小説探偵

夕凪ヨウ

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Case171.病院の亡霊⑤

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「できる範囲で、聞き込みしました。言ってくださらない人には頼み込んで。」
「ご苦労だったな。結果は?」

 義則は胸ポケットから手帳を取り出し、調べた内容を読み始めた。

「深田桃菜さんは、事件後皮膚移植手術を行いましたが、マスコミに全てを知られたために強制的に事務所を辞めさせられたそうです。彼女を雇っていた事務所もその後潰れ、そこに所属していたモデルたちはみんな散り散りになりました。桃菜さんのマネージャーは責任を問われて業界から追われ、1年後、飛び降り自殺を。
同じ頃、桃菜さんが事務所を辞めて実家へ。農園を経営していた両親・弟と一緒に現在も田舎で暮らしています。」
「なるほど。ご両親は健在なの?」
「はい。桃菜さんは5年前に地元の幼馴染みと結婚し、弟さんは婿養子に入って、姉弟共に夫婦円満で暮らしています。」

 龍は頷き、次の質問を投げかけた。

「深田桃菜に子供は?」
「現在小学3年生の双子の娘がいます。地元の小学校で特に問題なく暮らして、弟の方も小学1年生の息子が同じ小学校に通っていると。」
「桃菜さんのマネージャーのご家族の住所は分かりますか?」
「生憎。ただ、マネージャーが亡くなる前は都内で暮らしていて、事件後、夜逃げ同然に引っ越したそうです。業者も雇っていないので、行き先は分かりません。」

 海里は話を聞き終えると、ペットボトルの水を飲んだ。

「ちなみに桃菜さんの実家はどこです?」
「神戸です。」
「遠いですね・・・。東京から神戸だと、6・7時間くらいですか?」
「それぐらいだと思うよ。仮に深田桃菜さんを犯人とする場合、被害者の死亡推定時刻が深夜の2時~3時だから・・・早くて20時に家を出て殺害、朝8時に神戸・・かな。ただ農園をやっているなら朝は早いだろうし、少し納得しづらいところだね。」
「公共交通機関を使うとどうなりますか?」
「3時間くらいだな。ただそうなると、子供や旦那が起きている時間に出て行って、農作業が始まる直前に帰ってくるから、かなり大変だぞ。絶対に怪しまれる。」

 2人の言葉に、海里は唸った。どちらにしても、深田桃菜が犯人だと考えるのは少し難しかった。

「そもそも、20年経った今、急に殺人に及びますか?ご家族だっているのですから、多くを知られたくはないでしょう。移動距離や時間から考えても、犯人とは考えにくい気がしますけど。」
「まあそうだね。磯井君。今交通機関調査中?」
「はい。車の特徴も聞いて、それらしきものがなかったか聞き込みと監視カメラの解析を行なっています。」
「では分かるのは時間の問題ですね。磯井さん、桃菜さんのマネージャーのお名前は?」
「ええっと・・・真鍋晴日さん。当時30歳です。」
「晴日さんの家族構成は?」
「両親は幼い頃事故で亡くなっていて、兄姉が2人ずつ。晴日さんは末っ子でした。」

 海里は顎に手を当てて考えた。頭を捻りながら天井を仰ぐ。

「晴日さん、どこで自殺したか分かりますか?」
「今はもうありませんけど、当時小倉病院の近くに高級ホテルがあったんです。そこから飛び降りて亡くなったと。」

 その言葉を聞くと、海里は眉を顰めた。

「ホテル・・・なぜでしょう。」
「えっ?」

 義則は目を丸くした。海里は息を吐いて正面を見る。

「なぜホテルなのでしょう。直接的な恨みは、桃菜さんに怪我を負わせた子供のご両親。犯行現場は小倉病院。亡くなったお子さんが住んでいたのは普通の一軒家ですか?」
「はい。飛び降りても命は・・・。」
「なるほど。しかしこの状況だと、小倉病院で自殺した方がスッキリしませんか?桃菜さんを傷つけられた、因縁の場所。患者を守れなかった、医師に対する恨み。そう言った意味でも、小倉病院で自殺する方が世間的にも打撃が強いはずです。」
「江本・・・何が言いたい?」
「・・・・晴日さんって、本当に自殺なんですか?」

 部屋が静まり返った。海里は苦笑いを浮かべながら続ける。

「あくまで憶測ですよ。警察の捜査を疑うわけではありませんが、過去の話からして、何の関係のないであろうホテルでの自殺は少々不自然かと。」
「言われてみれば妙な話だが・・・磯井。当時の事件はどうやって処理された?」
「自殺です。ただ、刑事の1人が違うかもしれないと言ったそうですよ。今の江本さんと同じように。」
「それって誰?」
「井上警視正です。」

 3人の顔つきが変わった。玲央はすぐに口を開く。

「当時のこと聞いてきて。あと可能ならここに呼んで。」
「分かりました!」

 しばらくすると、義則と共に洋治が戻ってきた。玲央はすぐさま尋ねる。

「20年前のことを知っているんですよね?」
「・・・ああ。上に言われて調査が打ち切りになったんだよ。」
「詳しく聞かせてください。」

 洋治は壁にもたれかかり、溜息をついて話し始めた。

「初めから妙な事件だった。遺体が発見された時、血は完全に乾いていたんだ。死後1日以上経過していると言われた。」
「1日以上?まさか・・・!誰も気が付かないなんておかしい話だろ。」

 龍は思わず敬語を忘れて言った。洋治は頷く。

「ああ。だが、遺体はホテルマンすら滅多に立ち入らない裏側にあったんだ。偶々ゴミを捨てにきた清掃スタッフが発見して、調査が始まったのさ。遺体は後頭部を強く打って即死。免許証などを保持したままだったため、すぐに身元が割れた。遺書らしき物は発見されなかったが、他殺の可能性も見当たらないので、自殺で片付くことになったんだ。」
「その話のどこに疑問を?」
「被害者のパソコンから遺書が見つかったんだよ。送信されたのは死んだ3日後のことだ。」

 3人は怪訝な顔をした。洋治は頭を掻く。

「死者がメールを送るなんてあり得ない。自殺じゃないことは明らかだった。上司に詳しく調査するよう進言したが、聞き入れられるわけもなく、調査は終了。事件は闇に消えた。」
「・・・そのメールは今ありますか?」

 洋治は無言でスマートフォンを3人に見せた。そこには、


『もう生きているのが嫌になりました。迷惑をかけてごめんなさい。さようなら。 春日』


「至って普通の・・・あれ?」
「気づいただろ?被害者の“名前の漢字が違う”んだよ。いくら遺書とはいえ、自分の名前を間違える馬鹿がいるか?」
「つまり犯人は、被害者の名前を音だけで認識していて、漢字を知らなかったから、適当かつ最もらしい漢字を書いたと言うんですか?」
「多分な。まあこれ自体捜査資料には出されていない。俺が個人的に持ってるだけだ。」

 海里は考えた。

「やっぱり現場を見たいですね。現在、このホテルはどうなっていますか?」
「取り壊されて、売買地になってる。」
「分かりました。磯井さん、大和さんを呼んできてくれませんか?」

 事情を聞いた大和は、深く考えた後、言った。

「車椅子でなら何とか許可できます。ただ、全身を痛めていますから派手な動きは厳禁です。お2人は・・・言わずもがな行くんですね。」
「すみません。無理を言って。」
「いえ。早くお帰りになるならそれで結構です。」

 海里たちは義則の車に乗り、何とか現場にたどり着いた。かつてあったホテルの面影はなく、小さな原っぱができていた。

「何か手がかりになるような物はありませんか?」
「特にないような気が・・・あ!」

 義則が拾ったのは銀の腕時計だった。男物でだいぶ年季が入り、汚れている。加えて、小さく赤黒い染みがついている。

「やはり、小倉友紀が犯人なんでしょうか。」
「そうとは決まっていませんよ。私の予想が当たっていれば、この時計は・・・。」

 海里はそこで言葉を止めた。取り敢えず鑑識に回しと欲しいと言い、彼はホテルの跡地を見つめながら、どこか重々しい溜息をついた。
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