小説探偵

夕凪ヨウ

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Case41.見えない狙撃手③

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「お父さん! 龍さん! 玲央さん!」

 海里を捜査の場から退かせ、改めて事件の整理を始めた翌日、凪の家から警視庁に来た美希子が、会議室に飛び込んで来た。浩史は怪訝な顔をする。

「どうした?」
「さっき、事件の捜査協力をしないよう注意するため、江本さんの家に行ったの。でも、鍵が開いていて・・・・中に誰もいなかった! 荒らされた様子はなかったけど、玄関には少し争った跡があったの! 念のため江本さんに電話したけど、スマホは置きっぱなしで・・・」
「何⁉︎」

 3人は愕然とした。こんな初めから、海里を狙うなどと思っていなかったのだ。浩史は驚きながらも、冷静に指示を出した。

「龍、玲央、急いで江本君を探し出せ! 必要なら応援は呼ぶ! 
 美希子は凪に連絡して、彼の妹が入院している病院に様子を見に行くんだ! 病院への連絡は凪に頼め!」
「はい!」
                    
            ※

「お目覚めですか? 江本海里さん。」
「え・・・?」

 海里は勢いよく体を起こした。どうやらベッドで寝ていたようだが、自分の家ではない。廃屋だった。壁や家具はボロボロで、窓ガラスにはヒビが入っていた。室内に灯りはなく、僅かな太陽光だけが差し込んでいる。部屋の外には人の気配がし、鉄の音が鳴っている。恐らく銃だろう。

 ベッドの前に立っている男は、不敵に笑った。どこか玲央に似た笑みだが、目が笑っていない。暗い部屋に溶け込んで、黒い髪が消えてしまいそうだった。

「昨夜のことを覚えていられないようですので、説明させて頂きますね。まず、昨夜の深夜12時頃、僕があなたの家に行きました。インターホンを押しましたが、あなたは警戒して、扉越しに僕と話した・・・・そこまでは大丈夫ですか?」
「・・・・真衣は? あなた方が、そう仰っていたでしょう。」

 朧げな記憶を頼りに、海里は尋ねた。男は頷く。

「ええ、言いました。しかし、会わせるわけにも、無事かそうでないかを伝えるわけにも行きません。」

 海里は妹の姿を思い浮かべ、無事でいてくれることを祈った。そして状況を整理し、辿り着いた言葉を口にする。

「・・・・そんなに・・・警察を懲らしめたいのですね。捜査一課の人間やその親族と関わりのある私を拉致して、彼らが有能かどうか、図っているのでしょう? 殺害にどれほどの力を費やすべきか、考える必要があるから。」

 海里の言葉に、青年は笑みを消した。暗い瞳に一層影がかかる。

「よくお分かりになりましたね。僕・・何も説明していないのですが。」
「そう難しいことではありませんよ。
 私自身、小説家としての価値は低い。命を狙われ、警察沙汰に巻き込まれるなら、探偵として、です。美希子さんに私の家を見に行かせるよう細工をして、私が無事ではないとわざわざ警察に知らせる・・・。本当に私の命が欲しいなら、そんな面倒なことなどせず、家で殺せば良かったのですから。拉致した以上、そういう目的があると推測できます。」
「・・・・流石ですね。探偵としての腕に、狂いはないとお見受けしました。」

 男の言葉に海里は苦笑した。

「大袈裟な方ですね。それで? 今警察の方・・・いえ、捜査一課の方々が、私を必死に捜索していると言ったところですか? あなた方の望み通りに動いていれば、ですが。」
「はい。望み通りですよ。」

 そう言って、男は机に置いてあったパソコンを開いた。画面は監視カメラの映像のようになっており、龍、玲央、浩史、美希子、凪の様子が映されていた。
 海里は眉を顰める。

「都内のカメラをハッキングでもされました? それとも、ドローンか何かですか?」
「ドローンなんて大それたことはできませんよ。見られると面倒ですしね。前者が正解です。少々時間はかかりましたが、何とかなります。」

 男が音声を聞こうと、画面をクリックしようとしたその時、玲央がカメラの方を見た。男の顔色が変わる。

「なっ・・・気がついた? そんな馬鹿なこと・・・・」

 海里は微笑を浮かべた。挑戦的な笑みだった。

「厄介な方々を敵に回しましたね。彼らは、確かに私の救出に尽力している。しかしそれ以前に、普段から凶悪犯と対峙しているのですよ? “この程度のこと”に気づけないようでは、捜査一課としてやっていけません。」 
                    
            ※

『龍。カメラのない道を走れ。監視されている。』
「都内のカメラをハッキングしたのか? ご苦労なことだな。」
『冗談言ってる場合じゃないでしょ。それより、江本君の居場所のことだけど、』
「何か分かったのか?」
『・・・・何かって言うか、多分場所分かった。』
「はあ⁉︎」

 玲央の発言に、龍は思わず大声を出した。玲央は落ち着いた口調で続ける。

『彼らは、俺たちの力を試すと同時に、江本君の力を試したがっている。つまり、彼の縁の地にいる可能性が高い。』
「縁の地?」

 龍は思わず怪訝な顔をした。

『そう。そして、恐らく敵は少なく見積もって5人。江本君の所に4人、それ以外の場所に1人ってとこだろう。』
「なぜそう言い切れる?」
『江本君って見た目より運動神経高いし、逃げ出されたら困るはずだ。対して、俺たちが彼の救出に急いでいることを知っているのだから、それくらいの人数が妥当だよ。』

 冷静な分析にさすがだと思いつつ、龍は尋ねた。

「なるほど。で? 場所は?」
『まあ落ち着いて。君には、その4人の方に行ってもらいたい。恐らくだけど、残りの1人が監視カメラのハッキングをして、俺たちの動きを“高台”から監視している。他の4人は、その1人の指示を聞いて動き、俺たちを監視しているだろう。だから、今俺たちは監視されていない。敵に近づく、絶好のチャンスなんだよ。』

 あまりにも落ち着き払った玲央の言い方に、龍は困惑しそうになった。

『犯人を殺すことはできない。でも、九重警視長から発砲許可はもらっている。加えて、射撃は君の方が上手い。この意味・・・分かるね?』
「ああ。」
『よし。じゃあ、今から言う言葉で彼の場所を推測しろ。
 1人は高台にいて、俺たちを監視している。当然残りの4人とは距離があるが、双眼鏡か何かで見える範囲でなければならない。何かあった時に動くためにだ。そして彼らは、人の命を顧みない奴ら・・・・どこで何をしても、何とも思わないはずだ。一方、人目につかないよう残りの4人は配置されている。』
「・・・・命を顧みず、どこにいても構わず、人目につかない・・・」

 その時、龍は玲央の先ほど言った言葉を思い出した。

 縁の地。

 高台に1人が登り、そこから見えるある程度の大きさの建物。
 だが、人目についてはいけない。

「なるほど・・・分かった。」
『さすが。じゃあ、1回切るよ。現場近くに来たら、もう1度電話して。予定外のことがあるかもしれないから。』
「ああ。」
                    
            ※

「どこかに行くのですか?」
「屋上です。江本さんであれば、この建物・・・見覚えがあるでしょう。」

 男は立ち上がり、扉の外を警備していた3人を引き連れて屋上に出た。海里は外に出て、ハッとした。ここは、久しぶりに龍と再会した、遺体がバラされた事件の事件現場だった。

「随分と懐かしいですね。立ち入り禁止になっていたはずですが。」
「そんなもの、無視ですよ。あれが見えますか?」

 男が指し示した方向には、高台があった。以前、龍たち3人と会ったあの墓地である。海里は何となく状況を理解した。

「ん・・・? あそこにもう1人いますね。お仲間ですか?」
「よく見えますね。ええ、そうです。彼には捜査一課の奴等を監視するよう頼んでいます。現状、2人を見失いましたが。」

 海里は、屋上に置いてある銃よりも、その隣にある照明に目が行った。手動で操作できるようになっており、少し曇り空の今日には、よく明かりが見えるだろう。

「モールス信号ですか・・・・随分と粋なことをなさいますね。」
「電話ではやりにくいので、こちらの方が良いのですよ。」

 男は証明に近づき、信号を発信した。その時、海里は妙なことに気がつく。慌てて高台の方を見たが、そちらもおかしい。間違っているのだ。

(まさか・・・適当にやっているのか⁉︎いや、下手に勘付かれないように自分たちなりのやり方を決めて・・・? どちらにせよ、これは使える!)

「そのやり方だと、あちらに見えませんよ。もう少し角度を調整して、やった方がいいと思います。」
「え?」
「仲間に何と言いたいのですか? お手伝いしますよ。」

 賭けだった。だが男は、その賭けに自ら乗って来た。海里は自分が男たちに侮られていると理解していたから。

「それはありがたい。では、教えて頂けますか? こちらが、仲間に伝えたい言葉なので。」
「・・・ええ、喜んで。」

 海里は隣で指示を出し、本物のモールス信号を打たせた。内容はーーーー

“私はここにいる、敵は5人、全員が銃を所持、彼らが連続殺人事件の犯人”。
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