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第三章
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「じゃあ、このページから英語で質問文をいくつか作るのでそれを文章で答えてください」
「……はい」
なぜだ、なぜ断らない。
俺に申し訳ないという気持ちは起きないのだろうか。
やはりバカにされているのか。
若干もやっとするものがあるが、吉岡はバカにするそぶりも見せないから違う気もする。
よく分からない。
テーブルに対面する形で座り、吉岡は間違っている箇所などを丁寧に教えてくれる。単語から文法まで。
だがしかし、シャーペンを持つ手が動かない。英単語も文章も何も頭に入ってこない。
今日はすでに授業でも2時間英語があった。だからもうしたくない。一番嫌いな教科が英語だからだ。
ありがたいことに吉岡が次々と問題を出してくれるから休む暇が微塵もない。
もう疲れた。
右手はシャーペンを持ったまま、両手を膝の上にのせた。顎をテーブルに置いてアピールをする。もうやる気がありませんよ、と。
ぐでっと力を抜いている俺に「早いですね、解けたんですか?」などとのん気なことを言っている。
問題を渡されてからシャーペンを動かす音が聞こえなかっただろうに、問題作りに夢中になって気がつかなかったのだろうか。
返事をするのも面倒で、頭だけ突っ伏した。
「終わっていないですね。どうしたんですか?」
「んー」
「眠いんですか?」
「んー」
疲れただけで眠くもないけど、眠いことにしよう。そしたら終わってくれそうな予感がする。
「終わりましょうか?」
待っていたその言葉に勢いよく顔を上げた。満面の笑みを浮かべ「終わる!」と声を出した。それはもう、今までの元気のなさはいったいなんなのだと思うくらいに。
しょうがないな、とでも言うように一つ息を吐いた吉岡は、立ち上がって玄関に向かった。
さすがに個人の時間を俺に割いてもらったため、お礼くらいは言わなければならないよな。
見送るため、俺も立ち上がって吉岡に続く。
「ありがとうな。南とやるよりは全然よかった。助かった」
素直な気持ちだった。
南に教えてもらうくらいなら吉岡に教えてもらうほうが断然いい。心持ちが違う。嫌いな英語を勉強したことで疲れは下が、ハラハラすることもイライラすることもなかった。
かといって次もお願いしたいかと言われればお断りなのだが。
靴を履いて振り返った吉岡はじっと俺を見つめていた。
「次も副会長のとき変わりましょうか? と言っても教えられるのは英語くらいですけど」
「いや、大丈夫。南とは今日で終わりだから」
「そうですか」
「うん。こんな時間まで本当にありがとうな。気をつけてな、って言っても部屋はすぐ前か」
あはは、と乾いた笑いをしていると吉岡はまた俯いて顎を触っていた。時々やるこのしぐさ。何かを考えているときの癖なんだろう。
帰る気配のしない吉岡にどうしたんだろうと首を傾げてみると、吉岡は顎を触るのをやめ、ゆっくりと顔を上げた。
「お礼、してもらってもいいですか?」
「お礼?」
「はい」
まぁ、そうだな。
二時間近くも教えてもらっていたんだ。礼をしてもいいだろう。だが俺が出来る範囲以内での話だ。
「俺自体はあんまり金ないから高いものは駄目だけど、とりあえず内容聞くよ」
「大丈夫です。物じゃないんで」
「物じゃないの?」
返事をする代わりにさっき履いたばかりの靴を脱ぎ、また部屋に上がってきた。二歩ほど歩いて俺を見下ろす。
吉岡が近づいたことで俺は少し体を仰け反ってしまった。その勢いで1歩下がった俺の右腕を吉岡が捕らえた。
おびえているわけではないが、力強いそれに思わず体全体に力が入ってしまう。
そして捕らえられたのは腕だけじゃない。眼を細めて俺を見つめる視線から離れられないでいた。腕ではなく、なぜか背中が落ち着かなかった。
「……なんだよ」
吉岡の思考が読めず、口調が固くなってしまっていた。それを気にするでもない吉岡はいつもと変わらない表情で。
「お礼、もらいますね」
「だから、ちゃんとお礼はす……」
言いかけた言葉はすべて出すことが出来ず、吉岡の唇に吸い込まれた。
「……はい」
なぜだ、なぜ断らない。
俺に申し訳ないという気持ちは起きないのだろうか。
やはりバカにされているのか。
若干もやっとするものがあるが、吉岡はバカにするそぶりも見せないから違う気もする。
よく分からない。
テーブルに対面する形で座り、吉岡は間違っている箇所などを丁寧に教えてくれる。単語から文法まで。
だがしかし、シャーペンを持つ手が動かない。英単語も文章も何も頭に入ってこない。
今日はすでに授業でも2時間英語があった。だからもうしたくない。一番嫌いな教科が英語だからだ。
ありがたいことに吉岡が次々と問題を出してくれるから休む暇が微塵もない。
もう疲れた。
右手はシャーペンを持ったまま、両手を膝の上にのせた。顎をテーブルに置いてアピールをする。もうやる気がありませんよ、と。
ぐでっと力を抜いている俺に「早いですね、解けたんですか?」などとのん気なことを言っている。
問題を渡されてからシャーペンを動かす音が聞こえなかっただろうに、問題作りに夢中になって気がつかなかったのだろうか。
返事をするのも面倒で、頭だけ突っ伏した。
「終わっていないですね。どうしたんですか?」
「んー」
「眠いんですか?」
「んー」
疲れただけで眠くもないけど、眠いことにしよう。そしたら終わってくれそうな予感がする。
「終わりましょうか?」
待っていたその言葉に勢いよく顔を上げた。満面の笑みを浮かべ「終わる!」と声を出した。それはもう、今までの元気のなさはいったいなんなのだと思うくらいに。
しょうがないな、とでも言うように一つ息を吐いた吉岡は、立ち上がって玄関に向かった。
さすがに個人の時間を俺に割いてもらったため、お礼くらいは言わなければならないよな。
見送るため、俺も立ち上がって吉岡に続く。
「ありがとうな。南とやるよりは全然よかった。助かった」
素直な気持ちだった。
南に教えてもらうくらいなら吉岡に教えてもらうほうが断然いい。心持ちが違う。嫌いな英語を勉強したことで疲れは下が、ハラハラすることもイライラすることもなかった。
かといって次もお願いしたいかと言われればお断りなのだが。
靴を履いて振り返った吉岡はじっと俺を見つめていた。
「次も副会長のとき変わりましょうか? と言っても教えられるのは英語くらいですけど」
「いや、大丈夫。南とは今日で終わりだから」
「そうですか」
「うん。こんな時間まで本当にありがとうな。気をつけてな、って言っても部屋はすぐ前か」
あはは、と乾いた笑いをしていると吉岡はまた俯いて顎を触っていた。時々やるこのしぐさ。何かを考えているときの癖なんだろう。
帰る気配のしない吉岡にどうしたんだろうと首を傾げてみると、吉岡は顎を触るのをやめ、ゆっくりと顔を上げた。
「お礼、してもらってもいいですか?」
「お礼?」
「はい」
まぁ、そうだな。
二時間近くも教えてもらっていたんだ。礼をしてもいいだろう。だが俺が出来る範囲以内での話だ。
「俺自体はあんまり金ないから高いものは駄目だけど、とりあえず内容聞くよ」
「大丈夫です。物じゃないんで」
「物じゃないの?」
返事をする代わりにさっき履いたばかりの靴を脱ぎ、また部屋に上がってきた。二歩ほど歩いて俺を見下ろす。
吉岡が近づいたことで俺は少し体を仰け反ってしまった。その勢いで1歩下がった俺の右腕を吉岡が捕らえた。
おびえているわけではないが、力強いそれに思わず体全体に力が入ってしまう。
そして捕らえられたのは腕だけじゃない。眼を細めて俺を見つめる視線から離れられないでいた。腕ではなく、なぜか背中が落ち着かなかった。
「……なんだよ」
吉岡の思考が読めず、口調が固くなってしまっていた。それを気にするでもない吉岡はいつもと変わらない表情で。
「お礼、もらいますね」
「だから、ちゃんとお礼はす……」
言いかけた言葉はすべて出すことが出来ず、吉岡の唇に吸い込まれた。
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