小説探偵

夕凪ヨウ

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Case20.氷の女王④

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 あなたが犯人だーーそう告げられて、「はい、そうです」などと口にする人間はいない。私も同じだ。
 そもそも、この男はトリックを説明しただけで、犯人たる動機も証拠も口にしていないじゃないか。それなのに、私が犯人だなんて、馬鹿馬鹿しい。
「犯人である証拠は? 証拠がない以上、犯人扱いはできませんよね?」
 挑発的な発言に、男は笑うだけだ。それどころか「分かりました」と口にする。
「お話ししましょう。動機と、あなたが犯人である証拠を」

        ーカイリ『氷の女王』第4章ー


            ※


「美希子さん、準備はできましたか?」
「バッチリ!」
 声のした方を見て、全員が驚いた。美希子は、天井に重なっている棒の間にいたのだ。体には命綱を巻いており、落ちないように固定されているが、危険であることに変わりはない。
 彼女は右手に手袋を嵌め、凶器の代替品ーー壊れたブレードを凶器と同じ針の形状に作り替えたものーーを持っている。
「東堂さん。頼んだ物はできましたか?」
「ああ。持って来てくれ」
 龍の言葉に頷き、部下たちは1度奥に引っ込んだ。数分経って出てくると、彼らの腕の中には、段ボールで作られた人形があった。全員が首を傾げる中、海里は説明を続ける。
「これを三波さんだと思ってください。彼女がどういう風に殺されたのか、これを使って証明します」
 海里は人形を遺体発見時の場所に立たせ、スケート靴を履かせた。人形が固定されると、海里は全員に観客席へ移動するよう伝える。
「本来、現場は停電していました。しかし今停電させるとややこしいので、電気は付けたままにします」
 海里の説明は酷く緩慢だった。湯元と芝田は苛立ちを覚えている。
「ではまず、停電のことについて説明しましょうか。湯元さん」
「何でしょう?」
「この会場の電気は1つが壊れれば全てが点かなくなる、連動する代物だそうですね。ご存知ですか?」
「一応、知っています。演技中に切れてしまわないよう、スタッフの方々が最後まで点検していたことも」
「そうですね。不備が生じれば大会自体を中断しなければいけなくなる。念入りに点検を行うでしょう。
 ただ、問題があります。この電球、1つ1つが脆いのですよ。だから、簡単に停電を起こせてしまう。皆さん上を見てください」
 発言に合わせて全員が上を見、気がついた。天井に無数にある電球の1つが、壊れているということに。美希子が天井に重なっている棒を伝って電球の写真を撮り、スマートフォンを龍に投げた。
 龍はそれを受け取り、海里に手渡す。海里は画面をスクロールしながら、全員に2枚の写真を見せた。
「この2枚の写真を見てください。1枚目の写真は、観客席にいた方が思い出づくりとして撮ったものです。拡大したら分かりますが・・・・ほら、この手前の電球、壊れていないでしょう?」
「そうですね。普通です」
 湯元が感心したように声を上げた。芝田も隣で頷いている。2人の反応を確認し終えると、海里は画面をスクロールした。
「続いて2枚目、今撮った写真です。見ての通り、壊れています。 
 湯元さんが仰った通り、スタッフの方々は最後まで電球を点検していた。問題がなかったからこそ、大会も行われました。もし自然に電球が壊れたら、大会を中止するアナウンスがかかったはずです。
 しかし、停電したのは三波さんの演技の最中。この2枚目の写真は、停電が人の手で行われたことを示しているんですよ」
「そんな簡単に・・・・。ブレーカーを弄ったんでしょうか。
 では江本さん。犯人はどうやって銃声を? あれはフェイクなんでしょう?」
 芝田は首を傾げた。海里は頷く。
「はい。ただ、あれはそんなに難しい話ではありません。今の時代、スマートフォンで調べれば、銃声の1つや2つ流せます。
 例えば、発砲訓練をしている警察官の動画などを編集し、銃声の部分だけを切り取る。タイマーでも付ければ、目的の時間に鳴らすことができるでしょう。
 今回、警察官としての東堂さんの知恵が助けとなり、狙撃でないことは明らかになっていますからね。これで、銃声の謎も解けました」


 少し間を開けて、海里は続けた。
「では本題・・・・三波佐和子さんの殺害方法をお話ししましょう。
 最初に注目するべきは、あの窓です。湯元さんの発言から、あの窓は事件発生前から開いていたことが分かっています。犯人があらかじめ開けておいたということです」
「窓を開ける行為は簡単ですから怪しまれないでしょうけど、どうやってあんな殺害方法を? 停電したのだって10秒に満たないくらいだったのに」
 湯元の質問に、海里は笑った。美希子の方を見上げ、彼は続ける。
「ここからは美希子さんに説明してもらいます。あちらにいる方が分かりやすいでしょうから。
 お願いしますね、美希子さん。」
「うん。
 皆さん、この電気のケーブル見えますか? 今回の殺人で重要なのはこれなんです」
 そう言って、美希子は自分の周囲にある電気ケーブルを指差した。湯元と芝田は首を傾げ、揃って声を上げる。
「ケーブルが?」
「はい。私が右手に持っている棒、これが今回の凶器です。これは代替品ですけど、形状と素材は凶器と同じ。
 もし、これをここから投げた場合でも、被害者には当たるでしょうが、確実に命を絶てるかと言うと、そうでもありません。
 思い出したくもないかもしれないですけど、思い出してください。被害者は、頭と首を貫かれて亡くなっていました。その結果に辿り着くためには、勢いを付けて、ある程度の量をまとめて投げるしか方法がないんです」
 美希子の言葉に2人は更に目を丸くした。彼女は続ける。
「ここからは簡単です。細長いケーブル1本ずつに、これを巻きつけます。こんな風に」
 美希子は手に持っている棒をいくつかの束に分け、ケーブルに巻き付けていった。5分程度経過すると、4つの束がケーブルに巻かれ、宙で固定された。全ての束の距離は近く、人間の頭から首の形をしていた。
「でも、そこからどうやって投げたんですか? 仰る通り距離は短いですけど、当てられます?」
 芝田の質問に、美希子は笑った。
「できますよ。だって、停電すれば人の動きは止まるでしょう? 演技中であっても、安全を確保するために止まります。しかも、あの窓は開いていた。ここから見ると、窓から入る光で、犯人は被害者の姿を捉えることができる。
 そして犯人は、その一瞬の隙を突いて、束になっているケーブルを思いっきり振った!」
 美希子は己の言葉と同時に、棒を巻きつけたケーブルを掴んで勢いよく前に振った。
 その瞬間、巻き付かれていた棒が勢いよく飛び出した。驚くほど真っ直ぐに飛んだ棒は、人形の頭と首を見事に貫く。直後、人形が倒れ、棒が氷の上に落ち、大きな音を立てるーーと思った時、銃声が鳴り響いた。
「ほら! 銃声によって、音が掻き消されたでしょう?」
 全員が唖然とする中、美希子はすぐさま体に巻きつけていたロープを外し、氷の上に着地した。
 スケート靴を身につけたまま天井にいたため、着地してまもなく、美希子は人形の側にある凶器を回収し、スケートリンクの外で靴を脱ぎ、ポケットに入れていた黒いゴミ袋に両方を突っ込んで窓の外に投げ捨てた。ほぼ同時に、刑事たちの「成功です」という声が聞こえる。


「驚くほど素早い犯行です」
 驚愕が収まった後、海里が言った。彼の目は湯元と芝田を捉えている。
「犯人は棒を投げた瞬間に天井から降りていた。着地とほぼ同時に銃声が鳴り、そちらの音も掻き消されたのでしょう。
 そして、凶器と靴を投げ捨てた後、遺体の側の観客席へ転がり込んだ。匍匐ほふく前進のような姿だと思います」
 全員がその姿を想像した。確かに、転がり込んだ観客席に人はいない上、他の客席からは見えない。遺体の正面あたりに座っている海里と龍、美希子にも、その姿は映らないだろう。
「電気が付いたのは、凶器を投げ捨て、犯人が観客席へ転がり込んだ直後です。そして、観客と東野さんの悲鳴。湯元さんが駆けつけて来たのは、ここより少し後ですね」
 海里はゆっくりと歩き出した。“犯人”を目指して。
「東野さん殺害も計画のうちです。彼女は睡眠薬こそ服用しませんが、ラムネなどの菓子が好物だったと聞いています。犯人はそれを知っており、睡眠薬と取り替えた。何も知らない東野さんは、それを食べて眠った。犯人は時を見計らって彼女だけがいる控室に入り、スケート靴で首を切断。
 本当は凶器に用いたスケート靴を回収するつもりだったのでしょうが、私たちが駆けつけた・・・・いいえ」
 海里は1度言葉を止め、美希子の方を見た。
「彼女の足音が聞こえ、犯人は逃げざるを得なかった。美希子さんは、事件発生直前に東野さんと話をしています。内容は知らないので追求しませんが、彼女は控室付近にいた。
 そして、警察官の父親を持つからか、その過程で鍛えられているからか、違和感には敏感だった。扉の隙間から漏れる血の臭いに気がついた美希子さんは不審に思い、控室に急いだ。彼女に気がついた犯人は、窓から飛び出して逃げるしかなかった。第一発見者、なんて言い訳は通じませんからね」
「そして私は、東野さんの遺体を発見した。首を切断されていたから、生きている可能性はまず無い。念のため・・・・と脈を取ったけど、結果は変わらなかった。驚いたけど、とにかく人を呼ばないといけないと思ったの」
 観客席の方へ歩きながら、美希子は言った。海里は頷く。
「美希子さんは実に冷静でした。すぐに東堂さんの部下を呼び、私たちが来るように計らった。犯人は、美希子さんの想像を超えた冷静な判断と行動に、計算を狂わされたのです」
 海里は足を止める。“犯人”の前に行き、その名を呼んだ。
「芝田桔平さん。あなたが、2件の連続殺人の犯人ですね」
 湯元はギョッとして隣にいる芝田を見た。信じられない、ありえない、と言うかのように。芝田は少しの間沈黙していたが、やがて口を開いた。
「・・・・嫌だなあ。どうして僕がそんなことをしないといけないんですか? 三波さんも東野さんも、僕の大切な同僚で、湯元さんの大切な先輩ですよ?」
 芝田は小馬鹿にするように笑った。海里は頷きながら続ける。
「そうですね。でも、あなたには2人を殺す理由があった」
 海里の発言に対し、芝田は歪んだ笑みを崩さずに続ける。
「僕が犯人だと言う証拠は? 証拠がなければ犯人扱いなんてできませんよ」
 その言葉に海里は微笑を浮かべ、口を開いた。
「いいですよ。そこまで仰るのでしたら、動機と、あなたが犯人である証拠をお話ししましょう」
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