小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
2 / 237

Case2.邂逅

しおりを挟む
 思わず顔を歪めたが、気にする様子はなかった。この男らしいと思うが、会いたかったわけではない。だが、こうなった以上、引き下がる人間でないことは分かっていた。
「捜査を手伝え。興味は?」
 答えなど分かりきっていたが、念のため尋ねた。男は爽やかとすら感じる笑みを浮かべて頷き、口を開いた。

       ーカイリ『捻れた正義』序章ー


            ※


 警視庁刑事部捜査第一課。
「警部! これ読みました?」
 新聞に目を通していた男は、不思議そうに顔を上げて部下を見た。
「何だ? それ」
 答える代わりに、部下は手に持っている本を見せた。表紙には大きく、血のような赤色で『恨み』と印刷されており、呪いの本のように真っ暗なカバーがかけられている。警部と呼ばれた男は、作者名の“カイリ”を見つめ、溜息をつく。
「ああ、カイリの本か。知ってるよ。でもな、それは実際の事件がモデルなんだぞ? 俺たち警察が担当した事件を嬉々として読めるほど、俺はミステリー好きじゃない」
「えーもったいないですって。何も考えずに読めば、結構楽しめますよ?」
 部下の言葉に、警部ーー東堂龍とうどうりゅうは呆れた笑みを浮かべた。同じようなことを口にする部下や同僚は一定数いるが、龍には彼らの楽しみが分からず、いつも同じ答えを返していた。
 30代前半の龍は、がっしりとした体躯に長身と、大勢が想像する刑事像を体現していた。一方、オールバックに整えられた短い黒髪と黒い瞳、筋の通った鼻と、精悍な顔立ちの一言が似合う男でもあり、手入れの行き届いた顎鬚や皺一つないスーツ姿は、彼の性格を表していた。


 面白いですけどねえ、などと溢す部下を見ながら、龍は口を開く。
「小説家ーーね。そういえば、お前は知らないんだったな」
「はい?」
 部下が首を傾げた。龍は続ける。
「そいつ、ただの小説家じゃねえよ」
「そうなんですか?」
「ああ。おかしいと思わないか? その本に書いてある警察の捜査も、推理の様子も、その場にいたかのように描写されている。目の前で全てを見聞きしたかのようにな」
「・・・・はい、そうですね?」
 部下の鈍感さに龍は苦笑した。新聞を畳み、言葉を続ける。
「カイリは現場にいたんだよ。カイリーーいや、江本海里えもとかいりは、小説家であると同時に、探偵でもある」
「ええ⁉︎」
 大袈裟なほど部下は驚いた。しかしこれは当然の反応で、全く同じ挙動をした同僚たちの姿が龍の頭をよぎった。
「小説探偵なんて呼ばれて、今じゃ世間の人気者さ。俺は気に入らないけどな」
 龍はそう言って肩をすくめた。畳んだ新聞をデスクに置き、パソコンに手を伸ばす。同時に忙しない足音がして、上司が部屋に飛び込んで来た。
「Y町で遺体が発見された。現場に急行してくれ」
 捜査一課全員の顔色が変わった。龍はすぐさま立ち上がり、小説を見せてきた部下の机にある書類を指し示す。
「整理が終わったら連絡しろ。何か頼むことがあるかもしれない」
「分かりました」
 部下が答えるなり、龍を含む刑事たちは足早に駐車場へ行き、パトカーに乗り込んだ。助手席に座った龍が頷くと、刑事はエンジンをかけ、勢いよくアクセルを踏む。サイレンを鳴らした複数台のパトカーが、東京の街を走り抜けた。


 少し道が混んでいたため、予定より数分遅れて龍は現場に到着した。
 現場は路地裏の廃屋で、駆けつけた警察以外の気配は皆無だった。
「東堂警部」
「悪い、遅くなった。殺人か?」
「はい。こちらへ」
 部下に連れられて歩きながら、検死は既に終わり、鑑識作業の途中であると説明を受けた。廃屋に龍が姿を現すと、数人の刑事たちが敬礼し、遺体に視線を移す。
 龍も同じように視線を動かし、すぐさま眉をひそめた。
「バラバラ死体か」
「はい。しかも手首と足首から先が切り取られています。指紋照合を避けるためかと」
「手の込んだ犯人だな。ここにあるのは胴と腕、太腿から膝下だけか?」
 淡々と尋ねる龍だったが、現場は凄惨なものだった。
 廃屋の中心には、首と膝から下がない遺体があった。室内が薄暗いにもかかわらず、切断面の肉と露出した骨がやけに生々しく、血の通っていない肌は人形のように青白い。幸い腐臭はほとんどなかったが、締め切られていた部屋に血の臭いが充満していた。
 若い刑事たちが顔を背けたり、鼻口を押さえたりしている中、龍は眉を顰めた以上の反応を見せなかった。遺体の側に屈んで観察し、口元に手を当てて思案する彼が、この場にいる誰よりも慣れていることは明らかだった。
 少し間があった後、鼻口を押さえている刑事の1人が龍の質問に答えた。
「はい。室内にあるかもしれないと思い探しましたが、見つかりませんでした。隠し扉もありませんし、犯人がどこかに持ち去ったのでしょう」
「バラした挙句、遺体の一部を・・・・何がここまでさせるんだろうな」
 龍は深い溜息をついて立ち上がった。
 被害者は男性で、体つきからしてそう歳は取っていない。20代後半から、30代前半と思われた。胴の側には茶色い髪の毛が散らばっており、首を切断した時に落ちたと想像できた。
「その辺の髪の毛、血液が付着している。鑑識に回してくれ」
「はい」
「死亡推定時刻は?」
「昨夜の午前2時から午前3時頃です。それと、あちらの窓枠に血痕が残されていました。犯人が逃走時に通ったと思われます」
 部下が指し示したのは、出入り口を室内から見た時、左側にある大きな窓だった。小柄な人間なら通れるほどの大きさである。
 龍は一旦廃屋を出て、血痕が残された窓の前に立った。窓の上枠とその付近には微かな血と縄を擦ったような跡があり、大方の逃走ルートが把握できた。
「一部とはいえ、男の体を持って逃亡とは、ご苦労なこった」
 溜息混じりに告げた龍に、部下は苦笑いで同意し、続けた。
「屋上を調べたところ、やはり血痕が残されていました。靴跡もあります。断言はできませんが恐らく運動靴、サイズが小さいので女性かもしれませんが、遺体を持ち去ったとなると男性かもしれませんね。ここら辺はこれから調べます。
 ただ、入り口付近に血痕がないので、逃走ルートは窓であり、犯人が小柄であることは確定して良いかと」
 部下の要約を聞き、龍はおもむろに頷いた。
「やけに証拠を残すな。初犯か」
「可能性は高いと思われます。愉快犯は存在を隠すか、極端に誇示することが多いですし」
 初犯でここまでやるとなると・・・・過去に何らかの影響から、思考が捻じ曲がったと考えるべきか? だが、これは愉快犯にも当て嵌まる。それを除外した場合は、複数人の犯行か、よほどの怨恨。
 遺体の切断面は荒く、形状から見ても鋸だ。被害者は相当な苦痛だったはず。叫ばないわけがない。深夜とはいえ、誰も気がつかなかったのか? 頭部がない以上、猿轡さるぐつわの有無が不明なのは仕方ないが、ここは大通りからそう離れていないだろうに。
 そんなことを考えていると、警視庁と連絡を取っていた刑事が龍に声をかけた。
「東堂警部。容疑者と思われる人物が数人挙げられたとのことです。本庁に呼び出しますか?」
「そうしてくれ。取り調べは俺がやる」


            ※          

 
 警視庁に戻った龍は、容疑者たちと顔を合わせた。特定した人物は3人おり、最後の1人は用事を終えてから来るということだった。
「最後の1人が到着したら教えてくれ。では、まずあなたから」
 龍は20代前半の女性を指し示した。体の前で手を組み、視線が泳ぐ様子は怪しいが、警察相手なら誰もが同じ反応をすることがほとんどであったため、気にすることなく取調室の扉を閉めた。
「昨夜の午前2時から午前3時頃、事件現場付近を通られましたか?」
「ええ。友人に会いに行っていたんです。疑うなら、これを」
 女性はそう言いながらスマホの写真を見せた。友人らしき女性と並んだ写真があり、時間は深夜2時半を指している。
「なぜこんな時間に、ご友人に会いに行ったのですか? この写真を見たところ、ご友人は寝巻き姿です。驚かれたのでは?」
「彼氏から逃げてきたんです。彼、お酒を飲むと暴力を振るう癖があって。
 彼女は、いつも助けてくれて、昨日も迎え入れてくれました」
 龍は写真に写る女性を見た。メイクはしており、服装は部屋着ではなく外着と言ってもいいワンピースである。
「逃げてきたわりには身なりが整っていますね。外出中だったのですか?」
 龍の言葉に女性は動揺しつつ叫んだ。
「・・・・そんなこと、聞かなくてもいいじゃありませんか! 私は彼のことを思い出すだけで怖いんです‼︎ それなのにっ・・・!」
「失礼は承知の上で聞いています。しかしこれは、あなたのアリバイを証明するために必要なことです」
 龍は冷静にそう言い、いくつかの問答を経て、女性の取調べを終えた。


 続けて、老爺を取調室に入れた。彼は少し歪な形の杖を突きながら入室し、補助の刑事が体を支えながら椅子に座るのを手伝った。老爺が礼を言って一息つくと、龍は取調べを始めた。
「昨夜の午前2時から午前3時頃、事件現場付近を通られましたね? 近くの防犯カメラにあなたの姿が写っていました」
 老爺は監視カメラの映像を見て、自分であると頷いた。
「なぜこんな時間に外出されていたんですか? 見たところ、夜に出歩く格好ではないように思えますが」
 龍がそう言うのも無理はなかった。老爺は古びた黒いジャージと長袖のシャツという姿で、上着らしきものは羽織っていなかった。春とはいえ、まだ夜は寒い季節である以上、明らかに薄着である。
 老爺は龍の言葉に頷きつつ、しばらくして小さな声を出した。
「・・・・妻を、探しておった」
「妻?」
 龍はわずかに眉を顰めて質問した。老爺は頷いて続ける。
「認知症なんじゃよ。思い出の地を徘徊しておるようでの・・・・。昨夜もいなくなって、探し回っていたところ、偶然近くを通っただけじゃ。そこを通った後、無事見つかって今は家におるよ」
「・・・・そうですか。それは、失礼しました」
 どこか納得していない様子を見せつつ、龍は軽く頭を下げて謝罪した。老爺は朗らかな笑みを浮かべる。
「よい、よい・・・。刑事さんも、見たところ、良い年じゃ。家族がいるんじゃないのか?」
 龍はわずかに目を見開き、机の上で組んだ自分の両手に視線を落とした。しばらく沈黙した後、彼は乾いた笑みを浮かべ、呟く。
「私の家族は、もういません。ずっと昔に、死にましたから」


            ※

                   
「東堂警部」
「ん?」
「最後、ご老人と何を話していたんですか? 長い間、黙っていましたけど」
 様子を見ていた部下の質問に、龍は顔色を変えず、しかし間を開けて答えた。
「・・・・他愛もない話さ。それより、3人目の容疑者はまだか?」
「そろそろ来るはずです。あ、噂をすれば。こちらですよ!」
 手招きをする部下の視線を辿り、龍はギョッとした。
 優しげな笑みを浮かべ、銀髪を揺らし、碧眼へきがんを輝かせながら歩く、嫌になるほど整った顔立ちをした若い男。龍は思わず名前を呼んだ。
「江本・・・・⁉︎」
「おや、東堂さん。お久しぶりです。お元気そうですね」
 海里は優しげだが、腹の内が読めない笑みを浮かべた。龍は右手で眉間をつまみながら口を開く。
「まさか、3人目の容疑者ってーー」
「はい、私のようです」
 龍は深い溜息をついた。海里が殺人をしないことなど、はなから分かっていたのだ。被害者の交友関係を洗っていても、彼の名前は出て来なかったから。
 仕方がないと思いつつ、龍は言った。
「どうせお前は容疑者から外れるだろう。その代わりと言ったら何だが、捜査を手伝え。この事件、興味あるか?」
「ええ。バラバラ事件なんて、非常に興味深いですよ。初犯でそれをやって除ける、犯人の度胸も」
 海里の言葉に龍は顔を歪ませた。初犯云々は話していないはずなのに、部下の口から又聞きしただけで理解してしまう聡明さが気味悪かった。同時に、嬉々として物語の構想を練っているであろうことも。
「・・・・お前、そこらへんの殺人鬼よりタチが悪いと思うよ」
 思わず漏れた龍の言葉に、海里は不貞腐れた表情を浮かべた。
「失礼ですね。私は小説家であり、探偵。物語を創作するため、事件に向かっているだけですよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

コーヒーとCEOの秘密🔥他

シナモン
恋愛
 § コーヒーとCEOの秘密 (完) 『今日もコーヒー飲んでなーい!』意思疎通の取れない新会長に秘書室は大わらわ。補佐役の赤石は真っ向勝負、負けてない。さっさと逃げ出すべく策を練る。氷のように冷たい仮面の下の、彼の本心とは。氷のCEOと熱い秘書。ラブロマンスになり損ねた話。  § 瀬尾くんの秘密 (完) 瀬尾くんはイケメンで癒しの存在とも言われている。しかし、彼にはある秘密があった。  § 緑川、人類の運命を背負う (完) 会長の友人緑川純大は、自称発明家。こっそり完成したマシンで早速タイムトラベルを試みる。 理論上は1日で戻ってくるはずだったが…。 会長シリーズ、あまり出番のない方々の話です。出番がないけどどこかにつながってたりします。それぞれ主人公、視点が変わります。順不同でお読みいただいても大丈夫です。 タイトル変更しました

処理中です...