きっとかえるから

城 依見

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かえる

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あの人がいなくなって半年が過ぎた。

 いつものように、腕時計とハンカチをテーブルに置いて会社に行く準備をしてスマホを充電器にさしているのを見たのはいつものことで。
 いつも私がリビングにいると、忘れ物をすると言いがかりをつけられるので私は二階の寝室で布団の中で玄関がガチャリと閉まる音を待つ。

 自家用車通勤になったのは満員電車が厳しいということで特別に許可が下りた。若くして取り締まりになった夫は、まったく食えない男だった。優しいだけが取り柄だが、実際は理屈くさいし、気難しい。
 そこから優しさという無関心を引けば、何が残るのだろうか。
 バレンタインはコンビニのチョコを渡した。
 もう通販でも、百貨店でも買うほどの情熱はないので、何もないと不機嫌な顔をするのでとりあえずの緊急手段だ。最近はコンビニでも高級店のチョコが並ぶので、まあそれでいいだろうと渡したときに見た笑顔が最後の笑顔になった。

 ある夜、いつもの時間が過ぎても帰宅しない夫のことが心配になった。
午後9時過ぎている、いつもは8時過ぎに自家用車を契約ガレージにおいて玄関に革靴のかかとの音が聞こえるはずなのだ。

 ホワイトデーにくれた、早めのアジサイが玄関に置かれている。
 私は薄いピンクと白の小さながくが詰まっているアジサイを見つめて、玄関を行ったり来たりしながら、スマホを握り締めていた。
 lineを何度も送るが既読はつかない。
 11時が過ぎてしまい、私はもう入浴を終えて寝室に一人入った。
 夫は厄年の41歳、私は33歳。結婚して5年が過ぎた、このままずっとこの人の帰りを待っているのだと思っていたころの初めての不安な夜は更けていった。
 朝日が昇っても夫からの連絡はない。
 彼の実家にはいつ電話をしたらいいのか、会社にはどう言えばいいのか。
 不安ばかりが蓄積されていく時間が折り重なる。
 夫が私の生活の中から消えてしまってひと月が過ぎた。
 警察にも夫の両親にも相談をしていたが、私は不思議と不安はなかった。
何が、どうして、消えてしまったのかということがそんなに強く感じるほどの
存在感がなかったから。
 空気のような存在で、よくもなく悪くもない彼のことはいてもいなくても私にとって特別ではなかった。優しい人、おとなしい人、愛していた? 好きだった? 私は自分に問いかけたが答えは浮かばないままだった。


 一年が過ぎても、彼の痕跡はどこにもないし、事件や事故に結びつくような情報もなかった。
 失踪。
 言葉にすればとても単純で説明など必要としない。

 二年、三年と過ぎて私は夫がもう戻らないけれどもどこかでひそかに別の人生を過ごしているような気配を感じていた。彼は死んではいないという漠然として何も確証のない自信みたいな、何かがあった。

 あのアジサイは冬には枯れた枝だけになるが、三月の初めには冬芽を出して
もらった時ほどは多くはないが、薄いピンクの花を咲かせる。


 私は思う、ああ、彼は今年もこの世界のどこかで生きていると思える。感じることができるのだ。この花が咲く限り、彼は記憶を失くした? とか、秘密警察の潜入捜査をしているとかで、あの顔を変えても生きていると。

 今年も花は開くし、息をしている。
 私は液体の肥料と水を与えるのだ。


  帰るはずのない人をずっと待っている。
 もしくは帰る気がない人を私が勝手に待っているのかはもう問題ではない。七年までは、彼を待つつもりだ。アジサイが花をつけている間はきっと戻ってくるだろう。
 見えますか?
 あなたに似た女の子は二歳になりました。
 七五三に行きたいので、それまでのお帰りを待っています。
 未優(みゆ)はあなたの顔を知りません……。

                  了
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