上 下
76 / 89
第1章 街

第074話 タイタの村

しおりを挟む
 正面の入口から村に入るのはリスクが高い、一度山側に回り込んで村全体の様子を確認する事にした。


 そこまで大きくない村だし、魔物らしい魔物もいない。
 一番高い場所にある家屋の裏手に出て、山村を一望した。

 畑の合間に家屋が点在している。見える範囲では20軒程度。
 何かに占領されているとか、荒らされている感じはないが……

「ねえジン、この村、おかしくない?」

「やっぱりそう思うか……」

 見渡す限り、人が一人も見当たらなかった。

 近くの家屋を何軒か覗くが、中に誰もいない。
 不明者の調査どころか、村民が一人いない異常事態だ。

「な、何か痕跡はないのですか?」

 今にも飛び出して行きそうなセイナ。
 必死に自分を抑えているのだろう。

「そうですね……足跡はあるけど、少し古いと思う。最近まで人がいたことは確かですが……」

「そうですか……」

「もし仮に師匠がこの村の状況を見れば、慎重に動くでしょう。師匠の痕跡を捜すのは難しいですよ」

 手分けして探したい所だが、敵が待ち伏せしている可能性もある。
 斥候として動けるのは僕だけだから、離れるわけにもいかない。
 危険がない事を確かめながら、ゆっくりと村の中に入らざるを得ない。




 …………………………



 村の中心には少し大きめの一軒家があり、前情報ではそこが村長の家らしい。
 足音を殺して慎重に歩き、その一軒家の壁に張り付く。
 しばらく聞き耳を立てるが、中から物音はしない。周囲にも人の気配がない。

 僕は手招きして二人を呼んだ。

「多分、この家にも人がいないと思う」

「でも村長の家でしょ? 何か手掛かりがあるかもしれないわ」

「まあ、そうだが……玄関には鍵がかかってたよ」

 カヨはすかさず壁に手をかざして魔法を唱えようとしてた。

 壁を吹き飛ばす気か? 短気すぎるだろ!

「ちょっ……!?」

「ーークアンタマイズ!」

 ……ああ、そんな便利な魔法も有りましたね。
 これが本来の使い方か。

 まず僕が壁の中に入り、安全を確かめる。
 後ろでセイナがヒィ!と驚いていたが、気のせいだろう。

 ここは厨房だろうか? 特に変わったところは無い。
 ただ少し変な臭いがする。生ゴミかもしれないな。

「大丈夫だ。入っていいぞ」

 恐る恐ると言った感じでセイナとカヨが壁から現れた。

「す、凄い魔法ですね。こんなの見たことありません」

 セイナは驚愕しているが、実は過去に見ている。
 何と言っても風呂を覗いた魔法だからな。
 まあ、この場で言うことでも無い。墓の中まで内緒にしておこう。

 向かいにある扉を静かに開くと、強烈な悪臭に襲われた。
 生ゴミだと思った臭いは、扉の先の大広間から来たものだった。



 そして目を覆いたくなる凄惨な光景が飛び込んできた。
 広間の中央には10人ほどの遺体が、乱雑に積み重なっている。
 床は一面赤黒い血の跡が広がっている。

「うっ……!?」

 外套で口元を抑えて臭いを和らげ、必死に吐き気を堪える。
 もしかしたら、この中にニールが……いや、まずは周囲の確認だ。

 見渡す限り、動いてるものは無い。
 隣にある寝室のベッドは血塗れだった。縛られていたであろうロープの切れ端が無数に転がっている。

 二階は執務室だろうか?
 血痕は無いが多数の書類が散乱して荒らされていた。
 大きな作りの家だが部屋はこれだけで、村の寄り合い場所のような感じだった。
 ただ、その寄り合い場所は見る影もない。

 僕らは広間に戻り遺体を確認する。
 ニールの死体が無い事を祈りながら、積み上げられた遺体を横に並べる。

「……酷いわね」

「ええ……」

 隣にいるカヨもセイナも必死に堪えている。

 遺体は縄で縛られている者が多数だった。
 その状態で胸を刺されている。
 余りにも無体だった。

 カヨとセイナはナイフで縄を切り、なるべく整えてあげていた。

 そして殆どの遺体には手足に欠損があり、小さな杭が打たれている。
 間違いない、これは拷問の痕だ。

 この村は帝国の連中に襲われていたことが確定した。
しおりを挟む

処理中です...