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三年生編
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しおりを挟む「そうか、お土産はなし……と」
「ご、ごめん」
帰ってきてからいつもの四人で夕食をとっていて、鉄格子の中に戻っては来たが、楽しさははやり残っていて少し興奮気味にバッティングセンターでのことを話しているとき、継直に「土産ないの?」と聞かれたのだ。
土産なんて初めから頭になかった俺は「あ!」と大げさに声を出してしまい、咄嗟に手で口を塞いだ。
そして少し呆れ顔の継直に「お土産はなし」と呟かれた。土産の存在すら消え去っていたため、謝る他ない。
「わざとじゃないんだ」
「まあいいけどね。すげー楽しかったみたいだし」
「うん……」
今のところ継直は外に出られる予定はないらしい。これからもないと思う、と言っていた。
すべての申請はアルファからであるため、今回の俺の外出のこともあって継直からお願いしたらしいが先輩は自分の身を守るためだとかで卒業まで会わないとはっきり口にしたらしい。身の危険とは、と継直に聞いてみたら少しもじもじとしながら「先輩を襲いたいって言ったんだ」となんとも破廉恥な返答が。
相手に迫られるのは確かに怖いものがあるのは分かる。それは自分よりも肉体も力も強い相手の場合であり、継直みたいにかわいらしいオメガなら、アルファの男だったら大歓迎のはず。とは思いつつ、まあ相手が継直だしな、変に食われそうな怖さはあるかもと納得した。
でも外に出ることが出来ない継直に土産の一つでもと思い浮かばないあたり、俺は酷いやつだ。
「見ても面白いかどうかは分からないけど……、写真あるけど見る?」
「お前の写真?」
「ううん、朝永」
「見る」
箸を持たない手を俺に伸ばし、画像を開いてスマホを手渡した。継直は器用にラーメンをすすりながらゆっくりと画面をスライドしていく。
少ししてその手が止まり、「おお、すげー」と驚きの声が聞こえた。
画面を覗くとバッティングセンターで百四十キロを打っている動画だった。
「それね。すごいよね」
「初めてでこれは引くわ」
「でも朝永は打てるってだけでホームランにはならないって言うから、俺は野球やっている人に失礼だって思ったよ」
「そりゃそうだ。簡単に打てりゃ真剣にやってるやつらが可哀相だな」
決して褒めていない会話で盛り上がり始めた俺たち。朝永と椋地は無関心そうにご飯を食べていた。
こんなに運動神経がいいなら、アルファ達の体育はどんなものなのか、一度見学してみたい。
「ねえ、朝永。アルファクラスの体育ってなにやってるの? みんな何やらせてもうまいんでしょ?」
「三年になってからは選択になったからみんな結構適当にしているけど、一年の時は柔道と剣道を主に、二年の時は水泳と陸上でほとんど個人競技しかしてないからね。団体競技特有の迫力は感じられないかも」
俺たちの話は興味がないだろうに、丁寧に答えてくれた。
しかし本当に個人競技ばかりで驚く。何か理由でもあるのだろうか。
「何で団体競技がないの?」
「みんな協調性がないからじゃないかな。教師も団体競技のない理由なんて言わないし。ただ柔道と剣道の時は精神的なものを色々言われていたかな」
「そうなんだ。協調性がなければ、それを身に付けるために何かしらの団体球技とかしてもよさそうなのにね」
「この学校の考えていることだからね。俺は理解したいと思うことが少ないから考えないようにしているよ」
そんなものなのか。朝永はアルファもそれなりに抑制されていると言うしな。それにオメガよりもアルファの方が扱いが雑なのは確かだ。金も掛かるみたいだし。
「柔道や剣道は迫力ありそうで見てみたいな」
継直のわくわくした声に、朝永はゆっくりと頷いた。
「私怨ある奴ら同士のやり取りはかなりの迫力があったよ。俺たちでも手を止めて楽しく見ていたから」
こわっ。
朝永はなんてことないようにニコニコ言うけど、私怨ある奴らって時点で怖いし、授業使ってなんの恨みを晴らしているんだ。いきなり朝永が妖怪にでも思えてどん引いていると、それまで黙っていた椋地が口を開いた。
「一番私怨を向けられていたくせに」
「えっ」
「えっ」
俺と継直が同時に驚き、さらに同時に朝永を見やるが、朝永は楽しそうに肩を竦めていた。
「俺の時は向こうが一方的に思っているだけだから。まあ、相手の片思いとでも言うのかな」
「なんか違うと思う……」
この様子だと朝永にケガもなく相手を倒していたんだと思うけど、一年の頃からそんなことになっていたとは。あちこち恨みを買いすぎでは。古渓にも嫌われていたし、よくアルファ達からは避けられていたし。どれほど悪いことしたらそんなに私怨を買うのだろうか。
「あはは、そんな難しい顔しないでよ。もうないことだし。今は和気藹々と四対四のバレーして遊んでるくらい、クラスの奴とは仲がいいから」
「一応今は団体競技もしてるんだね」
「安心する?」
「いや、そんなんで安心はしないけど」
どうでもいい話は気が楽だ。
食べ終わってからの寮までの長い廊下もくだらない話で盛り上がる。
椋地が一部のアルファから地味に人気があって、寝技の練習の時に数名がいつも群がるのだとか。ただ、椋地は邪な思考を持って近づいてきた相手には授業内容無視で絞め落としていたと言うから笑った。小さい頃、きれいな顔立ちに心配した両親が武術全般を習わせていたらしい。そして筋肉が余計につかない分、技術面を磨きまくったとか。
きっと両親は大正解だったのだ。椋地もこれは両親に感謝なのでは。
四人だらだら話をしながら帰り、オメガ寮の前で別れる間際、朝永に腕を取られ引き止められた。
「ちょっと付き合って」
椋地は無言で去り、継直は手を振って背中を見せた。
手を引かれて足早に連れて行かれた先は逢引場。ここも久しぶりだ。
ほとんど外なのでムッとする暑さが健在だが、時折下から冷たい風が吹きぬけていくから気持ちが良かった。
いつもの定位置に朝永が座り、その足の間に俺が座る。後ろから抱っこをされてさらに引き寄せられる。
まだシャワーも浴びてないというのに、朝永は鼻を鳴らしながら項の匂いを嗅ぐ。汗臭いから止めてほしいが朝永はこれが至福だというから我慢してやる。
興奮してきたのか、股間をぐりぐりと尻にこすり付けてきた朝永は、さらに両手を俺の胸に伸ばしてきた。もどかしく、だが意味をもって指を動かしている。
先端がシャツ越しに擦れてうっかり反応してしまい、これ以上はダメとパシッと小気味いい音を鳴らして叩いてやった。好き勝手動いていた手はしぶしぶといったように引っ込んで、大人しく俺の腹周りに落ち着いた。
「どうしたの? 単に二人になりたかっただけ?」
「ああ、忘れていた」
「……忘れるのかい」
「夜詩人があまりにもおいしそうで」
ふざけたこという朝永だが、忘れていたという用事はなかなかに重要なものだった。
「進路をね、どうしようかなって。ちゃんと話をしたことないなと思って」
「進路……」
「オメガクラスの人たちはまだ進路について言われていないと思うんだ。アルファクラスは九月に出願して選考・発表と、この学園にいること自体優遇されていて他の学校より推薦よりも早くて、決まるのが十月末ってところかな。卒業も早いしね」
進学。
何も考えていなかった自分は朝永が何を言っているのか分からなかった。授業では番ったあとの話は散々あった。新堂からも教科書をキレイになぞっただけの授業を聞いているし。
発情期があることと、アルファがいくら番ったとはいえオメガを外に出したがらないという性質もあって殆どが卒業後は無職であるらしい。またはやりたいこと特化の学校へ通信で通い、在宅で出きる仕事に就くのだそうだ。新堂のような者は稀であるとも言っていた。新堂に言わせれば酷い旦那様らしいが、一般的には進学もさせて教師として外に出しているだけとても理解のある旦那なのだとか。
俺はどうなんだろう、どうしたいんだろう。
「全然、何も考えてないんだけど……」
「うん、さっきも言ったけど、オメガクラスの人たちはまだ話がないと思う。だいたいが進学せずに、結婚しているってことも大きいとは思うけど。あとは……、……言い方悪いかもしれないけど、アルファの進学先に特別措置でオメガの生徒を……ってこともあるし、偏差値次第なこともあるけど……。オメガがアルファの傍にいてもらうというのが一般的で……進学せずにね。まあ、結婚しなくても同棲とかね」
「ああ、なるほど」
例えば行きたい学校があったとしても、アルファの進学先が全然違うところにあれば、諦めろってことか。
と言っても俺に行きたい学校もなければ先のことなんてもよく考えたこともない。
結婚の話を以前朝永がしていた気もするけどあまりピンときていない。
ただ卒業してこの檻の中から出られる喜びを感じたい、それだけしか考えていなかったかもしれない。病む寸前なのか。
そして朝永が異様に言い淀むのは、俺に気を使ってか。
俺が行きたいところがあって、朝永ももう進学先も決めているようだし、二人が合致しなければ俺に諦めてもらうつもりで話をしようとしているのかもしれない。
考えすぎの朝永、残念だけどそれも無駄に終わる。自分の将来のことを何も考えてない時点で俺自身どうなのよと今更ながら恥ずかしさもでてきた。
「卒業したら俺は朝永といたいけど、そういうことでいいんだよね? ……ほんとは考えておくべきだったんだろうけど特に進学も考えてないし。えーと、……やりたいこともないし、適当に進学して適当に就職するのかと中学までは思っていたけど、発情期あってからそれもどこかへ消え去った気がするし……。かと言ってオメガは無職が多いからと言って無職も気が引けるというかどこかと繋がっていたい気もすると言うか……。つまり何も考えてないんだけどさ」
「俺としてはとにかく俺の傍にいてくれたら嬉しいんだ。ずっと傍にいてくれたら。ずっと俺の目の届くところにいてくれたら。俺が帰る場所には夜詩人がいてくれたら」
「うん、まあ、それは……」
「とは言っても、俺の進学先は都内なんだ。だから夜詩人にも一緒に来て欲しいんだけど……。準備は全部俺がするから……」
俺の返事が怖いとでも言うように、朝永はぎゅっと俺を後ろから抱きしめる。
都内なら選択肢は色々ありそうだ。進学するにもしないにしても。
俺としてもこんな体で、朝永と離れて暮らすのはちょっと考えられない。
朝永の腕に手を添え、体重を朝永に預けた。
「面倒な手続きも全部してくれるの?」
「うん。全部俺がする。夜詩人は隣にいてくれるだけでいいから」
「俺、掃除はしても料理できないけど」
「いい。俺がする」
「でも、俺も料理覚えたいな」
「じゃあ、夜詩人と一緒にする」
だから、早く、うんと言って。
朝永からそう聞こえてきそうで笑えた。
「朝永といるよ。こんな体で離れたくないし。俺だって一緒にいたい」
「……うん。ありがとう」
声が沈んだままだったから安心しなよという代わりに手をぺちぺちと叩いたら、もっとギュッと抱きしめられた。
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