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就活の難しさは予想外
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あの夜は泣きたいくらい恥ずかしくって、でも帰る事もできなくて。帰り道でそれを伝えたアディール様にも同様に嘲笑された時には我慢できずに涙をこぼして、うんざりされて。
今でも思い出すと死にたいくらいに落ち込むエピソードだ。今、こうしてコンラートに告げるのさえ辛い。
すっかり下を向いた私はぎゅっと握りしめた自分の拳だけを見つめて声を絞り出した。
「コンラートの秘書が出来るほどの能力なんかないの。出来るのは精々、一貴族家を運営していくことくらい。それも領地の管理人や執事に助けてもらいながら、よ」
ここ数年、クラフェス侯爵家に通って教育を受けた賜物だ。勿論、幼少期に男子二人が授業を受けるときにくっついていた事で覚えた諸外国の情勢や世界の成り立ちもその知識の土台になっているけれど。
「でもそんなの、家を預かる婦人なら当然のことでしょ?だから特別に私が出来ることなんて、」
「分かった」
ぐずぐずと続ける言い訳めいた説明を聞くことに疲れたのか、唐突にコンラートが静かに宣言するように言葉を発した。
「ラーラがこの5年間でどんな扱いを受けて、どんな思い込みをしてるのか、それがどれほど強固な思い込みかもよく分かった。そしてそれを打ち破るには少々強引な手法が必要だってこともな」
「思い込みじゃなくて、それが事実なの。コンラートは幼馴染だし、何年も会っていなかったからちょっと私を美化してるのよ」
「美化じゃなくて俺が知る現実だが、それを今言葉で説明したところでラーラは理解できないだろうからな。だから24時間一緒にいて、心の底から納得してもらうことにする」
「にじゅう、よじ、かん?」
急に何の話になったんだろう。きょとんとする私にコンラートは笑みを深めた。ちょっと悪い方の。
「そう、24時間ずっとだ。ラーラは今からこの部屋に住み込んで俺の秘書をする」
「住み込み!?え、だって秘書は通いってさっきリトヘルムが……」
「変更だ。だいたい、宮女は全員住み込んで働くんだし、元々宮女を願っていたラーラには当たり前な労働条件だろう?この部屋に住めば俺とずっと一緒にいられるし、秘書の仕事もしやすいしな」
「え、あ、あの……」
「今すぐにレイランス伯爵家に使いを出してベスを寄越してもらおう。そうすればラーラも少しはリラックスして暮らせるだろうし」
「コンラート、あの、」
「あぁ、ドレスや身の回りのものを持ってくるのは最低限で良いと言っておこう。王宮で暮らすのに合ったものを新しく揃えれば良いのだからな」
困惑する私に口を挟む暇を与えずにどんどんと決めていくと、言い切るとさっさと立ち上がった。きっとリトヘルムを呼んで手筈を整えるのだろう。
と、不意に振り返ったコンラートは私に近づくと、呪文のように短く囁いた唇を、掠めるように私のそれに触れさせた。
「逃げられないと覚悟を決めておけ」
今でも思い出すと死にたいくらいに落ち込むエピソードだ。今、こうしてコンラートに告げるのさえ辛い。
すっかり下を向いた私はぎゅっと握りしめた自分の拳だけを見つめて声を絞り出した。
「コンラートの秘書が出来るほどの能力なんかないの。出来るのは精々、一貴族家を運営していくことくらい。それも領地の管理人や執事に助けてもらいながら、よ」
ここ数年、クラフェス侯爵家に通って教育を受けた賜物だ。勿論、幼少期に男子二人が授業を受けるときにくっついていた事で覚えた諸外国の情勢や世界の成り立ちもその知識の土台になっているけれど。
「でもそんなの、家を預かる婦人なら当然のことでしょ?だから特別に私が出来ることなんて、」
「分かった」
ぐずぐずと続ける言い訳めいた説明を聞くことに疲れたのか、唐突にコンラートが静かに宣言するように言葉を発した。
「ラーラがこの5年間でどんな扱いを受けて、どんな思い込みをしてるのか、それがどれほど強固な思い込みかもよく分かった。そしてそれを打ち破るには少々強引な手法が必要だってこともな」
「思い込みじゃなくて、それが事実なの。コンラートは幼馴染だし、何年も会っていなかったからちょっと私を美化してるのよ」
「美化じゃなくて俺が知る現実だが、それを今言葉で説明したところでラーラは理解できないだろうからな。だから24時間一緒にいて、心の底から納得してもらうことにする」
「にじゅう、よじ、かん?」
急に何の話になったんだろう。きょとんとする私にコンラートは笑みを深めた。ちょっと悪い方の。
「そう、24時間ずっとだ。ラーラは今からこの部屋に住み込んで俺の秘書をする」
「住み込み!?え、だって秘書は通いってさっきリトヘルムが……」
「変更だ。だいたい、宮女は全員住み込んで働くんだし、元々宮女を願っていたラーラには当たり前な労働条件だろう?この部屋に住めば俺とずっと一緒にいられるし、秘書の仕事もしやすいしな」
「え、あ、あの……」
「今すぐにレイランス伯爵家に使いを出してベスを寄越してもらおう。そうすればラーラも少しはリラックスして暮らせるだろうし」
「コンラート、あの、」
「あぁ、ドレスや身の回りのものを持ってくるのは最低限で良いと言っておこう。王宮で暮らすのに合ったものを新しく揃えれば良いのだからな」
困惑する私に口を挟む暇を与えずにどんどんと決めていくと、言い切るとさっさと立ち上がった。きっとリトヘルムを呼んで手筈を整えるのだろう。
と、不意に振り返ったコンラートは私に近づくと、呪文のように短く囁いた唇を、掠めるように私のそれに触れさせた。
「逃げられないと覚悟を決めておけ」
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