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しおりを挟む十七歳になってすぐの秋、体調不良で受診した際、たまたま検査した血液にて判明したアルファ判定。
両親はどちらもベータで、だが父方の祖父がアルファ、祖母がオメガだった。アルファと期待された子供たちはベータばかり。勿論能力も秀でたものを持つものはいなかったらしい。授かり物だからと、穏やかな考え方の一族に囲まれていたため、父たちも波もなく過ごしていたそうだ。その父もベータの母と結婚し、第一子はベータとしてまた波のない人生を歩んでいた。第二子である俺も十五歳の国の強制検査ではベータ判定だった。
棚からぼたもちのようなアルファ判定に両親は大喜びだったし俺も嬉しかった。ただ記憶力がよくていい成績が取れる、それ以外特別なものを持たなかったが、これで一つ特別なものが出来た。それはどんなに努力しても望めないもの。アルファであれば箔がつく。同じような成績でもベータよりアルファのほうが一目置かれるのだ。
わりと裕福でもあったため第弐に行きたいと伝えても両親はあっさりと了承してくれた。
アルファになってから、オメガに一種の憧れのようなものが出来上がっていた。多くを語らない、優しくて思いやりのある祖父母。そのニ人が出会った学校だ。
俺も花開く前のオメガとの、きっとステキな出会いがあるのだろうと夢見ていた。
だが夢見すぎていて現実に直面したときの落胆と言ったら言葉では表現できないほどだった。
この学園はなんだ。途中入学の俺に、隙あらば陥れようとしてくる同級生アルファ達。花開く前と思っていたオメガ達はすでに他のアルファと仲良かったり、そうでなければ鬱々としていたり。残りのオメガは、言い方は悪いが頭も股もゆるそうだった。
そしてどの生徒にも共通するのは、この間までいた高校と違って新鮮さがなかった。
もう、空気が澱んでいた。
だが、住めば都というわけでもないが、慣れはでてきてこれが通常と感じるまで時間は掛からなかった。
何のために高い金を出してもらいここへ来ているのかも、感覚が麻痺して忘れていた。歪んだ世界に馴染むと清らかな思いなど掠れてしまうのだ。
そうやってなんとなく過ごし、性格の悪いアルファとも適当に付き合いができるようになったころだった。新入生が入ってきたのだ。
オメガとアルファの新一年。
オメガの一年が中庭を通っているとき、ニ年のアルファが無駄に騒いでいた。
面白半分で見ていたクラスのやつらは「かわいー」と声を上げた。興味がないわけではないので俺も窓に近づいてみると、確かに今年はかわいい感じのこが多いという印象だった。当たり年か。
俺の代は俺が来た時点でほとんど出来上がっていたし、一つ下はアルファもオメガもおかしな奴らばかりだっただけに、一年のアルファが羨ましくあった。
俺はもうすでにこの学園に染まっていたから、ニ年に遊ばれている一年のオメガを見ても何も思わなかった。
食堂や廊下で度々すれ違うだけだったが、初々しさがあって若さだけではない何かを感じた。何となく、無意識に夢見ていた頃を思い出していたのだろう。ただ漠然と憧れを持っていた頃を。
自然と姿を探したり、目で追ってしまうような好みの生徒がいたが、よく三年やニ年のアルファに声をかけられていて、それを適当にあしらったり無視をしたりしていた。外見だけでは分からなかった気の強さ。
俺が声をかけても同じことだろうと、遠くで時々眺めるだけにとどめた。
それがいつの間にか気の強そうなオメガは同学年のアルファ達と一緒に食事をするようになった。
彼の表情を見る限り、彼はあのニ人のアルファのうちの一人に惚れていた。周りの話を聞くとあのアルファは北原と言って、経済界にも政界にも影響力が強いとのこと。なんなら希少金属の最大産出国の王族にまで深い関わりがあるためお触り禁止らしい。そして兄は去年のアルファクラス三年の委員長と聞き、ああ、あの人かと思い出す。いつも笑顔のくせにやけに目が鋭くて怖い人だった。外見はあまり似ていない兄弟だ。
自然界ではできのいいオスほどモテるのは道理だ。そもそも彼らは同い年。もう卒業する俺の出る幕など初めからない。
俺の中に隠れてあった、やっと見つけた蕾は開く前に地面ごと枯れてしまった。俺の気持ちなぞこのまま切り捨てることにした。
夏休みに入る直前、クラスの奴ら3人が教室に残っていてある情報をもらったと話をしてきた。
どうやら知り合いの三年のオメガがただでくれたらしい。コピー用紙にでかでかと印字された番号と名前。
この番号は彼と、彼の友人のものだ。
「俺らが秋朝さんが嫌いだからってくれたんだよ。秋朝さんの弟が気に入ってるオメガ達らしいわ」
「このまま誰かに売る?」
「北原関わってるからどうだろうな。欲しいやつらはいるとは思うけど」
「うーん。あ、お前まだ番いないじゃん。いる?」
ずい、と紙を向けられる。
この三人はすでに番候補がいたり、契約済みだったりする。だから俺にこうやって渡してきたのだろうが、俺の中のプライドがそれを受け取らなかった。願ってもいない彼の情報だというのに。
だから少しだけ彼らを唆してみた。
秋朝さんの名を出して。こいつらは秋朝さんにいい感情を抱いていない。でもそれは俺も同じだ。正義感の強いくせにどこか裏のある秋朝さんは好きになれなかったから。
何も考えずに出てきた、軽い言葉に彼らは乗っかった。
げらげらと笑いながら廊下へ出た彼らに俺はついていかなかった。そのまま寮へ帰って薄掛けに包まって震えた。
俺は彼らになぜあんなことを言ったのか、すぐに後悔したからだ。だからと言って取り戻せるものでもない。
しかしそんなものも一晩寝てしまうと気持ちもすっかりと落ち着いてしまい、またいつもの俺がいた。
夏休みだというのに、家に帰ることは出来なかった。
目に見えて憔悴していくかわいい彼から目が離せなかったからだ。
手を伸ばしたらすぐにでも俺に倒れてくれそうなのに、絶対に倒れないだろう瞳の強さ。ときどきアルファが彼に声をかけるが、誰にもなびかなかった。
強い彼をただ見ていた。
俺があの紙を受け取っていたらこんなことにはならなかっただろうが、今、こんなことになってあの日に戻ってたとしても、やはり俺は受け取らないだろう。いらないプライドではあるが、アルファ同士でいるときはそのプライドが消え去ることは出来ない。きっと一生。
しばらくして彼の顔色が徐々に戻りつつあることを感じた。笑顔も出すようになって。
アルファ達の下世話な話に耳を傾ければ、どうやら辛い目にあったのは彼一人で、友人の方は北原に守られていたらしい、と。
ああ、彼らは両思いではなかったのか。北原もいつも彼と話をしていただけに驚いた。彼らはアルファニ人、オメガニ人の四人で食事をしていることが多く、彼と北原、他のニ人でデキていると思ったが、勘違いだったようだ。
だが彼は北原を好いている。友人が自分の好きな人に守られ、自身はどん底。
それなのになぜ今は笑顔が見えるのか。以前のようなものではないが、どこかはかないものではあるけれど、彼は笑っていた。
そこで再度、彼に対して罪の意識が湧いた。笑顔を見てどうしてそうなるのか。自身の行動にすら疑問を持つこともあるというのに、考えても考えても、答えなど出るものではなかった。
だから保健室で顔色の悪い彼を見たとき、どうしようもなく感情が揺さぶられて駆け寄ってしまった。
近づきたくても近づけなかった。そう、俺は彼に近づきたかったのだ。ずっと。
だが彼を不幸にしたのも俺の言葉をきっかけとしているだけに彼に近づいてはいけないのだ。
それなのに彼から話し掛けてくるようになった。どういうわけだろう。俺には何もないというのに。それどころか人を陥れるアルファに成り下がってしまっているのに。
後ろめたさと嬉しさと。
もちろん、次第に嬉しさが勝つのは決まっていた。
彼が頬を染めて北原に向けた笑顔を、今度は俺に向けてくれる。調子にも乗るのは当然だった。
だから冬休みに離れて少しして考えることにしたんだ。
彼とのこれからを。
もう答えは決まっていたのに、ぐずぐずと考え込んでしまうのは、結局自分に自信がないからだ。アルファになって出てきた自信なんてこの学校へきてから木っ端微塵に崩れ去ってしまっていたから。
彼からの着信履歴を見るたび嬉しさが募る。これだけ求められているのだ、と。
試すような行動は褒めたものではないが、自信がない分だけ試してしまいそうになる。これではうまくいくわけがない。
もう腹を括らなければならない。
彼にもきちんと確かめた上で、番になってください、と。
その時彼は笑顔でいてくれるだろうか。
彼にしてしまったことは一生隠し通すだろう。彼の家族ごと、すべてを幸せにはもう出来ないかもしれない。でも俺にできる限りの償いを勝手にしよう。彼を幸せにできたら。俺が彼を幸せにしたい、ただそれだけを願って。
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