43 / 72
2年生編
13
しおりを挟む7月に入ってまだまだ梅雨の真っ只中、定期テストに頭を悩ませる時期が来た。
しかし今回は朝永と言う強力な専属教師が出来た。朝永の教えは時々何かをすっ飛ばされて飲み込めないこともあったが、何度もやることで概ね理解できた……と思いたい。
が、英語だけは単語を覚えるのが嫌いでなかなか進みは悪かった。覚えたらいいだけだよ、などと見当違いなアドバイスを貰う羽目にもなり。それが出来ないから苦労しているというのに。単語を10個くらい覚えたら、11個目から初めに覚えていたのがぼんやりとしてしまう俺の脳内を見て欲しいくらいだ。
今日も放課後に図書室で勉強会。オメガ棟の入り口で待ち合わせているので急いで仕度をして向かうと、必ず朝永は先にいた。この人、本当にいないときはこの寮にすらいないけど、約束となれば俺を待たせることがない。
「お待たせー朝永」
「こんにちは」
壁に寄りかかっていた朝永は、俺の姿を発見するとゆっくりと俺に向かってきてくれたが、その足が途中で止まった。
どうしたんだろうと、朝永のそばに駆け寄る。
切なそうにぎゅーっと眉間に皺を寄せた朝永は鼻と口を手で隠しながら俺の首に顔を寄せた。
風呂は毎日入っているけどこんな時期だし汗もかく。え、臭い? と不安になって体を引くと、朝永は手ではなく右腕で鼻と口を隠した。
「え、なに」
「発情期。予定、過ぎている。よね?」
「あー、うん」
片言の朝永は鼻を押さえたまま天井を向いていた。俺と眼を合わせたらヤバイのだろうか。発情期になるとだいたい熱っぽくてだるい感じがするんだけど、今日はまだ何もない。だから体調に変わりはないのだけれどアルファである朝永は俺のフェロモンでも敏感に察知してしまうのだろうか。
目の前にアルファがいるというのに、俺には危機感と言うものがなかった。アルファ、と言うよりも朝永、という認識が強いのか。
「自分じゃ分からないけど、今日は勉強やめて検査してもらうよ」
「そうして。部屋まで送りたいけど、ちょっとムリかも。ここで見ているから、一人で帰ってくれる? ごめん」
「大丈夫。オメガ棟だし。あ、シャツほしい」
「……ん」
絶対に俺と視線を合わせまいとする朝永は俺に背を向け、そして着ていたシャツを乱暴に脱いだ。下にTシャツでも着ているかと思いきや、朝永はシャツ1枚だったようで、上半身裸になってしまった。引き締まった腕や腹にどきりとしたけど、朝永は廊下でも気にしていなさそうだった。俺が言うのもなんだけど、1枚しか着ていないなら断っても良かったのに。いや、嬉しいけど。
朝永はまた鼻を手で覆い、「ん」とぶっきらぼうにシャツを渡してきて思わず苦笑した。俺には発情のしんどさは分かっても、アルファのしんどさまでは分からない。でもこの朝永は見たことがないので少し楽しい。
「ありがとう。……また返せないかもしれないけどいい?」
「うん」
貰うものも貰ったし、これ以上一緒にいたら朝永もつらいだろうから、さっさと部屋に帰らねば。
去り際に「もしそうだったなら、今回は隔離部屋に話し行くかも」と言われ、まだ朝永は天井を向いていたため表情は見ることが出来なかったし、俺を見てはいなかったけど「分かったー」と手を振った。
部屋に戻ったあと、校医に連絡して部屋まで来てもらって血液検査をするとやはり発情期が近いということだった。明日の朝には突入するだろうと言われ、それならと今日から隔離部屋に行くことにした。朝永のシャツを忘れず持ち、そのまま保険医と一緒にオメガ棟の奥通路を通り、隔離棟へ行く。清潔を保たれた室内は割りと快適だ。
まだ辛くないので手伝い人に電話をしてカップラーメンを届けてもらった。たまにはジャンクなものが食べたくなる。
スマホの持ち込みは禁止なので、そうやって夜はテレビをみながらダラダラとすごしていたが、やはり次の朝にはちゃんと腹の奥に熱が篭るような発情がやってきた。
昨日はベッドの上に放り投げていた朝永のシャツも、今では俺の口や鼻を覆っている。下半身がどうにも切なくなり、ベッドに横たわって足をすり寄せて中心に手を伸ばした。昨日も出したばかりたというのにあっという間に射精してしまった。しかしたった一度しか抜いていないというのに体はすっきりとしていて、ここで無限勃起地獄が始まるというのにチンコは萎えたままだし、今すぐ熱を持ちそうな感じもしなかった。
毎回これくらい体が楽だったら発情期もそれほど苦にならないのだけれど。
半日に1回ほど抜いてしまえば発情期とは思えないほどの平常ぶりだ。こうなってしまうとスマホが無いとつらい。ゴマせんべいを食べながらソファに座ってテレビをダラダラ見ていると、部屋中にブザー音が響く。
お、と思い部屋の左角にあるスピーカーに眼を向けた。
「こんばんは」
「こんばんはー朝永。本当に来てくれたんだー」
「うん。……テレビ見ていたの?」
「そうそう、すごい暇だったんだ。煩いかな、消すね」
「いや、大丈夫だけど……」
ゴマせんべいを一旦テーブルに置き、水を一口飲んだ。
「夜詩人……、発情期なの?」
「うん。そうだよ。あの時はありがとうね、やっぱり発情近かったみたいで。今3日目ってとこだね。そもそもここは発情期のオメガしか泊まれないし」
「そう。声、元気だなーって思って」
「今回軽くてさ、ラッキーだった」
「そうなんだ……。それは、よかった……」
「うん?」
俺によかったといってくれている割に、朝永の声のトーンは暗かった。スピーカー越しであるためもちろん細かな気持ちの揺れなどは分からない。
「俺のシャツも、今回は役には立たなかったかな」
「ううん、そんなことないよ。今も首に巻いているし。朝永の匂い、いい匂い」
首に巻きつけたシャツを鼻に持っていき、スーハーと呼吸を凝り返す。本当の脱ぎたてのものをすぐに俺が使ったため、今はまだ匂いが十分残っている。
一度匂いを嗅いでしまったら、朝永と通信していることも忘れてシャツに没頭してしまった。そしてより強く香りが放つ場所を探す。深く、深く呼吸を繰り返すと胸の中も満たされた。
「夜詩人?」
「……」
「俺の匂い好き? 夜詩人?」
「ハッ! あっ、うん」
やばい、軽くどっか意識が飛んでいた。いくら軽いとはいえ発情期中、朝永の声を部屋中に轟かせて、朝永の匂いで嗅覚を刺激されたら体も反応してしまう。
前回の通信時、朝永の声を聞きながらオナニーをしてしまったし、今回は純粋におしゃべりを楽しみたい。せっかくこうやって来てくれたのに。
「夜詩人」
「ん?」
「発情期って、いつも何しているの?」
「なにって、何、ナニ?」
「エロいこととか?」
そりゃそうでしょ、と言いたいけど口を噤んでしまった。
「俺のこととか、思い出す?」
発情中はどちらかと言えば無心。エロで頭一杯だけど、思考は停止気味だし、何かを考えている余裕もない。だから記憶が曖昧、というのもある。
「うーん、あまり何も考えていないと思う、けど」
「そうなんだ。残念。俺はいつも夜詩人を思い浮かべているよ」
「え」
「かわいいね、夜詩人」
一旦落ち着いたのに、朝永のせいでまた欲望がむくむくとわいてきた。下腹部に熱が集まるのを感じる。どくん、どくんと脈が打つように。
朝永はわざとだ。わざと俺を煽っている。悔しいと思いつつも、手は自然と勃ち上がり始めたものへと伸びた。
「夜詩人」
「……うん」
「会いたい」
「うん」
「申請したら開けてくれる?」
亀頭をゆるりと撫でていた手を止めた。開ける、とはこの部屋のドアを開けるということだろうか。
確かに発情中のオメガに対してアルファが隔離部屋に入室許可をもらうための申請をし、学校に受理されたのち、それをオメガが受ければ入室可能となる。それはつまりこの部屋で発情セックスをするということだ。
発情期のオメガは正常な判断を下せる理性的な脳を持ち合わせていないので、開ける開けないをオメガに任せて大丈夫なのかと疑問だった。しかしアルファ側は普段からの生活態度を厳しくチャックされているため、アルファ側の都合で申請が通らないこともままある、と新堂は話していた。
避妊必須であるし、アルファは強めの抑制剤を飲まなければいけないらしい。
ここで金がいるのだが、それはアルファ側のマニュアルであるため、オメガ側は一切知らされていなかった。
「……あ、開けない」
「そう、残念」
「……ごめん」
「いいよ。夜詩人」
部屋中に反響する、少し掠れた朝永の声。頭の中は俺の名を呼ぶ朝永の声と、匂いで溢れかえっていた。
眼は閉じたままで開けることが出来ない。
はあ、はあ、と呼吸も荒くなっていく。
「俺の匂い、直接かいでみたくない?」
なにその誘惑。
たった今断ったばかりだというのに、ないことなのに、考えただけで背中がぞくぞくした。目の前に朝永がいたら匂い嗅ぎまくる変態になれる自信がある。
「夜詩人? 大丈夫? ……変な気分なの?」
「……分かんない」
「俺の声で変な気分になってほしいなあ」
「……ん」
眼を閉じ、シャツに鼻を埋める。朝永に名前を呼ばれるのが好きだ。変な名前だと思っていたけど、自分の名をこの人に呼んでもらって本当に嬉しい。
シャツから香る朝永の匂いがぐっと強くなったように感じた。感覚が、特に嗅覚が敏感になっているかもしれない。
「夜詩人」
「……ん」
「夜詩人」
「……夜詩人」
息を殺しながらガチガチになったモノを左手で擦り、そして右手をそろそろと奥まで伸ばした。
以前も一度だけ指を入れたことがある。通常、自分1人だけのオナニーならここまで使わないが、朝永の声に脳が犯され始めると、どうにも体の奥がたまらなく切ない。満たされないものがあって、どうにもそこを一杯にしたい。すでに愛液で濡れているため、指の一本はすんなりと受け入れる。浅いところを指でぐりっと擦るだけで体が大げさに跳ねた。敏感なところは簡単に俺を官能へと落とす。
「……ともながぁっ」
「声、かわいい。気持ちいいとこ触ってるの?」
普段ならオナニーしていることなど絶対に言えないが、いつもより症状が軽いといえ今は発情期。好きな人が自分だけに甘い声をくれることに思考が麻痺してしまう。
「ん、ともなが。……呼んで」
「夜詩人。気持ちとこ、届いている? 俺の指で気持ちよくしてあげたい」
「……っ、あ、」
「夜詩人。好きだよ」
朝永の声が部屋中に反響し、弱いところを数回擦っただけで呆気なく達してしまう。
精液は腹や腕を汚し、そして体の曲線に沿って垂れてゆく。
賢者タイムもうっすらとしかこない、だらしなく足を開いたままの姿で指を引き抜き、あとを引く余韻に眼を閉じて呼吸を整えた。
「……ともなが、俺もすき」
小さく呟いただけの声は、俺の思っている以上に小さいもので、朝永の返事がなかっただけに届かなかったかもしれない。
でも全力疾走後のような体のだるさ。もう一度言おうとは思えないほど脱力していた。
だが、俺の予想に反して俺の言葉は朝永に届いていたし、指一本動かす俺の姿をすべて見逃すまいと、ガラス越しで食い入るようにじっと見られていた事だって俺には分からないことだった。
41
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる