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2年生編
朝永5
しおりを挟む午後イチで行われる試験の為に少しだけ早く教室入りをし、パラパラと問題集を流し見ていた。ベランダの戸が全開で、暑い外気が不快に漂ってきて気が散る。窓側から2列目の一番後ろの席であるため、それはほぼ直で感じる。
休み時間は換気をしなければならないので仕方ないと、問題集を閉じて机に置いた。
いつでも涼しい顔の椋地は、ベランダに出ていて外を眺めていた。日陰もないというのに俺には理解できなかった。
頬杖を突いてただ時間が来るのを待っていると、ベランダにいる椋地に呼ばれた。階下を見ながら、後ろ手で手招きしている。
珍しい姿に呼ばれるがまま行って見れば、夜詩人がアルファらしき生徒に肩を掴まれていた。頭頂部しか見えなくてもあれは夜詩人だった。
下衆は自信満々に「俺を好きになりますから」などと言っていた。
怒りのあまり、この世からアレがいなくなる想像をした。隣の椋地は「珍しい」と呟き、さっさとどこかへ行った。余波を受けたくないらしい。去ってゆく椋地を見ずに「アレを調べて」と投げた。
まだアルファとしては未熟なソレは、簡単に平伏してしまった。
あまりにもお粗末で、身の程を知らないだけなのだなと一度冷静になる。近距離の頭上から再度、思い切り圧をかけてやると体がガクガクと大げさに震えていた。
以前、俺の目の前で1年のアルファが夜詩人に好意を示した際、また同じようなことが起こるだろうと確信した。だから一つ上の従兄と永匡を使って、夜詩人に近づくなと1年アルファに警告を出したのだ。さらにこの学園にいて、アルファがオメガに対して横暴なことは罪だ。頭の悪いアルファでも分かるよう、優しく、優しく囁いてあげた。
永匡からの警告は無視したのだな。
そんなに俺に会いたかったのか。
嬉しいよ、お前に会うことができて。
二度目があった場合、どうなるかを想像し、
理解したならここから去ることを許可してやる。
脳に刻みこむよう声色を優しくした。俺の声をきっと忘れることはないだろう。額を地面に擦り付けながら、ソレは何度も頷いた。少し力を緩めてやると、素晴らしいと誉めたくなるほどの反応で去っていった。あの様子だともう夜詩人に声をかけてはこないだろう。
しかし怒りすぎて俺も疲れた。具合の悪くなってしまった夜詩人の頭を撫でて心の平穏を取り戻すことにした。抱き寄せた体は少しだけ震えていて、ああ、ごめん、夜詩人、ゴメン、かわいい、ごめん、と頭の中で繰り返す。
意外だったのは13番で、これだけ夜詩人が不調になっていたというのに1人ケロっとしていた。思わず苦笑してしまったし、和やかな空気になった。しかし思わぬセリフに、その夜、夜詩人を呼び出すことにした。
“コイツも1年アルファに言い寄られまくるし”
13番から放たれたそれは、決して1人や2人に言い寄られただけではないということだ。俺は2人の害虫しか知らない。
極力空き時間や食事の際には夜詩人と約束をしているため、俺のいない隙を狙っているのだろう。わざわざ警告して上げているというのに小ざかしい奴らだ。
夜まで少し時間があるため、共有スペースにてテレビを見て過ごす。少しイライラしているらしい。内容が一切入ってこなかった。
「諏訪くんから連絡来た。1年2組の渡瀬だって。親は企業や法人相手の通販を主に、最近は医療福祉系の経営にも手を出しているらしい。祖父はL県3区で当選5回。今も現役。親はアルファとオメガ、アルファ判定は一斉検査で判明。特別突出したものもなく、14番にはお前がいることも知っていたけど近づいたとのこと。永匡からの警告も無視しているから、単なる馬鹿かもしれない」
椋地に調べてと頼んだが、一つ上の俺の従兄を使ったのか。確かに椋地にはそれほど期待していなかったが、聞きなれた声から伝えられるたいしたことのない経歴に、フーンと相槌を打った。確立は低いだろうが、約束が破られた二回目の時の為に、薮内に頼んで公人である爺さんの情報を集めることにした。5回当選となれば利権絡みの何かや薄暗い話があるはずだ。それは小さくてもいい。
その前にもう一度、今度は面と向かって警告するのもいいかな。まずはそれからだなと、ほっと一息ついているとテーブルに置いたスマホが短く振動した。
もうすぐ会うというのに夜詩人からで、短く『怒る?』とだけあった。俺が夜詩人を怒るという意味だろうか。
脅える夜詩人を想像し、怒りはしないが、苛めたくはなるかもしれない。『詰め寄る』とだけ返せば、すぐに『お手柔らかに』と言う文字とともに泣きの入ったスタンプが送られてきた。
困ったことに平常心でいたいのに、俺の気分の上げ下げは夜詩人が握っていると言っても過言ではない。夜詩人の言動にいちいち過度に反応してしまう。
もちろん夜詩人相手に嫌がることなどしたくない。俺が未熟であれば、この自由で自然体な夜詩人を雁字搦めにして壊してしまう。それはもうはっきりと目に見えている。
過去には嫉妬に狂ったアルファが伴侶であるオメガを殺してしまった事件が、何件もある。
アルファ達はそれが分からなくもない、と言うものが前提にあり、30年ほど前から授業でも取り入れられるほどだ。このときの犯罪者心理についてやオメガとの関係性、自分の気持ちのコントロールの仕方など、事例を元に年間を通して勉強している。
分かっている。
小さい頃から自分の感情など捨てろと教えられ続けたから。理解はしているのだ。
だが、夜詩人の近くに俺以外のアルファがいるということはどうしても受け入れられない。これは病気かもしれない。
「ここにきて、14番もてるね。1年アルファにだけど」
1人掛けソファに足を組んで寛いでいた椋地が、テレビ画面をころころ変えながら話しかけてきた。
「1年オメガに好みがいないのかもしれない。そんな中、年上に目が向き始めたんだろ」
「ああ、なるほど。14番は珍しいほど鈍くさいけど顔はそれなりに整っているしね」
「そう、だから俺がいないときは椋地が気にしてくれると助かるんだけど」
「やだよ。あんな鈍くさいの」
無表情から放たれるそれに苦笑してしまう。夜詩人を気に入っているはずだが、見張るとなると違うのか。
「1年達は合同実践が始まって3ヶ月は経っている。それなりに出会っているはずだが、食堂を見ていてもくっ付いている様子がないし、まだまだ年上オメガを探すだろうな。永匡にいたっては来年に期待とまで言っていたから、そういう奴らもいるだろうけれど」
「今年入学のオメガは少ないし、アルファがいつもより余っているのもあるか。大変だね、北原」
さして大変とも思っていないような涼しい口ぶりで、椋地はようやく一つのチャンネルに決めた。
約束の時間が近づき、スマホだけを持って部屋から出た。オメガ棟の入り口でいつも通り夜詩人を待つ。夜詩人は時間通りに来た。
ただ、いつものような晴れやかな笑顔はなく、どこかほの暗い。詰め寄ると送ったことを気にしているのだろうか、かわいい。
額にキスをして、驚きながらも照れている夜詩人に満足し、手を取って逢引場へと向かった。が、残念なことに先客がいた。札が赤くなっていたのだ。
「珍しいな」
「そうだね、やっぱり使う人いるんだね」
「今日は申請も通らなかったしな、仕方ない。話だけにしようか」
「話だけ?」
「そう。直にたくさん触ろうと思ったのは我慢する」
「さっ……」
顔を赤くしてしどろもどろな夜詩人の唇をちゅうううと音を鳴らせて吸った。食べたいとはきっとこのことだ。
まだ時折生徒の出入りがある購買前のベンチに座った。右手で右に座る夜詩人の左手を取り、ぎゅっと恋人つなぎをする。繋いだ手は居心地がもぞもぞしていたが、しばらくしたら大人しくなったことにフッと笑みを漏らした。
詰め寄るとしたものの、いつも通りの俺を感じたのか、変に緊張していた夜詩人の気配も和らいだ。そこで優しく問いかけた。
「13番の言っていたアレ、本当? 何人に言い寄られたの? 俺にも教えて」
今日一番の緊張が夜詩人に走る。それを取るため、繋がれた手を、親指でゆっくりと撫でた。
「た、多分、……4人? かな」
「多分?」
「いえ、4人です……」
ベンチの背もたれに体を預ける俺とは対照的に、夜詩人は背中を丸めて項垂れている。別に責めたいわけではないが、夜詩人にしてみたら責められている気分なのだろう。内緒にしていただけに。
購買に立ち寄る生徒で、こちらを気にする様子を見せるアルファがいるが、俺を目が会うとサッと逸らさせた。初めから見なければいいものを。
「名前と顔は覚えている? 特徴でもいいよ」
「うーん、……覚えているのは、ワタリって言うのと、飛鳥かな。他の2人は顔も見たら分かるかもしれないけど、特徴なくてそれほど自信ないかな……」
渡瀬の間違いだろうか。一応ワタリという名前も調べてみるか。
俺も知っている名前の2人のため、他の2人を覚えていないとなると13番に聞いてみることにした。
話をしていくうちに少しずつ平常にもどりつつある夜詩人は、横にいる俺に上目使いで窺うように口を開いた。
「覚えていない二人は、俺がちゃんと朝永と付き合っているって言ったら、すぐに引き下がってくれたんだよ。昨日のはたまたまで……」
語尾を小さくし、俺の反応を窺う。そんな夜詩人ににっこりと笑って応えた。
「そっか。じゃあ、今日の昼間みたいなことが起こると夜詩人も怖いと思うから、必ず誰かと行動しておいてね。13番が頼もしいかな。あと、ご飯は時間がある限り俺とも食べてね」
壊れた玩具のように高速で頷いた夜詩人に、首を伸ばして耳に口付けた。そして耳たぶを舐め、柔らかなそこに少しだけ歯を当てて力を入れた。ビクッと体を揺らす夜詩人にまた満足し、ここが購買前でなければなーと諦めて耳から離れた。
赤く染まった夜詩人の耳や項をまじまじと見ていると、シャツの隙間から認識票を下げているネックレスチェーンが目に入った。
繋がれていない手で夜詩人のシャツの中に手を突っ込み、驚く夜詩人を無視して認識票を取り出す。
二重線の引かれたⅠ-14とまだ新しい彫りのⅡ-14。夜詩人は変なことされずに良かったと、そんな雰囲気を出しながら、認識票を眺める俺を、今度は不思議そうに見ていた。
「何も変ってないよ」
「うん、知っているよ」
変わらない。俺は変えたい。
夜詩人の温もりを感じる認識票に顔を近づけ、今度はそれに口付けた。
「勝手に北原って彫ろうかな」
番契約したオメガのネームプレートには赤いラインが、そしてあまり人に見せることのない認識票にはアルファのネームが掘られる。
契約さえしてしまえばいいだけ。ただそれだけだがまだ自分に自信がない。番になってもなお嫉妬に狂う、みっとも無い自分を見せたくない。もっと完璧でありたい。
だが俺はアルファの前に1人の人間だ。完璧であれるはずがない。それは諦めでもない。このままでも夜詩人はきっと受け入れてくれるのだ。
ぽっと出た思考を自己完結し、認識票を夜詩人の胸に戻した。
先ほどの俺の発言の意味が分かるのか、夜詩人は分かりやすいほど顔を赤くさせていた。どこか、何かを期待している、そんなものが含まれているような。
それ、俺は本気にしちゃうよ。
「来月の夜詩人の誕生日、決めた」
自分自身に誓いを立てるように言った。
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