できそこない

梅鉢

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 次に目が覚めたときには1人ベッドの上で横になっていた。カーテンも開けられ、随分と日差しが強くなっているようだった。
 今井はまだ裸でいたが、ちゃんと毛布を掛けられていたため寒くはなかった。それに冷やすなとでもいうように腹にバスタオルが巻き付けてあって。
 ベッドに寝転んだまま人の気配を探るが誰もいないようだ、何の音もしない。
 動くと関節が痛み、眉を寄せて起き上がった。足腰が立ちそうもなく四つんばいになって部屋を移動する。玄関に置いたままのカバンをあさり、薬ケースを探すが見当たらない。どこへやってしまったのだろう。
 その場で記憶を辿っていると後孔から内股へつぅと白濁したものが伝った。誰も見ていないが恥ずかしさに顔が熱くなる。目の前のトイレに行こうと這ったままドアを開けると薬たちが床に散乱していた。
 記憶が曖昧だが、服用しようとしたところを深町に見つかったのだったと思い出す。
 便器に座り薬のパッケージを開封した。
 アフターピルなど飲んだことがない。襲われることもよくあるのだから持っておくのが常識だと医者が言うから持っていただけで実際使うことはなかった。
 番じゃないαとのセックスで約10%の妊娠率。まともなΩじゃない自分とならもっと確立は低いはずだ。できるはずがない。
 それでも出来ていたらどうしよう。深町と自分の子。
 想像してみたらペタンコな腹が愛おしく感じた。それは不思議な感覚。どこかくすぐったさも感じる。
 しかしこんなことを考えたっていいことは何一つない。心を無にし、傷が深くなる前にアフターピルを飲み込んだ。水なしでの服薬が可能なものでなんとかその場で胃に押しやった感じだ。
 今は深町の精液で落ち着いているようだったがΩの発情期は1週間。併用して抑制剤を使用した。

 体のあちこちから感じられる深町の名残を消すため浴室に向かう。壁や物に掴まりながらだったらなんとか歩けるようになったが、シャワーを浴びるときは立っていられず座って浴びた。
 深町に抱かれたのは夢ではなかったがどこか夢心地でもあった。
 射精できなくてつらいときはあったが特に酷くされたわけでもない。普段の優しさはなく意地悪とさえ感じたが、嫌々抱いてくれたのだとしても何度もイかせてくれたから本当に助かった。いつもと違う様子に考えていることが分からなかったが自分のこともよく分からないから他人のことなど尚更か。思考の深みに嵌まると抜け出せなくなるのはいつものことだった。

 念入りに体を洗い部屋着に着替えた。怠い腕を動かして髪の毛をタオルで拭く。
 Ωは発情期の最中、申請をすれば学校や会社など特別休暇がもらえる。すべてが免除されるのだ。今までは必要なかったが今回はそういう訳にもいかなそうだ。
 今まで申請したことがなかったため事務方はしつこく状況を聞いてきたがなんとか受理されたようだった。でもこれで一安心。

 スマホを手にしたままその場に寝転がる。目を閉じると思い出されるのは夜の情事。月明かりであまり表情が見えなかったが深町はやはりキレイだった。男であってもΩという性別が深町をあんなふうにしてしまったが、もう治っただろうか。
 それより次はどんな顔をして会ったらいいのか、何を話したらいいのか分からない。絶対に意識してしまう。目だって恥ずかしさと申し訳なさで合わせられないかもしれない。

 脳内で1人悶えていると手にしていたスマホが震えた。
 庭山からの着信だった。さぼることのない真面目な今井がいないことを不思議に思ってのことだろう。
 少し迷ったが出ることにした。出なきゃ出ないでアパートにこられても困ると考えて。

「はい」
『やっと出た。何回も電話したんだぞ』

 画面に通知があっただろうか、よく見ていなかったため分からなかった。

「ごめん、寝ていたから」
『寝てたー? なに、具合でも悪いわけ』
「いや、そういうわけじゃ……、うん、体調はよくないかな」
『どっちだよ』

 よく分からない今井の発言に庭山は苦笑する。今井もなんと答えたらいいのか分からなかったからだ。とにかく1週間何事もなく1人で過ごしたいから庭山への返事を間違えないようにしなければならない。

「まぁ、寝てたら治ってきたんだけどさ。明日はちょっと実家に用があるから休むけど、大丈夫だから」
『ふーん、珍しい。実家の話なんて聞いたことねーな、そう言えば』
「ああ、まぁ……。電話ありがとう、また来週」

 どうせ嘘だ。ばれる前に色々聞かれるのも面倒で早々に話題を打ち切り通話も切った。少々冷たい印象を与えてしまったかもしれないがこのときばかりは仕方ないだろうと言い聞かせる。
 それにしても今日が土曜で助かった。日曜はバイトが入っているがそれも休まなくてはならない。電話をするのが億劫でスマホをソファに投げた。

 テレビをつけると普段見ないワイドショーがやっていた。芸能ごとに興味のない今井はこういった番組が好きではなかったが今日は何でもいいから目にしていたかった。頭に入らなくてもころころ変わる映像を見て視界だけでも現実逃避をしたかったからだ。
 いくつかチャンネルを変えると企業同士の吸収合併のニュースがやっていた。“フカマチファイナンス”と映し出された文字についつい目が止まってしまう。フカマチか、周りにはあまりいないがよくある名前なのかと回らない頭で考えていると社長らしき恰幅のいい中年男性が車の後部座席に乗り込んだ。そしてお付の人なのか、若そうな後姿の男にドアを閉めてもらっていた。さすが社長様。と思った瞬間そのお付の人を2度見してしまった。
 その人も自分で助手席のドアを開けて自ら乗り込む。見慣れないかっちりとしたスーツ姿に顔に似合った整えられた髪。男らしさもあるのにバランスの取れた横顔はみとれるほど美しかった。とても同い年には見えない。

「……てか、なんで……」

 思わずポツリと呟いた。1人でいる今は誰にも届かない言葉だった。
 画面には走り去っていく車、しかしすぐにスタジオへと戻された。もう一回見せろと願っても叶うわけもなく。
 つい何時間か前まで一緒にいてドロドロのセックスしていたと思えない。爽やかさも感じる男前のあの人は同一人物だろうか。テレビに出てしまうような人にセックスを強請ってしまったのか。
 また恥ずかしさと申し訳なさに包まれる。後悔しても遅い、終わってしまったことにくよくよしないでこれから先、同じことを繰り返さなければいいだけのことだ。

 しばらく横になってごろごろ過ごすがさすが発情期というのだろうか。効き目が強い方の抑制剤を打ったが体が熱くぼんやりとしてしまう。そして疼く場所がある。深町のせいでそれがどこかを知ってしまったからなお辛い。自慰をしてみたが心の底から満足できるものじゃなかった。
後ろを弄ってみようか。でもどうやって。よく分からない。

 分からないなら調べてみることにしようと、ソファに投げたままのスマホを手にしてその場にごろりと横になった。
 Ωの発情期のやりすごしかたを検索。
 真っ先に出てきたのはその名のまま『ヤりすごす』というもので今井の落胆は激しかった。それができたら苦労はないのだ。
 質問掲示板へ行ってみると先ほどと同じく『αに中出ししてもらうのが一番』という意見ばかりだ。
 それも個人差があり、ホルモン値の強いαがいいらしいが今井には強いαなど見分けはつかないしαの知り合いなど深町しかいない。
 深町を中で受け入れてからしばらくは体が楽だったため、きっと深町も強いαなのだろう。未経験と思われるΩたちがαとセックスしてみたいと欲望をむき出しにしたレスを見ていると、自分は恵まれていたのだなとなんとなく思った。Ωという性を預けられているが不出来な体で過ごしてきたため、αと番うこともセックスすることも自分の人生の中ではないものだと思っていたのだ。
 αとセックスをしたことがないΩたちのレスはとにかく色々な自慰の仕方があった。できそうなことから到底出来なさそうなことまで様々だ。
 とりあえずできることだけをしてみようとログをあさった。



 なんとか自慰とごろ寝で4日をやり過ごした。一日目の、発情したてのころよりも体が楽になってきていた。
 庭山はマメに連絡をしてくれたが深町はさっぱりだった。まだ関係を持つ前の方が連絡を取っていた気がする。連絡はいつも深町からで今井はいつも受身でいたから深町から連絡が来ないとこうもつながりが途切れてしまうなんて。それだけの関係であるんだとは思うし、連絡をしない自分が悪いのだがそれは棚に上げて深町を責めてしまう気持ちが芽生える。

 発情中は体調もあまりよくないから1日1食や2食でも大丈夫だったが、発情5日目ともなると普段のように腹も空いてくる。
 抑制剤もよく効いていたためもしかしたら外に出ても大丈夫かもしれない。冷蔵庫も何もなくなってきたし買い物にも行きたかったから丁度いい。

 匂いの染み付いた部屋着を洗濯機に投げ込み、シャツにデニムと簡単に着替えた。靴を履いて部屋の外に出たときにアパートの廊下から久しぶりの外を見下ろした。すると路側帯に見慣れた黒いセダンが止まっていてドキリとした。車の所有者は見事なまでの所作で車から降りるところだった。すらりと伸びた長い手足はαだけに与えられたαだけの特権である。テレビで見たときと違う色のスーツ姿だった。家業の仕事帰りだろうか、スーツ姿でアパートに来ることはそうない。

 見とれていたがハッと我に返った。スマホには何も連絡はなかった。どうしたのだろう。
 とにかく見つからないようしゃがみ、いつも使っている階段とは反対の方へ行く。行き止まりだが少しだけ壁に窪みがあるからそこにかくれようと先を急いだ。

 外階段にはカンカンと音を鳴らして上がってくるゆっくりとした足音。顔を出すわけにはいかないから耳をそばだてた。
 廊下を歩き、だんだんと近づいてくる。ガサガサとビニールか何かが擦れる音もした。ドキドキするが、それも途中で止まる。2階に4部屋あるアパート、今井の部屋は階段から3番目の部屋だった。

 何度か呼び鈴を鳴らしているが出てくる様子のない入り口に向かって「留守か……」とため息交じりで甘い声がした。この声を聞いた途端体がジンと痺れた。あの濃密な時間が思い出され、体が勝手に反応してしまう。治まったと思っていた発情期はまだだったのか。深町のせいで逆戻りなのか。

 見つからないよう狭い窪みの中、震え始めた体を抱きしめた。息を必死で殺す。

「かくれんぼ?」

 膝が笑ってうまく立てない。そんな中聞こえた声にもうダメだと体が崩れた。
 咄嗟に深町が体を支え、今井の体を大事に大事に抱きこむ。あの日よりも深町の匂いは薄いものではあったがこの数日間あまり満足の出来ない自慰で終わらせていた今井には刺激が強いものでしかなかった。
 上等なスーツだろうに今井はそんなことも考えられずにギュッと深町の袖を握り締めた。

「かくれんぼは俺のいないところで喜一とやってほしいな」

 来ないと思った。もう会ってもらえないものだと。βと嘘をつき浅ましく体を強請った自分に呆れられたのだと。
 でも会いに来てくれるとどこかで期待もしていた。連絡のよこさない深町を責めたのもそういった気持ちからだ。会っても気不味いだけだと分かっていてもだ。
 二度と深町には迷惑は掛けられないと心から思っている。思っているのに背中に回った腕に、この手を離して欲しくないと強く願った。
 発情期だからなのか、矛盾だらけの都合のいい、自分勝手なことばかり考えてしまう。

「まだ発情期でしょ、匂いが強いよ。それなのに外にいるなんて関心しないな。鍵出して」
「あ、……でも」
「でも、何?」
「……なんでもない」
「そう? じゃあ部屋に行こう」

 もともとΩがαに逆らえるわけがない。本音がどうあろうと深町に触れられて体中が喜んでいる、これが事実だ。
 手に持っていた鍵を渡し、今井の腰を抱き寄せた深町はドアへと向かった。
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