小説探偵

夕凪ヨウ

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Case102.悪意なき悪人たち②

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「笑ってた?」
「多分、だけど。」

 龍と玲央は眉を潜めた。海里は少し考えた後、質問を続ける。

「あなたを抜いた被害者の9名とは、病院で会ったりしていますか?」
「会ってるも何も、“みんな”とは一緒に住んでいます。私たち、同じ孤児院にいますから。」

 海里は驚いて振り向いた。龍が頷き、説明を代わる。

「“青空孤児院”っていう名の、昔からある小さな孤児院だ。今もかなりの子供がいて、年長者はスタッフの手伝いをしたり、自立できるように色々やっているらしい。」
「はい。みんな働き者で、スタッフさんたちも優しいんです。それなのに、どうしてあんなことに・・・‼︎」

 野宮は震える両肩を抱いた。彼女は荒い息を吐きながら言う。

「亡くなったのは、小さい子ばかりだった。体が小さいから、衝撃に耐えられない。将来、スタッフさんたちみたいな優しい人になるって、口を揃えて言ってたのに・・・・。」

 玲央がそっと野宮の背中に手を当てた。彼女は顔を覆って静かに涙を流す。

「話してくれてありがとう。今、青空孤児院にスタッフさんたちはいるかな?被害に遭っていない子供たちも。」
「いると・・思います。連絡しましょうか?」
「そうしてもらえると助かるよ。」
                      
            ※

「話は以上?」
「はい。これで全てですよ。」

 武虎はそっかと言いながらレコーダーを止めた。小夜は微かに震えている。

「どうして、私にこんなことを聞かせたんですか?復讐をやめろと・・・そう言いたいんですか?」

 武虎は頷き、笑って言った。

「それが半分。もう半分は、君を想っている人の気持ちを無下にするなってことだよ。」
「馬鹿なこと言わないで。私にもう家族はいない。そんな存在・・・・」
「玲央がなぜ君を守っていると思う?」

 少し強い口調で、武虎は尋ねた。小夜は答えない。

「過去の約束を守っている・・・確かにその気持ちもあるだろう。でもそれ以上に、あいつは“天宮小夜”という人間をーーーー」
「やめて‼︎」

 小夜は机を叩いて立ち上がった。鞄を掴み、勢いよく踵を返す。だが、武虎は言葉を止めなかった。

「君がどれだけのものを失い、苦しんだかは知っている。でもだからといって、自分の命を無下に扱っていいわけじゃないんだよ。君のことを大切に想っている人がいるのに、その気持ちを無視して“死”に対して進んで行く・・・・。命に対する冒涜だ。君を守って死んで行った人も、そんなこと望んじゃいない。」

 武虎の言葉に小夜は足を止めた。

「・・・・そんなこと・・・分かってる。由花も、真人も、秋平たちも、私のことをずっと大切に想ってくれていた・・最期の瞬間まで。」
「そこまで分かっているのに、なぜ止まらない?」
「復讐しないと気が済まないから。」

 武虎は苦笑した。ゆっくりと小夜に近づき、彼女の前に立つ。玲央に似た顔、似た声が、彼女の頭を揺るがせた。

「君の気持ちは分かった。でも、決して無茶はするな。あの男に近づけばどんな結末が待っているか、君が1番知っているはずだ。」
「・・・・同じことを言うなんて、本当に親子なのね。」

 小夜はそう言いながら武虎の側を通り過ぎ、出て行った。彼はその後ろ姿を見送りながら、不安げな顔をする。

「あーあ、どうせ聞かないんだろうなあ。今の言葉。そりゃそうか。玲央の言葉すら聞かないんだからね。」
「・・・・少し・・・やり過ぎではありませんか?」
「いいんだよ。少しくらい焚き付けておかないと本当に危険だし、向こうは手加減なんてしてくれない。」

 武虎は溜息をついた。机に置いたレコーダーを見て、窓の外を見る。

「本当、お人好しに育ったよね。友人の妹の友人を守るなんてさ。」
「そう教育されたのはあなたでは?彼らが過去から逃れるために、人を守ることの大切さを説いた・・・そうでしょう?」
「・・・はっ・・容赦ないね。長い付き合いだと、口も悪くなるらしい。」
「返す言葉もありません。」

 武虎は呆れながら首を振った。レコーダーを仕舞って立ち上がり、息を吐く。

「じゃあ、会いに行ってくるよ。君も仕事に戻っていて。」
「分かりました。お気をつけて。」
                    
            ※

 その頃、海里たちは、青空孤児院に到着していた。孤児院の院長は初老くらいの女性で、朗らかな笑顔を浮かべた優しげな印象を持っている。院長は彼らを出迎え、海里たちは話を聞き始めた。

「本当・・・私も何が何だか、よく分かっていないんです。あの子たちが、理不尽に命を奪われる理由なんて・・・・見当もつかない。」

 そう言いながら、院長・青海心は子供たちを見た。彼らは何も知らないかのようにじゃれあい、遊んでいる。

「院長先生、飲み物ーーーあ、」
「美希子⁉︎」

 美希子は気まずそうに目を逸らした。青海はお知り合いですかと驚く。

「ええ、まあ。ちょっと美希子。何で君がここにいるんだ?」
「・・・・バイト。うちの高校、禁止じゃないから。」

 龍と玲央は溜息をついた。巻き込む気はなかったが、出会ってしまった以上、仕方がない。

「お前からも話が聞きたい。同席しろ。」
「はーい。」

 気怠げな返事だったが、美希子はどこか嬉しそうだった。青海の隣に座り、2人に向き直る。

「今回の事件は知ってるんだな?」
「うん。ニュースでも取り上げられてたし。」
「ここの孤児院が狙われる理由は?」
「思い当たらない。今のところ分かっているのは、対象が“子供”っていう大雑把な括りじゃなくて、“小中学生”って限られていることと、異様に人目を避けていること。」
「人目を避けている?」

 海里の質問に、美希子は頷いた。彼女は淡々と続ける。

「監視カメラのない場所はもちろん、“被害者以外の目撃者が存在しない”んだよ。だから誰も犯人を見ていないし、犯行に使われた車も子供たちの証言だけだから、車種も分からずに困ってるみたい。おまけに毎回違う車だから、盗難車である可能性が極めて高いってだけ。」
「・・・・美希子さんは、今回の犯人像・・どうお考えですか?」

 海里の言葉に美希子は目を丸くした。

「それ、私が答えていい質問?」
「お聞きしたいので。」

 美希子は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「一言で言うなら、臆病・・かな。」
「なぜそう思うのですか?」
「だって、誰も目撃してないんでしょ?犯行の瞬間も、犯人の顔も。本当に残酷な殺人犯だったら、自分の犯行を見せびらかすはず。例えば・・・わざと残酷に殺したりとか、警察官を殺して宣戦布告するとか・・・・。でも、この犯人はそれが全くない。それどころか、慎重に自分の犯行を隠してる。だから、“罪”を犯して“罰”を恐れる、臆病な犯人かなって。」

 海里は笑みを浮かべた。美希子は首を傾げている。

「ありがとうございます。お2人とも、行きましょうか。」
「行くって・・・どこに?」
「事件現場ですよ。まだお2人はご覧になっていないと聞いていますし、推理をする立場としても、現場は見ておきたいですから。」

 動き出した探偵。犯人の本質を見据える少女。謎解きが始まる。
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