できそこない

梅鉢

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 長くて濃密な初めての発情期が終わり、なんでもなかったかのように講義を受けた。
 久しぶりに会った庭山は今井の顔を見た瞬間ほっとしたように眉を下げたのは一瞬で、すぐに怒ったような顔を向けてきた。

「実家の用事だからと言っていたけど、なんか痩せてないか、お前」
「……そう? 忙しかったからな。時々御飯を食べ忘れることあったからそのせいかもしれない」
「メシを忘れるほどの忙しさって、よっぽどだな」
「……まぁ」

 詳しく話を聞かれたくなくて曖昧に笑みを浮かべて視線を外した。それを察したのかどうかは分からないが庭山は隣で盛大なため息をついて前を向いた。
 1人、黙っていると考えてしまうのはやはり深町のことだった。


 花束をもらって告白を受けた。返事らしい返事もしないで終わったがきっと深町に自分の気持ちは伝わっているのではないかと思う。最後に抱かれたときは早急な仕草であったが今井はそんな深町相手に『愛おしい』という思いを込めて自分を攻め立てる深町を抱きしめた。
 思いを寄せ合ったセックスのはずなのにどこかに隙間がある気がして必死で深町の名も呼んだ。「陸」と。
 呼んだときの深町は溶けそうなほどに表情を緩めてキスをくれたが同時に焦りも見て取れた。
 こんな深町も珍しいなと思ったが深町から何かを言ってくるわけじゃないので気にはなったが何も聞かずに終わった。

 お互い好きだとなってもこの先どうなるかなんて分からない。そもそもΩの匂いにおかしくなったままいるかもしれない。それに深町はいいとこのボンボンだ。将来を約束されている立場。誰かいい人が現れるまで一緒にいられたらいいな、なんて、本音は違うところにあるくせに物分りのいい人間を装ってしまう。
 深町がアフターピルを全部捨てたと勝ち誇ったような笑顔をしていたが、当然部屋の中には予備が隠してある。今後深町が困らないよう予備のアフターピルをこっそりと服用した。今度は感情を殺さずに服用できた。1度してしまえば2度も3度も同じ事のような想いだった。




 今までただの遊びや出かけるといったものも「デート」と名を変えられて深町に誘われるようになった。
 庭山の前では変わらぬ姿でいてくれたが、2人きりになるとスキンシップが過剰になった。嬉しさもあるが恥ずかしさの方が勝って心にもない態度を出してしまう。

 中毒性のある声で「好きだよ」と囁かれれば顔を真っ赤にして動揺してしまい、そんな自分をみて深町は満足そうに微笑む。


 忙しいだろうに、10分だけでもアパートまで顔を見に来てくれたり時間が合えばゆっくり過ごしたりと自分と過ごす時間を深町なりに作ってくれていた。
 だから未来はないと思っているくせに深町といることが自分にとってかけがえのないものとなっていくのも、どんどんのめりこんでしまうのも、好きだという気持ちだけが膨らんでいくのも時間はかからなかった。
 向けられる愛情が嘘のものとは思えない。
 そのせいなのか。時々アパートに泊まることもあっても「お腹を大事にしないとね」と抱くことはせず、ただ後ろから抱きしめて何もない腹をさすってくる深町。2ヶ月も半ばを過ぎると『体調に変わりない?』『無理ちゃダメだからね』とメッセージもまめに寄越すようになり、今井はいよいよ耐え切れなくなってきていた。お互いまだ若い上に学生の身分。でも本当はアフターピルを飲まなければ良かったのだろうかと自分の行動に自信がもてなく、罪の意識が少しずつ積み重なりとぐろを巻く。

 体調なんて変わりあるはずがない。このまま出来なかったとしても深町は自分を責めないと分かっているが今、このときの深町の優しさや気遣いが辛い。セックスだって意地悪だったし体を好き勝手にされたけれどそれきりであとは以前よりも優しく大切にしてくれた。告白だってそうだ。今井には十分すぎる甘い毒。

 本当のことを言おうか、言うまいか。
 いっそのこと項を噛んでくれていたら……。そうしたら何も考えず深町に付いていったかもしれない。
 いや、もしもの話などしても何もならないと一人ごちて首を振った。

 このままあと半月もしたらまた発情期が来るかもしれない。ホルモンバランスが落ち着いてなければ遅れるかもしれないがどのみち深町と過ごしていたらΩらしい発情期が来ることだろう。『残念ながら今回はダメだった』と思わせるしかないかなと、やはりアフターピルのことは言わずにいようと決めた。

 しかし深町は遊びではなく本気で自分に孕んで欲しいと願っているようで、番にもなっていないのになぜそこまで拘るのかやはり聞いてみたくなった。
 どうせなら順番通り、番になってから妊娠したいからだ。


 やっと自分の中で折り合いをつけたというのに深町は忙しいのかメッセージや電話をくれるが会いにきてはくれなかった。
 我がままだな、と思う。与えられるものが当たり前になってくるとそれ以上を求めてしまうのは我がままだ。深町のようなαに愛されてこれ以上を望んだらバチが当たるかもしれない。
 バイト中だというのに考えることといえばいつも深町のことだけだ。自分でも相当嵌っているなーとは思う。その背景には第二の性別があるからだろうがまともに恋愛などしたことがない今井にとって上等なαとの関係に嵌ってしまうのは仕方のないことだった。



 秋が近づき、夜はもう寒い。夏の名残など感じさせない肌寒さ。
 バイト帰りに自動販売機でホットコーヒーを買って手を温めた。手足の末端は冷たいが体の中は熱がこもっているように熱い。
 目を閉じるとふらつきそうになった。もしかして。前回の発情期から考えるとあと4日ほど猶予はあったはずだが、遅く来るならいいけど早いと損した気分になるなと、こんなところで発情していられないからと火照り始めた体を抱きしめながら足早に帰った。

 たいした走りもしていないのに息が上がる。そしてアパート前の路側帯に見慣れたセダンが止まっていてさらに心臓が跳ね上がる。
 深町だ。告白されてから一緒に過ごす時間を増やすため合鍵を奪われ、時々こうやって帰りを待っていてくれることもあった。
 久しぶりに会いに来てくれて嬉しさが一番だが、すぐに発情期がきたことでがっかりされるんだろうかなどネガティブなことを考えてしまう。折り合いをつけたはずなのに妊娠していない自分を見てがっかりされたらどうしようなど、出てくることは悪いことばかりだ。
 でも深町は優しい。
 残念がるけど、きっと優しくしてくれる。

 高鳴る胸に手を当ててドアノブを回した。部屋からは深町が出す独特の甘いにおい。セックスをしてから深町の匂いを嗅ぎ分けられるようになった。火照り始めた体には効果的面で、ダイレクトに下半身に届いた。

 電気をつけスニーカーを脱捨て、はぁはぁと熱い息を吐きながら前かがみになって足を進める。部屋のドアノブに手をかけようとしたときそれより早くドアが開いた。

 深町……。

 久しぶりの深町が嬉しくて、手を伸ばして蕩けた顔で見上げてみれば目を見開いて唖然とした表情の深町がいた。
 そんな顔して珍しい、と思うが伸ばした手はいつまで経っても受け取ってもらえなかった。それどころか深町の表情は無になっていく。冷たさも感じられるほどのそれは熱くなった今井の体とは反比例していくかのようで。

「……みのる……発情期、きたんだ……」
「あ、うん……」
「そっか……。発情期に外に行くなんて感心しないと言ったはずだけど」
「いや、さっき、なんかおかしいなと思ったんだけど……陸が……深町がいた、から……」

 声も冷たくて伸ばした手も壁へとついてそのばにずるずるとしゃがみこんだ。こんなに苦しいのに深町は自分に触ろうとしない。それどころか拒絶するような態度だ。思わず名前を言い直すほどに。
 番でもないから孕む確立は10%程度なのに、どうしてここまで責められるような、がっかりした態度をとられるのか。
 そんな思考とは裏腹に目の前には発情剤とも言える深町がいるから息をするのも辛い。体のあちこちがむずむずとして奥が疼いて仕方なかった。
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