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中等部三年のカナタと海斗
しおりを挟む南と北村、中等部三年の秋
北村視点
*
「海斗!」
廊下を歩いていると後ろからバタバタと走る音が聞こえ、叫ばれた声も馴染みのものだったが面倒で振り替えることはしなかった。
いつも騒がしく、嫌いとまではいかないが時々面倒くさいときがある。
「おい、海斗!」
遠慮のない力で肩をつかんで俺の体をひき止める。少し幼さを残すがひどく整った顔をしているそいつは額にうっすらと汗をかいていた。まだ暑い季節でもあるが、いつも飄々とした姿の癖に、こんな姿が珍しくて眺めてしまった。
「許嫁がいるって……」
はあはあと息を整えながら、汗をかいてまで聞きたかっただろう本題を切り出すカナタはむすっと唇をつきだしていた。
「いるけど。と言っても遠縁で顔見知りだけどな」
「聞いてないんだけど」
「言ってないからな」
「まだ俺たちは14才なんだぞ? お前はそれでいいわけ?」
「いいもなにも親が決めたことだし。……まぁ、まだまだ結婚できる年でもないし、今すぐにどーのこーのって話しでもないしな」
「まーねー」
何を焦っているのか不明だか、俺はもう納得済みだ。相手の顔も性格も嫌いじゃない。恋愛結婚より見合い結婚の方が離婚率は低いと言うのだから別にうまくいかないということもないだろう。多少の我慢は結婚に付き物だと父も言っていた。結婚は忍耐、とも。普段から母の尻に敷かれまくっている父を見れば、波風たてない過ごしはこういうものかと学んだ。
行き先も分からないはずだが、カナタは俺の横に並んで歩き始めた。
2年前までは小さくてかわいい顔したやつだったのに、中等部に入った頃からぐんぐんと成長し始めた南はまだ幼さの残る顔をしていた。身長と顔のアンバランスさがいいといって年上年下関係なくモテていた。それを自覚してか相当遊んでいたように思う。一応相手は選んでいるようだったが。だから大きなトラブルもなくそれほど恨まれもせずにいる。実に器用なやつだと思っていた。別に俺はそうありたいわけでもないので羨ましくもないが。
ああ、小さい頃のカナタは可愛かったのに……。性格だって今よりもっと素直で可愛かったのに……。今はもう可愛くない体になってしまった姿を見て、可愛くない脳ミソと下半身のことを考えてタメ息が漏れた。
「あれ? そう言えば海斗はどこに行くんだったんだ?」
「今頃か。図書室へ行くんだよ」
「つまんなすぎ」
「ちょっと面白いものを見つけたんだ」
「活字中毒はなんでも面白いんだろー?」
「いや、卒業生の文集なんだ。初等部は文集なんて無かったから新鮮でさ」
ここでつまらなそうにしていたカナタも目を光らせた。
「へー、ちょっと面白そう」
「担任もここ出身だから探してみたらあってさ。昔から老け顔で結構笑えた」
カナタは見たい生徒でもいるんだろう。図書室に入って奥の棚に行くと背表紙をなぞりながら目的の年代を探しては手にした。まだ真新しい背表紙の、去年の卒業生のものだった。
俺は久しぶりにカナタの昔を思い出したので、カナタの二番目の兄のものを取った。
3つ上の先輩の夜鷹さんは、南三兄弟の中で一番のかわいこちゃんだった。今はもう会うことが少なくなくて、去年の正月の会食を最後に会ったきりだった。あの時で16才だったと思うが、長身なのに誰よりも目につく中性的な美貌を持ちあわせていた。
「あ、ほら。夜鷹さんいる」
「へー」
「相変わらずかわいいな……。よく見るとちょっと昔のカナタに似ている」
「俺の昔は確かにかわいいけど、15才の夜鷹が昔の俺に似てるってどう言うことだよ」
「夜鷹さんは童顔だな」
「夜鷹はバケモンだ」
「なんだそれ。お前の兄だぞ」
思わず笑ってしまうがこの三兄弟の兄弟間の縦の序列は絶対で、記憶する限りカナタが兄達に楯突くところを見たことがなかった。家族に対して話す言葉もすべて敬語だ。
しかし夜鷹さんだけには呼び捨てと言う不思議な関係。
ちらりとカナタの開いているページを覗けば生徒会の面々が写真に納まっていた。
「懐かしいな。カナタも生徒会メンバーだったから世話になったんじゃないか」
「そう。……結構楽しかったんだよね、生徒会補佐してるとき」
「へー」
珍しい。いつものふざけた調子のない、懐かしそうに目を細めて言うから本当のことなんだろう。カナタにそんなことを思わせる先輩達は単純にすごいなと感心した。
「あ、副会長。この写真だと女の子みたいだな」
「……そうだね」
去年副会長だった能登さんは少し線が細くてふとした瞬間、女の子に見えることもあった。しかし卒業間際になるとそれも削ぎ落とされて憂いを帯びた美人になっていた。優しさが表に現れていたし、どこか儚くもあった。
カナタはジッと同じページを見つめている。そんなに思い出に浸るやつだったろうかと首をかしげた。
「さすがにお前も何かしらの感傷とかあるのか?」
「まさかぁ。ただ懐かしかっただけ~!」
ばん! と勢いよく本を閉じ、「んー」と猫のように背伸びをしたカナタ。
「さて、海斗。ご飯一緒にどう?」
「そうだな。カナタと食べるのは久しぶりだし一緒に食べるか。あ、うち来るか? 母親が会いたがっていたわ」
「そうねー久しぶりだし、明日休みだしどうせならお邪魔させてもらおうかな」
家族ぐるみの仲の良さは健在で、カナタを連れ帰ったら母親が大感激していた。カナタの顔が大好きなの! と大声をあげていて恥ずかしくなった。
翌週の放課後、カナタが懐かしそうにしていた文集が見たくなっていつものように一人で図書室へと行った。しかし去年のものだけなくなっていた。
これは貸し借り出来るものではなく、ここでしか読めないから誰かが読んでいるのかなと思ってその日はあきらめた。しかし、あれからいつ図書室に行ってもあの文集だけは本棚に並ぶことはなくなっていた。
おわり
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