小説探偵

夕凪ヨウ

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Case97.闇夜のダンスパーティー②

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 恐怖は感じなかった。ただ、死んでしまった、と思った。
 駆けつけたかったが、体は動かなかった。どれだこの力があれば振り切れるのかと考えたが、そう考えているうちに、浅見は私に声をかけた。
「君を呼んだのは他でもない。君には、10年前の事件を解決してもらう」
 何となく予想していた言葉だった。しかし、次は違った。
「1週間かけて、儂は4人ずつ殺していく。君たちが事件を解決するのが早いか、儂が全員を殺すのが早いか・・・・勝負しようじゃないか」
 いつのまにか歯軋りをしていた私は、すかさず思いの丈を叫んでいた。

 ーカイリ『闇夜のダンスパーティー』第2章ー

            ※

「広いね・・・・。階段の数から察するに、3階建てかな」
「恐らくそうだと思います。かなり大きなお屋敷ですよ。ただ、麻生義彦が本当にここにいるのか怪しいですね」
 玲央は先ほど目にした麻生の姿を思い浮かべ、頷いた。
「ああ。さっきのはホログラムだ。本人が屋敷のどこかにいるのか、それとも全く別の場所にいるのか。現時点では後者が有効かな」
 梅雨が終わり、季節は夏真っ盛りになっていた。窓の外から蝉の声がわずかに聞こえ、冷房の効いていない廊下は屋外と変わらないほど暑い。2人はかなり汗を掻いており、何度もハンカチで顔を拭った。
 汗を掻いている姿すら、なぜか絵になる海里だったが、当然本人に自覚はない。彼は汗を拭きながら口を開いたり
「10年前の犯行現場はダンスホール。そして、10年前の事件の関係者を集めた今も、ダンスをしろと言った。理由はわかりませんが、10年前の事件に関する何かを目的としていることは確かですね」
「そうだね。10年前、麻生は犯人だと確定していなかったのに逃げた。彼が犯人かどうかはともかく、今回の事件と合わせて考えないといけないことは確かだ」
 玲央はため息にも似た息をついた。ふと現れた柱時計を見ると、夜の7時丁度である。2人はまだ捜査をしたい思いがあったが、麻生が口にした具体的な時間がわからないため、仕方なく部屋に戻ることにした。


 部屋に戻ると、扉の前に黒服の男が2人、部屋の中にメイド服を着た女が2人いた。そして2人を見るなり、黒服のうちの1人が口を開く。
「勝手な動きをなさらないでください。屋敷の地図は後でお渡しします」
「・・・・随分と丁寧なお出迎えだね。君たちのボスは何を考えているのかな?」
 玲央の質問に、黒服のもう1人が平坦な声で答えた。
「我々の知る所ではありません。とにかく、部屋を出るときは我々と共に。部屋の中の掃除は、あの2人にお申し付けください」
「はいはい」
 部屋の中にいたメイドは、手早く部屋の掃除をしていた。2人に気がつくと、一瞬手を止めて会釈をし、小声で「お帰りなさいませ」とつぶやく。そして、それ以上は顔も見ず、すぐに掃除を再開した。
「あなたたちは麻生さんの使用人か何かですか?」
 メイドたちは頷いただけだった。海里は情報を集めるため、しばらくの間、質問を続けることにした。
「彼の目的が何か知っていますか?」
 今度は首を横に振った。何の疑問も抱かず、見知らぬ人間の世話をするなど、海里には全く理解できなかった。
「ここは一体どこですか?」
 メイドたちは答えなかった。どうやら、YesかNoで答えられる質問しか答えないらしい。すると、やりとりを見ていた玲央が、口を開いた。
「10年前に君たちのご主人が殺人容疑をかけられたことは知ってる?」
 今度は頷いた。玲央は眉を顰める。ベッドに座っていた彼は立ち上がり、メイドたちの前に立った。
「俺たちの監視をするように頼まれたね? 首付けているそのチョーカ、盗聴器か何かだろう? 加えて、天井裏の掃除をした際、監視カメラでも設置した? 天井のタイルがわずかにずれている」
 2人は大袈裟に首を横に振った。その反応は、海里は驚きながら「どうしてわかったんですか?」と尋ねる。
 玲央は笑みを浮かべて答えた。
「天井のタイルは部屋に入った時に見えたし、チョーカーは微かに音が聞こえたんだよ。ほら、テレビ画面が砂粒みたいになった時の、あの音。
 それに、口を聞けないわけではないのに声を出さないのは、チョーカーを気にしているからかなと思ったんだよね」
「なるほど・・・・。まあ確かに、こんな所に誘拐されて、部屋に何の監視もないというのも、無理な話ですよね」
「そういうこと。さあ、そろそろ時間になるかもしれないし、着替えようか」
                   

 部屋の柱時計が鳴ったのは、19時半丁度だった。2人は黒服の男たち、メイドたちと共に部屋を出て、先ほどのホールへ向かった。
 ホールに入ると他の人々も揃っており、ドレスコードを着ていた。ただ、彼らは2人よりもこなれているのか、物珍しさを感じない。海里は人々から注目されていることに気が付かぬまま、口を開く。
「改めて見ると、本当に大きいホールですね。そういえば、玲央さんダンスの経験は?」
「無いに等しいかな。江本君は?」
「もちろん無いです。義父ちちたちに同行してパーティーへ行くのは義兄あにの役目だったので」
 2人がそんなことを話していると、再び階段の踊り場に麻生が現れた。やはりホログラムである。
 麻生はホールにいる海里たちを見渡した後、おもむろに口を開く。
「集まって頂き、感謝する。
 お主らの中には、ダンスの経験がない者もいることは知っておる。だが、案ずることはない」
 その言葉と共に、細い糸のようなものが全員の手足に巻き付いた。体が強く引っ張られ、近くにいる男女が適当にペアにされる。
 混乱も冷めやらぬうちに、ホールにいた全員が一斉に踊り始めた。ワルツの音色だけが、やけに美しく聞こえる。海里はダンスをしながら、逆らおうと腕を引いたが、びくともしなかった。
 その様子を見ていた麻生は、愉快そうに笑みを浮かべた。しかし、しばらくして彼は急に笑みを消し、ぽつりぽつりと話を始めた。
「10年前、儂は自分の子供や孫と共にダンスパーティーへ行った・・・・と言っても、主催は儂の義理の息子ーー娘の夫じゃった。」
「おい、てめえ! 何言ってんだ! とっととこれを解け‼︎」
 1人の男が怒鳴ったが、麻生は何も言わなかった。彼は静かに言葉を続ける。
「娘と息子は、幸せそうに踊っておった。孫たちもそれを見て隣で踊り、儂は妻と共にそれを見ておった。本当に幸せな時間じゃった」
 麻生は懐かしむような温かい声でそう述べた。しかしその直後、海里と玲央は彼の目の色が変わるのを見た。
 そして、目の色に呼応するかのように、麻生は低い声を絞り出す。
「じゃが、儂の幸せは唐突に終わった。ダンスをしていた娘と義息子、2人の孫が、急に血を吐いて倒れたのじゃ。儂は車椅子に乗っていることも忘れ、ホールの床を這って4人の元へ行った」
「しかし4人は既に息絶えており、口だけでなく、体のあらゆる穴から出血して亡くなっていた」
 言葉を継いだのは玲央だった。麻生は静かに玲央を見る。
「その凄惨な現場の様子から、“血塗れのダンスホール殺人事件”と名付けられ、捜査が始まった。結果、警察はダンス会場にいた全員を容疑者として捜査をし、君と君の妻・麻生あんさんが最有力容疑者候補とされた」
 麻生はゆっくりと頷いた。否定しないということは、玲央の言葉は正しいのだ。麻生は苦笑しながら言う。
「結論から言って、儂と妻は犯人ではない。あの会場にいた、他の誰かが犯人なのじゃ。それなのにお主ら警察は、疑うこともせず儂らを捕まえようとしおった」
「だから逃げたと?」
 海里は麻生を睨みつけて尋ねた。彼は頷く。
「そのせいで、あなた方は余計に疑いを晴らせなくなったのに、ですか」
「どのみち、容疑者として取り調べを受ければ、手前勝手な自白を強要され、逮捕に踏み切られておったよ。それほど、当時の警察組織は腐りきっておった。お主なら分かるじゃろう? 東堂玲央」
 玲央は何も言わなかった。彼は、静かに麻生を見ているだけだった。
「儂は探偵ではない。資産家として生きていたが、心静かに暮らしたいと思って隠居し、義理の息子に後を任せ、妻との時間を過ごしていた。しかし、家族は何者かに殺され、妻も死んだ。
 だからーー儂が失うものは、もうこの世に存在しないのじゃ!」
 麻生は再び車椅子の手すりを拳で叩いた。全身が震え、いきんでいるのがわかる。同時に、玲央が叫んだ。
「・・・・待て、やめろ!」
「やめはせんよ。これが儂の復讐なのじゃから」
 その言葉と同時に、ホールにいた4人の男女が床に倒れ込んだ。10年前と同じように、体のあらゆる穴から出血して、である。
 悲鳴と動揺の中でもダンスは続いていた。麻生は氷のような視線で遺体を見つめ、続いて海里を見た。
「お主を呼んだのは他でもない。探偵君ーーいや、江本海里君」
 その言葉に海里は眉を動かした。
「私の名前を・・・・」
「下調べは大事じゃからな。
 海里君、お主には、10年前の真相を解いてもらいたい。家族だ誰に殺されたのか、突き止めてもらいたい。そのためにここへ呼んだのじゃ。当然、東堂玲央と協力しての」
 2人は息を飲んだ。その言葉が、、という意思のように感じたからだ。麻生が求めるのは10年前の真相だけであり、それ以外には、本当に何の興味もないのである。
「1週間かけて、儂は4人ずつ殺して行く。このホールには現在、お主らを含めて28人おる。
 残りの全員が死ぬのが早いか、お主らが謎を解くのが早いか・・・・勝負しようじゃないか」
 その言葉を聞いて、海里は顔を歪めた。歯軋りをし、麻生に鋭い視線を向けながら言う。
「・・・・勝負? ふざけないでください。ご家族を殺害された復讐だからと言って、人をしていい理由にはなりません! 全員殺させるなんて事態にはしない。私たちも殺させない。この謎は、必ず私たちが解き明かします!」
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