できそこない

梅鉢

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 眠りが浅くなっていたせいか、かすかに耳に届いた物音に目を覚ます。
 重い瞼を上げ室内を見渡すが何も変わったところはない。玄関だろうか、誰かの話し声が聞こえた。
 声のトーンからして深町だろう。まだアパートに、自分が目覚めてからも深町がいたことに安堵の息が漏れる。

 またセックスのあと眠りに落ちてしまっていたようだ。
 もともと弱くなっていた発情期だが中出しのおかげで頭は随分スッキリしていたが、そのかわりにまだ抱かれることに慣れていない体は重く下半身の節々が痛かった。
 薄掛けを手繰り寄せ体にかける。部屋中いっぱい、深町の匂いで溢れていた。欲を満たした今は意識をふわふわさせてくれるような感覚に陥る。中出しされていなかったらきっと欲情しだしていることだろう。シーツに付いた残り香すら敏感に拾ってしまい匂いがする場所を鼻で探ってしまうのは無意識だった。

「起きたの?」

 スマホを片手に上半身裸で部屋に戻ってきた深町はシャワーでも浴びたのか髪の毛が濡れていた。
 よく見れば体にもまだ水滴が付いている。程よい筋肉が動くのを、濡れた髪の毛をかきあげる仕草も今井はぼーっとベッドに横になったまま見とれていた。

「この間は起きるまでいて上げられなくてごめんね。やり逃げみたいになっちゃたけど急用が入っちゃって」

 ベッドに腰を掛け、返事の変わりにゆっくりと瞬きをした今井の頭を撫でた。
 喘ぎっぱなしの今井には声を出すのも億劫だった。が、テレビで見た深町を思い出して擦れた声で「出てたの見たよ」とだけ口にした。主語の抜けたものだというのに深町は「ああ、見たんだ。そう、それ。かなりマスコミ来てたから」と分かったように返答してきた。

 今日はやけに瞼が重い。瞬きするたび重くなっていくように感じた。穏やかな雰囲気の深町を、美しい上半身を晒している深町を見ていたいが眠気も限界だった。先ほど起きたばかりだというのにこの眠気はなんなのだろうと不思議だった。眠っている間にまた深町がいなくなってしまうのも寂しくて頭を撫でる手を掴んだ。自分が次に起きるまでそばにいてくれと願いを込めて。

 その願いを遮るように静かな部屋にけたたましいベルの音が鳴り響いた。
 聞きなれない音に一気に覚醒した今井は真っ直ぐに深町を見た。スマホは常にマナーモードにしていたはずの深町が音を鳴らせているのが不思議だったし、それともスマホ以外の何かかも見当が付かず横顔を見ていたが深町は舌打ちとともに顔を顰めていた。
 こんなに機嫌の悪い深町も珍しいものだ。

 音は鳴り続けている。深町は不機嫌そうな姿で動かない。

 ベルの音は必要以上に大きく聞こえ、心臓がドキドキとし始めた今井は深町の腕を握る力を強くした。“何の音?”と。
 それが合図だったかのように深町は今井に被さり、余裕のない動作で唇を奪った。聞いて欲しくないことだったのだろう。だから今井も深町に合わせるよう瞼を下げた。
 だが、ベルの音が鳴り止むとあっさりと深町は離れていった。物足りなさを感じてしまったが、すがりつくようなことはしたくなかったため離れていく腕を見送った。
 難しい表情でスマホを弄り、深町は大きく息を吐いているがわざとなのか自然のものなのかは判別が付かない。どちらにせよあまり心地いいものではなかった。
 何か仕事で揉め事でもあるのだろうか。Ωだとばれてしまってからは色んな表情や態度を見せられてきたがもともと深町は明るくて優しい人だ。深町にあんな表情をさせるのはきっと自分には想像もつかない面倒ごとなんだろう。
 αって大変そうだ。
 あれだけセックスをしてもらっておきながらさっきのキスだけでまたゆるく勃ちあがってしまっている自身を恥ずかしく思いながら上掛けを手繰り寄せて体に巻きつけた。
 すると深町は今井の気持ちを汲み取ったかのようにスマホをソファに投げつけて笑顔を向けてきた。もしかして物欲しそうな顔でもしていただろうかとサッと視線を下ろす。顔に熱が集まるのが分かって上掛けで顔も隠した。
 ガサガサとしたビニールの音がするが顔は上げられそうにない。
 アレだけの痴態を見せてもまだ羞恥はしっかりと残っていて自分でも少し驚くものはあったが、深町に溺れている最中は快感に支配されていて理性などすっかり消え去ってしまうのだから仕方ないのかもしれない。

「みのる」

 甘い響き。
 深町が呼んでくれるだけで自分の名前が上等のものように思えてくるから不思議だ。
 ここで顔を上げればよかったのに何故か名前を呼ぶ声を聞いてしまった後では恥ずかしさが増してしまい返事をするタイミングも顔を上げるタイミングも分からなくなってしまった。
 そしてどうしようなどと考えているうちに無視してしまったように時間がすぎていってしまって。
 本当に自分はダメな人間だ、いくら恥ずかしいからって1人の人相手に満足に受け答えすらできないとは。ましてや自分を助けてくれて、自分だって少なからず好意を持っている人が相手だというのに。自己嫌悪を壊してくれるよう上掛けごと深町に抱きかかえられた。
 驚きなんかよりも断然嬉しさが勝ち、何故この人はこんなに優しいのだろうと目頭がじわじわと熱くなった。
 深町に抱きかかえられたところも温かい。

「ねえ、みのる。顔見せてよ」

 ここまでされて顔を上げないわけにはいかない。嬉しさやら恥ずかしさやら入り混じっているが、負の感情など何一つない。胸がドキドキして苦しいくらいだ。
 少し2人に距離が出来、おずおずと顔を上げれば優しく微笑む深町がそこに。

「21歳おめでとう。好きだよ。みのるがずっと好きだったよ」

 一呼吸置いて、状況が把握できたと思ったころには涙腺が壊れたんじゃないと思うくらい涙が流れていた。

 深町が自分を好きだと言った。
 何かの間違いか聞き間違いか。
 疑う頭もあるのに涙は止まらない。
 嬉しくて仕方ないんだ。嘘だといって欲しくない。夢であっても欲しくない。この言葉を信用したい。

 自分も深町が好きだ。
 薄々は気が付いていた。でも叶うわけがないと思っていたし相手にされるとも思っていなかった。自分は所詮できそこないΩ。まともじゃない体を好いてくれるαなどいないと思っていた。そう思い込もうとしていた。悲しくなりたくなかったから。傷つきたくなかったから。

 深町が真っ赤な薔薇のミニブーケを差し出してキスをくれた。アパートに来たときからガサガサと音がしていた正体はこれだったのか。
 親ですら覚えていないだろう誕生日に何よりも嬉しいプレゼント。この言葉だけで生きていけそうなほど今井には十分すぎるものであった。
 いつもは控えめな笑顔しか向けない今井だが、このときばかりは素直な気持ちのままの笑顔を、飛び切りの笑顔を深町にくれた。

 幸せの絶頂とでも思える瞬間にまたけたたましく流れる機械音。先ほどもしつこいくらい鳴っていた深町のスマホから流れるベルの音だ。
 甘ったるい空気の中に沸いて出た無機質な音は空気を一瞬で粉々に砕いてくれた。優しく笑ってくれていた深町も目を見開いている。驚いた顔ではなく“怒り”といった顔だ。
 深町のこんな怖い表情は見たくなくて今度は自分から唇を寄せた。
 すると手首を強く捕まれ、ベッドに押し倒される。止まない音をバックに始まった愛撫は実に落ち着かないものだった。
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