なんて悲惨な戦いなんだ。


「闇を以って闇を征し! 邪を以って邪を滅ぼせ! 顕現せよ! 魔剣創造! ツクヨミノカタナ!」


 長い詠唱の後、カヨの右手から黒い刀が出現する。
 素手よりも素早く振れる魔剣を創る古代魔法。

 彼女は正眼で構え、深く息を吐いた。一瞬の静止の後、敵の女が僕に手を向けた。

 その隙にカヨが動く。僕よりも遥かに速い踏み込みで、魔法を放った女の腕を斬りつける。
 太刀筋が追えないほどの振りだった。

 ーーパン!っと弾かれるも、もう一度ありえない速度同じ場所を攻撃する。

 ぼとりと腕が落ちた。

「え……?」

 驚く女が状況を把握する前に、カヨの持つ黒い刀の輪郭が消える。
 乾いた音の後に、もう片方の腕も地面に転がった。

「ーーーーーー!!!!!」

 形容し難い絶叫が暗い地下に響き渡る。

 大きく距離を取って、カヨは僕の隣に戻ってきた。
 彼女も表情を崩し、今にも泣きそうだった。

「カヨ……」

「まだ……残ってるでしょ!」

 そうだ、敵はまだ残っている。

 最後の一人、一番奥にいた初老の男は両手をこちらに向け首を横に振っていた。

「に、逃げろ……!」

 ーーキュイイーーーン!!!

 男が叫び、一際甲高い音が響く。

 僕の加護の力が危険を知らせてきた。その範囲は……この地下の通路に一杯だった。

 初老の男が突き出した両腕が大きく歪む。その空間から暴風が吹き荒れ、壁を削り瓦礫が飛んでくる。
 この魔法はカヨに一度見せてもらった事がある。

 広範囲に嵐を作り出して、吹き飛ばす風の上級魔法『テンペスト』。
 範囲が広すぎて味方を巻き込んでしまう為、攻撃魔法としては使い勝手が悪い。
 ただ味方を気せずに薙ぎ払うだけなら最適だ。

 嵐の轟音は悲鳴をかき消していく。

 先ほど両腕を切り裂いて無力化した二人は、壁に叩きつけられていた。

 この狭い空間に逃げ場は無い。
 僕が取れる唯一の手段は首切丸で魔法を減衰させること。

 腰を落として踏み込み、刀を抜いて空を斬った。

 ーーヒュ!

 スペルブレイクの回路が青く光り、風切り音をたてながら風が緩んでいく。

「瓦礫を避けながら行く!」

「ジン!? ちょっと!」

 カヨの制止を振り切り、僕は切っ先を向けて男に突っ込む。
 飛んでくる石片を予知し、最低限の回避で距離を詰める。

 しかし、歩数にして10歩足らずの間合いが遠い。減衰させた風も僕の足取りを重くする。
 避けきれない小石が身体中に当たり、鋭い痛みが走る。

「フゥ……ハッ!!」

 僕は強まる風に抗い、切っ先を魔法の発生源である歪んだ空間にねじ込んだ。
 刀に刻まれた青い回路が強く光る。

 音もなく魔法そのものが消滅した。

「なっ!?」

 驚きながらも、初老の男は次の攻撃を構えていた。一歩下がりながら右腕を突き出している。
 ……だが、今は風がない。僕の踏み込みの方が速い。

 ーーキュィー……

 腕に振り下ろしが決まる。ギアを砕きながら、耳障りな音を中断した。

 残る腕にも返す刀で斬撃を入れる。

 ーーパン!

「……う!?」

 刀は大きく弾かれ、僕は片膝をついた。首切丸の青い光は失われ、もう回路が発動していない。

 ーーキュイン!

 マズ……

 避ける間も無く、無防備な脇腹に重い衝撃が走り、宙に浮いた。
 風の下級魔法だろうか……砂を詰めたボールを思い切りぶつけられたようだ。

 ーーキュイン!

 予知の力は危険を知らせるが、どうすることもできなかった。
 受け身を取れない空中でもう1発叩き込まれ、僕は地面を転がった。

「ッゴハ!」

 肺の空気を吐き出し、口の中に血の味が広がる。
 頭にもダメージを受け、焦点が定まらない。どこに魔法を食らったのかもわからない。

「避けろ!」

 操られている初老の男は僕に訴える。腕を突き出して次の攻撃を繰り出しながら……
 混濁する思考の中で、首筋への鋭い攻撃をハッキリと察知した。
 だが足が震えて立つ事が出来ない。
 力の入らない両腕で急所を庇い目を瞑る。


 こんなところで死ぬとか……!


 ーーキュイン!

 ガン!!という物音が後ろから聞こえた。
 敵の魔法が逸れたのか、僕の加護の力は危険を察知していない。


 その代わり生暖かい液体が顔にかかる。

 目を開けると、見慣れた長い後ろ髪が視界に入ってきた。

 カヨは血まみれで僕の前に立っていた。
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